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アルタイ王国とドロニノ共和国の戦争が始まった。ドロニノ共和国の女王が選んだ道は‥!!
いよいよ二代目聖女が目覚める。
アルタイ王国軍は国境を封鎖し、突撃に備えて待機していた。伝書鳩からの知らせでオニキスが脱出したことを知ったウィドマンは、オニキスの到着を待っている。
「父上!」
オニキスの声がした。ウィドマンが立ち上がり、声のした方に向かうと、オニキスの馬に二人が乗っている。
「よくぞ無事に脱出した」
ウィドマンはオニキスを抱きしめた。今回の作戦は命懸けだったのだ。ウィドマンは、ドロニノ共和国の企みをオニキスの霊視で知り、急遽エスケル王国来訪を取りやめて出撃した。
「ヘンブリー大公から手に入れた薬は役に立ちました。種馬の男達が飲まされる媚薬の効果を見事に打ち消しましたよ」
「ヘンブリー大公の屋敷には世界中の薬や毒がある。前の大公が集めていたからな。ヘンブリー大公には礼をしなければ」
ウィドマンはヘンブリー大公への謝礼を考えた。権力にも異性にも興味のない大公。何を送ればよいかすぐには思い浮かばなかった。
「それで、オニキス、その者は?」
ウィドマンがルディを指差した。ルディは目の前の豪華な甲冑を身につけた男が只者ではないと恐縮している。
「この者も、ドロニノ共和国に種馬として捕えられた異国人のようです」
オニキスがそう説明すると、ルディは頭を下げたまま口を開いた。
「私は、チンターマニ王国のタルーザという町に住むルディと申します。師匠は、剣聖アースの弟子、バストです」
小柄だが鍛え抜かれた四肢をしているルディを、ウィドマンはジッと見つめた。
『ルシフォールに似ている‥』
ウィドマンはそう思ったが、ルディが男であることから誘拐された子とは考えなかった。
「オニキスが助けたのか?」
オニキスは黙って頷いた。
「人嫌いなお前が珍しいな」
ウィドマンの腕がオニキスの頭を囲う。ウィドマンの逞しい腕の中からオニキスは恥ずかしそうに逃れた。
「この者は、戦争の最中に陵辱されて死ぬ未来が見えなかったんです。だからこの者だけ連れてきました。他の者は多分、今頃生きていないと思います」
「ふうん‥。この者は剣聖の孫弟子。それなりの剣技があるから死ぬ未来が見えなかっただけかもしれんが‥。まあ、よい。剣士なら我が軍に入り、戦ってもらう。戦争が終われば国に帰るといい」
ウィドマンはそう指示すると、本陣に戻って行った。
「‥すまない。お前もこの戦争に巻き込んでしまった」
オニキスがばつの悪そうな顔をしている。
「私はアルタイ王国の王子オニキス。そして、先程の方は我が父、アルタイ国王ウィドマン陛下だ。我が国はここ数年、ドロニノ共和国とは戦争状態にある」
オニキスが名乗った。ルディは今の状況をすんなりと受け止めていた。オニキスが王子なのは牢で聞いて知っていたからだ。
「私は戦争には出たことがないです。でも、命の恩人のオニキス王子の為に、戦いますよ!」
ルディは晴れやかに言った。笑顔が眩しい。オニキスには、戦争前のどす黒い暗澹たる雰囲気の中に、小さな星が光り輝いているように見えた。
オニキスはルディにまともな剣を渡した。ルディは嬉しそうに剣を振る。
「こんな立派な剣、持ったことがないです。ありがとうございます」
オニキスは剣は苦手であった。ウィドマンが猛将なら、オニキスは知将だ。オニキスはルディの美しい剣捌きをうっとりと見つめていた。
その夜、食事の時間にオニキスはルディを同伴した。本来なら、位の高い軍人しか入れない席だ。一般の軍人達は外側で質素な物を食べている。
「父上、ルディを私の側近として‥この戦では扱います」
オニキスが断言した。許可を得にきたのではなく、報告にきた辺り、意思の強さが感じられた。
「そうか。お前の身を守ってくれるだけの腕がありそうだ」
少し酒の入ったウィドマンは快諾した。周りの者達は訝しげにルディを見ている。どこの馬の骨ともわからない存在が、王太子の側近。本来ならありえないことだからだ。
その日はルディはご馳走を食べ、元気を取り戻した。オニキスは食事を済ませると、ルディを自らのテントに案内した。
「今夜はここで寝る。そこにある物に着替えてくれ。私の物だから大きいだろうが、寝るだけだ。問題ない」
オニキスはゴロンと横になった。テントの中には、布団はあるがベッドはない。床に寝転がるように寝なければならない。ルディは野宿に慣れているが、オニキスは王子だ。ルディは床に寝転がる王子に違和感を感じていた。それと共に、女とバレてはいけないという緊張感も高まっていた。
オニキスが軽く寝息を立て始めると、ルディは素早く着替えた。明日の朝の為にも、胸のサラシはいつもより厳重に巻き付けた。そして明日の戦いに備えて、ルディも眠りについた。
翌朝、ルディはオニキスより先に起きて着替えた。軍のラッパが鳴り、兵士達が全員起床するタイミングでオニキスは起きた。
「牢獄の次は野宿‥。身体が痛いな‥」
オニキスは両手を上にして背伸びをした。ずっと最高級のベッドで寝ていた王子だ。身体も贅沢に慣れている。
「筋肉の凝りをほぐすミントティーを召し上がりますか?」
ルディは懐からミントティーを取り出した。ルディの身体には、いざという時の武器や薬などが至る所に身につけられていた。
「いただこう」
オニキスは霊視できる。その為、普段も毒見が必要ない。オニキスは茶を見ると、そのまま飲み干した。
その日、アルタイ王国軍は国境を越え、ドロニノ共和国に侵攻した。アルタイ王国の侵攻は、同盟国のチンターマニ王国にも告げられ、日々、人民を種馬として拐われてきたチンターマニ王国も、アルタイ王国を支援した。その結果、ドロニノ共和国は挟み撃ちになり、戦の結果は早々についたかに見えた。
追い詰められたドロニノ共和国は、女王自らが魔獣と契約をし、ワイバーンの群れが軍に加わった。飛龍であるワイバーンは炎を吐き、アルタイ王国軍を襲った。ウィドマンはすぐにアルタイ王国に急使を出した。そして、ドロニノ共和国に、聖女でドラゴンマスターのクリオラが訪れた。
「父上、遅くなりました」
王女クリオラの来訪を、兵士達は不思議そうに見ている。戦場に王女。違和感のある組み合わせだ。
「クリオラ、よく来てくれた。今日ここで、お前がドラゴンマスターであり、聖女であることを世に示す!」
ウィドマンは既に決意を固めていた。今までは、聖女がアルタイにいることは秘められていた。しかし、今この時に、聖女の力を使わなければ、アルタイ軍は滅びてしまう。
クリオラは、アルタイ軍を襲うワイバーン達の前に歩み出た。
「我が龍よ!この場に現れよ!あやつらを全て葬り去れ!」
クリオラが右手を挙げると、上腕部にあるシリウスの紋章が光輝き、空に大きな黒龍が現れた。黒龍は稲妻を纏っている。ワイバーン達は、自分達よりも圧倒的に格上の存在に怯んでしまっていた。
「グォォォォー!!」
黒龍が轟くと、強烈な雷撃がワイバーン達を襲った。雷撃はワイバーン達を一瞬で消し炭に変えた。
「そんな‥」
魔獣と契約をした女王は、魔獣達の死で己の命も失った。女王がそのまま倒れ込むと、その身体は紫の煙になって消滅した。
「そんな‥お母様が!!」
ディーヴァは女王のそばに駆け寄った。そこには、母の姿はなく、残ったのは地面に焼きついた影だけ。ディーヴァは地面の砂を掴んで握りしめた。
「お母様の仇‥。必ず私が!!」
ディーヴァが怒りに燃えている中、王太女のライラは戦線を離脱していた。ライラは最初に戦況が不利になった時点で後退し、様子を見ていた。女王が魔獣と契約したことで、自国の軍が盛り返すかに見えたが、万が一に備えて前進しなかった。案の定魔獣は倒され、女王は死んだ。ライラは持てるだけの金を持ち、馬で他国に逃亡した。
姉の裏切りも知らず、ディーヴァは自分の軍を率いて、姉の軍を待っていた。女王の軍が倒された今、姉妹の軍が協力して戦うしかない。
「姉上の軍は今どこにいる?」
ディーヴァは側近に尋ねた。
「王太女様の軍旗はバラバラになっております。皆、民衆を襲って金を奪い他国に逃げようとしているようです」
ディーヴァは愕然とした。
「姉上‥いや‥ライラ‥。国を捨てるのか‥」
ディーヴァは怒りに燃えている。ディーヴァの軍は孤軍奮闘し、アルタイ王国軍を苦しめたのだった。
戦争のゆくえは‥。ディーヴァはドロニノ共和国を守れるのか?




