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ルシフォールとセシルに幸せが訪れた。
捕らわれたクリスタは真実を知る。
最近、私は食欲がなかった。とにかく身体がだるくて眠い。教皇の妻とはいえ、何もせずにいるわけにはいかない。私は教皇領の政務でできる範囲のことをした。
「セシルは医療に関することが得意だな‥」
ルシフォールが書類を見ながら言った。
「昔は、薬品を扱う仕事をしていたんです」
書類に真剣になっていた私はそう答えた。
「昔?‥クリストファー男爵令嬢は仕事をしていたのか?」
貴族は基本、外では働かない。王室付きの侍女や騎士など王室に関係のある仕事はしても、外で働くことはなかった。
「あ‥その‥昔というのは‥前世の方ですよ」
「ああ、ニカイドウエナという変わった名の時か!」
ルシフォールが目を輝かせた。
「そんな変ですか?笑奈て名前、気に入ってたんですよ」
私は剥れた。ルシフォールはそんな私のご機嫌をとろうと、近寄ってきて頭を撫でた。
「確かに。エナ、は可愛い名だな。ニカイドウ、と言うのはいまいちだが」
ルシフォールはそう言うと、私の隣に座って休息をとった。いい雰囲気の時が流れた。
少し日が傾くと、教会の下働きのアンがケーキとお茶を持ってきた。
「教皇様、奥様、休憩されてくださいと、大神官様からです」
甘いケーキの香りが漂う。私は吐き気に襲われた。
「うっ‥」
口をハンカチで抑えて倒れ込んだ私を、ルシフォールは抱いてベッドに運んだ。
「医師を呼べ」
「神官ではなくですか?」
教会ではほとんどの病気を神官が癒す。アンは不思議に思った。
「この様子だと、妊娠の可能性がある。神官は妊娠は専門外だからな」
アンは急いで医師を呼びに走った。
「妊娠?私が?」
私の鼓動が高鳴った。
「母がミシェールを妊娠していた時、こんな様子だった。ミシェールが生まれるまではまだ、母から愛情を受けることがあったからよく覚えている」
ルシフォールは淡々と呟いた。私は双子で他の兄弟がいない。前世では勉強ばかりしていたので、周りの友人も結婚は遅く、妊婦の友人が現れる前に私は死んだ。その為、妊婦の様子はいまいち分からなかったのだ。
「これが‥つわり‥?」
私は新鮮な体感をじっくりと味わった。先程までは、体調不良として受け止めていた為不快でしかなかったが、今は探究心でいっぱいだ。
医師が到着し、診察を受けるとやはり妊娠していた。
「聖女様、おめでとうございます。まだ確定はできませんが、お腹に二人の赤子がいるようです」
私はびっくりした。私自身が前世で双子だった。この世界では双子の母になると言うのだ。
ルシフォールも妊娠を喜んでいる。ルシフォールは私の体調が落ち着き、安定期に入るまでは公表しないようにした。
「統領、そろそろ、この女、やばいんじゃないですか?」
クリスタの腹は膨らみ、いつ産まれてもおかしくないくらいだ。
「そうだな。ここで産まれても面倒だ。公爵に返してやろう」
タセゼットが指示した。
「お嬢様、お父上に会えますよ」
タセゼットはクリスタの顎を掴むと冷笑を浮かべた。
「どうせなら最後に薬を飲ませておくか」
タセゼットは薬を口に含むと、唇を合わせてクリスタの口に流し込んだ。クリスタはむせながらも薬を飲み込んだ。
「‥なぜ‥なぜお前は私にこんなことを‥。誰の命令なの‥」
クリスタは何とか正気を保ちながら尋ねる。
「‥フン‥。私が誰だかまだわからないのか‥」
タセゼットは憎々し気にクリスタを睨みつけた。その目を、クリスタは見たことがあった。
「え‥?お前‥‥ギベオンなの?」
クリスタは真っ青になっている。薬がじょじょに効き始め、身体は言うことをきかない。
「ようやく分かったか。そうだ。私はギベオンだ。お前に利用されてこんな姿まで落ちぶれたがな!」
タセゼットはギベオンだった。クリスタは衝撃で言葉も出ない。
「お前やアグダルに利用された私は、極悪な犯罪者として追われた‥。逃げた先で、両親が自殺したことを聞き、罪の意識から小屋に火をつけて自殺しようとした。その時の火傷で、見た目も声も変わったんだ。私を助けてくれたのは、ある商団の主だった」
クリスタは耳を塞いでいる。
「顔も変わった私は、名前も変えて別人として生きることにした。ただ‥お前だけは許すわけにはいかないんだよ、クリスタ」
ギベオンはクリスタの髪を鷲掴みにして引きずった。そうして汚い馬車に乗せると、御者に行き先を指示した。御者は頷くと、クリスタを乗せて馬車を走らせた。馬車の中でクリスタは、恐怖と薬の作用の両方に襲われていた。身体は熱いが周りには誰もいない。御者は無言で馬を走らせている。クリスタは苦しみ悶えた。
馬車はブラヒン公爵家の裏手の人目に付きにくい場所に停まった。そうすると御者は乱暴にクリスタを引き摺り出すと、そのまま道に置き去りにして去っていった。
ブラヒン公爵邸の守衛は、一定の時間が経つと屋敷の周りを周回する。周回のタイミングでクリスタは見つけられた。
「旦那様!!公爵様!!お嬢様が見つかりました!!」
クリスタを見つけた守衛が大声で叫んだ。その守衛にクリスタが絡みつく。
「苦しいの‥助けて‥」
クリスタは色気の溢れる声で囁いた。守衛は一瞬動揺したが、すぐに任務を思い出して行動した。
「誰か!医師を早く!お嬢様の様子がおかしい!」
守衛の声で、公爵家に常駐している専属の医師がすぐに駆けつけた。
「お‥お嬢様‥」
医師はクリスタの腹部を見て驚いた。そして、今のクリスタの様子から薬を飲まされていることも察した。医師はすぐに解毒薬をクリスタに飲ませた。クリスタは解毒薬のおかげで落ち着いた。しかし、馬車の中で悶えて暴れた為服は破れ、胸も脚も露わになっている。守衛は自分の上着を脱ぐと、クリスタに羽織った。そこにブラヒン公爵が駆けつけた。公爵は髪も着衣も乱れる程、急いで来たようだ。
「クリスター」
ブラヒン公爵は泣きながらクリスタを抱きしめた。
「ん!?」
ブラヒン公爵はクリスタの腹部に違和感を感じた。そしてマジマジとクリスタの身体を見た。
「侍医‥クリスタの腹は‥」
医師はブラヒン公爵から目をそらした。
「‥診察をしたわけではありませんが‥あの膨らみ方は‥ご懐妊かと‥」
医師は震えながら答えた。ブラヒン公爵は激昂した。
「クリスタ!!父親は誰だ!!」
弱ったクリスタを問い詰める公爵を、周りの者たちは止めることができなかった。そこに公爵夫人が現れた。
「‥公爵様。ここではそのような話は‥。とりあえず、クリスタを屋敷に入れてゆっくりと話を聞きましょう」
公爵夫人の落ち着いた物言いに、ブラヒン公爵はようやく落ち着いた。
「わかった‥。クリスタを早く屋敷の中へ」
ブラヒン公爵はそう命ずると、公爵夫人に付き添われて屋敷に戻っていった。
クリスタとクリスタの子の未来はどうなるのか?




