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ゲベルカミルの策によりルシフォールは死に、聖女はゲベルカミルの手の内に‥
「お帰りなさいませ、王太子殿下、聖女様」
ゲベルカミル大公家の者たちが一斉に頭を下げて出迎えた。まるで開店直後のデパートの中を歩く気分だ。私はルシフォールにエスコートされながら屋敷の中に向かった。その夜は晩餐会が開かれると聞き、私たちはそれぞれの部屋に戻ることにした。
「晩餐会の席でゲベルカミル大公に、疫病は平癒されたと報告しよう。明日にでも、王都へ帰還する。父上にも使いを出した」
「そうですね。もう私がここにいなくても大丈夫です。帰りましょう」
ルシフォールは私を軽く抱きしめると額にキスをした。
「王都に戻ったら、父上に我々のことを話す。そして公女との婚約も解消しよう。公女が素直に応じなければ、断罪イベントを起こすことになるが‥」
私にしたら、クリスタが大勢の前で恥をかく姿を見てやりたい。しかし、優しいルシフォールがそれをあまり望んでいない気がして何も言わなかった。
部屋に戻ると、水晶玉が光っていた。何かあったのかと覗き込むと、そこにはクリスタではなく、アーレスが映っていた。
「教皇‥様」
一応、敬称を付けてみた。わざとらしい言い方にアーレスは吹き出している。
「笑奈、無理をしなくていいですよ。2人の時は呼び方は気にしないで」
久しぶりに笑奈と呼ばれた。セシルと呼ばれることに慣れ、この世界での生活に慣れるにつれて、二階堂笑奈としての認識が薄まっていた。
「あなたの使命を果たせたようですね。多くの命を救ったことで、笑奈だったら何十年もかかった使命の達成が、わずか数日で完了しました。これでもう、いつ死んでも魂は昇天しますよ」
私が死んだにも関わらずこの世界に転生してきたのは、本来の使命を果たすため。それが達成したと言うのだ。
「随分早かったわね‥。私の使命が完了したのはわかったけど、それなら笑真は何のためにこの世界に転生してきたの?笑真にも使命があるの?」
「厳密に言うと、笑真は使命の為に転生したわけではありません。彼女はあなたと双子であるゆえに、魂が連動したのもあります。それと、笑真の場合はカルマの解消が一番大きい理由ですね」
私が釈然とせずに考えこんでいるとアーレスは話を続けた。
「カルマとは業です。前世で犯した罪を償わなければならないルールが、あなたのいた地球にはありました。笑真は姉の恋人をわざと奪い続けた。自分の方が上だと見せつけ、優越感に浸る為に。そのカルマが今のクリスタにはあります」
「仏教の教えみたいね‥」
「仏陀もまた、アゼンデッドマスターですから。三次元世界の地球での輪廻転生を古代から説法としてといていましたし。輪廻転生からの解脱。それはあなたのいた地球ではもう少しだけ先の未来だったんですよ」
アーレスの話はよくわからない。だが、クリスタが、笑真であった時に犯した業を、クリスタとしての人生で解消しないといけないということだけは分かった。
「とりあえず、私の使命は果たせたわけね!これからは自由にセシルとして生きていいんでしょう?」
私はニコニコして尋ねた。
「まあ、そううまくいくといいですが‥。私はこの世界の流れに手を出せません。笑奈がセシルとして生きることへのサポートはできますが、セシル個人の人生には干渉できないのです。いわば、警察の民事不介入、みたいなものです」
アーレスは含みのある言い方をしている。
「ということは、この世界で起きることは自力で解決しろ、という意味?」
「そうです。例えあなたに命の危機が訪れても、私には何もすることができません。そもそも、あなたが使命を果たした今、私はこの世界に長居できない。長くてもあと50日もしたらこの世界から強制退去になります」
私がこの世界に来て何とかしてこれたのは、狭まの番人であるアーレスのサポートがあったからだ。そのアーレスがもうすぐ居なくなる。私は一人でこの世界を生きることに不安を感じずにはいられなかった。
「あなたはもう、ルシフォールの気持ちを掴んだのでしょう?今回は笑真に勝ちましたね」
アーレスは嬉しそうに言った。
「立場上、多くは語れませんが今の幸せに酔わず、冷静に周りを見てください。今の私にはそれしか言えません。再び王都であなたに会える日を待っていますよ」
アーレスはそう言うと、一方的に通信を打ち切った。水晶には何も映っていない。私はアーレスの残した最後の言葉が妙に引っかかっていた。
その日の夜、疫病平癒を祝って労いの晩餐会が開かれた。
「聖女セシル殿、今回の働きに感謝する」
ゲベルカミル大公はそう言うと、盃を掲げた。
「乾杯!」
ゲベルカミル大公の一言で、皆が盃を持ち上げてから口に酒を含んだ。甘い芳醇な香りがする上質なワインだ。笑奈の私は成人していたが、セシルとしての私は18歳。日本ならまだお酒は飲めない。しかしここは別世界。気にせずに飲み干した。一気に飲んだからか。朦朧とする意識の中で、少しずつ瞼が閉じていくのを私は感じながらも抗えなかった。
目を覚ますとそこは豪華な部屋だった。キングサイズより大きなベッドに私は横たわっていた。
「‥?飲みすぎたのかしら‥」
起きあがろうとすると、ジャラッと音がした。見ると両足に鎖が繋がれている。手錠の足版のような物だ。
「どう言うこと??何これ??」
私は状況を理解できずに動転した。力を入れてもびくともしない太い鎖だ。
「起きたか‥」
部屋の奥から声がした。ゲベルカミル大公だ。
「ゲベルカミル大公、これはどういうことですか?」
すると、ゲベルカミル大公が近寄ってきた。
「王太子は死んだ。南国の毒蛇、キリルの毒を飲んでな。死体は霊室に安置してある。明日にでも王都に連絡をする」
衝撃的な発言を耳にした私は混乱し、理解が追いつかない。
「‥王太子様を殺したのですか?」
私の身体は震え、顔は蒼白と化した。
「そうだ。王族は幼い頃より多くの毒物に対して、摂取によって耐性をつける。だから完璧に殺す為に、世界にほぼ出回っていないキリルの毒を手に入れて、奴に飲ませた。効果覿面で、奴はもがく時間もなく死んでいった」
ゲベルカミル大公は平然と言った。実の叔父が甥を殺して満足している。ルシフォールの死という信じがたい事実が、私を絶望に突き落とした。
「嘘です!!ルシフォール様が死んだなんて!!!」
目から涙が溢れた。こんなに泣いたことは今の人生でも、前の人生でもなかった。笑真のせいで恋人に裏切られた時さえも、ここまで悲しいとは思わなかった。
「信じられぬなら、見せてやる」
ゲベルカミル大公は私を抱えると、霊室に向かった。霊室は屋敷の地下にあった。白い台座のような物の上に、ルシフォールは寝かされている。毒を飲んだ形跡は拭き取られ、顔は眠っているかのように美しい。しかし、血の通わぬその顔色は青白く、生者のものではない。
「嫌ーーー!!!!」
私は号泣しながら叫んだ。悲しみが止まらない。昼間にアーレスが言っていたのはこのことだったのか。わかっていて教えてくれなかったのか。私は、ルシフォールを失った悲しみと同時に、ルシフォールを手にかけたゲベルカミル大公への憎しみと、それを教えてくれなかったアーレスへの苛立ちを感じていた。しかしどんなに私が暴れても、ゲベルカミル大公は私を抱えたまま離さない。
「もうよいな。これで死んだと分かったであろう」
ゲベルカミル大公はそう言うと静かに階段を上り、先程の部屋に戻った。
「ひくっっ。ひっく‥」
私は枕に顔を埋めて泣き続けた。やっと愛を確かめ合ったのに。幸せになれる、愛する人と愛を育めると思ったのに。それは目の前の男に打ち崩されたのだ。私が戦闘型の聖女なら、仇を討てる。しかし、私にその力はない。私の力は‥。
その時私は、この世界に来たばかりの時のアーレスの言葉を思い出した。
『絶対に負けない‥』
私は涙を拭った。
「ようやく認めて落ち着いたか?聖女よ」
ゲベルカミル大公が私のハンカチを差し出した。私はそれを跳ね除けた。
「今はまだ、ルシフォールを忘れられぬだろう。しかし、すぐに忘れさせてみせる。そなたは私の妃となるのだ」
ゲベルカミル大公の言葉に私は愕然とした。親子ほども歳の離れた私を妃にすると言うのだ。
「聖女でなければ今すぐにでもこの腕に抱き、ルシフォールを忘れさせるのだが、そなたは聖女。無理に抱いてそれが教皇の耳に入れば私の計画に狂いが生じる。しばし時を待たねばならぬのが、惜しいな」
ゲベルカミル大公が指を私の頬に滑らせる。私の全身に鳥肌がたった。ウィドマン王太子にベタベタされた時とは全く違う嫌悪感と、恐怖。私はこの男からどうやって逃れようかと必死で考えていた。その夜は、私は両足を縛られたまま一睡もできずにベッドに横たわったいた。ゲベルカミル大公は王都への手紙を書いたりと、寝ずに活動していた。
翌朝、ゲベルカミル大公の使いは王太子の死の知らせを持って王都に走った。早馬なので一日でその連絡は王都に届いた。
「ウィドマンが疫病にかかって死んだだと!!」
ゲベルカミル大公からの知らせを読んだ国王が真っ青になった。傍らの王妃は国王のそばに駆け寄り、大袈裟に叫んだ。
「おお!!ルシフォール!!なぜそなたが!!」
王妃はボロボロと大粒の涙を流した。
「聖女の力は疫病を治せなかったのか‥!!」
国王は悔しそうに拳を握りしめた。
「聖女様のお力はまだ及ばず、少しずつ効き目が出ている状態ですので、まだしばらくはフカンの地に滞在いただきたいと大公殿下は申しております」
途中で書簡を投げ捨てた王に変わり、側近が読み上げた。この国の跡取りの突然の死に、王宮は、王都は騒然となった。
王太子ルシフォールの死。エスケル王国の王位を巡ってくりひろげられる惨劇はまだまだ続く




