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ルディがいよいよ両親との再会を果たす。
教皇夫妻が悲しみに暮れる中、戦場から馬を飛ばしてきたウィドマン達が到着した。オニキスは負傷したルディを抱えている。
「教皇、教皇はいずこに?」
ウィドマンが声をあげた。神官達は隣国の王の突然の来訪に慌てふためく。ウィドマンの声を聞いたルシフォールは立ち上がった。ウィドマンからの手紙には、聖女を王女として育てたことと、一人の騎士の傷を治して欲しいと書かれていたからだ。
「‥一体どこの貴族の息子が傷を負ったというんだ。王が直々に私に頼んでくるなど‥」
ルシフォールは腑に落ちなかったが足早にウィドマンの元に向かった。ルシフォールの姿を見たウィドマンが駆け寄る。
「ルシフォール!この者を見てくれ!」
ウィドマンが、ルディを指差した。背中に傷を負い、オニキスに抱えられた騎士がいる。ルシフォールはその顔を見て愕然とした。
「ルイーゼ??」
ルシフォールはルディに近寄る。ルディは自分に似た面差しの教皇を見上げた。
「いや、ルイーゼに似ているが男か‥。ウィドマン、似ているから助けろということか?」
ルシフォールはため息をついた。そんなルシフォールの前にオニキスが進み出た。
「ルディは女です!私を助ける為に、敵の刃を背に受けました。どうか、治してください」
オニキスは頭を下げた。ルディを抱きしめるオニキスの手に力が入る。
「女!?」
ルシフォールが目を見開いた。ウィドマンが黙って頷く。
「ルディは女だ。ルディはチンターマニ王国で育ったらしい。母親は黒髪に青い瞳だそうだ」
エスケル王国やその周辺国家では、黒髪は珍しい。大体が、茶色か金の髪をしている。黒髪は王侯貴族がほとんどだった。
「黒髪‥。クリスタか?」
ルシフォールがそう言うと、ルディは首を横に振った。
「私の母の名はシルビアです。クリスタという名前ではありません」
ルディの声はルイーゼと同じだった。ただ、男になりきる為に低いトーンで話しているので、中性的な声色だ。ルシフォールは確信した。
「セシル!セシルを呼べ!」
ルシフォールは使用人に命じた。使用人達は悲しみに暮れるセシルを宥めながら連れてきた。
「あなた‥どうしたのですか?」
セシルは泣き腫らした目をしている。ルシフォールはそんなセシルの腕を引っ張り、ルディの前に連れてきた。
「ルーシーだ。私たちのルーシーが生きていたんだ。ウィドマンが気づいて連れてきてくれた」
ルシフォールの顔は歓喜に満ちている。セシルが目を見開いた。
「あ‥あなたは、ルーシー!!」
セシルはオニキスが抱きかかえたルディに歩み寄った。セシルはルディの手を握り、顔を触った。
「会いたかった‥。あなたは私と教皇様の娘なのです」
ルディは驚き固まっている。大教会に連れてこられたと思ったら、教皇の娘だと言うのだ。ルディにはすぐ受け入れることができなかった。
「ルイーゼを呼んできて!」
セシルの指示でルイーゼもやってきた。ルイーゼは、オニキス王子の突然の訪問を喜んでいた。
「オニキス王子」
ルイーゼはオニキスのそばに駆け寄った。オニキスが誰かを抱いている。ルイーゼは顔を覗き込んだ。
「‥‥‥」
自分と同じ顔の男がそこにいる。ルイーゼは困惑した。
「ルイーゼ、彼女は女だ。男のなりをしていても女性なんだ。お前の姉のルーシーだ」
ルシフォールが説明した。ルイーゼは嬉しさの他に色々な感情に襲われていた。その複雑な思いから、表情も晴れない。
「あの‥先程から私を娘とおっしゃいますが、私の母はチンターマニ王国にいます。他人の空似ではないでしょうか」
ルディがそう言うと、ルシフォールはオニキスからルディを受け取り、その足で聖堂に向かった。
「これを見てみよ」
ルシフォールは、ブレインビュー男爵の棺を開けた。中には二人の遺体が入っている。
「母様‥」
ルディは震える声で言った。突然連れてこられた教会で、いきなり母親の遺体を見せられたのだ。気が動転するのは当たり前である。
「この女は、エスケル王国のブラヒン公爵令嬢クリスタ。聖女であるセシルに嫉妬し、セシルが産んだ双子の片方を誘拐し、行方をくらましていたのだ」
ルシフォールは事の経緯を端的に説明した。
「‥母様が公爵令嬢‥。誘拐?」
ルディの肩が震えている。受け止められない現実に、ルディは言葉を失った。
「私たちはお前をずっと探していた。お前の名は、ルーシー。教皇の第一子だ」
ルシフォールが優しい顔で囁いた。混乱していたルディも、そんなルシフォールの愛情を感じ落ち着きを取り戻した。
その頃、オニキスはルイーゼのお喋りに付き合わされ、辟易していた。ウィドマンはこちらに来る途中に受け取ったルシフォールからの手紙を読み返している。
「オニキス、クリオラの件は何とかなりそうだ。この後、女王の元に向かうぞ」
「わかりました。それで‥ルディはどうなるんでしょうか?」
「ルシフォールはどこに連れて行ったんだろうな」
ウィドマンたちはまだ、クリスタの死を知らない。セシルは、ブレインビュー男爵の殺人事件があり、愛人であったクリスタも刺殺されたことを説明した。
「クリスタは死んだのか。しかも今このタイミングで教会に遺体があるとは。まさに神のお導きだな」
ウィドマンは神像に手を合わせた。
ルディの背中の傷は、ルシフォールが直々に治療し完治した。ルシフォールは、行方不明だった娘が見つかったと女王に報告した。ウィドマンは、聖女を今後どうするか、教会とエスケル王国の話し合いが終わるまで、教会に滞在することになった。オニキスは、ルディが心配だったので父と共に残った。
「ルディ!」
オニキスは、草原に横たわるルディに声をかけた。ルディはまだ男性の服を着ている。
「オニキス王子、今日は王宮には行かなかったのですか?」
オニキスはため息をついた。
「女王の所にいくと、インカローズ王女と婚約しないかと言われるから嫌なんだ」
「インカローズ王女はまだ幼いですよね。婚約したとしても、結婚は5、6年は先‥」
オニキスもゴロンと横になった。オニキスはジッとルディを見ている。
「婚約を断るには、他に婚約者がいるというのが一番だと思うんだ」
ルディは王侯貴族の世界を知らない。愛する人と夫婦になって家庭を築く庶民の生活しかわからなかった。
「ルディ、私の婚約者になってくれないか?」
オニキスが突然、ルディの上に覆い被さった。身体と身体の隙間はオニキスの両腕の長さ分空いているが、見上げるとオニキスの顔があるシチュエーションに、ルディは戸惑った。オニキスはウィドマンにはあまり似ていない。鼻筋が通った中性的な美形である。髪の色は黒髪で瞳は紫だった。ルディは、ルシフォール似の金髪碧眼である。
「ど‥どうして私が?オニキス様のことは、妹のルイーゼが追いかけているじゃないですか」
ルディは顔を背けた。近距離のこの体勢に、心臓がバクバク言っている。ルディの紅潮した頬と首筋は、否定しているように見えない。オニキスはあえて霊視はせずに、押した。
「私は、お前に命を助けられた。そして女と分かった。その時からずっとお前のことばかり考えてしまうんだ」
オニキスは熱い想いを打ち明けた。ルディは真っ赤になった。男として生きろと育てられた。しかし心は完全には男になれなかった。ルディは、オニキスに初恋に似たときめきを感じていた。
オニキスはそんなルディの髪を撫でると、横を向いた顔を正面に戻して口付けをした。突然の展開にルディはパニックだった。それでも、その行為に嫌悪感を感じず、嬉しさを感じたことから、自分の気持ちに気づき始めたのだった。
ルディとオニキスの想いはこれからどうなっていくのか。二人を引き離そうとする災いは複数待ち構えていた。




