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ウィドマンの求愛。聖女はどうする??

 翌朝早朝から、私たちは疫病患者を集めた山小屋に向かった。一般市民から隔離された場所に、多くの患者が集められている。全ての者が高熱を訴えて苦しんでいた。

「聖女様、この原因不明の高熱に苦しむ者が増え、最近では死者も出始めております」

 口元に布をまいた医療班の者が報告してきた。

「高熱‥」

 風邪やインフルエンザにも似ているが、咳をしている者がいない。暑い、寒いといった真反対の体感を呟きながら患者は苦しんでいる。

『この世界では血液検査はできない‥。何に感染しているのか。聖女の特殊能力で分かるのかしら‥』

 私は目を閉じて、眉間に意識を向けてフェニックスとコンタクトをとった。ほどなく紅蓮の炎に包まれたフェニックスが現れた。人々は初めて見るフェニックスに驚きざわめいている。

『聖女セシルよ。この病が何か知りたいのだろう?』

 フェニックスの声が私の脳内に響いた。周りの人達には聞こえていないようだ。

『そうよ。これは何?』

『では、お前の世界の情報でこの病が何かを教えてやろう』

 フェニックスがそう言うと、私の脳裏に沢山の映像が浮かび上がってきた。アマゾンのような熱帯地域、アレキサンダー大王の絵、そして蚊が映し出された』

『マラリア?』

 私は歴史でも習った病気を思い出した。

『そうだ』

 マラリアと分かれば、マラリアの薬を量子波動で作り出せば良いだけである。私は、キニーネ塩酸塩をイメージして具現化した。私の手にフェニックスの炎のエネルギーが集まり、中から薬が現れた。小瓶の中に入った液体をグラスに少し入れると、飲料用の水で撹拌した。

「これを患者に飲ませてください。かなり苦いので吐き出さないように気をつけて」

 私は次々にキニーネ塩酸塩を具現化して多くの患者に服用させた。あまりの苦味に顔をしかめる患者も多かったが、命がかかっている。皆、苦味に耐えて薬を飲み干した。

「これをしばらくは続けてください」

 私は沢山のキニーネ塩酸塩を作り、山小屋を後にした。数日が経つと、患者たちの症状は改善し始めた。ただ、新たな患者が増えるので終わりは見えない。

『薬で治すだけでは解決しないわ‥。やはりワクチンが必要。でもこの世界に注射器はあるのかしら。存在しない器具を具現化しても、打てる人間がいないし‥』

 私は医薬品を研究していたので、注射器をラットに刺したことはある。しかし、人間にはない。小説の内容を必死に思い出して、注射器が出てきたかを考えた。

『あ!!あった!確か、カーミラ妃が寝ている国王に媚薬を注射して籠絡するシーンが!!』

 この世界にも注射器はある。私は嬉々としてワクチンを具現化して、それを医療チームに渡した。

「これは一瓶で一人分の薬です。これを、この地の人々に打ってください。注射器は使い回しをせずに、使用したら廃棄してくださいね」

 注射器の使い回しは、地球でもわりと現代まで行われていた悪習だ。私は感染を防ぐために、使い回しを止めるよう指示した。その為、大量の注射器が必要となった。幸い、フカンの地は諸外国との交易が盛んで、すぐに注射器も大量に買い付けることができた。

『マラリアの潜伏期間を考えると、まだまだ一週間は落ち着かないわね‥』

 私が一人で奮闘しているのを、ルシフォールは頼もしげに見ていた。ウィドマンは他国の聖女の偉大さ、便利さに複雑な面持ちだ。己の国にも聖女が現れればいいのに、と思っているのだろう。クリスタだけは退屈そうに、あくびをしたりため息をついたりしている。

 こうして数日を過ごすと、じょじょに病態のよい患者が増え、新規感染者も減ってきた。私たちが到着して5日後に、クリスタはブラヒン公爵の迎えの者に連れられ、帰って行った。

「聖女セシル、あなたの力は素晴らしい。どうか私の恋の病も治してもらえまいか」

 ウィドマンが跪いた。

「公女様がいなくなったから、身代わりですか?」

 私はツンと跳ね除ける。ウィドマンとクリスタの親密な関係は私にも見て分かっていた。本人たちだけは、誰にも気づかれていないと思っているのだ。

「身代わりなど!そんなことはない!!私はセシル。あなたを愛している」

 歯が浮くような愛の告白である。現代日本人だった私には、照れ臭くて受け入れられない。小説の中は、西洋人のようなテンションだ。

「公女はウィドマン王太子殿下の婚約者です。そんな方と一線を越えるのは‥やはりまずいのでは?」

 私は冷静にそう言うと、ウィドマンに背を向けた。すると、ウィドマンが背後から私を抱きしめてきた。その両腕はぎゅっと強く、私は振り払うことが出来なかった。

「あなたが私に振り向いてくれないからだ。寂しさを、公女とは互いに埋め合っただけ。公女はルシフォールを愛している」

「寂しければ、王太子妃候補が浮気をしても良いと言うのですか?」

 ウィドマンは黙ったまま、私を抱きしめ続ける。ウィドマンの鼓動が私の背中に響いた。熱く、早い鼓動だ。ウィドマンは本気で私を好きだと改めて感じた。

 私は、二階堂笑奈の時には二度しか恋愛をしたことがない。しかもその二度は、両方とも妹笑真に邪魔をされ、奪われたのだ。今度こそ、推しのルシフォールを笑真に渡したくない。私はそう思っていた。ルシフォールはクリスタの婚約者だ。しかし、彼の気持ちはクリスタには向いていない。だからまだ、諦めたくはなかった。

「ウィドマン王太子殿下、離してください。私達は役目を持ってこの地に来たのですから」

 頑なに冷静な私に、やりきれなくなったのかウィドマンの腕が緩んだ。そこから抜け出そうとしたタイミングで、ルシフォールがやって来た。

「ウィドマン‥。アルタイ王国からの使いは何と言ってきた?」

 ルシフォールの出現に、ウィドマンの腕に再び力がこめられた。抜け出すことは不可能だ。

「聖女の力を、国王陛下に報告をするように急かされた」

「アルタイにとってもエスケルの聖女は気になる存在と言うわけだな」

 ルシフォールは私と目も合わせずに淡々と話している。

「聖女の役割が終わったら、セシルを妃にしたい。改めてエスケルの国王陛下に願い出るつもりだ」

「聖女の管轄は父上ではない。教皇だ。教皇が認めなければ結婚はできない」

「わかった。私は明日、アルタイに帰国して教会への接触と金銭的な援助を打診するように手配する」

 ウィドマンは本気で私と結婚しようとしている。確かに、ルシフォールがクリスタと結婚してしまえば、私に居場所はない。それならば、ウィドマンという保険もあった方がいいのだろうか。私は打算的な思考に囚われていた。

「とりあえず、その手を離せ。まだ教会にも許しをもらっていないのに、聖女に手を出すな」

 ルシフォールは不機嫌そうにそう言うと、私の手を引っ張って自分の方に引き寄せた。

「はいはい、エスケルの王太子様は真面目だからこういうのは見逃してくれないんだろうな」

 ウィドマンはそう言うと、部屋に戻って行った。

「こんな場所でウィドマンと何をしていた?」

 ルシフォールが凍りそうな冷たい視線で私を睨んだ。

「何もしていません。ウィドマン王太子殿下が話していたらいきなり抱きついてこられただけです。お酒でも召し上がっていたんじゃないですか?」

 私は当たり障りのない回答をした。隣国の王太子の名誉を傷つけるわけにはいかない。さらに、クリスタとウィドマンの不適切な関係を喋るわけにもいかなかった。

「‥‥。お前がウィドマンといるのを見ると怒りが押さえられない‥。こんな不快な感情は初めてだ‥」

 ルシフォールの顔が苦しそうに歪む。私は、恋をしたことがない故に困惑しているルシフォールの気持ちを察した。

『少なくてもルシフォールは私を意識している‥』

「王太子殿下‥。私は、殿下をお慕いしております」

 勇気を出して告白を試みた。今を逃してはいけないのは、恋愛経験の少ない私でも分かった。

 次の瞬間、目の前にいるルシフォールの顔がどんどん紅潮し、普段冷静な氷のような王太子のイメージとは似ても似つかぬ姿になった。

「なっ!!何を言うんだ!!私はこの国の王太子で、王となるのに最適な結婚をすると言ったではないか!!聖女を選んで断罪、は私には必要ない、と‥」

 出会ったばかりの頃、確かにルシフォールはそう言った。クリスタの様子を見ると。必要がなければ断罪イベントは起こさないと。それが彼の人生における計画の一つだ。しかし、今、それは彼の中で揺らごうとしていた。


「‥ルシフォールは聖女を好きなのか‥。面白い‥」

 そんな二人を陰から隠れて見ている鋭い視線があった。ゲベルカミル大公だ。ゲベルカミル大公はルシフォールの気持ちに気づいたのだった。


ルシフォールの本心に気づいたゲベルカミル大公。それを利用して彼は何を画策するのか‥

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