ROUND1 Warrior
こだまする歓声。それは歓喜と怒号がまじりあい、不協和音となってコロシアムの待機室まで聞こえてきた。通気口も窓もない部屋は蒸し暑く、戦闘を終えた戦士たちの汗や体温のせいで蒸し暑く感じる。
「おい、見ろよ。アイツこんな蒸し暑いってのに甲冑を着たまんまだぜ」
「あのぼろい甲冑通気性がいいんじゃないか?ハハハ!」
胸当ての一部が剥がれ落ち、脚の装甲は簡素で急所だけを守れるような粗末なものになっていた。兜をかぶることはなく、面具で顔を覆っている。そして目を引くのは右ひじから伸びる鉄柱だろう。おおよそ二の腕一本分はあろうという長さの鉄柱が肘から垂直に伸び、その先には十字がついていた。
「アイツ、ベーゼルガじゃねえか?」
その名を誰かが口にした瞬間、待機場にいた者 全員がおんぼろの甲冑に注目した。
「あの狂犬の?」
「ああ、所属不明の剣闘士。狂戦士、狂犬いろいろ呼び名があるが、ここ数か月で9人の剣闘士と、20の野獣を倒したらしい」
先ほどまで談笑をしていた男たちの声は小さくなり、冷たい視線を送っていた。
「あの鉄柱、なんなんだ?」
「わからん、だれも使ったところを見たことがねえ。噂じゃあ、あの腕は義手らしい」
こだまする歓声にかき消されるほどの小声で話す男たち。そんな待機室に男が入ってくる。
その服装は筋骨隆々の男たちと、甲冑が雑に置かれた待機所には似合わぬ上品な服装だった。
「おい、ジャック。おまえの出番だ」
男が言うと、おんぼろの甲冑を着た男は立ち上がり、壁に立てかけた剣を持ち待機室を後にする。カシャッカシャッという軽い金属が廊下にこだまする。
「今日も頼むぞジャック。おまえが勝ってくれれば商売あがったりだ」
「ああ——」
うす暗い廊下が徐々に明るくなっていく。太陽の光がジャックを照らす。
「ウオオオオオオオオ!」
瞬間、沸き上がる歓声。まるで彼の登場を待っていたかのように観客は空を割るような歓声を響かせた。
「「「ベーゼルガ!ベーゼルガ!」」」
『さあみなさん、お待たせいたしました!本日最後のバトルとなりました!今日を飾るは我がコロシアム最強の剣闘士!狂戦士の名をほしいままにするこの男!ジャック・ダリエルゥゥゥ――!』
「ウォォォォォォ!」
「そして対するはユーロス戦争ルジェの丘にて40人のバラット軍兵士を殺した英雄!軍を自ら辞め殺戮の劇場へと足を踏み入れたこの男ォ……ローグ・ガウナーーー!」
両者向かい合うように立つ。ローグの巨体がジャックを覆いつくすように影を作り出す。重装歩兵を思わせるその鈍重な甲冑。そして相手の装備を破壊するためのものであろうモーニングスター。たそして面ぼうからのぞかせるその目はあざ笑うようにジャックを見下した。
「フッハッハッハ!貴様がジャックか。おまえ、どこの所属だ?」
「今から死ぬ奴に話すことはない」
「そう粋がるなよ。のこり数分の命だ。楽しくやろうぜベーゼルガ!」
『さあさあ両者準備ができたようです。試合―……開始ぃ!』
司会者の声とともに鳴り響く銅鑼の音と歓声。
それと同時にローグはモーニングスターを振り回す。大ぶりな動きは小柄なジャックには見切りやすく素早い身のこなしで後方へ回避する。
「ッチ、やっぱり戦争のようにはいかねえな。俺ぁ重装歩兵として先陣を切ってきた。このひと振りで敵兵を嬲り殺すのは気持ちよかったぜー!」
50年も続いたラフローグ戦争は、技術進化によって戦術が大きく変わっていった。結果終戦末期には重装歩兵を用いた戦術へと変わった。そして重厚な鎧を砕くモーニングスターが前線をあげる重装歩兵の間で流行したのだ。
重装が故に動きは遅いが、その堅牢な防御に任せた戦法は会場を沸かせる。モーニングスターが地面と衝突するたびに大きな土煙が上がる。
「おいおい、避けてばかりじゃ勝てねえぜ!その鉄柱はお飾りかぁぁ」
ローグとは対照的にジャックの防具は軽くその小柄な体躯を利用し回避していく。
「当たらなければ勝てないだろう?」
「生意気なぁ!」
ジャックの口車に乗るようにローグは一気に距離を詰め、モーニングスターを頭上高く、振り上げる。ジャックも剣を後方に携えローグへと走る。ふたりの間合いが重なり合た瞬間ローグはモーニングスターを振り下ろす。迫りくる鉄塊を剣で逸らすと横一線にジャックは剣を振る。しかし重厚な装甲が刃を通すことはなかった!
「ハハハハ!我が甲冑は刃を通さん!オーラを纏わぬおまえの剣など効かぬわ!」
モーニングスターを振りあげるが胸当てを蹴り上げ距離をとる。
剣を確認しひびが入っていないことを確認するとジャックは再びローグへ特攻する。
降りかかる鉄塊を悠々と回避し、防具の間接を狙いに行く。
攻撃の意図を悟ってか、初めてローグは防御態勢をとった。荒ぶる剣さばきはまるで叩きつけるかのようで兵士の戦いとも騎士の戦いとも思えぬ荒ぶりようであった。衝突する金属音が鳴り響くたびに歓声のボルテージは上がっていく。
「はぁはぁ、おまえ本当に兵士か?よほど兵士の戦い方じゃねえ。まるで獣じゃねえか」
剣は装甲との衝突で刃こぼれを起こす。
「さすがは元軍人だ。他のクビになった兵士とは違う」
「今まで戦ってきた奴らは骨がねえってことか?」
「ああ、だが相手が悪かったな」
剣を腰の鞘に納め、低い姿勢をとる。地面を強く握りしめジャックは走り出す。
ローグはモーニングスターを上段に構え、防御と攻撃を両立させる。接触をする瞬間ジャックは握った砂をローグのめがけ投げる。
「卑怯な!」
卑怯。兵法、戦術、流派などに準ずる兵士らしい言葉だ。
しかしここはコロシアム。卑怯もラッキョウもないのだ。とくに狂戦士の名で呼ばれるジャックにとっては縁のない言葉だ。
怯んだ隙に巨体を蹴りローグの頭上へ飛び上がる。首を両足でつかみ左腰に刺した剣を兜目掛け突き刺す。そう兜の眼目掛け振りかざした。
「ぐああああああ!」
頭蓋骨が硬いせいか剣は突き刺さらない。だから何度も何度も突き刺し顔面を破壊していく。もがく腕は力なくふらつく。
装備の重さに膝が前に折れ、巨体は地面に倒れ込んだ。
『決着です!勝者……ジャック・ダリエルゥゥゥゥーー!』
「「「ウォォォォォォ!ジャック!ジャック!ジャック!」」」
沸き上がる称賛。券を握りしめた者もいれば、外れた券を空へ投げ捨てる人もいる。沸き上がる声に応えるようにジャックは右腕を空へ突きつけた。
身体にふりかかった砂を掃いながら廊下を歩く。傷はないが、装甲を叩いたときの衝撃が腕に残っていた。
奥から聞こえる拍手。拍手の主は先ほどジャックを呼びに来た男だった。
「いやいや、今日もいい戦いだったよ。ジャック」
「ニック。売り上げがよかったか?」
「ああ、相手が辞職した軍人ってだけあってローグに入れる馬鹿どもがいたからな。おかげで懐があったかいよ」
「そうか。で、下剋上は?」
「10連戦で下剋上ができる。まさか、ほんとうにやる奴がいるとはな」
「相手は契約の時に言った“奴ら”だ」
「わかってるわかってる。ま、任せときなさい」
ジャックはニックの返答を聞くと有無も言わずにその場を後にする。落とした砂ぼこりだけがコロシアムへと続く道に残っていった。