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教皇夫妻の死。姉妹の争いの行方は‥
「嫌!お母様!!」
ルディはセシルの身体を揺さぶった。しかしセシルは目を開けない。体温はまだ暖かいのに、その瞳が開かれることはなかった。
「ルディ、セシル様は教皇聖下と共に安らかに眠った。私には見える。お二人共満足そうに微笑んでいるよ」
嘆き悲しむルディに、オニキスが霊視をして優しく囁いた。
「セシル様の最期の願いは、姉妹が争わないこと。お二人の命をかけた願いを叶えよう」
ルディの隣で眠る母と、少し離れた場所で眠る父を見たルイーゼもまた、動転していた。
「お父様達は‥命をかけて私の力を奪ってしまったの‥?」
両親を一度に失ったことと、聖女としての力を失った二重の悲しみがルイーゼを襲う。ルイーゼは呆然と立ち尽くした。
「クソ‥」
マーズが左手と口を使い、手首に布を巻き血を止めている。手首からはかなりの血が流れ、マーズは貧血状態に陥いり、その場に座り込んでいる。
オニキスはセシルを抱えてルシフォールの隣りに寝かせた。二人とも穏やかな顔だ。ルディはそんな二人の姿を見て嘆き悲しんだ。やっと出会えた実の両親と、こんなに早く別れる日が来るとは思ってもいなかったのだ。
しばらくすると、呆然としていたルイーゼも我に還り、セシル達の元にやってきた。
「お父様、お母様‥。何故、死んでしまったの!」
ルイーゼは号泣した。顔を真っ赤にして泣き続けている。ルディも悲しみは同じだったが、唇を噛み締め静かに涙を流していた。
「ルイーゼ、あなたの聖女の力を封印する為に、二人は命を投げ出した。お母様の最期の願いは、私があなたを許すこと。姉妹が争わずに生きることなの」
ルディの身体は震えている。本当はルイーゼが憎い。しかし、母の願いは叶えたい。ルディの心は葛藤していた。
「‥最後までいい子でいるのね。何度もあんたを狙った私が憎いでしょう?私にはもう戦う力はない。今なら殺せるわよ」
ルイーゼが挑発する。両親と聖女の力を失ったことで自棄になっていた。
「私を殺したら、優しいあんたは姉妹を殺した罪悪感をずっと抱えて生きていく。私にはそれが復讐になるのよ!」
ルイーゼは胸を張ると、心臓を狙えとばかりに無防備な姿勢になった。
ルディは安らかに眠る両親の顔を改めて見た。そして意を決した。
「私はお母様の遺言を守る。あなたを攻撃したりしない。でも、私はオニキス様と離れない。あなたがどんなに邪魔をしてきても、負けるつもりはない」
ルディはきっぱりと言い放った。その高潔さに、周りの人間は圧倒され言葉を失っている。
「‥フンッ。勝手にすればいいわ。マーズ王子。切れた手首を持って大神官の所に行くわよ」
ルイーゼはマーズに指示した。マーズは地面に転がった手首を拾うとルイーゼについて行く。
ルディは教会の使用人を呼んでルシフォールとセシルの遺体を運ばせた。
教皇の死の知らせは世界を駆け巡った。聖女に命を与えられた特異な教皇が、その元聖女と共に亡くなった事件は数々の噂話を呼んだ。しかし教会は真実を隠した。教皇夫妻の娘達の戦いを止める為と分かれば、教会の威信に関わるからだ。
「兄上が突然亡くなった‥。聖女から与えられた命だから聖女の死と繋がっていたのか‥」
教皇の死の知らせを聞いたウルアクが推察した。
「しかし‥ルイーゼが聖女の力を失ったという‥。それに関係があるのかもしれんな」
ウルアクは、ルディが無理なら聖女のルイーゼをロードナイトの妃にと考えていた。その為、一人の候補者が欠落したことを遺憾に思っていた。
「ルシフォールとセシルが死んだ‥。二人はルイーゼを止める為に命をかけたのか‥」
世界の王の中でただ一人真実を知っているのはウィドマンだ。ウィドマンは友の死を一人で偲んだ。
「兄上が亡くなられた。何があったのか、サラは王都で何も聞いていないか?」
ミシェールが一人の女に尋ねた。北部の辺境に住むミシェールは、都の情報には疎い。ミシェールは王都からやってきてモンスターに襲われていた女性を助けて城に入れた。
「私が知っているのは、教皇の二人の娘の仲が悪く、聖女の方が勇者の方を殺そうとしていたことくらい。教皇のことは知らない‥」
紫の髪の女が答えた。
「君がドロニノの王太女ララだということを知るのは私だけ。ここにいれば、追っ手も来ない。君はシュテッテン伯爵の娘ということにしてここに居ればいい」
アグダルが暗殺されてから、シュテッテン伯爵家は当主が不在で、ヘンブリー大公家がその地を治めていた。ミシェールは、ララにアグダルの地位と領地を与えた。
「私も殺し合いには疲れた。サラ、君も復讐は忘れてここで私と静かに暮らそう」
ミシェールはララを救いたかった。家族を殺された恨みに支配されて生きるのは残酷だ。ミシェールは自分や、ゲベルカミル大公、アグダルの過去などをララに話して聞かせた。地位も部下も何もかも失い、絶望にかられていたララは素直にミシェールの提案を受け入れた。二人は恋人にはならなかったが、家族、同志として幸せに暮らし始めた。
そんな中、教皇夫妻の葬儀が盛大に行われた。前教皇は昇天の際、光になって肉体を残さなかった為、しめやかな葬儀だったが、今回は違う。世界各国の王族が弔問に訪れた。
葬儀は次期教皇であるベルゼが取り仕切った。まだ少年で年若い教皇に不安の声はあったが、ウルアクや大神官が周りを認めさせた。
チンターマニ王国からの弔問は、マーズがすでにエスケル王国にいる為にマーズが務めることになった。マーズの手首は神官により繋がれ、元のようにとまではいかないがある程度は動くようになった。元々左利きのマーズにとっては右手の動きが悪いのはあまり問題にはならなかった。
アルタイ王国からは、ウィドマンが駆けつけた。ウィドマンはルシフォールの棺の前で涙を流した。
ルディとルイーゼは並んで弔問客を迎えた。
「姉様達‥」
葬儀が終わるとベルゼが二人に声をかけた。ルディとルイーゼが振り返る。
「これからは、姉弟が手を取り合って生きていくんだ。もう、争わないで。争ったりしたら、教皇として僕が二人を追放するからね」
教会には王族すら逆らえない。教会からの追放は、この世界で暮らす場所がないということになる。
「フンッ‥。弟のくせに偉そうに‥」
ルイーゼは顔を背けた。
「分かった、ベルゼ。お父様とお母様の願いを破ることはしない」
ルディはベルゼに誓った。そしてルディとルイーゼはそれぞれの部屋に戻っていった。
ルディとルイーゼは新しい道を歩み始める




