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ブラヒン公爵とクリスタの野望は、ミシェールを巻き込む。

 クリスタはヘンブリー大公の婚約者として、堂々と王宮に足を踏み入れた。そして女王への挨拶もそこそこに、ミシェールの部屋を訪れた。

「ミシェール様、再び婚約者となりました。宜しくお願いします」

 クリスタは満面の笑みを浮かべた。真紅の口紅とくどい香水の香りにミシェールは顔をしかめた。

「‥兄上が亡くなった時、あなたは私の婚約者として名乗りをあげました。でも‥兄上が生きており、母が大罪を犯した時、あなたは私からすぐに離れた。なのに今さら?」

 ミシェールは冷たく対応する。クリスタは負けじとミシェールに擦り寄った。

「王妃様の反逆罪は、ミシェール様にも関わる可能性がありました。私の身を案じた父が勝手にしたことです。でも、私はミシェール様のご無事を祈り、父が尽力した為にミシェール様に罪は問われませんでしたよね?」

 クリスタは恩着せがましく言う。ミシェールは悔しかったが否定できなかった。

「私が大公妃になれば、父はミシェール様に益々力をお貸しするでしょう‥。女王陛下にもしものことがあれば、次期王にもなれます」

 ミシェールは身慄いした。自分に野心などない。それなのに周りが勝手に策略を巡らして巻き込んでくるのだ。

「‥私は女王陛下ご成人の暁には、フカンの地で余生を暮らす。私には野望はない」

 ミシェールはクリスタを警戒している。

『今はまだ仕方ない‥。結婚して‥私の魅力を思い知らせてから王になるように仕向ければいい‥』

 一方でクリスタは野望に燃えていた。クリスタはしつこくミシェールの部屋に留まったが、ミシェールは執務をこなしながら殆ど相手をしなかった。クリスタは諦めてミシェールの部屋を立ち去った。

「‥アグダルにベタベタしていた時とは大違いね‥。本当に男色ではないのかしら。私に全く興味を示さない‥」

 クリスタは悔しそうに馬車の中で呟いた。そして公爵家に戻っていった。クリスタの乗った馬車を、馬に乗った者がつけていた。しかし、クリスタの周りに護衛騎士が複数いるのを確認すると去って行った。

 クリスタが退出した後、ミシェールは王太后宮に向かった。元々ミシェールはゲベルカミル大公の子であろうと言われていた。その為、王太后とも幼い頃から接することは多かった。ただ先日の神官の発言で、ミシェールはゲベルカミル大公の子ではなく、先王ガヴァリエールの子であると明確になってからは、王太后とは疎遠になっていた。

「王太后様‥」

 ミシェールが深々と頭を下げて挨拶をした。ベセドニーチェはミシェールを快く迎える。孫ではなかったが、息子の面差しによくにたミシェールを、王太后なりに可愛いと思っているのだ。

「ミシェール。あなたが、ブラヒン公爵の令嬢クリスタと婚約したと聞きました。女王の命令だとか‥」

 ミシェールは気まずそうに頷いた。

「‥はい。私の母の罪で私も処罰されておかしくありませんでした。それを助けたのがブラヒン公爵だからと‥」

 ベセドニーチェはミシェールの手をとった。

「ジェパラがガヴァリエールを毒殺したのは、アグダルがジェパラの心を操っていたからです。アグダルは我が息子、キャニオンも操り、王位を狙わせた‥」

 ベセドニーチェは唇を噛み締めた。

「!では‥母があんなことをしたのはアグダルのせいなのですか!!」

 ミシェールが驚いて立ち上がった。ベセドニーチェは今まで自分が調べて知った全てをミシェールに話して聞かせた。

「‥で‥では‥母上が、父上に強く望まれて王妃になったのも‥ゲベルカミル大公がアグダルと愛し合い、王座を目指したのも‥全てアグダルが仕組んだことだったのですか!!」

 ベセドニーチェは頷いた。

「そなた自身、アグダルに心を操られたからわかるであろう?感情を支配されたら、それに逆らえない。‥アグダルさえいなければ、キャニオンとジェパラは幸せになれたかもしれぬのに‥」

 ベセドニーチェの瞳に悔し涙が浮かんでいる。

「だから私がアグダルを殺させたのです」

 ベセドニーチェがいきなり告白した為、ミシェールは驚いた。

「私の部屋に侵入した賊は、王太后様の手の者だったんですか?」

 ベセドニーチェは微笑んだ。

「キャニオンの仇をいつか討ちたいと願っていたからね」

 ミシェールは優しい王太后が暗殺を指示したことに驚きを隠せなかった。しかし一方のベセドニーチェは平然としている。

「王太后様‥。公女クリスタは、アグダルが心を動かせることを知りながら手を組んでいました。そんな女と私は結婚したくありません‥。しかし‥断われば私は幽閉されてしまいます」

 ベセドニーチェは、ミシェールの目の前でサントーバン公爵と側妃カーミラに手紙を書いた。サントーバン公爵と、カーミラの実家ディアブロ公爵家は派閥が違う。しかし今は、共通の敵であるブラヒン公爵の野望を打ち砕く必要があった。

 側妃カーミラは、王太后の急な呼び出しを不思議に思いながらもすぐに応じてやってきた。

「王太后様、ご機嫌麗しゅうございます」

 カーミラはお辞儀をしながら挨拶をした。女王の母となった今、謀反人の母である王太后にそれほど敬意を示さなくてもよいが、カーミラは礼儀を重んじた。ベセドニーチェはそんなカミラの態度に満足し、心を開いた。

「今日、そなたをここに呼んだのは女王の世の太平を崩さんとする者を、共に倒さぬかと打診する為よ」

 ベセドニーチェはいきなり本題に入った。そして、アグダルがダイオジェナイト族の力を使ったのはミシェールに対してだけではなく、ゲベルカミル大公や、先王ガヴァリエール、そして先の王妃ジェパラに対しても使っていたことを告げた。そんなアグダルと手を組んだブラヒン公爵令嬢クリスタ。クリスタはミシェールと結婚し、女王を廃して王妃になることを企んでいることも話した。

「‥ブラヒン大公‥。あなたは王位を望んでいるのですか?」

 カーミラが疑いの眼差しでミシェールを見た。

「私が王位を狙っているなら、この場には来ていません。私は公女クリスタと結婚したくない。結婚すれば私が何もしなくても、ブラヒン公爵が女王に手を出すでしょう」

 カーミラの顔色が変わった。

「‥ブラヒン公爵‥。ウルアクを殺そうと計画しているとは!」

 カーミラが怒りに震えた。そんなカーミラに、ベセドニーチェが声をかける。

「一体一なら、我々は勝てない。同じ公爵家でも、ブラヒン公爵家の力は格が違う。そこで‥我が実家サントーバン公爵家と、そなたの実家ディアブロ公爵家が手を組んで、ミシェールと公女クリスタの結婚に反対し、婚約を解消させようと言いたかったのよ」

 カーミラはしばらく考えるとカミラはゆっくりと口を開いた。

「二つの公爵家が手を取り合い、ブラヒン公爵家からヘンブリー大公を救う。わかりました。実家には私から連絡をします」

 ミシェールはホッとした。ミシェールはカーミラの手をとると、何度も頭を下げた。

「私は王位など絶対に望んではいません。どうか、ブラヒン公爵家の画策に私が巻き込まれないよう、お願い致します」

 カーミラはそんなミシェールを見て安堵した。とても王になれる器ではないと感じたからだ。

 その日、サントーバン公爵家とディアブロ公爵家に、王太后と側妃からの手紙が届き、各家はブラヒン公爵家への対策を練るために手を組んだのだった。

 そんな政界の動きを、ミシェールは ルシフォールにも伝えに来た。

「‥母上も父上もアグダルに‥」

 ミシェールは、ベセドニーチェに聞いたアグダルの過去の所業も ルシフォールに報告した。

「そしてそのアグダルは、王太后様が殺したそうです」

 アグダルの暗殺が誰の仕業かはルシフォールも気にしていた。ブルシフォールは、ブラヒン公爵が犯人だと予想していたので、王太后が真犯人であることに驚いていた。

「‥ゲベルカミル大公も、アグダルに操られなければ謀反人になることはなかったのかもしれないな」

  ルシフォールに一抹の罪悪感が芽生えた。

「しかし‥アグダルがゲベルカミル大公と母上を引き離さなければ、我々は生まれていません‥」

  ルシフォールとミシェールは真実を知り、複雑な気持ちになっていた。アグダルという悪人の所業で、自分達はこの世に生を受けた。憎むべきアグダルが何もせずにいたら、自分達は生まれていなかったのだ。

  ルシフォールとミシェールは初めて二人で酒を飲み明かした。酔い潰れて眠る二人の元に、私は布団を持って訪れた。

「お二人とも‥風邪をひいてしまいますよ‥」

 私が二人に布団をかけると、ミシェールが目を開けた。優しい労りを久しぶりに受けたミシェールは、目の前にいる私の顔をジッと見ている。

「‥聖女セシル‥」

 ミシェールは子供のような純真無垢な瞳で私を見つめた。

「ミシェール様、お水を用意しましょうか?」

 私がそう声をかけると、ミシェールは私の背後からぎゅっと抱きしめた。

「あなたが‥兄上の婚約者であることは分かっています。でも‥私は今、あなたにときめきを感じました」

 ミシェールは顔を真っ赤にしている。突然の告白に私は戸惑い、逆に顔面蒼白になった。ジタバタしてもきつく抱きしめられた腕は緩んでくれなかった。

「私は生まれて一度も、他人を愛したことがありません。だから、人を愛せないと思っていました‥。アグダルは私の中の母への想いを膨らませ、私を操りました。私は母やアグダルの人形だったのです」

 ミシェールは酔っているからか、饒舌に語り続ける。

「ミシェール様、離してもらえますか?」

 私は恐る恐る尋ねた。

「今は離しません。兄上が眠っていますから。セシル、聞いてください。私は、貴方を初めて愛することができました。私にとって貴方は唯一の存在なのです。兄上から奪いたいとは言いません‥。ただ‥想い続けることは許してもらえませんか?」

 ミシェールの情熱的な告白が胸に響いた。しかし、私が愛しているのは ルシフォールである。私はミシェールの腕から何とか抜け出すと、冷静に答えた。

「私はルシフォール様を愛しています。ミシェール様のお気持ちに応えることはできません。私を想い続けないでください。他にまたよい出会いもあります」

「‥想い続けることすら許してくれないとは‥。セシル、あなたは残酷な人だ‥。ただ、私があなたを忘れられる日は来ないと思います」

 ミシェールは立ち上がると、上着を羽織り帰る準備を始めた。

「兄上には、私は城に急ぎの用事があるので戻ったと伝えてください」

 ミシェールは酔ってふらつきながらも馬車に乗り込むと、教会を去っていった。

 ルシフォールはそんなミシェールの様子を椅子の上で目を瞑りながら聞いていた。しかし、それをセシルに話せばセシルが苦しむ。ルシフォールは先程のことを自分の胸の中だけに留めることにした。

ミシェールの想いを知ったルシフォール。しかしルシフォールは知らないふりをする。兄弟の関係はどうなっていくのか‥

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