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アグダルの手に落ちたユリウス。狂ったユリウスが聖女の元に向かう。

ユリウスが連行されて数時間が経過した。ユリウスは出された食べ物には手をつけていない。逃げれば妹に危害を加えられる。ひたすら大人しくして様子を見ていた。

さらに数時間が経った夕暮れ時に、アグダルは宝石を持ってブラヒン公爵家を訪れた。聞いたことも無い男爵の来訪をブラヒン公爵は初め、相手にもしなかった。しかし、アグダルが執事に見せた宝石の話を聞き、対応を変えた。

「何やら素晴らしい宝石を持ってきたと聞いたが」

 ブラヒン公爵は、アグダルをマジマジと見た。見た目は整っていて品がある。顔立ちが王妃に似ている、とも思った。

「初めまして。ブラヒン公爵様。私はシュテッテン男爵と申します。先日、こちらのご令嬢クリスタ様をお見かけし、その高貴な美しさに感激致しました。我が領内で作られましたこれらの宝石を身につけて頂くに相応しいお方と思い、ご紹介させて戴きたく参った所存であります」

 アグダルは煌びやかに輝く豪華な宝石をブラヒン公爵に見せた。

「おお!!なんと素晴らしい!王家の宝石と言っても遜色ない宝石だ」

 ブラヒン公爵の目が輝いた。

「我が娘が宝石を欲しがっていた。是非、買いたい。とりあえずこちらに」

 ブラヒン公爵は客間にアグダルを通した。そして家の者にクリスタを呼びに行かせた。

「お嬢様、旦那様が応接の間でお待ちです。何やら宝石を売りに来た者があるようです」

『やっと来た!!』

 クリスタは素早く反応した。そしてスタスタと足早に応接の間に向かった。

「失礼致します」

 クリスタは上品にお辞儀をした。

「おお、クリスタ、シュテッテン男爵が素晴らしい宝石を持って来たのだ。そなたのことを見て、この宝石に相応しいと思ったらしい」

 沢山のダイヤモンドが組み込まれた豪華な首飾りがテーブルの上に置かれている。ブルーダイヤモンドとピンクダイヤモンドが織りなす色彩のハーモニーが素晴らしい。

「シュテッテン男爵様、このような素晴らしい宝石をお譲り頂けるのですか?お父様、私、これが欲しいです!!」

 クリスタは芝居も忘れ、本気でこの宝石に魅了されている。ブラヒン公爵は、婚約破棄が相次ぎ辛い思いをした娘を慰めたいと思っていた。

「シュテッテン男爵、こちらを買おう」

 エスケル王国でも名家のブラヒン公爵家だ。資産は王家よりも持っていた。アグダルは宝石に見合う代金を請求し、両者は円滑に売買契約を済ませた。

「良い宝石を探していたのだ。ちょうどいい所に来てくれた。今宵は、晩餐をとっていってくれ」

 公爵は満足気にそう言うと、部屋を出て行った。するとクリスタは人払いをした。部屋にはクリスタとアグダルだけが残った。

「ユリウス卿は地下室に捕らえてあるわ」

 クリスタが小声で囁いた。

「では、今宵、ユリウスの心を変える。僕は一度この公爵家を出る。また裏門から入れるように騎士に伝えてくれるかな」

 クリスタは頷いた。その後、アグダルは公爵たちと豪華な晩餐を楽しんだ後、一旦公爵邸を出て再度侵入したのだった。

「こちらよ」

 クリスタが使用人達から隠れるようにしてアグダルを地下室に案内した。地下室には縛られているユリウスがいた。

「何も食べていないわね‥」

 クリスタは手のつけられていない食事を見た。ユリウスの口はギュッと閉じられたままだ。決して懐柔されない、という意志の現れだった。

「意地をはっても無駄。僕の力に抗える者なんて、聖女やルシフォール以外には存在しないんだから」

 そう言うと、アグダルはユリウスの両目をじっと見つめた。ユリウスは目を逸らしたが、一瞬でアグダルはユリウスの脳内に思念を飛ばしていた。ユリウスの脳内を掻き分け、薔薇色に光る部分を見つけたアグダルは、それに念を入れ膨らませ始めた。

「‥‥」

 ユリウスは無言である。ダイオジェナイト族のこの術は苦しみを伴う物ではない。逆に快楽に近い心地よさを感じるくらいである。

 アグダルはこれ以上は無理という大きさまで、ユリウスのセシルへの恋愛感情を膨張させた。ユリウスの脳は今、セシルへの愛しかない、本能的な欲求だけの思考になっている。アグダルは、かつてこの力を使った時も、ここまではしていない。何故なら、最大まで膨張してしまうと他のことを考えられなくなるからだ。その為、ガヴァリエールがジェパラを熱愛するようにした時も、ゲベルカミル大公が自分を愛するようにした時も、その大きさは加減していた。

「ここまで膨らませたのは初めてですよ。さて、どうなることやら。僕にも想像がつきません」

 アグダルは悪魔のような微笑みを浮かべている。クリスタは、聖女さえ汚れれば満足なので嬉々としている。

「セシルさま‥」

 ユリウスが焦点の合わない目で、朦朧としている。口からは涎が流れ、眉目秀麗な騎士の面影は無い。

 公爵家の騎士がユリウスの手錠を外し、ユリウスに黒い布を被せて外に連れて行った。

「ユリウス卿を教会に送り届けて」

 クリスタは御者に指示を出した。馬車には念のため、騎士が一人乗り込んだ。意識が朦朧としているユリウスだけでは、道中が不安だからだ。計画を無事遂行する為にも、ユリウスを必ず教会に降ろすことが重要視された。

 教会に到着すると騎士はユリウスを馬車から降ろして言った。

「ユリウス卿、聖女様がお呼びですよ」

 そしてそのまま公爵家に帰って行った。ユリウスは、教会を見上げて立っている。

「はぁ‥はぁ‥。セシル様‥。すぐに行きます。待っていてください」

 ユリウスはフラフラしながら教会の中に足を踏み入れた。夜も更けている為、辺りには誰もいない。ユリウスは聖女の部屋を目指した。

『コンコン』

 ユリウスは扉を叩いた。

「誰?」

 中から私が応えた。ユリウスの目が充血する。手は汗ばみ、呼吸は荒くなる。

「ユリウスです‥」

「ユリウス!!無事でよかった!!アイネが昼間、ユリウスが知らない男達に連れて行かれたと飛び込んできたのよ。昼間は騎士団を使って貴方を探したんだけど見つからなくて心配していたの」

 私は無防備に扉を開けた。ユリウスはすぐに部屋の中に足を踏み入れる。聖女の部屋には今は聖女しかいない。それを確認した。

「セシル様」

 ユリウスは震える手を差し出した。

「どこに行っていたの?あなたを連れて行ったのは誰だったの?」

 私はユリウスの様子がおかしいことにやっと気づいた。

「ユリウス?あなた、もしかして体調が悪いの?」

 充血した目と荒い吐息から、私は病気と判断した。フェニックスの力があれば薬を出してあげられるのに今の私にはその力がない。

「すぐに神官を呼ぶわ」

 教会では通常、神官が病気や怪我を治す。医師はいない。

「呼ばないで。誰も呼ばないで‥。私はあなたと2人でいたい‥」

 ユリウスが私の上に覆い被さった。突然のことに私は身構える余裕も無かった。

「ユリウス?」

 私はユリウスの目をみた。真っ赤に充血した目は正気を保っていない。泥酔した人に近い状態だ。

「愛しています。私が欲しいのはあなただけ。私の物にしたい」

 ユリウスは独り言のように言った。ユリウスが自分に好意があるのは気づいていた。しかし、私もユリウスも一線を引いた関係を築いてきた。ユリウスがこんなことをするのはおかしい。私は必死で抵抗した。それでもユリウスは私を強く抱きしめる。そしてユリウスの手が私の衣を破った。私の片方の胸が露わになった。

「嫌!!」

 私は恐怖と羞恥心でいっぱいになった。ユリウスはブツブツ言いながら続ける。

「ユリウス!!止めて!!あなたは私の騎士でしょう!!」

 私が涙を流しながら言った。私の涙を見たユリウスの手が止まった。

「私は‥セシル様を愛しています‥誰よりも‥でも私は騎士‥騎士はセシル様を守る者‥」

 ユリウスが混乱し始め、頭を抱え込んだ。私はその隙にユリウスの下から抜け出そうとした。しかし、ユリウスの手に阻まれ、それは出来なかった。ユリウスは私の衣をめくり、脚元も露わになった。

「やめてー!!」

 私がそう叫ぶと、ユリウスの手が止まった。そして懐にさしていた短刀を取り出すと、自分の太腿に短刀を突き刺した。

「ぐっ‥」

 ユリウスは痛みで我に還った。

「セシル様‥私は操られています。私の脳内にある男が侵入して‥」

 ユリウスは自分と戦っていた。私は寝台にあったシーツを身体に巻くと、部屋を出て大声でアーレスを呼んだ。私の部屋の騒ぎに、ルシフォールや他の神官達も集まってきた。

「彼は!!」

 ダイオジェナイト族の末裔の神官が声をあげた。

「ダイオジェナイト族の術により脳内を操作されています。私にはそれはわかりますが、治療することはできません」

 治癒を得意とした神官が、ユリウスの傷を治そうとした。しかしユリウスがそれを拒む。

「今、この傷が癒えれば、私はまた聖女様に襲いかかるでしょう‥。私は私の意思を制御できないのです‥」

 ユリウスは苦しみに耐えている。太腿からは激しく出血があり、早く短刀を抜かないと筋肉が締まって抜けなくなってしまう。

 その時、ユリウスの前にルシフォールが近づいた。ルシフォールはユリウスを抱きしめた。ルシフォールの身体からフェニックスのオーラが放たれた。

「あ‥」

 ユリウスの表情が穏やかになっていく。ユリウスはそのまま気を失った。太腿の短刀はユリウスの意識がないうちに抜かれて、治療が施された。

 翌朝、ユリウスは目を覚ました。昨夜の様子が嘘のように、穏やかな表情だ。

「セシルお嬢様‥申し訳ございません‥」

 ユリウスは泣きながら謝罪した。私はユリウスを宥めた。ルシフォールの機嫌が悪いのには気づいていたが、見ないことにした。

「ユリウス、誰があなたにこんなことをしたの?ダイオジェナイト族の末裔とは誰?」

「私は昨日‥ブラヒン公爵家の騎士達に捕らえられ、地下室に閉じ込められました。そして公爵令嬢が1人の男を連れてきたのです。公爵令嬢は男をシュテッテン男爵と呼んでいました」

 その名前にルシフォールが反応した。

「シュテッテン男爵?王妃ジェパラの兄で、ゲベルカミル大公が可愛がっていた男‥」

「その男の目をみた瞬間、脳が操られるように自分では制御できず思考が止まり、残ったのは欲望だけでした」

 ユリウスは私の前で土下座をした。

「やめて、ユリウス。あなたはシュテッテン男爵に操られただけだから。あなたが途中で我に還ってくれたおかげで私は無事でいられたわけだし‥」

 ルシフォールの視線が痛い。

「とりあえず、ユリウス卿のことでダイオジェナイト族の末裔で力を持った者が誰か分かったわけですし、聖女は事なきを得たわけですから、よしとしましょう」 

 アーレスはそう言うと、私とルシフォールを部屋から出した。

「少し、2人で話した方がいいですね」

 アーレスはそう言うと去って行った。残された私は気まずくてたまらない。

「なぜ、すぐに叫ばなかった?」

 ルシフォールは顔を近づけて凄んでいる。

「え‥その‥悲鳴をあげたら、ルシフォール様が来る。来たら、ユリウスを斬ってしまうんじゃないかと‥」

 私はしどろもどろに答えた。

「斬っただろうな。お前が襲われていて、斬らずに対処できるわけがない」

 ルシフォールは平然と言った。

「だからです!!私とユリウスはずっと一緒に育ちました!ユリウスが正気でないのがわかったから。ユリウスがおかしくなった原因を見つけないと、て思ったんです。彼が死ぬのは嫌だったんです!!」

 ルシフォールの肩が怒りに震えている。

「ユリウスが好きなのか」

「ユリウスは幼馴染で私の騎士です。兄のように友のように慕っています。彼はゲベルカミル大公からも私を救ってくれた恩人ですよ。好きに決まっています!」

『ガシャーン』

 ルシフォールのそばにあった花瓶が割れた。ルシフォールの怒りの念が放出されたのだ。

「私に向かって他の男を好きだなどと‥」

 ルシフォールの怒りは頂点に達していた。

「好きと愛してるは違うでしょう!!!」

 私は叫んだ。その声の大きさにルシフォールは怯んだ。

「お‥おぅ。違うな‥‥」

 私が初めてルシフォールに怒鳴ったので、ルシフォールはたじろいだ。そしてそれがきっかけで冷静さを取り戻した。

「怖かったです‥悲鳴をあげたらユリウスは殺されるかもしれない。でも悲鳴をあげなかったら襲われたかもしれないから‥」

 今になって私は泣き出した。緊張がほぐれたからか涙が止まらない。そんな私をどうしたらいいか分からないルシフォールは、戸惑っている。私はルシフォールの胸に飛び込んだ。

「私はあなたにしか、抱かれたくありません」

 私はルシフォールを抱きしめた。ルシフォールも腕に手を回し、私を抱きしめる。こうして、私たちは初めての喧嘩の後、仲直りをしたのだった。

ダイオジェナイト族の末裔がシュテッテン男爵だとわかったルシフォール達は、シュテッテン男爵との戦いに備える。

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