37
クリスタの刺客が聖女を襲う。
クリスタの元にいる男は‥
アグダルの葬儀の後、アグダルを殺した犯人の捜査が行われた。しかし、政治的にもシュテッテン伯爵と敵対している家門はなく、捜査に進捗は見られなかった。
私は久しぶりにユリウスを護衛に付けて外出した。ルシフォールは教皇として忙しい日々を送っている。
「もうすぐ冬だから、厚めの服を買わないと」
フカンの地のように雪は降らないが、冬は肌寒い。貴族達とは違い、ドレスを沢山仕立てるわけではないので、洋品店に買いに行く必要があった。
私は人通りの多い街の中心部で服を選んだ。そしてルシフォールにも何か買って帰ろうと、宝石店に入った。私は女性物には見向きもせずに、紳士物を眺めた。すると、深い紫色のアメジストが目に止まった。
『ルシフォールに似合いそう‥』
私はそのアメジストを手に取った。カフスボタンだ。形は菖蒲に似た形をしている。
「菖蒲は鬼が嫌う花。魔除けにいいわね‥」
私はそのカフスボタンをプレゼント用に包んでもらった。店を出ると、夕暮れ時で人が少なくなっていた。馬車を待たせてある場所まで私達が路地を歩いていると、ガラの悪い男たちに囲まれた。1人だけ、黒い布を被っている。
「お嬢さん、ちょっと俺達と来てくれないかなー」
がたいのいい男がナイフを散らつかせた。ユリウスは剣を抜く。
「無礼者!近づく者は容赦しないぞ」
ユリウスが構えると、黒い布を被った男が手から白い粉をぶちまけた。
「くっ‥」
ユリウスは粉を避けて顔を背けたが、粉の香りは吸い込んでしまった。ユリウスは意識を失ってその場に倒れた。道を歩く人々が騒めく。
「‥離しなさいよ!誰なの!!ユリウス、しっかりして!」
私は男達に捕まれ、連れて行かれそうになった。そこに、王宮の騎士達が現れた。騎士達は私を掴む男たちをあっという間に倒した。黒い布を被った男は素早く逃げた。数人の騎士が追ったがその男を捕まえることはできなかった。
「聖女様、ご無事で何よりです。私共はヘンブリー大公閣下の命で聖女様をお守りしておりました」
「ミシェール様が??ありがとうございます」
私はとりあえず頭を下げた。
騎士達はユリウスを起こした。すると、気を失っていたユリウスが目を覚ました。私はホッと胸を撫で下ろした。
「ヘンブリー大公閣下の元に来て頂けませんか?」
助けてもらった手前断れない。私はユリウスに、ミシェールの元へ行くとルシフォールに伝えるよう言って、騎士達に付いて行った。
「クソッ‥。なぜ、王室騎士団が‥」
黒い布を被った男は、息を切らして帰宅した。目の前にクリスタが立っている。
「シュテッテン伯爵に貰ったあの薬を使っても失敗したの?金を払って人も雇ったんでしょう?」
怒ったクリスタの声色は低い。
「あの紋章は王室騎士団でした!王室騎士団が聖女を守っており、さらうことができませんでした」
『グッ』
クリスタは踵の高いヒールで目の前の男の足を踏みつけた。男の顔が痛みに歪む。
「王室騎士団ですって‥。アグダルが死んで‥ミシェール様の脳が元に戻ったのね‥。元に戻っても記憶は残る‥。私が聖女を狙うと思って王室騎士団を密かにつけたのか‥」
クリスタは悔しそうにそう言うと、男から黒い布を引き剥がした。
「マンドラビラ侯爵、そんなことでは困りますね。貴方の一門を助けることができるのは我が家だけです。あなたの兄があんな事件を起こした為にこうなったのですよ」
クリスタの前にいるマンドラビラ侯爵は、ギベオンの弟である。ギベオンが聖女殺害未遂、強姦未遂事件の後に逃亡した為、マンドラビラ侯爵家は一家断罪にされる状況だった。姻戚関係にあるサントーバン公爵家からも見放され、前侯爵は妻と共に自殺した。ブラヒン公爵が、死にたくないと足掻いていた次男のナルスタをに手を貸し、ギベオンが捕まるまでは処分保留という形にしたのだった。その為、とりあえず、ナルスタが現マンドラビラ侯爵の地位についている。
ナルスタがブラヒン公爵邸を出て帰宅すると、屋敷に大きな馬車が停まっている。ナルスタの帰宅を知ると、馬車から一人の男が妻を伴って降りてきた。
「ナルスタ‥。お前‥ブラヒン公爵と手を組んだのか」
「‥サントーバン公爵‥伯母上‥」
サントーバン公爵夫人は、ナルスタを抱きしめた。
「妹を‥そしてマンドラビラ侯爵を助けられなかったのは、許して‥」
厳しいサントーバン公爵の表情とは裏腹に、公爵夫人は優しくそう言った。
「‥我が派閥の家門がブラヒン公爵の手を借りるなど、言語道断。生き恥を晒す気か」
サントーバン公爵が叱責すると、ナルスタは毅然と立ち向かった。
「兄上があんな暴挙に出たのはおかしいのです!!兄上は、確かにブラヒン公女クリスタを愛していました。でも、それは昔の話。今は婚約者と仲睦まじくしていました。そんな兄が、聖女を殺そうと考えるわけがない!」
サントーバン公爵は頷く。
「きっと‥あの女とアグダルが、兄上を操りあの事件を起こしたはず」
ナルスタは事件の真相を調べようとしていたのだ。
「それを調べる為に、ブラヒン公女に近づいたのか?」
「ナルスタ!!シュテッテン伯爵は、ダイオジェナイト族の末裔でギベオンを操っていたというのですか?」
王室は、シュテッテン伯爵がヘンブリー大公を操っていたと世間に発表した。ギベオンのことは真偽が分からない為、公表されていない。
公爵夫人は顔面蒼白になり震えている。サントーバン公爵が夫人を支えた。
「私は、兄上があんな事件を起こすわけがないと思い、シュテッテン伯爵とよく一緒にいたクリスタに近づきました。そうして、忠誠を誓うふりをして私がマンドラビラ侯爵を継げるようにしました。マンドラビラ侯爵家を、断絶などさせません」
ナルスタは、クリスタが呟いた言葉を全て記録していた。そうして、ギベオンがアグダルに操られていたという事実に行き当たったのである。
ナルスタは事の真相をサントーバン公爵に全て話した。
「なるほど‥。わかった‥。引き続き、お前はブラヒン公爵家に入り込め。私はこのことを王太后様にお知らせする」
ナルスタは強い味方を得た喜びに浸った。
「‥しかし‥いくら、操られていたとしても、聖女の毒殺を試み、あまつさえ強姦までしようとしたのだ。罪は軽んじられても、無罪は主張できまい‥。ギベオンが侯爵になることは不可能だ」
ナルスタは肩を落とした。敬愛する兄に、侯爵となって幸せを掴んで欲しかった。切ない弟の願いは木っ端微塵に打ち砕かれたのである。
兄ギベオンの為に奮闘するナルスタ。ナルスタはギベオンを救うことができるのか。




