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ルディは、師匠の師匠であるアースのいるジュエラントの森をめざす。そこにいた若い男は‥
ウィドマンがアルタイに戻り、数週間が経った。オニキスの帰国の日も近い。オニキスは、両親にあてて手紙を出した。中身は、ルディとの関係についてだ。教皇にも報告済みだと記している。
オニキスはルディとチンターマニ王国を訪れていた。ルディは、師匠のバストを訪ねる。バストは喜んでルディを迎えた。
「ルディ!!無事だったのか!!ジュエラントの森の麓で、ドロニノ共和国の捕獲隊が現れて男達が攫われたと聞いた。そして師匠の元にはお前が訪れてないと知らせがきたから、捕まったと思っていたぞ」
バストが弟子を抱きしめた。オニキスの顔が引き攣る。
「師匠、お預かりした証書、ドロニノに奪われてしまいました。申し訳ありません」
ルディは何度も頭を下げた。
「気にするな。あれは写しがある。師匠もお許しになるはずだ。ただ、師匠に直接謝罪には行かねばならない」
バストが出かける準備を始めた。
「今回は私も行こう」
バストがそう言うと、オニキスがルディの前に立ちはだかった。
「私はアルタイ王国の王子オニキス。私がルディを守り、ジュエラントの森まで行く。付いてこなくてよい」
オニキスはバストを睨んでいる。その様子からバストは全てを察した。
「王子様がこんな所にお越しとは。失礼しました。我が弟子とご同行くださるのは何故でしょうか?」
バストは意地の悪い質問をした。オニキスの頬が僅かに紅潮している。
「ルディは私の恋人だ!」
バストはほくそ笑んだ。
「‥ルディ、お前は只者ではないな。王子様が恋人か。お前が女であること、王子はご存知なのか?」
ルディは、クリスタの死と、自分が教皇の娘であることを説明した。
「ブレインビュー男爵が使用人に殺されたのは街でも大騒ぎになった‥。まさかシルビアがその殺された愛人とは‥」
バストは過去に愛した女の死を、複雑な思いで受け止めた。更に、シルビアが実は他国の公爵令嬢で、教皇の子を拐っていたなど、衝撃的過ぎて簡単には受け入れられなかった。
ルディとオニキス、そしてオニキスの護衛騎士はジュエラントの森を目指した。一行は深い山奥を進み、森の奥の一軒家を見つけた。
「アース様、バストの弟子、ルディです」
ルディはまだ聖剣アースに会ったことがなく、緊張している。中から扉が開いた。
「バストの‥。入りなさい」
水色の長い髪の男性が中へ誘った。見た目はバストよりも若く見える。
「あの‥アース様はどちらに?」
ルディはきょろきょろと辺りを見渡した。部屋には色々の武器が置いているだけで、人の気配は無い。
「私が剣聖アースだ。各国には勇者と認定されている。バストは弟子だが、私はバストより若いぞ」
アースは見透かしたように言った。ルディは、剣聖アースを年老いた人と思い込んでいた。中年のバストの師匠だ。そう思うのは仕方ない。
「‥私が剣聖として目覚めたのは、まだ9つの時だった。そして、バストを弟子にしたのは18の時だ。20も年上の弟子だが、そういう弟子は他にもいる」
ルディはマジマジとアースの顔を見た。
「私は今、23歳だ」
アースはルディが聞きたいことを察した。ルディは驚き声を失っている。師匠の師匠がまさかの23歳。予想だにしない展開に、ルディは戸惑った。
「ルディ、お前を呼んだのは理由があったからだ。バストには使いに出せとしか言っていないが」
アースは壁にかかった一本の剣を取り外した。剣には緑色の宝石が埋め込まれている。
「私は勇者だ。ゆえに、天の声を聞くことができる」
アースは、剣に手を翳した。緑色の宝石から光が放たれる。
「この石はモルダバイト。聖女を確認し、聖女が持つ石と同じ物だ。だが、これは勇者専用。聖女が触れても何も起きない。この石が、私の後を継ぐ勇者の出現を伝えてきた」
9歳の頃から14年間、勇者としての責務を果たしていたアースに、勇者引退の時が訪れたのだ。
アースは剣をルディに手渡した。その瞬間、剣から四方八方に光が放たれ、ルディの右の上腕部に飛龍の紋章が現れた。それと共に、アースの腕にあった飛龍の紋章が消えた。
「ルディよ。お前はこれから、勇者として生きねばならない。勇者には勇者の。聖女には聖女の役割がある。聖女は教会の管轄だが、勇者は各王国の管轄。似て非なる物だ」
それを聞いたオニキスが、話に割って入った。
「ちょっと待て!ルディは、教皇の娘。母君は元聖女。そんなルディが勇者だと?」
ルディもまだ状況を飲み込めていない。呆然と立ち尽くしている。
「勇者は天が選ぶ。私にそんなことを言っても無駄だ。たとえ聖女の子であろうと、女であろうと、勇者に選ばれたのはこのルディだ」
アースは己の役目を終えて安堵していた。これからは勇者としてではなく平凡な暮らしができる。アースは胸を躍らせていた。
ルディはアースから勇者が持つべき剣を受け取ると、教会を目指した。ジュエラントの森はチンターマニ王国の中でもドロニノ共和国側にある。エスケル王国には数日かかった。オニキスにとってはこの旅路が、今回のエスケル王国滞在の最終イベントになる。オニキスは落ち込むルディを慰めながら帰路についた。森を抜けると夕暮れ時で、オニキス達は宿を探した。オニキスとルディは同じ部屋だ。
「ルディ、暖かい物でも飲まないか?」
オニキスがお茶を持ってきた。ルディは黙って頷く。
「‥ルディ。私は君がどんな立場でも、好きだ」
オニキスは真っ直ぐにルディを見つめている。しかし、ルディは目を伏せたままだ。ルディの手は震えていた。
「オニキス様‥。勇者って、何をする存在なんですか?」
ルディは勇者の存在意義を知らなかった。かつてエスケル王国に勇者が現れた前例はない。今の時代、チンターマニ王国にはアースがいたわけだが、チンターマニ王国は戦争が少なく、勇者の活躍する場はあまりなかった。その為、庶民には勇者の話は入っていない。実際は、アースは魔物のいるジュエラントの森で魔物を倒す役割を果たしていた。
「勇者は、生まれた国の王族の為に戦う存在だよ。ルディはエスケル王国で生まれたから、エスケル王国の勇者ということになる」
オニキスは、勇者の現れない国エスケルに勇者が現れたことを疑問に思った。
『まさか‥クリオラがアルタイにいたから‥??』
オニキスは一つの仮説を立てた。それは、本来ならエスケル王国にいるはずの聖女が、アルタイ王国で育てられ覚醒した為に、エスケル王国には生まれないはずの勇者が生まれたのではないか、という物だ。
そうなると、自分のせいでルディが勇者に選ばれたことになる。自分が、クリオラを聖女だと霊視しなければクリオラがアルタイで育てられることはなかった。
オニキスはルディに対して罪悪感を感じ始めた。
「ルディ、ごめん」
オニキスはルディを抱きしめた。ルディは、なぜオニキスが謝るのか理解できなかったが、オニキスの腕に身体を預けた。心地よい安心感が二人を包んだ。こうして二人は、エスケル王国に戻る為の数日の旅路を共に過ごし、想いを深めていった。
想いを深めあうルディとオニキス。オニキスの帰国の日が迫っていた。




