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危機にさらされたルディをさらなる危機がおそう。その先にあるのは絶望か、運命の出会いか。

 ルディは五日間、馬で長い道のりを駆けた。途中、宿屋に泊まることもあったが、宿屋がない場所では野宿をした。そしてようやく、ドロニノ共和国との国境添いに辿り着くと、ジュエラントの森を目指した。ジュエラントの森は秘境と呼ばれ、一般人は基本的に立ち入らない。ルディは静かに森の中を進んだ。

 森の中腹に差し掛かると、木が鬱蒼と茂り薄暗くなった。木々の間から光る目がルディを見ている。ルディは殺気を感じて剣を握った。

「ガルルル‥」

 現れたのはフェンリルだった。複数のフェンリルがルディを囲む。馬は恐怖で怯えている。ルディは馬の背を軽く叩くと馬から降りた。そして、リーダーと思しきフェンリルに剣を向けた。フェンリルの殺気が強まる。

「ウガーッ」

 二匹のフェンリルがルディに襲いかかった。ルディは素早く身をこなし、剣を振る。剣は一匹のフェンリルの胸を切り付けた。その瞬間。もう一匹がルディの首筋を目掛けて飛びかかってきた。ルディは左手で短剣を掴むともう一匹の眉間に短剣を突き刺した。

「ギャウン!!」

 眉間に短剣が刺さったフェンリルは絶命の瞬間に叫んで倒れた。胸を切られたフェンリルは起き上がれずに伏せたままだ。しかしルディを囲むフェンリルの数はまだまだいる。

「やばいな‥」

 ルディがそう呟いた瞬間、耳に大きな銃撃音が響いた。それと共に複数の馬の足音もする。フェンリル達は素早く姿を消した。その場に残されたのは、二匹だけだ。

「大丈夫か?」

 奥から男が声をかけてきた。ルディは剣を鞘にしまうと、現れた男達を見た。身なりがいい。盗賊などではなさそうだ。ルディは安堵した。

「ありがとうございます。お陰で命拾いしました」

 ルディは頭を下げた。すると、一人の男が馬から降りてきた。

「中々の剣捌きだった。お前はこの危険な森に何をしにきたんだ?」

 男は尊大な態度だ。身分が高いのか、着ている物も豪華だ。

「私は、剣聖アースの弟子であるバストの弟子のルディといいます」

 男はマジマジとルディを見ている。

「誰かに似ているな‥誰だったか‥」

 男はルディの顎を掴むと、顔をじっくり眺めた。

「止めてください!」

 ルディは男の手を振り払った。すると、周りにいた部下達が前に前に進み出た。

「無礼な!!このお方をどなたと心得る!ドロニノ共和国の第二王女ディーヴァ様だ」

 ルディはドロニノ共和国の特異性を思い出した。皆、男の格好をしているが、女である。ドロニノ共和国は、男は種馬しか生き残れず、女性だけが暮らす国だった。

「王女様とは知らず、ご無礼を致しました」

 ルディは素早く謝罪した。ディーヴァ達は、何やら話している。

「やれ」

 ディーヴァの一声で、部下達は縄を取り出した。

「な!!何をするんだ!!」

 ルディは必死に抗ったが多勢に無勢。ルディは彼女らが用意していた籠に入れられ、捕獲された。

「今回の種馬は美形だ。母上や姉上も喜ぶだろう」

 ディーヴァは満足そうに言った。

「今頃、女王陛下の手にはアグダルのオニキス王子も落ちているでしょう。オニキス王子を人質にして、アグダル王国に攻め入る。女王陛下の計画は完璧です」

「ついでにオニキス王子を種馬にして、王家の子孫を残せば血統のよい後継者が生まれる。男子は処理されるがな」

 ドロニノ共和国では、男子は生まれた瞬間に殺される。男子を育てるという歴史はない。種馬は他国から質のいい成人男子を捕獲してきて子孫を増やしていた。

 その後、ディーヴァは一旦、チンターマニ国に入り数名の男を捕獲すると籠に入れてドロニノ共和国に帰って行った。

「母上、戻りました」

 ディーヴァは複数の男を縄で縛り、女王の前に差し出した。女王は男達をじっくり見ている。その舐めるような視線に、男たちは恐怖を感じていた。

「いい種馬を集めたじゃないか。こちらも上々でな。オニキス王子らは捕らえて牢に入れている。軍備を整えたらアグダルに侵攻する」

 女王は品定めするかのように男達を見ると、一人の男を指差した。

「今夜はその者を私に。ライラ、そなたは、オニキス王子の種をもらえ。嫡流たるそなたの子は、血筋がいいにこしたことはないからな」

 王太女であるライラは母の指示に従った。ライラは、オニキスのいる牢を目指した。ライラの手には媚薬が握られている。

 女王が選ばなかった種馬達は、オニキスと同じように牢に入れられた。

「‥俺達はどうなるんだ‥?」

 男達は恐怖で震えている。

「今まで、捕らえられた男達は、目を潰されて足の腱を切られてひたすら種馬として働かされ、役割を果たせなくなったら殺されている。川から流れてきた死体にそういうのが多かった」

 ルディは焦った。自分は女である。男と思われて種馬として捕らえられたが、自分には男としての生殖能力はない。それがバレたら殺される。

『何としても逃げなければ‥』

 ルディは耳につけていたピアスをとりはずした。ルディのピアスはカミソリの刃が忍ばせてある。暗器は各所に用意されていた。ルディは縄を少しずつ削っていった。

 ルディのいる牢から徒歩で1分もかからない場所にある牢には、オニキスがいた。オニキスと側近達が囚われている。

「予想通りだな‥。和平条約を結ぶと呼び出しておいて、私を捕らえる。全て、霊視で見えていたことだ。父上の兵はもう国境を密かに越えて近づいている。今夜、脱出するぞ」

 オニキスは小声で部下に指示を出した。そして靴底に忍ばせていた武器で鎖をはずしている。

「各自、腕輪に忍ばせた薬を使い、敵から武器を奪え」

 オニキスは部下にも自分にも腕輪の中に薬を隠し入れていた。

 そこにライラが現れた。オニキス達は慌てて鎖に繋がれているふりをする。

「オニキス王子、ご機嫌いかが?」

 ライラはドロニノ共和国の女にしては女性らしい。一見男にしか見えないディーヴァとは違った。

「王太女、我々を騙してどうするつもりか?」

 オニキスがライラを睨みつけた。ライラはオニキスの口に媚薬を流し入れた。吐き出そうとしても、ライラがオニキスの鼻と口を閉じて吐き出せない。呼吸をするには飲み込むしかなかった。

「さあ、オニキス王子、私の部屋に参りましょう」

 ライラがそう言うと、ライラの部下が牢の扉の鍵を開けた。その瞬間、オニキスの側近達はライラの部下に腕輪の粉を投げつけた。粉は恐ろしいほどの痒みを肌に起こさなせ、部下達は床に転がりまわって身体をかいた。その部下達の剣を奪うと、オニキスはライラ達を制圧した。

「今度はお前に人質になってもらおうか」

 オニキスはライラの髪を掴んで、逃げられないように捕まえた。側近達がライラに縄をかける。

「貴様‥どうして鎖を解いたんだ‥?媚薬はなぜ効かない‥」

 ライラが悔しそうに睨んだ。オニキスは嘲笑を浮かべている。

「お前達が、和平条約と嘯いて私を国に引き入れたこと、最初から分かっていたからな‥。捕まったのはわざと、だ。公明正大に、我が国がドロニノ共和国を攻め滅ぼす理由が欲しかった。王太子である私を捕らえ、それを使ってアルタイ王国に要求をしようなど。国際法上、認められない。我々がこの国を攻め滅ぼしてもそれは正当防衛になる」

 オニキスはそう言うと、ライラに目隠しをし、口にも布を巻いて声を出せないようにしてから縛りつけた。

「すみません‥」

 オニキス達が牢から脱出しようとしていると、奥から声がした。オニキスは側近に確認に行かせた。

「私達も助けてください。ここを開けてさえくれればいいですから」

 急いで脱出しようとしているオニキス達に、ルディは懇願した。

「王子、時間がありません!放っておきましょう」

 側近は無視するよう進言した。しかしオニキスは、ルディを見捨てることができなかった。初めて会う人間。しかも男なのに何故見捨てられないと思うのか。オニキスはわからなかったが、己の勘を信じて指示を出した。

「扉だけあけてやれ」

 オニキスの命令で複数の男が蹴破り、扉は開いた。そうしてオニキス達とルディらは牢から脱出した。外に出ると、ルディと共に囚われていた男たちは、我先にと自宅を目指した。彼らの自宅はチンターマニ王国にある。すぐには帰りつかない距離だ。しかし、彼らはとにかくこの場から逃げ出した。

 ルディは牢の中で痒みにもがいていた兵士から奪った剣を持ち、剣聖の元に向かおうとした。しかし、見ぐるみを剥がされ、渡すべき物はもうない。アースに会って謝罪するしかないと気合いを入れた。

「ありがとうございました。おかげで助かりました」

 ルディはオニキスに礼を言うと、小走りに立ち去ろうとした。それをオニキスが止める。

「今、この国を一人で歩くのは危険だ。すぐに戦争が始まる。我が軍に身を寄せ、戦争が終わったら国に帰ればいい」

 オニキスには、先程走り去って行った者たちの未来が見えていた。国を抜けるには徒歩だとかなりかかる。その間に戦争が始まり、女達に捕まって嬲られる。

 それなのに、ルディにはその未来が見えない。だからこそオニキスは、ルディは手を差し伸べなければならない存在と判断して声をかけたのだった。

「あ‥ありがとうございます。宜しくお願いします」

 ルディは素直にオニキスの援助を引き受けた。こうしてルディとオニキス達は、ウィドマン王の待つ本陣へと向かったのである。


ルディとオニキスは出会った。しかしオニキスはまだルディが女だとは知らない。

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