16
ルシフォール王太子の死。嘆く国王。喜ぶ王妃。困惑する第二王子。ゲベルカミル大公の計画は着々と進んでいく。
その頃北のフカンの地では、ゲベルカミル大公がルシフォールの遺体を王都に運ぶ準備をしていた。私は足枷は解かれ自分の部屋に戻されたが、扉の鍵は閉まり、扉の前には複数名の騎士達が配置された。私の世話をするメイドも数名付けられ、部屋の四隅にそれぞれ立っている。どうあがいても抜け出すことは不可能だ。
「身体を洗いたいのだけど‥」
私がそう言うと、二人のメイドが湯船や着替えの準備を始めた。
「喉も渇いたし、退屈だから本も読みたい」
残りの二人のメイドは、飲み物と本を用意しに部屋を出た。
『今しかないわ‥』
私は布団にくるまると、荷物の中に隠しておいた水晶玉を取り出してクリスタを見た。アーレスをこちら側から呼ぶのは無理である。クリスタを見ることで王都の様子を知ろうとした。
「お父様!!ルシフォール殿下がお亡くなりになったというのは本当ですか!?」
クリスタが淑女らしからぬ駆け足で公爵の部屋の扉を開けた。ブラヒン公爵は机についたまま険しい顔をしている。王宮からの訃報が机の上に広がっていた。
「‥あの脆弱王太子が疫病にやられたと。これで我が公爵家から王妃を出す道が途切れた‥」
ルシフォールは愚かなふりをしていたので、高位貴族達もルシフォールを馬鹿で操りやすいと思っていたのだ。
「王妃になれないなんて!!そんなの嫌です!」
ルシフォールの死を悲しむこともなく、クリスタは王妃の地位の心配をしていた。私はそのクリスタの態度に腑が煮え繰り返るような思いだった。確かに、ルシフォールも、王族の結婚に愛はなく政治の上で必要なことだと公言していた。それでも、婚約者として共に過ごした相手の死を悼みもせず、自らの保身しか考えないクリスタは、人としての情が無さすぎる。
「とにかく、今はまだ動けぬ。しばらくは婚約者を亡くした悲劇の公女と周りに思われるような態度を示すのだ」
ブラヒン公爵はそう指示を出すと、王宮に向かう準備を始めた。多くの貴族達が王太子の死の知らせを聞き、王宮に集まっていた。
クリスタは部屋に戻ると、ウィドマンへの手紙を書き始めた。
『まさかルシフォールが亡くなったから、次はウィドマンにいくつもり??』
クリスタはやはり笑真なのだと痛感した。
「聖女様、紅茶をお持ちいたしました」
メイドが紅茶を持って戻ってきた。私は慌てて水晶を袋にしまって布団をあげた。
「ありがとう。いただきます」
通常、貴族は召使いに敬語や丁寧語を使わない。メイドは首を傾げながら、ジロジロと私を見つめた。その視線の痛さに、思わず顔を反らしてしまった。
数日後、王都ではルシフォール王太子の遺体が教会に運ばれ、多くの弔問者が訪れた。若き王太子の突然の死を、多くの国民が悼んだ。そしてゲベルカミル大公も遺体と共に王都に到着した。
「国王陛下、このたびは我が領土の為に王太子殿下を犠牲にしてしまい、お詫びの言葉もございません‥」
ゲベルカミル大公はわざと青ざめた顔を演じ、涙を流した。
「おお‥。弟よ‥。そなたのせいではない‥。ルシフォールは民の為に働き神に召されたのだ‥」
ルシフォールの死の報告を聞いてから、何も食べず、一睡もしていない国王はやつれていた。ゲベルカミル大公はそんな国王の前に近づき、膝をついて国王の手をとった。
「私がルシフォール王太子の分もお支え致します」
ゲベルカミル大公の言葉を国王は感謝の気持ちで受け止めている。王妃はそんな二人の様子をじっと見ていた。
「母上、我々も兄上の棺に挨拶に参りましょう」
ミシェールが王妃に声をかけ、エスコートしようとした。普段なら愛息子のエスコートにすぐ手を差し出す王妃が、今日ばかりは手を出さない。ミシェールは戸惑った。
『キャニオン様‥』
王妃は潤んだ瞳でゲベルカミル大公を見つめている。ミシェールは複雑な心境だった。子供の頃から自分が王の実子ではないと周りが噂をしていたのは知っていた。しかし誰もがその相手の名前を明確には言わなかった。王室冒涜罪になることを恐れて、皆、『あの方が』という言い方をしていたのだ。普段は北の地に籠ったまま、王都には顔を出さないゲベルカミル大公の顔を、ミシェールが見たのは今日が初めてだった。
自分と同じ銀の髪。海のような青い瞳の男。この人が、周りが噂をしていた自分の父親なのだと、ミシェールは確信した。そしてその男ゲベルカミル大公を見る王妃の目は、まだ愛しているのだと分かる。ミシェールは思わずその場から立ち去った。
「私は‥皆が噂している通り‥国王陛下の息子ではなかったのか‥。兄上亡き今、次の王太子は誰が‥」
ミシェールは失意の状態になった。しかし、気力の無い身体を無理矢理動かして、教会に向かった。棺の中の兄は眠るように横たわっている。
「兄上、いつも浅はかなことしかしなかった貴方は、死に方まで愚かですね‥。正当な、国王の血を受け継ぎながら‥」
ミシェールは幼い頃から母親に可愛がられた。英才教育を受けるルシフォールとは別に育ったのだ。その為、ほとんど兄弟としての思い出はない。王妃がルシフォールを毛嫌いしていたのもあり、ルシフォールに対して変な優越感すら感じていた。
『兄上は王太子に相応しく無い。いずれは私が王太子に選ばれる』
ミシェールは王妃がいつも言っていた言葉を思い出した。
「国王の実子でない私が選ばれるはずなどない‥」
ミシェールは拳を握りしめると王宮に戻り、王妃の部屋に向かった。
「母上、ミシェールです」
ミシェールは扉を叩いた。
「入りなさい」
王妃は真っ黒な衣装に身を包み、教会に向かう準備をしていた。
「私の父親は、ゲベルカミル大公ですか」
ミシェールは単刀直入に尋ねた。周りの者たちは聞こえないふりをして平然と王妃の仕度を続ける。
「何を言っているのですか。あなたは現国王陛下の息子ですよ。まだ、ね‥」
王妃は含みのある言い方をした。しかしこの言葉は答えを告げている。
「では、失礼します」
ミシェールはそそくさと立ち去った。途中、国王の部屋の前を通った。中から嗚咽のような泣き声が聞こえる。愛する息子を突然失った国王が嘆き悲しんでいるのだ。自分が国王の子なら、そんな国王を慰めたい。しかし自分は不義の子。国王からしたら憎い存在だろう。それを態度に出さずに育ててくれた国王に、ミシェールは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
王妃が教会に入ると、中にゲベルカミル大公もいた。王妃は心を弾ませながらも平静を装ってゲベルカミル大公の側に立った。
「王妃様、このたびはフカンの為に王太子殿下がこのようなことになってしまい、申し訳ございません」
ゲベルカミル大公は深々と頭を下げる。王妃は周りの目もあるので、涙を流しながらゲベルカミル大公を責めた。
「貴方がルシフォールを呼ばなければこのようなことには‥。ああ、ルシフォール、苦しかったでしょうに‥」
王妃は棺に抱きついて嘆き悲しんだ。それを見た貴族たちは、我が子を失った王妃を哀れに思った。
「王妃様はミシェール王子殿下ばかりを溺愛していたけれど、ルシフォール王太子殿下のことも大切には思っていらしたのね。後継者だから厳しく接しておられたのだわ」
貴族たちはヒソヒソと憶測で物を喋った。それを聞いた王妃は、己の演技がうまくいったと満足して教会を出た。そして、教会の裏側の墓地にゲベルカミル大公がいることを側近に聞き、墓地に向かった。
多くの騎士や貴族が眠る墓地に、ゲベルカミル大公はいた。
「キャニオン様‥」
王妃はゲベルカミル大公に声をかけた。ゲベルカミル大公は王妃が来ることを予想していたのか、驚きもせずに振り返る。王妃はゲベルカミル大公の胸に飛び込んだ。
「会いたかったのです。何故、ミシェールが生まれてからは一度も王都に来てはくれなかったのですか?」
王妃はジッとゲベルカミル大公を見つめた。20年余りの時が経ったとはいえ、王妃は美しい。ゲベルカミル大公も年より遥かに若く見える為、並んでいると美男美女の恋人同士に見える。
「私が王都に顔を出せば、その顔立ちからミシェール王子の生まれに疑問を持つ者が出ただろう。そうなると、私もそなたも立場が危うかった」
「確かにミシェールは貴方によく似ています。でも‥貴方は父親似です。ミシェールが祖父に似た隔世遺伝だと言うこともできたのでは‥」
「フッ‥」
ゲベルカミル大公は鼻で笑った。
「嘗て、疑わしい、と言うだけでどれ程の人間が処刑されたか。貴族として生まれたそなたが知らぬわけではあるまい。王妃になっても少しも成長しておらぬのか。伯爵令嬢は所詮、伯爵令嬢か?」
久しぶりの再会なのにゲベルカミル大公は冷たい。王妃は俯き身体を震わせている。
「王妃となって、プライドは身についたようだな。愚かだと言われて悔しいのか。成長したな、ジェパラ」
ゲベルカミル大公はそう言うと、王妃を抱き寄せた。20年ぶりの抱擁に、王妃の心は舞い上がった。
「キャニオン様‥」
王妃はうっとりとした目でゲベルカミル大公を見つめた。ゲベルカミル大公はこの20年、王妃に会いにこそこなかったが、手紙は定期的に届けていた。こうして王妃の心をずっと繋ぎ止めていたのだ。
「ジェパラよ、時は来た。王太子亡き今、邪魔な国王ガヴァリエールを殺し、我々が王宮を統べるのだ」
ゲベルカミル大公の計画を、王妃は知っていた。いつかクーデターを起こす、と。ただ、それが今であることを突然聞かされ、緊張が走った。
「その為にはジェパラ、そなたの働きが必要だ。ルシフォールは私が始末した。同じ毒でそなたは国王ガヴァリエールを殺すのだ」
息子を殺したのが目の前の男。その事実を聞いても、王妃の心は微動だにしなかった。逆に、自分も王を殺さねば、という高揚感すら感じていた。
ゲベルカミル大公は王妃に毒薬の瓶を手渡すと、一つの指輪を手渡した。
「王の飲み物は毒味が入る。二人きりの時に予め注いだ毒ではそなたが疑われる。皆が見ている時に注いだ毒で王が死ねば、犯人はわからない」
ゲベルカミル大公はそう言うと、指輪のユニコーンの顔の部分をパカリと開いた。
「ここに毒薬をしこめ。メイドが王の盃に酒を注いだら、ユニコーンのツノを押さえ、そなたが盃を王に渡すのだ。一滴でよい。一滴でも致死量の猛毒だ」
「同じ壺から注がれた酒。私は飲んでも平気で王だけが死ぬ。酒を注いだのはメイド。私が疑われることはない、というわけですね」
王妃はニヤリと笑った。
「そうだ。あとは国王ガヴァリエールさえ死ねば、私たちの邪魔をする者はおらぬ」
ゲベルカミル大公は王妃をもう一度だけ抱きしめると、耳元で囁いた。
「あの日を取り戻そう‥」
その言葉は王妃の胸に響いた。王妃は毒薬と指輪を受け取ると足早に王宮に戻って行った。
「さて‥。うまくいくかな‥」
ゲベルカミル大公は不敵な笑みを浮かべている。
「私はこの墓地には眠らぬ。貴族、ではなく王族として王墓に眠るのだ」
ゲベルカミル大公は目の前にある沢山の貴族の墓標に宣言した。夕焼けがゲベルカミル大公の顔を赤く染め、その姿は人を喰らうモンスターのようにも見えた。
王妃による国王暗殺計画はうまくいくのか。
糸を引くゲベルカミル大公。
そして帰らぬ聖女を探して旅に出る騎士ユリウスは無事に聖女を助け出せるのか。




