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クリスタの出産。赤子を疎むクリスタにあるお告げが‥
ブラヒン公爵は、屋敷の者に緘口令をしいた。約一年もの間行方不明だったクリスタが見つかった。しかしその腹には赤子が入っている。屋敷の者は皆、口を噤んだ。口外してそれがばれた日には殺される。それくらいの緊迫感があった。
クリスタは一年ぶりの自室のベッドに横になった。召使いが身体を綺麗に洗い、暖かいお茶を用意した。クリスタの様子が落ち着くとブラヒン公爵が入ってきた。
「‥クリスタ‥。今までどこにいたんだ‥」
ブラヒン公爵は怒りと焦りを抑えて言った。クリスタは解放された安堵感で落ち着いていたが、公爵の質問で過去を思い出した。
「う‥うわぁぁぁぁっ」
クリスタは長い髪を振り乱しながら、大泣きした。身体は恐怖で震え、顔色は真っ青になっている。ブラヒン公爵は慌ててクリスタを抱きしめた。
「お父様‥。ギベオンが‥ギベオンが私を‥」
クリスタはギベオンが復讐の為に自分にしたことを全て話した。しかしクリスタが正常な時にはギベオンは、商団名も言わず場所も目隠しされていた為に分からない。ギベオンがタセゼットと名乗っていたことだけは伝えた。
「商団で、タセゼット‥。必ずや見つけ出して皆殺しにしてやる」
ブラヒン公爵は鬼のような形相でそう言うと、足早に部屋を出て行った。クリスタが見つかったと聞きブラヒン公爵邸を訪れたていたナルスタは、このやりとりを見ていた。
『兄さん!!生きているんだね!!そしてクリスタに復讐したんだね!!』
ナルスタは歓喜した。生きているのかも分からなかった兄が、どこぞの商団を率いている。ナルスタはクリスタへの挨拶もてきとうに済ませ、急いで帰宅した。
「マントル、この金と手紙を届けて欲しい。商団の名前がわからない。商団主の名はタセゼット。緊急で調べてくれ」
ナルスタは、マンドラビラ侯爵家の現在の執事に命じた。マントルはナルスタの悪友でもあり、下町との繋がりも持っていた。由緒正しい家柄の前執事は、ギベオンが事件を起こして侯爵夫妻が自殺した時に辞めて出て行った。屋敷に残ったのは僅かで、ナルスタは自分の友人や知り合いを新たに雇い入れていた。
「分かりました、侯爵様。すぐに調べます」
マントルは上着を羽織ると外に出て行った。数時間が過ぎた真夜中に、マントルは帰宅した。
「‥ご主人様。タセゼット様こと、ギベオン様に金と手紙を渡しました。これはギベオン様からの返事です」
ナルスタは手紙を開いた。確かに兄の字だ。ギベオンは、ナルスタの知らせに感謝していた。そして、クリスタを解放した時点でこうなることは予測していたと書かれていた。
「‥マントル‥。兄上は、商団主になっていなかった。表向きは商団主で、でも商団主の登録は前商団主の娘‥」
「はい。それなら、ブラヒン公爵の調査も困難を極めます。国中の商団員の中から、名前だけで一人の男を探すのは至難の業。私がギベオン様を見つけられたのは、裏の商団の情報屋にツテがあったからです。ブラヒン公爵にはそう言う物はない‥」
ナルスタはマントルに新たに指示を出した。
「国中の商団に、タセゼットという名を名乗る男を入れるよう手配してくれ」
マントルは黙って頷いた。
「商団に向く男達を探して、指示通りに致します」
マントルはすぐに外出した。早いにこしたことはない。ブラヒン公爵の追跡を撹乱する為にも、早急に指示に従う必要があった。
クリスタはその夜は、久しぶりにゆっくりと休んだ。男たちに眠りを邪魔されることのない穏やかな眠りだ。しかし、夢は悪夢だった。クリスタはうなされて目を開けた。全身が汗ばんでいる。
「はぁ、はぁ‥」
恐怖で息遣いが激しくなった。
「何故、こんなことに‥。アグダルさえ死ななければ、ギベオンが正気に戻ることはなかったのに‥」
クリスタは悔しそうに枕を叩いた。そして自らの腹を見つめた。
「誰の子かもわからない子。穢らわしい男の‥」
クリスタは立ち上がると、医師を呼んだ。真夜中の呼び出しに、医師は慌てて部屋にやってきた。
「お嬢様、いかがなさいましたか?」
クリスタは腹を指差した。
「この子は、いつ生まれるの?まだ堕胎できる?」
冷たいクリスタの眼差しに医師は恐怖した。
「‥堕胎はもう不可能です。お腹のお子は、いつ生まれてもおかしくありません‥」
クリスタは医師に歩み寄る。
「産まずに殺す方法は?ここには帝王切開はあるのかしら?」
「帝王切開?なんでしょうか、それは‥」
「妊婦の腹を切って赤子を取り出す出産方法よ」
医師は驚いている。
「それは妊婦が死んだ時に子供だけでも助かれば、と行うことはありますが‥。生きている母体ではしません。痛みに耐えられないからです」
この世界には医療用の麻酔はない。大きな病気は、身分の高い者だけが神官に治してもらい、他は治せずに生きて病気が進行すると死んだ。
「‥もういいわ‥」
クリスタがそう言うと医師は部屋を出て行った。クリスタは再び眠りについた。すると、夢に金のドラゴンが現れた。
「クリスタよ‥。この子は聖女となる子。運命の子を無事に産むことがお前の役割‥」
翌朝、クリスタが目覚めると、腹が光って見えた。夢はただの夢ではないとアピールしているかのようだ。
「私の子が聖女?」
クリスタがそう考えた瞬間、クリスタのお腹が傷み始めた。陣痛である。その11時間後、クリスタは女児を産んだ。出産で疲れてクリスタが眠っている間に、その子はブラヒン公爵の命令で捨てられた。ブラヒン公爵家の者から赤子を預かった商人は、商売先に向かう途中の山奥の国境に赤子を捨てたのだった。
クリスタは目覚めると、聖女と言われた我が子を探した。
「私の娘は?」
公爵家の者たちは黙っている。
「クリスタ、お前はこの一年、病気の為に我が領土で静養していた。元気になったから王都に帰ってきたのだ。もう少ししたらまた社交界に顔を出しなさい」
ブラヒン公爵がクリスタを労った。
「お父様、私の子をどうしたのですか?」
「あの子は生まれてはならない子だ。だからあの世に返した」
ブラヒン公爵は、山奥に捨てろと命じていた。普通に考えたら、乳飲み子が山奥で生きられる訳がない。
「殺したのですか‥。あの子は聖女だとお告げがあったのに‥」
クリスタはショックを受けている。
「聖女なわけがない。それはお前がみた夢だ。ひどい現実を受け入れたくなかったから見た夢だ」
ブラヒン公爵はクリスタを宥めた。
「‥そうですよね‥。聖女は100年ぶりにセシルが現れたばかり。立て続けに現れるわけがないですよね」
クリスタは我に帰った。少し前まで殺そうと考えた子だ。居なくなったのは寧ろ有り難い。クリスタはそう考えた。
その頃、教会にブラヒン公爵家の下働きの女性が訪れた。
「‥聖女様‥私は大きな罪を犯してしまいました‥」
その女性は、泣きながら私と二人で話したいと懇願してきた。ブラヒン公爵家の人間なだけに二人きりは危険だと思ったが、あまりに切実な顔で頼まれたので承諾した。部屋の扉の前にはユリウスにいてもらうようにした。
「それで、何があったの?」
私は泣き崩れる下働きの女性に尋ねた。
「このことは‥口外したら殺されるんです‥。でも‥私は自分の罪が恐ろしい‥」
下働きの女性は、仕える公爵家の令嬢が行方不明になっていたが見つかったこと、妊娠していてすぐに生まれたけれど、その赤子を山中に捨てるよう指示され、商人に手渡したことを話した。
「赤ちゃんを捨てた‥」
嫌いなクリスタの子でも、山中に遺棄は、聞いていて気分が良くない。妊婦であれば尚更だ。
私は下働きの女性を宥めた。
「あなたの罪が軽くなるよう、神に祈ります。あなたはもうこのことを忘れない。ここに来て私に話したことも、ね」
下働きの女性は何度も頭を下げて帰って行った。彼女がブラヒン公爵から殺されないように、私はただそう願っていた。
捨てられたクリスタの子。混乱するブラヒン公爵家。クリスタの怒りはまたセシルに向けられ‥




