62
ルディとオニキスの仲を邪魔するルイーゼ。双子の妹の凶行が、ルディとオニキスを襲う。
ルディとオニキス達の帰路は平和だった。ルディとオニキスは二人で夜景を楽しんだり、酒を飲んだりして過ごした。男として育てられたルディには、お茶を嗜むといった上品な所作はできなかったが、オニキスは満足していた。そして自然のままのルディを愛しいと思っていた。オニキスは霊視ができる故に、女の本性が見える。上部をとりつくろうと、中にあるドス黒い感情や欲望が見えて可愛いと思えなかった。しかしルディは違う。天真爛漫で裏表の無い人。オニキスが長年追い求めた存在だった。
ルディは男として生きる為に己の感情には蓋をしていた。その蓋を解き放ってくれたオニキスに恋心を抱いていた。二人が互いを想い合う感情を育みながら帰路につく中、教会では一悶着起きていた。
「どうして、ルーシーがオニキス王子と旅に出たんだ?ルーシーは教皇である私の息女。異国の王子と他国に出かけた、などどんな噂が立つか‥」
セシルはため息をついた。
「ルーシーとオニキス王子は恋人同士だと話したではないですか。それに、ルーシーは剣聖の書物をドロニノ兵に奪われた詫びを剣聖にしにいかねばならなかったんです」
ルシフォールは不満そうにブツブツ呟いた。
「恋人って‥ルーシーは男としてオニキスと出会ったわけで、その感情が愛だとは限らない。剣聖には私から詫びを送れば済んだはず‥」
セシルは煮え切らないルシフォールに、業を煮やした。
「あなた!愛する二人を引き裂くなんて、しないでくださいね!」
セシルが圧をかけた。ルシフォールは怯んでいる。そんな二人の様子をベルゼは楽しそうに見ていた。
「‥セシル、お前も知ってるだろう?アルタイ王国は、性に奔放なお国柄。たとえオニキス王子が今はルーシーを好きだとしても、そんな気持ちはすぐに他に向けられる。泣くのはルーシーだ」
セシルもウィドマンを見てアルタイの男の性癖は分かっていた。しかし、女として、教皇の娘として育てられることのなかった哀れな娘が、初めて愛した人と過ごしたいと望むのを阻みたくはなかった。
「ルーシーは、やっと女として生きられるようになったんです。それを見守りませんか?もし、オニキス王子と別れても、次にまたいい恋ができたらいいじゃないですか」
セシルはルシフォールの腕を抱いた。ルシフォールは黙って目を閉じている。
「女として生きる、か‥。クリスタに奪われた女としての人生を、ルーシーに取り戻してやりたい‥」
ルシフォールの瞳から一筋の涙が流れた。セシルはルシフォールに肩を寄せると、夫を慰めた。こうして二人は、ルディとオニキスの愛を見守ることを決めた。
「姉上、父上と母上は、ルーシー姉上とオニキス王子の関係を認めたみたいだよ」
ベルゼがルイーゼの耳元で囁いた。ルイーゼはベルゼを睨みつける。
「あの男女とオニキス王子の関係?そんなの、友情に決まっている。オニキス王子はそれに気づいていないのよ!」
ルイーゼは怒り心頭だ。周りにあった物を床に叩きつける。その物音に使用人達が集まってきた。ベルゼは怒り狂うルイーゼの姿を楽しそうに眺めていた。
『馬鹿だなー。聖女の娘で王族の血を引いているからってチヤホヤされて育ったから、品位も知性もない。こんなのに比べたら男の格好をしていてもルーシー姉上の方がよほどいい』
ベルゼは冷静だった。ベルゼの性格は父親によく似ている。ルイーゼの性格は、隔世遺伝なのか両親には似ていなかった。
翌日、ルディ達が教会に戻ってきた。ルイーゼは、華やかな衣装を見に纏い、オニキスを迎えた。
「オニキス王子!お帰りなさいませ」
ルイーゼはオニキスのそばに駆け寄った。オニキスの隣にはルディがいる。ルイーゼはルディの存在を完全に無視してオニキスにまとわりついた。
「ルイーゼ嬢、放して。私はルディの恋人。他の女人には触られたくはない」
オニキスの冷たい視線がルイーゼに向けられた。ルイーゼは怒りと恥ずかしさで真っ赤になった。ルディはそんな妹を気にしながらも、帰宅の報告を急いだ。
「よくぞ無事に戻った」
ルシフォールがルディの帰宅を喜び、歩み寄る。ルディは、勇者の剣をルシフォールに差し出した。
「これは?」
ルディはアースに言われたことをルシフォールに話した。
「見ていてください。お父様」
ルディは剣に手を翳した。すると、アースの家で起きたように剣に埋め込まれたモルダバイトが光を放った。
「‥お前が、勇者だと‥」
ルシフォールは度重なる出来事に衝撃を受けている。
「かつて、エスケル王国に勇者が現れたことはない。勇者は、聖女がいない他国の為に天が遣わした者。なぜ、エスケルに勇者が‥」
ルシフォールは頭を抱えた。
「本来ならこの国で育った聖女が、我が国で育った為に、エスケル王国の血を引く者から勇者が選ばれたのではないでしょうか。エスケルの民でありながら他国で育った人間。それがルディしかいなかった。しかもルディは男として育てられた。だから神がルディを勇者に選んだのでは?」
オニキスが持論を展開した。
「そうだ!!そうとしか考えられない!!」
ルシフォールはオニキスの発言に賛同している。ルディはそのことを受け止めていた。オニキスと過ごした数日の間に、この話は既に二人の間で出ているのだ。
「お父様、私は勇者としての役割を果たします」
ルディは勇者の剣を掲げた。
「聖女は教会の管轄ですが、勇者は王族の管轄と聞きました。女王陛下に報告しますね」
ルディはそう言うと自室に戻った。オニキスもまた、客室に戻り身体を洗い清めた。ルディがウルアク宛に手紙を書くと、その内容をルシフォールが確認し王宮に届けられた。
その夜は、ルディとオニキスが無事に帰ってきたことと、オニキスの送別を兼ねた晩餐会が開かれた。ルシフォールは、ルディとルイーゼに色違いの同じデザインのドレスを贈っていた。ルディはサファイアブルー、ルイーゼはワインレッドである。女の身なりをして化粧を施したルディは、美しい。会場は、美しい双子に湧き立った。
「オニキス王子、帰国したら国王にもあの件を話しておくように」
ルシフォールが釘を刺す。オニキスは頷いた。
「ルーシー嬢、食事の後、少しお話できますか?」
今宵招待された子爵家の子息がルディに声をかけた。ルディは淡々と対応する。
「私はあなたと話などありません」
淑女とは思えないストレートな拒否に、場が騒めく。ルシフォールはすぐにフォローした。
「この場にいる貴族達に報告します。私の長女ルーシーは、オニキス王子の恋人となりました」
会場が騒めいた。誘拐されていて見つかった教皇の長女。その長女が隣国の王子の恋人だと言うのだ。
「‥行方不明の間は庶民として育ったのでしょう?男を手管に取るくらい簡単なことなのかしら‥」
招待された貴族達が小声で噂した。そんな空気を察したオニキスは、突然立ち上がった。
「色々想像するのは勝手ですが、色眼鏡で見られるのは気分が悪いので断言します。ここにいる教皇聖下の御息女ルーシー嬢は、私の命の恩人。それをきっかけに愛を育みました。我が国には、王子でも庶民を妻に迎える文化があります。だから私は、彼女の身分は関係なかった。たまたま、愛した女性が教皇聖下の御息女だったのです」
オニキスの言葉に辺りは静まり返った。憶測でよくない印象を持っていた者達は気まずそうに俯いている。
ルディが勇者だということはこの場ではまだ発表できない為、オニキスはそれ以上は説明しなかった。ルイーゼはオニキスに庇われているルディを憎々し気に睨んでいる。
『オニキス王子は命を助けられたから恩義を感じてるだけよ。男として育ったような女に私は負けないわ!』
ルイーゼはまだオニキスを諦めきれずにいた。どう考えても、同じ顔なら女性らしい自分が上だと確信しているのだ。実際、ルイーゼは社交界でも人気の美女だ。そんな自分が、マナーも知らない男のような女に負けるなど、到底認めることができなかった。
食事が終わるとオニキスはルディをエスコートして、大広間に入った。そこでは演奏が奏でられ、招待客達が歓談できるようになっている。オニキスは葡萄酒を二つ持ってきた。
「乾杯」
二人は乾杯すると一気に飲み干した。
「ルディは酒はどこで覚えたの?」
一気に飲んでも平然としているルディにオニキスが尋ねた。
「15の頃くらいか、師匠がね。男の中で生きるには酒も飲めなきゃいけないし、強くなければ女とばれて襲われることもある、て教えてくれて」
ルディは酔ってはいなかったが、酒が回り頬がほんのりと赤くなっている。その表情にオニキスは色気を感じていた。
いい雰囲気の二人を、周りは温かい目で見守った。そこにベルゼが現れた。
「ルーシー姉上。気をつけて。ルイーゼ姉上が貴方を狙ってるかも」
ベルゼはルディにだけ聞こえるように耳元で囁くとその場を去っていった。ベルゼが去ると、ルディ達に向かってくる一つの影があった。
「あら、ルーシー。グラスが空じゃない。これ、おいしいわよ」
ルイーゼが二つのグラスを持ってやってきた。ルイーゼはその片方をルディに手渡した。
「これはジュースですから女性専用です。オニキス王子には、酒を持ってこさせますね」
ルイーゼはそう言うと、使用人に合図をした。使用人はすぐに酒を持ってきた。オニキスは黙ってその酒を受け取ると、一気に飲み干した。それを見たルイーゼはニヤリと笑っている。
「ほら、ルーシー。貴方も飲んで」
ルディの目の前でルイーゼが自分のグラスを飲み干した。ルディはグラスを持ったまま動かない。先程のベルゼの言葉が気になっていたからだ。
「なぁに?毒でも入ってると疑っているの?そんなことをここでしても、お父様がいるし、無駄でしょう?」
ルイーゼはルディの心を読んだように言った。ルディは仕方なくグラスに口をつけた。中身は確かにジュースだ。酒ではない。ルディはジュースを飲むことにした。
ルイーゼはルディとオニキスの側に居座り、話し続けた。オニキスは酔いが回ったのか、フラつき始める。
「あら、オニキス王子。酔ったのですか?」
ルイーゼがオニキスの側に行くと介抱を始めた。オニキスの目が回る。オニキスは意識が混濁し始めた。その頃、ルディは腹痛を起こし便所に走っていた。
「毒ではなく、下剤か!!」
ルディはルイーゼの企みにまんまとハマった自分の愚かさを悔いた。ルディが腹痛と戦っている中、ルイーゼは意識の朦朧としたオニキスを別の部屋に誘っていた。
「オニキス王子、大丈夫ですか?」
隣で囁く声色は愛しい人の声色だ。オニキスは安心しきってルイーゼに付いて行った。別室に辿り着くと、オニキスはソファに寝転んだ。ルイーゼはお茶を用意し始める。
「酔いをさまさないと」
ルイーゼはオニキスに冷やした茶を渡した。オニキスはそれをグビグビと飲み干した。アルコールが回ると身体は水分を欲しがる。オニキスは数杯の茶を飲み干した。
「ねぇ、オニキス様‥」
ルイーゼが横たわるオニキスに近づいた。オニキスは聞き慣れた恋人の声色を心地良さそうに聞いている。
「ん‥ルディ‥」
ルイーゼの顔が曇った。しかしこれも計画の内。ルイーゼは自ら、ドレスを脱ぎ始めた。下着姿になったルイーゼは、オニキスの上半身を自分の太腿の上に乗せた。
「オニキス様、愛しています」
ルイーゼはオニキスの耳元でそう囁くと、首筋に息を吹きかけた。オニキスの身体が過敏に反応する。オニキスは思わずルイーゼを抱きしめた。しかしそれ以上のことはしない。ルイーゼは不思議だった。
「強い酒に睡眠を誘発する薬を入れた‥。意識が朦朧としたからこれは効いたはず‥。だとしたら、媚薬が効いてない??」
ルイーゼはオニキスに出した茶を確認した。
「3杯も飲んだのに‥まだ足りないのかしら‥」
オニキスはルイーゼの腰を抱いたまま眠りについている。半裸のルイーゼは、オニキスの寝息を聞きながら複雑な時間を過ごしていた。
一方、ルディは便所にこもり格闘していた。用を足すのにドレスが邪魔だ。暗器にも中々手が届かない。
「チッ。ドレスを脱がないと、薬が取れない‥」
ルディは、下剤を飲まされた時の緩和薬も常に持っていた。睡眠薬、媚薬、下剤、などは割とよく使われる為、戦いに備えて緩和薬を持つことは剣聖アースの教えの一つだった。
ルディはやっとの思いでドレスを脱ぐと、緩和薬を口に入れた。少し時間を置くと、ルディの腹の具合は落ち着いた。
ルディはドレスに袖を通し、とりあえず外を歩ける状態で便所から出た。そして自室に戻り、普段着に着替えると使用人達にオニキスの行方を聞いた。
「オニキス王子は先程、酔ったようでルイーゼ様が介抱してました」
使用人の言葉から、オニキスがルイーゼに連れて行かれたと分かり、ルディは焦った。数ある部屋の扉を一つずつ開けてオニキスを探す。
『バン』
広間から近い客室を開けると、ルディの目にオニキスの姿が映った。オニキスはルイーゼの膝の上に寝転がり、ルイーゼの腰を抱いて眠っている。ルイーゼは半裸だ。
「ルイーゼ‥」
ルディは衝撃の光景に言葉を失った。ルイーゼは嬉しそうに笑っている。
「ルーシー、お腹の調子はもういいの?流石、庶民として育ったら逞しいわね。私なら数日寝込むわ。オニキス王子は酔ってらしたの。だから介抱したら、抱きついてきたのよ」
オニキスの腕は確かにルイーゼをしっかりと抱きしめている。こればかりは、ルイーゼがどうこうできない。普通の女なら、その様にショックを受ける。ルイーゼはそれを期待した。
「私とお前を間違えたんだろう?泥酔したら私たちの見分けはつかない。どうせ、強い酒に睡眠誘発剤でも入れたんだろう」
怒りがルディの口調を男にした。凄むルディに、ルイーゼは怯んだ。
『な‥何よこれ。予想と違うじゃない!普通なら、ひどい!とか言って飛び出していってオニキス様とは気まずくなるもんでしょう!』
ルイーゼは思い描いた結果とあまりに異なる結果に納得がいかなかった。
「もういいから、ここから出て行って。後は私が介抱する。言う事を聞かなかったら、お父様に報告するからね」
ルディがそう言い放つと、ルイーゼは半裸のままドレスを持って部屋から走り去っていった。
部屋はシンと静まり返った。オニキスの寝息だけが聞こえる。
「オニキス王子、酔ったら見分けがつかないなんて、ひどいなぁ」
ルディはオニキスの額を指で弾いた。
「ん‥」
額の衝撃に、オニキスが反応した。しかし再び眠りに落ちる。
「どれだけ強い酒を飲まされたんだか‥」
ルディは酔い冷ましの薬と気つけ薬を取り出すと、自らの口に入れ水を含んだ。そしてオニキスにそれを飲ませた。
「ん‥」
眠りながらもオニキスは薬を飲み込んだ。そして少しの時間が経つと、ルディはオニキスの頬を叩いた。
「ん!?」
オニキスは突然の頬の衝撃に目を覚ました。目の前にはルディがいる。
「ルディ、ドレスは?似合っていたのに‥」
オニキスは残念そうに言った。ルディは何があったのかをオニキスに説明した。
「‥ということは‥私は君とルイーゼ嬢を間違えて抱きついたことに‥」
オニキスは冷や汗をかいている。気まずくてルディと顔が合わせられない。
「泥酔してたしから仕方ないですけど‥。傷つきましたよ」
ルディの状態が女に戻っている。先程までは完全に男モードだった。可愛らしく拗ねるルディに保護本能を駆り立てられたオニキスは、愛しさを募らせた。オニキスはルディを力いっぱい抱きしめた。ルディの身体は筋肉が多い。普通の女性のような華奢な柔らかさはないが、オニキスにはルディの洗練されたボディが魅力的だった。
「ルディ、ごめん。旅の間は我慢できたのに‥今日は何故か我慢できない‥。身体が熱いんだ‥」
ルディはオニキスの呼吸や様子から、媚薬の効果だと察した。
「ルイーゼが茶に媚薬でも混ぜていたんでしょうね‥」
ルディは机に残った茶器を見て言った。オニキスはルディを抱きしめた。
「緩和薬は私も常に持っている‥。でも今は使いたくない‥」
オニキスはルディに唇を重ねた。二人はそのままベッドに横になり、本能の赴くままに結ばれたのだった。
やっと結ばれたルディとオニキス。しかしオニキスは帰国しなければならず、二人はしばしの別れを迎えることに‥




