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ウルアクはルイーゼを使い、ルディとオニキスの間を裂こうと画策する
「何?兄上が来たと!?」
ウルアクは、教皇が向かった知らせを受けると指示を出した。
「聖女ルイーゼも登城させよ。魔導士を使って聖女をすぐに連れて参れ」
女王お抱えの魔導士は地下室に入ると魔法陣を描いた。そして教会に瞬間移動し、ルイーゼを連れてきた。ウルアクはルイーゼを歓迎した。
「急に呼び出して済まない。聖女に相談があってな」
ルイーゼは不敵な笑みを浮かべるウルアクの顔を、怪訝そうに見ている。
「相談とはなんでしょう。叔母上。いえ、女王陛下」
意味もわからず突然連れて来られたルイーゼの機嫌はあまり良くない。その淡々とした表情にウルアクは苛ついたが、今はその気持ちを抑えた。
「そなたは、オニキス王子を恋慕っておるとか」
ウルアクが見透かしたように言った。
「だったらどうだと言うのですか‥。オニキス王子はルディと結婚するから諦めろと仰りたいんですか?」
悔しそうに唇を噛むルイーゼに、ウルアクは甘く囁いた。
「我が国としては、そなたにオニキス王子の婚約者になって欲しいと思っている」
ルイーゼは驚いて顔を上げた。ウルアクは確信に満ちた態度だ。
「アルタイ王国と我が国の婚約が破棄された今‥我が国としては最善の縁を結びたいと考えている。アルタイ王国とは三国同盟が結ばれているとはいえ、今や強国となり無下にはできぬ。聖女をアルタイ王国に渡すことで、深い繋がりを結びたいと願っているのだ」
ドロニノ共和国を滅ぼしそこも領土としたアルタイ王国は、三国の中で最も広い領地と多額の財産を持っている。教会のあるエスケル王国とはいえ、危機管理は必要だ。
「女王陛下が私の味方になってくださると?」
ルイーゼはウルアクを見つめた。ウルアクは黙って頷く。二人が手を結んだタイミングで、ルシフォールとオニキスが到着した。二人はすぐに女王の間に通された。
「これは兄上、いかがされた?」
隣にルイーゼを座らせたウルアクが不敵な笑みを浮かべてルシフォールに声をかけた。
「!ルイーゼ!?何故お前が‥」
ルシフォールの視線は、女王よりも先に娘に向けられた。
「女王陛下、このたびは我が国との婚約解消に関わることで、我が国としては承服し難い内容がありここに来た次第」
オニキスが挨拶もそこそこにいきなり本題に入った。ウルアクはオニキスの無礼に不快感を表している。
「我が国からの提案が不服とな?ウィドマン王も同じお考えか?」
「当然です!父は私とルディの結婚を認めております。教皇聖下と我が国の王が承認した結婚に、何故エスケル王室が異議を申し立てるのですか!」
逆らうオニキスに、ウルアクは怒りの表情を浮かべた。
「元々はアルタイ側が婚約を解消してきたからであろう!王太子と聖女であるクリオラ姫が結婚できれば問題はなかった!それを不意にしたのはクリオラ姫ではないか!」
ウルアクは怒りまかせに立ち上がった。
「王太子は傷ついたのだ!そして、傷心の王太子の初陣の際に、王太子を守り支えたのは勇者ルディだった!王太子の心の傷を癒したのはルディだ。王太子の為にも、ルディを妃にすると私は決めた」
そのやりとりを聞いていたルシフォールが、ウルアクの前に立ちはだかった。
「王太子が婚約破棄で心乱されたことは理解している。しかし、それと我が娘は関係ない。我が娘ルディは、オニキス王子と婚約している。私とウィドマン王が認めた婚約を、ウルアク、そなたが破る権利は無い」
ルシフォールはウルアクに対して、女王ではなく妹として意見した。元王太子であるルシフォールの迫力に、ウルアクは気押されている。
「お父様」
そこにルイーゼが割り込んだ。
「教会とアルタイ王国が結んだ婚約。相手は私でも問題がないんじゃないですか?」
ウルアクはルイーゼの肩を持つように頷いている。
「オニキス王子が望んでいるのはお前ではない」
ルシフォールはルイーゼの言い分を否定した。しかし、ルイーゼは引き下がらない。
「では、オニキス王子が私でもいいと言えば、婚約者の名前を書き換えてもらえますか?」
「そんなことにはならないだろ」
ルシフォールは首を横に振っている。
「ルイーゼ嬢。私はルディとしか結婚するつもりはない」
オニキスは断言した。
「今はそうかもしれないが、時が経てば人の気持ちは変わるもの。しばし、ルディはこの城に居てもらう予定だ。ルイーゼとオニキス王子が共に過ごす時間を持ってみるのはどうだろう」
ウルアクが提案した。ルシフォールにとっては、ルイーゼも我が子だ。我が子が望むことを叶えてやりたいという気持ちがあった。その為、ルシフォールはウルアクの提案を飲んだ。
「分かった。女王陛下の言うとおりにしばらくの間、オニキス王子とルイーゼの二人の時間を作り様子を見る。オニキス王子の心がそれでも変わらなければ、ルディとの婚約は解消しない」
ルシフォールは宣言した。ウルアクとルイーゼは満足そうだ。オニキスには不満がだったが、自分の気持ちが変わらない自信がある為、黙って認めた。
こうして、ルシフォール達は女王の間を後にした。ウルアクの提案で、道中、オニキスとルイーゼを二人きりにすることになり、2台の馬車が用意された。ルシフォールは、町外れの小さな教会の視察に向かう為、別の方角に馬車を走らせた。
オニキスとルイーゼを乗せた馬車は、城下町を出ると山道に入った。道中、ルイーゼがいくら話しかけてもオニキスはあまり反応を示さない。険悪な雰囲気が馬車の中を駆け巡る。二人が黙って教会に向かっていると、上部から馬車が大きく揺れた。
「モンスター?」
ルイーゼは一瞬怯んで動けなかった。馬車はそのまま崖の下に転落して行った。
「‥痛い‥」
ルイーゼは転落する時に、無意識に聖女の力を使ったからか大きな怪我はなかった。手足に多少の擦り傷がある程度だ。木っ端微塵に壊れた馬車から抜け出し周りを見ると、死んだ馬と御者がいる。馬車の残骸を龍の力でどけると、そこに額から血を流すオニキスの姿があった。
「オニキス様!!」
ルイーゼはオニキスの身体を引っ張り助け出すと、心臓に手を当てた。鼓動は動いている。ルイーゼはホッとした。ルイーゼは近くに流れている川の水でハンカチを濡らすと、オニキスの額の血を拭った。意識を失って倒れたオニキスの顔も美しい。ルイーゼはうっとりと見つめていた。
「ん‥‥」
オニキスの手が動いた。意識が戻りかけている。
「オニキス様、大丈夫ですか?」
ルイーゼが声をかけた。ルイーゼの声にオニキスは完全に意識を取り戻した。
「‥君は‥誰?私は‥」
オニキスは虚な目でルイーゼを見た。
「オニキス様?私はルイーゼです。どこか痛むのですか?」
ルイーゼが心配そうに尋ねた。
「脚の骨が折れたようだ‥。立てない‥」
オニキスは右足を手で撫でている。ルイーゼは流木を見つけてくるとそれをオニキスの右足に結びつけた。
「オニキス様、あちらに物置小屋があるようです。そこまで頑張って行きましょう。もうすぐ夜が更けます」
空には夕日が刺している。オニキスはルイーゼに支えられながら小屋に辿り着いた。
「すまない。おかげで助かったよ。え‥と‥ルイーゼ?」
オニキスはルイーゼに礼を言った。ルイーゼは火打石で薪に火を灯しながら振り返った。
「オニキス王子、先程からどうされたんですか?」
オニキスの行動や発言に、ルイーゼは疑問を感じていた。オニキスは落ち着かない様子だ。
「私はオニキスと言うのか?それに王子?」
オニキスは頭を抱えた。記憶が真っ白で何も分からない。大きな不安がオニキスを襲った。
『オニキス王子は記憶を無くしたのね!!』
ルイーゼは歓喜した。今のオニキスには、ルディとの記憶もない。オニキスの心を掴む最高の機会だ。
「はい。あなたは、アルタイ王国の王太子です。そして今日、エスケル王国の女王陛下より、私との婚約の話があり一緒に帰っている最中にモンスターに襲われて事故にあいました」
ルイーゼはオニキスの両手を握り、瞳を潤ませた。その熱い視線にオニキスは戸惑っている。
「私とあなたが婚約?何も覚えていない‥。でも壊れた馬車には私達と御者しかいなかった。あなたの言うことは本当なんだろう」
オニキスは頭を抱えてた。どんなに考えても、何の記憶も出て来ない。オニキスが不安にかられていると、ルイーゼがオニキスに擦り寄った。
「大丈夫です。私と共に少しずつ思い出していきましょう」
微笑むルイーゼに、オニキスは懐かしさを感じた。心の奥底にいる女性の顔と目の前の女性の顔は同じだった。
翌日、教会の騎士達の捜索で落下した馬車とルイーゼ達は発見され、ルイーゼとオニキスは教会に戻った。
「ルイーゼ!!無事でよかった!」
ルシフォールがルイーゼを抱きしめた。
「聖女の力のお陰です。ただ‥オニキス様は記憶をなくされて‥」
ルイーゼの言葉にルシフォールは衝撃を受けた。
「オニキス王子!!記憶をなくしたというのは本当か?」
ルシフォールは動揺している。
「私は、名前も覚えていません‥。ルイーゼが私を助けてくれました」
オニキスが優しい目でルイーゼを見ている。ルイーゼに対するオニキスのそんな態度は初めてだ。ルシフォールは、オニキスがルイーゼを選ぶ未来も起こりうると考えた。
オニキスはしばらくの間、教会で過ごすことになった。そして日々、神官達が記憶を取り戻す治療を行った。しかし、オニキスの記憶は簡単には戻らず、長期の療養を必要とした。ルシフォールはことの経緯をウィドマンに手紙で伝えた。
こうして、ルディはロードナイトと。ルイーゼはオニキスと1ヶ月の時を過ごしたのだった。
記憶を失ったオニキス。オニキスはこのままルイーゼと婚約してしまうのか?




