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オニキスに他の女の魔手が伸びる。

 ルディはしばらくアルタイ王国にとどまることにした。いずれ嫁ぐ国のことを少しでも知りたかったからだ。ルディはルシフォールに手紙を書いた。その手紙は、ウィドマンがエスケル王国に行くので預けた。

「それではオニキス。私がいない間、宰相と共にこの国を頼んだ」

 ウィドマンはウルアクに正式に婚約解消の打診をする為に出発した。ウィドマンが旅立ってから、オニキスは慌ただしい日々を送ることになった。ドロニノ共和国との戦争が終わり、ドロニノ共和国はアルタイ王国の属国になった。女性だけの国を改革し、男女共生の地にしている最中だ。

「王太女ララは未だに行方知れずか?」

 オニキスが宰相のヴァカムエルタ侯爵に尋ねた。

「旧ドロニノを隈なく探しておりますが、まだ捕らえられていません。他国に逃亡した可能性が高いかと‥」

「ドロニノと隣接するのは、我が国とチンターマニ王国のみ。我が国に入るとは考えにくいな。となると、チンターマニ王国か‥」

 同盟を結んでいるとはいえ、他国で人探しはできない。オニキスはララに関しては諦めるしかないと判断した。

「我が国と旧ドロニノ全域に、王太女の指名手配の紙を貼るように。王太女が決して侵入できないようにせよ」

 オニキスは国を滅ぼされ、母と妹を殺されたララの復讐を危惧した。宰相は支持を受けると、下の者にすぐに命じた。

 国政の時間が終わると、オニキスはやっと自由になった。もう日も暮れている。オニキスは一旦自分の部屋に戻ると、楽な服装に着替えた。すぐにルディの元に向かおうとしたが、そこに来客があった。

「オニキス王子」

 扉の前には、ヴァカムエルタ侯爵の令嬢カーシャがいた。カーシャは金髪の巻き毛で青い瞳の美しい女性だ。その美しさはアルタイ王国の社交界では有名で、社交界の華と呼ばれている。

 オニキスはカーシャを一目みるなり、気分が悪くなった。社交界を牛耳るほどの女性だ。性格は一筋縄ではいかない強かさを持ち合わせている。人の気などが見えるオニキスには、最も嫌悪するタイプの女性だった。

「何か用でも?父君はもう帰ったようだが?」

 素っ気ないオニキスの対応にもカーシャは怯まない。

「久しぶりにアルタイに戻られた王子殿下に、こちらを持って参りました。宜しければ一緒に飲みませんか?」

 カーシャの手には、高級なワインがある。

「今日は疲れている。それに、特別な関係でもない君とそんな時間を過ごすつもりもない」

 オニキスは明確に拒絶した。さすがのカーシャも顔色を変えている。カーシャには生まれて初めての屈辱だった。

「特別な関係にこれからなると申してもですか?」

 カーシャは引き下がらない。オニキスはその行動の根拠が気になった。

「どういうことだ?」

 カーシャはほくそ笑んだ。

「その理由を知りたければ、ご一緒してくださいな」

 カーシャはワインを見せた。オニキスは仕方なくカーシャを部屋に通した。カーシャは満足そうに部屋に入ると、椅子に座った。オニキスに部屋にいた召使いがワインを開封し、グラスに注いだ。

「早く理由を話せ」

 オニキスはワインに手も触れずに急かした。カーシャはワインを口に含むとゆっくりと飲み込んだ。

「こちらは世界でも数本しかない特別なワインですよ。まずはお飲みになってくつろいでくださいませ」

 カーシャは、簡単には喋らないといった様子だ。オニキスは仕方なくワインを口に含んだ。飲む前にカーシャを霊視したので毒や媚薬は入れられていないのは分かっていた。

 オニキスが一杯飲み干すと、カーシャはやっと話し始めた。

「クリオラ殿下が教皇聖下の令嬢に怪我をさせたのは、王子もご存知の通り‥。しかし、その詫びの為に教会に差し出された鉱山がどこの物だったかは、ご存知ないのでは?」

「ああ。父上が鉱山を差し出したとしか聞いていないからな」

 カーシャは不敵な笑みを浮かべている。

「その鉱山は、我が侯爵領の一つだったのです。補償について困っていらした国王陛下に、宰相である父が申し出て鉱山を教会に渡しましたの」

「ヴァカムエルタ侯爵の忠義の証。私の代でもその恩は忘れないようにしよう」

 オニキスは話を終わらせようとした。しかしカーシャはまだ引き下がらない。

「父は鉱山を渡すの際にある条件を出しました」

「条件?」

 オニキスはワイングラスをテーブルに置いた。とても酒を飲んでいる場合ではない。

「私をオニキス王子の妃にすることが条件です」

 オニキスは耳を疑った。しかし、どこの国の王族も妃は複数迎えている。そしてアルタイ王国は、他のどの国よりも王の妃が多い国だった。ウィドマンがそういう約定を飲んでもおかしくはない。

 カーシャは、動揺するオニキスの横に腰掛けると、腰に手を回した。

「オニキス王子が、教皇聖下の令嬢と婚約していることは知っています。私もアルタイの女。夫に複数の妻があることは許容致しますわ。でも‥私が正妃。ルディ嬢は、妃の一人になるのは諦めてくださいね」

『ドンッ』

 オニキスは、カーシャを振り払うように突然立ち上がった。その勢いでカーシャは椅子に倒れ込んだ。

「私は妃は一人しか迎えるつもりはない!王の役目として複数の妃が必要というならば、王位など兄たちにくれてやる」

 オニキスはそう言い放つと、足早に部屋を出て行った。取り残されたカーシャは、悔しさに顔を歪ませている。

 オニキスはしばらく一人になりたかった。その為、幼い頃、人目を避けて育てられた時にクリオラが使っていた部屋に入った。今はもう使われていない部屋だが、王城の一室なので綺麗に掃除されている。

「父上‥。どうしてそんな約定を‥」

 オニキスは拳を握りしめた。オニキスは、実の母は身分の低い妃であった。母が早逝し、オニキスがウィドマンの血を一番濃く引いていた為に、子のない王妃の養子になれた。沢山の妃に囲まれた父を見て育ったので、それに違和感は感じない。しかし、自分は一人の妃しか必要ではなかった。

 オニキスは部屋の窓から夜空を眺めた。

 翌日、カーシャは社交界の場で、オニキスの妃になるという話をして回った。それを耳にしたルディやクリオラは衝撃を受けた。

「では‥私のせいで兄様は侯爵令嬢と望まぬ婚約を??」

 クリオラは真っ青になっている。アースはクリオラの肩を抱きながら慰めた。

「まだ婚約の話が本当かはわからない。国王陛下が何も言われてないんだから」

 クリオラはルディに顔向けできなかった。

「あら!ルディ嬢。いつまでアルタイ王国に滞在なさるの?あなたの結婚は、私の後になるからもう少し先になりそうよ」

 カーシャが取り巻きの令嬢達を連れてやって来た。ルディは黙って俯いている。モンスターには果敢に立ち向かえるルディも、女の心理戦には慣れていない。オニキスは今は王の代理なので、最後に登場する。ルディにはパートナーがいなかった。

「カーシャ嬢、ルディは王女である私の友人。そして教皇聖下の令嬢よ。無礼な真似はよしなさい!」

 クリオラが前に進み出た。身分でいえばカーシャよりクリオラの方が高い。しかし、長年社交界に顔を出さなかった隠された王女には、社交界での権威はなかった。

「王女殿下。私、無礼など働いてはいませんわ。本当のことを申したまでですわ」

 カーシャはクリオラを見下すような態度だ。それにはアースも腹を立てた。

「王族でもない貴族令嬢が、王族にその態度。不敬罪に問われてもおかしくないですね。それに‥ルディは、勇者。勇者と聖女は、王族や教皇並みに扱われる存在。そんなことも知らないのでしょうか」

 アースが嫌味で返した。カーシャは顔を真っ赤にして怒っている。

「我が侯爵家は、代々王妃を輩出する由緒正しき家!三代前は王女が降嫁しています!」

 カーシャが息巻いた時に、オニキスが入場した。宰相もそれに続いている。オニキスは、ルディの周りにカーシャ達がいるのを確認すると、すぐにそこに駆けつけた。

「オ、オニキス王子!先に開会の挨拶をしなければ‥」

 宰相がオニキスの後を追う。しかしオニキスは止まらなかった。

「ここで何をしている?」

 オニキスはルディの横に立つと、カーシャを睨みつけた。その様子に会場が騒めく。婚約したと聞いたオニキスとカーシャの雰囲気が険悪だからだ。

「王子殿下にご挨拶申し上げます。私は、私とオニキス王子の結婚の後に、ルディ嬢の結婚は行われるだろうと申しただけです」

 カーシャが毅然と発言した。オニキスは顔を顰めている。大勢の貴族の前で、勝手に婚約の話をされたのだ。胸中穏やかではなかった。

「勝手な発言は困るな。私は、あなたとは結婚しない。私が妻にするのは、教皇聖下令嬢ルディだけだ」

 オニキスは大勢の前で宣言した。カーシャは怒りと恥ずかしさに震えている。そんなカーシャの元に、ヴァカムエルタ侯爵が走り寄った。

「オニキス王子!何を言われますか!我が娘カーシャと、あなた様の結婚は、国王陛下が認められたものですぞ!」

 宰相は、周りの目から娘を守りたい一心だ。

「父上とどう約束したというんだ?」

 オニキスは引き下がらない。宰相は怒りに震えながら返答した。

「国王陛下は、クリオラ殿下の不始末の為に我が領地の鉱山を渡せば、カーシャを未来の王妃にすると約束してくれたのです!!」

 その瞬間、辺りが騒めいた。カーシャの言ったことは虚言ではないと皆が思った。

「それならば、私は次期王には付かぬ。王位は沢山いる兄王子の中から、父上に選んで頂く。私の妃と約束したのではなく、未来の王妃と約束したのであろう?」

 オニキスは、ウィドマンから預かっている玉璽を指から外した。

「母上、しばしこれを預かってください」

 ウィドマンはミルビリリに玉璽を手渡した。王妃が王の代理で玉璽をはめて政治を行った前例はある。ミルビリリが玉璽をはめるのはさほどおかしいことでもなかった。

 周りにいた貴族達は固唾を飲んで見守っている。国王が不在の中、後継ぎの王子が継承権を辞退したからだ。

「オニキス‥。勝手なことは許されません。陛下が戻られたらこの話をしますよ」

 ミルビリリはため息をつきながら国璽を受け取った。

「私のパートナーはずっと君だけだよ、ルディ」

 オニキスはルディの手をとると、ルディと踊り始めた。

「オニキス様、私‥ダンスはまだよくわからないので‥」

 男として庶民として育ったルディは、社交ダンスはほぼ未経験だ。教会で暮らすようになって少しは習ったが、まだまだ初心者だった。

「私が導くから、それについてきてくれたら大丈夫」

 オニキスは楽しそうにルディと踊った。幸せに溢れた王子の姿は、貴族達の注目を集めた。

「オニキス王子は女嫌いではなかったのか‥。浮いた噂一つない、国王陛下とは全く違うと言われていたが‥」

「女好きなら、妃を複数迎えることを拒否しないだろう。よほど勇者に惚れ込んだか‥」

 貴族達は口々に噂した。カーシャは、宰相に連れられて退席していた。

「お父様!!私はオニキス王子の妃になれるのではないのですか!!」

 カーシャは初めての屈辱に取り乱している。宰相は娘を宥めた。

「陛下はお前を未来の王妃に、と言ってはいたが‥オニキス王子の妃にとは確かに言っていない‥」

「でも!!ルベウス王子も、サフィール王子も既に複数の妃がいて、正妃もいます!!彼らのどちらかが王になるとしたら私は、王妃にはなれません!!」

 オニキスには四人の兄王子がいる。ルベウスとサフィールは、母親がアルタイ王国の公爵令嬢だが、庶子である。その為、正妃ではない。ウィドマンの妃には、伯爵令嬢、子爵令嬢もいるが彼女達が産んだのは女子ばかりだった。

「お前が王妃になる為には、タンザナイト王子、プレナイト王子のどちらかが王になるか‥オニキス王子がお前を受け入れるしかない、というわけか‥」

 宰相はため息をついた。

「タンザナイト王子もプレナイト王子も母親が庶民です。そんな血筋の悪い王子、私は嫌です!!」

 カーシャはヒステリックに叫んだ。

「オニキス王子の実の母親も庶民だ。しかも、オニキス王子の母親は、異国からきた歌姫だった。その者が幼いオニキス王子を残して亡くなったので、子のなかった王妃様が養子に使えたのだ」

 ウィドマンの持つ特殊な力は、対外的には秘密にされていた。その為、オニキスが王太子に選ばれた理由がその特殊能力だということを、世間は知らない。

 アルタイ王国の貴族達が騒めく中、オニキスとルディは幸せな時を過ごしていた。

「兄様がルディを選んでよかった」

 クリオラは上機嫌だ。アースはクリオラにダンスを申し込んだ。クリオラはダンスは、オニキスとしか踊ったことがない。初めての他の男性とのダンスに、クリオラの胸はときめいていた。

アルタイ王国で起きていることをまだ知らないウィドマン。ウィドマンはエスケル王国で無事に婚約解消できるのか?

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