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愛に狂ったウィドマン王太子が、聖女の元に差し向けられる。聖女の純潔は守られるのか‥
「つまらないね‥。あの男、感情に逆らってまで聖女を守っちゃったよ」
アグダルが不服そうに言った。アグダルは今、メテオライト伯爵家に居座っていた。夜会などで出会った貴婦人達を虜にし、自分の駒になる貴族を増やしているのだ。アグダルの見た目は、ジェパラ王妃のように美しい。40歳を越えてるとはいえ、その美貌は健在だった。そんな彼が狙った貴婦人は、高い確率で落ちていた。僅かな好意でも持たせられれば、それを増幅させられる。アグダルにとっては簡単なことだった。
メテオライト伯爵家は伯爵家だが、力の強い家門だ。アグダルは、前伯爵の夫人を籠絡して伯爵家に入り込んだ。前伯爵は早逝し、伯爵家は夫人が産んだ長男が受け継いだ。幼い息子の後見として伯爵領を治めてきた夫人には力があった。
「あなたの力でユリウス卿の心は本能だけになったと言っていたじゃない。なのに失敗したなんて」
教会に忍ばせている間者からの報告書を、2人は不服そうに読んだ。
「あきらめるの?」
クリスタは不満気だ。アグダルは寝台に寝転がる前伯爵夫人を指さした。
「あれを見て。試しに他の人間の愛も最大に膨張させてみたんだよね」
前伯爵夫人はあられもない姿だ。身体中に、キスマークが付いている。
「最大限まで膨らませたら、理性なんかない。愛と欲望だけの狂気に近い存在になる。この女もそうなった」
アグダルは前伯爵夫人の名を呼んだ。
「リビアン、僕の脚元に来て」
前伯爵夫人は、裸のままアグダルの脚元にやってくると、アグダルの足の指を愛しそうに舐め始めた。その光景にクリスタは顔をしかめる。
「気持ち悪いわね‥。で、あなたはその実験を前伯爵夫人でもしてみたのね」
アグダルは満足気にリビアンを見ている。
「アグダル様‥」
リビアンは恍惚とした表情で足を舐め続ける。
「まあ、こんな状態のままにしておくのは問題になるから、すぐに元に戻すけどね。普通の人間なら、ユリウスみたいに逆らわないということは分かった。他の人間を使うことにするよ」
アグダルはそう言うと、クリスタの耳元で囁いた。
「こういう時も、君の権力が必要なんだ」
「今度は私は何をしたらいいの?」
アグダルは部屋の壁に貼ってある世界地図を指差した。アルタイ王国が示されている。
「アルタイ王国の王太子ウィドマン。彼も聖女を好きなはず。彼に2番目の刺客となってもらう」
「ウィドマン王太子殿下なら親交があるわ。すぐに手紙を書くわ。まだこの国に滞在しているし」
クリスタは快諾した。
数日後、クリスタに茶会に招かれたウィドマンが、ブラヒン公爵家を訪れた。ブラヒン公爵は、ウィドマンがクリスタに好意があるのでは、と期待していた。
「ウィドマン王太子殿下、ようこそ」
クリスタが歓迎する。ウィドマンは花束を差し出した。
「公女、お招きありがとう」
クリスタは花束を受け取るとすぐに花瓶に生けるように指示した。
「今日は私の友人を紹介しますね。彼は素晴らしい宝石を取り引きしているんですよ」
クリスタがそう言うと、アグダルが宝石箱を手にして現れた。
「初めまして。ウィドマン王太子殿下。私はシュテッテン男爵と申します」
アグダルは丁寧に挨拶をし、深く頭を下げた。
『前王妃に似てるな‥』
ウィドマンはアグダルの顔を凝視した。ルシフォールと親戚であり、友人であるウィドマンに疑われるのはまずい。アグダルは素早く宝石を取り出すと、場の雰囲気を変えた。
「こちらは、女神の涙、という名の名作です。大粒のアクアマリンと、その周りにパライバトルマリンが施されています」
水色の2種の宝石をふんだんに使った首飾りは、太陽の光に照らされて輝きを放った。クリスタはその眩しさに目が眩んだ。
ウィドマンは宝石を手にとると、じっくりと眺め始めた。そんなウィドマンにアグダルが話しかける。
「ウィドマン王太子殿下、こちらをご覧ください」
アグダルの問いかけにウィドマンは顔を上げ、アグダルを見た。その瞬間に、アグダルはウィドマンの中にある聖女への想いを膨らませ始めた。最大限に膨らますのは時間がかかる。アグダルとウィドマンが見つめあって、数分の時が流れた。
『パチン!』
アグダルがウィドマンの顔の前で手を叩いた。
「ユリウスの時は仕上げがまずかったから完全に膨らみきれなかったのかもしれない。だから今回は、想いが外に漏れないように、蓋をした。完璧だと思うよ。それもリビアンで昨夜、実験したからね」
ウィドマンの様子に変化が起き始めた。
「ぐっ‥。はぁ‥。はぁ‥」
悲しいかな、ウィドマンの場合はユリウスと異なり、下半身にも症状が現れた。
「きゃっ!!シュテッテン男爵!!ウィドマン様の下半身が‥」
クリスタは顔を赤らめた。
「あらら‥。ま、仕方ないかな。騎士道を叩き込まれて常に理性的でいなければならないユリウスと、女とみれば口説いてで当たり次第手を出せる、性に寛大なアルタイ王国の王族は脳内が違うからねぇ‥」
アグダルは面白そうに笑っている。
「まあ、いいじゃない?既に準備が整っていたらすぐにことに及ぶだろうし。目的を果たしやすい」
クリスタはメイドに男性用のコートを持ってこさせた。それをウィドマンに羽織り、腰のあたりは帯で留めた。一見、股間の様子はわからない状況になった。
「ウィドマン様、聖女の元にお連れしますね」
クリスタがウィドマンを馬車に案内した。そしてウィドマンの指にある印章を使い、聖女に手紙を書いた。
『急遽話しておきたいことがある。他の者に聞かれてはまずいので、2人で話したい。教会の裏庭でアリエスの刻に待つ』
「これを急いで聖女に届けて」
クリスタは部下に命じると、部下は早馬で教会に向かった。そして教会内にいる間者に手紙を渡して、聖女に届けるよう伝えた。
ウィドマンはブラヒン公爵家の馬車に揺られ、教会に向かっている。馬車の中にはクリスタも乗っていた。
「聖女、セシル‥‥」
激しい鼓動の高鳴りと、荒い呼吸。ウィドマンが正常でないのがわかる。ただ、流石は王族。ユリウスのように狂人のような状態にはならず、このような状況でも品格を保っている。
「聖女様‥」
私が本を読んでいると、一人の召使いが手紙を持参した。
「ウィドマン王太子様からのお手紙を預かりました」
手紙にはウィドマンの印章が確かに押されている。私は手紙を受け取るとすぐに読んだ。
「他の人に聞かれたくないこと‥??また好きな人でもできたのかしら‥。でもこんな急にだから、もっと重要なことかもしれない‥」
私は準備にとりかかった。部屋着のような身なりで王太子に会うわけにはいかない。でも内密に、なので大仰にもできない。私は自分でできる範囲に着飾ると、裏庭を目指した。途中、何かの視線を感じて振り返った。
「気のせい?あれから過敏になってるのかしら‥」
念のため、短剣は持っている。ただ、戦う能力は私にはない。勉強ばかりしていた私は部活動などには入らず、生徒会に入っていたし、男爵令嬢のセシルも習い事などはさせてもらっていないからだ。クリスタくらいの高貴な令嬢になると、乗馬や弓など護身の為に習う者も多い。
夕刻の赤い日差しが目に眩しい。私は裏庭にたどり着いた。すると裏門からウィドマンがこちらに歩いてきた。
「ウィドマン殿下、どうしたのですか?何があったのですか?」
私はウィドマンに尋ねた。しかしウィドマンは私の問いに答えることなく近づいてくる。そして私の目の前まで来ると、突然抱きついてきた。私のお腹の辺りに固いものが当たる。剣が当たっているのかと思って見ると、剣は無い。思わず、ウィドマンを突き飛ばそうとした。しかしウィドマンは私を離さない。ガッチリとした肉体は、微動だにしなかった。
「セシル、愛している。私の妃になれ。アルタイに行こう」
ユリウスのように狂気に満ちた状態ではなかった為、私はウィドマンが操られているとは思いもしなかった。
「何を言ってるんですか!離してください!私はルシフォール様と結婚するんです!」
それでもウィドマンは離さない。ウィドマンの手が私の顎を掴み唇を近づけた瞬間、ウィドマンの頭を誰かが殴った。
「セシル!こちらだ!」
ルシフォールだ。私はルシフォールに引っ張られてウィドマンから離れた。
「ルシフォール、セシルを私にくれ。私たちは友人だろう?いいじゃないか」
頭を殴られても、平然とウィドマンは言う。やはり操られてるのか、私がそう思った瞬間、ルシフォールが背後からウィドマンを抱きしめ、フェニックスの力を放出した。
「う‥‥」
ウィドマンは膝を落とした。そして頭を抱えてうずくまる。
「正気に戻ったか?」
ルシフォールが尋ねた。
「‥ああ‥」
ウィドマンは立ち上がると、ルシフォールと私に頭を下げた。
「申し訳ない!!今日、昼間にある男と会ってから、自分の感情が制御できなくなったのだ」
ウィドマンは頭を何度もふった。
「ダイオジェナイト族の末裔がお前のセシルへの想いを増幅させたんだ。お前が昼間に会ったのは、シュテッテン男爵か?」
「そうだ!前王妃に顔だちが似た綺麗な中年の男だった。公女クリスタとも親しいようだった。公女に紹介されたんだ」
ウィドマンもユリウスのようにアグダルに操られた。
「お前で二人目だ‥。しかし、お前は下半身を制御できなかったんだな‥」
セシルの危機を感じて影から見ていたルシフォールは、ウィドマンの下半身の状況も見ていた。ウィドマンは真っ赤になって言い訳をする。
「頭が好きな女でいっぱいになってるのに、下半身が無反応なんて男として有り得ないだろう!子孫が滅亡するぞ」
今回もルシフォールに助けられた。
「もう、私に黙って誰にも会うな」
ルシフォールは厳しい顔で言った。前回みたいな拗ねた態度ではない。私は素直に謝った。
「ごめんなさい。これからは必ず、あなたに声をかけます、ルシフォール様」
そんな私の頭を、ルシフォールは優しく掴むと自分の方に引き寄せた。
「相手は、ダイオジェナイト族。愛を増幅された男の下半身がどうなるか、今回のことでよく分かっただろう?」
私は思わずあの時の状況を思い出してしまった。
「‥‥はい。わかりました‥」
ルシフォールは私の肩を抱いた。
「はいはいはい。そんな見せつけなくても、わかりました。セシル嬢のことはきっぱり諦めるよ!」
ウィドマンは私たちの雰囲気にあてられたようだ。こうして私は、アグダルとクリスタの二度目の襲撃からも難を逃れたのだった。
『バリーン!』
茶器が宙を舞った。クリスタが怒りで暴れている。
「また失敗ですって!!」
アグダルもため息をついた。
「近くにルシフォールがいたら駄目だね‥。奴には、私の力を解除する力があるのは確実だ」
「私は諦めない‥。こうなったら、直接ルシフォール様に私の魅力を分かってもらうわ」
クリスタが執念に燃えている。
「僕には、ルシフォールの心は見えない。だけど‥あいつにあなたへの想いがあるだろうか」
アグダルが水を差す。
「あるはずよ!私たちは婚約していたんだから!それに私はセシルより美しいわ。私が本気でルシフォール様を口説けば、ルシフォール様も私の魅力に気づくはず!」
クリスタは悪役令嬢だが、設定はこの国きっての美女である。根拠のない自信とは言えない。
「そうだね。君がルシフォールの気持ちを変えれば、聖女を手放すかもしれない。やってみたらいいよ。僕が持つ貴族の情報網、繋がりを使って協力してあげよう」
そう言うとアグダルは、クリスタの目をみつめた。クリスタのルシフォールへの愛がどんどん増大して行く。ユリウスやウィドマンのように限界までは膨張させていないが、ガヴァリエールがジェパラを溺愛した程度に、膨張させた。
『クリスタ、次は君がいくんだ。今度こそ、うまく行くことを願ってるよ』
アグダルは、クリスタには声をかけなかった。クリスタは気づかぬうちに、アグダルの駒として利用されようとしていた。
いよいよ、笑真ことクリスタが出撃。姉妹の直接対決が始まるのか?




