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ブラヒン公爵家にトラブルが。騒然とする公爵家に、クリスタは‥。
クリスタは社交界に復帰していた。しかし、一年もの間、行方知れずだったこと、ブラヒン公爵家が捜査を行っていたことは周知の事実で、今さら取り繕っても隠せなかった。
「クリスタ」
パールがクリスタの側に歩み寄った。パールだけはクリスタを心配していた。
「パール、ディアモンは元気?」
クリスタの口から珍しく兄の名が出た。パールは驚いて目をパチパチさせた。
「あ‥兄は先月、結婚したの‥」
パールの言葉にクリスタは顔をしかめた。
「‥そう‥。おめでとうと伝えておいて。祝いの品は送るわね」
クリスタはそう言うと会場を後にした。
「‥ディアモンまで結婚したなんて‥。ミシェール様はあれから会ってもくれない‥。私が囚われている間に、女王を通して婚約破棄を言ってきたというし‥」
クリスタは爪を噛んだ。指先に血が滲む。クリスタが帰宅すると、教会に忍ばせている者からの手紙が届いていた。
「‥聖女が妊娠中?双子ですって‥」
クリスタは手紙を握りしめて暖炉の中に放り込み、すぐに返事を書いた。そしてそれを教会に届けさせた。
「笑奈‥。あんただけが幸せになるなんて、許さないから」
クリスタが憎悪の感情にまみれている最中、屋敷内が突然騒めいた。
「旦那様が!!誰か!!神官を呼んできてくれ!!」
執事が大声で指示を出している。
「お嬢様!旦那様が、お倒れになりました!」
召使いがクリスタの部屋に駆け込んできた。
「お父様が?」
クリスタは真っ青になって父親の部屋に向かった。ブラヒン公爵はベッドに横たわっている。ベッドの周りには公爵夫人とアゼツライト寄り添い、心配そうに公爵の顔を覗き込んでいる。薄れゆく意識の中で、ブラヒン公爵は口を開いた。
「‥ラピス‥私が死んだら‥アゼツライトを公爵に‥。年端も行かぬと親族に押し切られぬよう、遺言書は予め執事に預けてある‥」
ブラヒン公爵は万が一に備えて、遺言状を健康な時から用意していた。
「あなた、しっかりしてください。アゼツライトはまだ未熟です」
ラピスがブラヒン公爵の手を握り、涙ながらに訴えた。
「お父様!病気になど、負けないでください。もうすぐ神官が来ます」
クリスタが強い口調で言い放った。ブラヒン公爵は、クリスタの顔を見ると微笑みを浮かべた。
「クリスタ‥。クラウディアが呼んでいるようだ。私にはもう、生きる時間は残されていない‥。アゼツライトと共にブラヒン公爵家を守るのだ。そしてお前も幸せになってくれ‥」
ブラヒン公爵はそう言い残すと、息を引き取った。医師が瞳孔と脈を確認し、死を宣告した。
「‥公爵様は永眠なさいました‥」
ラピスとアゼツライトは泣き崩れた。使用人達も悲しみにくれる。クリスタだけが呆然と立ち尽くしていた。
「嘘‥。お父様が死んだ‥。私はこれからどうしたらいいの‥」
今のクリスタにとっては、ブラヒン公爵は高い地位を確保するのに必要な存在、という立ち位置だった。二階堂笑真が憑依した時点で、クリスタとしての人格は記憶しか残らず、基本は笑真の人格がクリスタを形成していた。その為、父が亡くなった、という悲しみはほとんど感じなかったのだ。
「クリスタ‥これからは三人でこの公爵家を守っていきましょう」
ラピスが、立ち尽くすクリスタの手を握りしめた。涙にくれる継母をよそに、クリスタの心は極めて冷静だった。
その頃、教会にブラヒン公爵家からの使いが辿り着いた。神官はすぐにブラヒン公爵家に走ったが、公爵は既に亡くなっていた為、遺体は教会に運ばれた。ブラヒン公爵の死は、すぐに女王にも報告された。
「お母様、ブラヒン公爵が死んだわ。これで邪魔な公爵家を弱らせることができるかもしれない」
ウルアクとカーミラは嬉しそうにブラヒン公爵の訃報を聞いた。王太后、ディアブロ公爵、サントーバン公爵、ヘンブリー大公もまた、ブラヒン公爵の死を喜んでいた。
教会にはブラヒン公爵の遺体が運ばれ、棺には沢山の献花が供えられている。
「ブラヒン公爵が死んで‥クリスタはどうするのかしら」
ブラヒン公爵の遺体を前にした私はクリスタの今後を懸念した。
「下手に権力を持って暴走しなければいいがな‥」
ルシフォールも不安気だ。
「来月には子も生まれるだろう。教会の警備はしっかりしておかねばな」
ルシフォールが私の腹を撫でた。臨月にもなると胎動はほとんどなくなる。ルシフォールはそれを残念に感じていた。
三日後、ブラヒン公爵の葬儀が執り行われた。クリスタも葬儀に参列した。真っ黒な衣装を着て涙を流していたが、その姿に悲壮感は感じられなかった。あったのは、私への憎悪。そしてルシフォールへの羨望と執着の眼差しだった。葬儀の後、ブラヒン公爵家は、長男のアゼツライトが継承することを女王が許可した。ブラヒン公爵の遺言状が女王に提出され、親族達に有無を言わせなかったのだ。
それから1ヶ月経った。私は破水し、陣痛が始まった。教会内は、教皇と聖女の初めての子が生まれると、興奮と緊張に包まれた。
いよいよ聖女の出産の時が。生まれるのは男か女か。皆が見守る中、次の主人公が誕生しようとしていた。




