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捕らわれたクリスタ。クリスタに襲いかかる者たち。クリスタを憎むタセゼットの魔の手はクリスタを許さない。
「統領、無事に女を捕らえてきたんですね!」
数人の男達が入ってきた。皆、上腕部に龍の入れ墨を入れている。
「あなた達、誰なのよ!!」
クリスタは叫んだ。
「俺たちは、最近頭角を表してきた商団だ。商団といっても、扱う物は真っ当な物じゃないけどな」
男達はニヤニヤしている。どの男もガラが悪く、真っ当な商売をしているようには見えない。
「誰に雇われたか知らないけど、お金ならその何倍も出すわ。私を解放しなさい!」
次の瞬間、統領と呼ばれた男が、クリスタの顎を掴んだ。
「‥雇われてなんかない。我々は誰かに動かされるような商団じゃないんでね‥」
男の掠れた声が低く響き渡る。
「タセゼット!」
赤い髪の若い女が部屋に入ってきた。
「アエンデ、ここには来るなと言ったはずだが」
タセゼットはアエンデを扉の方に押した。
「父さんが引退したけど、この商団は元々は父さんがしていたものよ。潰れてしまったけど‥」
「だから俺がそれをここまで立て直したんだ。親父さんには命を救われた。その恩は必ず返す」
タセゼットはそう言うと扉を閉め、アエンデを追い出した。アエンデはとぼとぼと自宅に戻っていった。
タセゼットは机に置いていたグラスに、ポケットから取り出した液体を入れると、クリスタの目の前に持ってきた。そして鼻を摘み、口を開かせるとその液体を中に流し込んで飲ませた。無理矢理液体を口に入れられたクリスタは咽せている。
「さあ、邪魔者はいなくなった。お前たち!この女を好きにしていいぞ。毎日、毎晩、存分に可愛がってやれ。」
タセゼットがそう言うと、男たちは歓喜に沸いた。
「何をするの!やめなさい!!」
クリスタは抵抗するが、手足は縛られ、更に身体が熱くなって言うことをきかない。鼓動が高まり、息が荒くなる。
「この‥薬は‥‥」
クリスタはこの薬に見覚えがあった。タセゼットは嘲笑を浮かべている。
「ヘンブリー大公に、同じ物を盛ってたなぁ」
タセゼットはクリスタに顔を近づけると、蔑んだ目で見た。
「そこまでして王妃になりたかったのに‥もう無理だなぁ」
タセゼットが見下すような目でクリスタを見ている。
「統領!俺たち、もう我慢できません!」
男たちは衣を脱いでスタンバイしている。
「ああ、悪かった。さあ、好きなだけ楽しめ。公女も悦んで受け入れてくれるぞ。お前達が生涯、抱くことがないような貴族様だ。存分に味わうがいい」
タセゼットはそう言うと、クリスタやそれに群がる男達を尻目に部屋を出ていった。部屋を出たタセゼットは、大樹の幹に腰掛けた。
「‥必ず‥恨みを晴らす‥復讐劇の開幕だ‥」
タセゼットはポケットにしまってあったロケットの写真を見つめた。そして、首から下げていた紐を引きちぎると指輪を手に握った。
「もう‥渡すこともない‥」
タセゼットは指輪を質屋に持っていった。
「だんな、こんな高級な品、ここら辺りでは見かけないですね」
年老いた質屋の店主が、指輪を鑑定している。
「俺は商団主だからな。たまにはそういうのも扱うんだよ」
「そういえば、ヌエヴォ・メルキュリオ商団が復活できたのは、だんなが持っていたダイヤの首飾りのお陰だと、前商団主が言ってましたねぇ」
「あれは‥昔付き合っていた女の所有物だ。別れの慰謝料代わりに拝借した。あれをバラして売った金で、我が商団は立ち直った。女には感謝しなきゃな」
店主は、タセゼットが時折見せる冷酷さに、下町の人間らしさを感じていた。下町でなければ、怪しい品はすぐに衛兵達に報告される。しかしここは、空き巣や泥棒、詐欺師の住まう町。曰く付きの品であろうと、解体して足が付かぬように売買されていた。
タセゼットは指輪を売った代金を受け取ると、薬と菓子を買ってアエンデの家を訪ねた。アエンデの父は、ヌエヴォ・メルキュリオ商団を立ち上げた人物だ。ただ、真面目な商売しかしなかった為、資金繰りがうまく行かずに商団はほぼ潰れていた。そんな時に、燃え盛る空き家の中から一人の男を救い出し、手当をして助命したことが彼の人生を変えた。
助けられた男はタセゼットと名乗り、宝石を売った金で商団を立て直すと、今までは扱ってこなかった品の取引を始めて、商団は急成長した。闇の商売を主にしたが、前の商団主は何も言わなかった。
「親父さん、具合はどう?」
タセゼットは、アエンデの父ユークライトの部屋に入った。ユークライトは病気で寝込んでいる。
「‥タセゼット、お前、人を拐ってきたというのは本当か?」
ユークライトはふらつきながら上半身を起こした。
「アエンデですか‥。親父さんに余計なことを‥」
タセゼットは、薬湯を持ってきたアエンデを睨んだ。
「お前の過去に何があるかは聞かないと約束した。しかし、人を拐うのは話が別だ」
ユークライトは不安そうにタセゼットの手を掴んだ。
「ここは下町だ‥。犯罪者が山のようにいる‥。清廉潔白な人間は生きられない。だがな、罪もない人を苦しめるのは、やってはならない」
ユークライトはタセゼットを心配していた。タセゼットにもそんなユークライトの気持ちが痛いほど伝わってきた。
「‥親父さん‥。毒を持って毒を制す、と言います。あの女は俺の仇。何があっても許すことはできません‥」
タセゼットが正直に打ち明けたことで、ユークライトはそれ以上は何も言わなかった。タセゼットが帰ろうとすると、アエンデがタセゼットを呼び止めた。
「タセゼット、いつもありがとう。父さんも‥教会で見てもらえるような身分なら元気になれるのに。下々の者には教会も医者も恩恵を施さない。私にはあなたが神様みたいな存在よ」
アエンデは、クリスタのことを父親に話したことを詫びて頭を下げた。タセゼットはそんなアエンデの頭を優しく撫でた。
「親父さんのことは、俺が守る。金も置いていく。これくらいあれば、医者も来てくれるはずだ」
タセゼットは指輪を売った代金を手渡した。
「これはお前に」
アエンデは菓子を受け取った。庶民に菓子は贅沢品だ。アエンデは喜んだ。
「嬉しい!!」
アエンデなタセゼットに抱きついた。タセゼットはアエンデの背中をトントンと優しく叩くと、家を出て行った。
「タセゼット‥」
まだ17歳のアエンデの心に、初恋の炎が灯った。しかしそれはまだ、アエンデ自身も気付かぬくらいの小さな想いだった。
タセゼットの復讐と、穏やかな暮らし。タセゼットは幸せをつかむことができるのか。




