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ゲベルカミル大公の計画がスタート。その野望を叶える為に彼が動き始めた。
エスケル王国最高位の貴族であり、王族でもあるゲベルカミル大公家の晩餐は、王家の物と遜色ない程、豪華である。いくら最高位の貴族だからと言って、この寒い北の地で大きな収益があるとは思えない。各国に跨る山脈を領土に持ち、港もあるので物流が盛んなのは分かる。交易による利益はそんなに大きいのか。政治経済を専門的に学んでいない私には理解出来ない。
「本日はフカンへようこそ。明日からの疫病対策、期待していますよ。‥これは今日獲れたばかりの蟹で、鹿のステーキもあります。3日間、ろくな物が食べられなかったでしょう。沢山食べてください」
ゲベルカミル大公が丁寧な口調で言った。ウィドマン王太子がいなければここまでの口調にはならない。ルシフォールにとっては叔父であり、クリスタやセシルからしたら格上貴族だ。ウィドマン王太子だけがゲベルカミル大公より上かもしくは対等だと言える。
晩餐会はほどなく終了し、皆それぞれの部屋に戻って行った。最後に一人残ったゲベルカミル大公は、ため息をついた。
「よりにもよって、何故、隣国の王太子が一緒に来たのか‥」
「我が国に現れた聖女の働きを、力を己の目で見てアルタイ王国王に報告したいのではないでしょうか」
執事ビンスクが応えた。
「であろうな‥。100年ぶりの聖女。各国でも噂になっているようだ‥」
ゲベルカミル大公は、聖女セシルの顔を思い浮かべた。
「聖女とは、かくも温かき存在か‥」
ゲベルカミル大公は、胸に小さな灯りが灯ったような暖かさを感じていた。歳の離れた異母兄に初恋の相手を奪われてからというもの、ゲベルカミル大公は女性と本気では付き合わなくなった。周りがいくら勧めても誰も娶らなかった。
「ビンスク、時は近い‥」
ビンスクはゲベルカミル大公のグラスにワインを注いだ。
「いよいよ、殿下の時代が参ります。愚王を廃し、キャニオン様が新王となる時が来たのです。今、聖女がこの世界に現れたのも、天がそれを応援しているからかと」
「そのようなこと、口にしてはならぬ。誰かに聞かれたらどうするのだ」
言葉とは裏腹に、ゲベルカミル大公は冷笑を浮かべている。
「まあ、よい。聞かれたら聞かれたら時。元よりこの地から、聖女もルシフォールも、帰すつもりはないのだから‥」
「準備は万全でございます。後は、邪魔なウィドマン王太子とブラヒン公女をこの地から追い出すだけ。ブラヒン公女は、ブラヒン公爵が心配しておりましたのですぐに追いかえせるかと。ウィドマン王太子には、アルタイ王国から帰るように指示が出るよう仕向けましょう」
ビンスクは、商団や傭兵などとも深い交流があり、各国の貴族たちとも繋がっていた。その手腕をゲベルカミル大公の側で発揮しているのだ。
「頼んだぞ」
ゲベルカミル大公はビンスクを非常に信頼していた。
そんな罠が待ち構えているとも知らずに、私は気持ちよく休んでいた。
『ゲベルカミル大公は小説にはあまり出てこなかったから、どんな人かわからないけど、素敵なおじさま、て感じがする』
私は呑気に考えていた。小説で悪役として気をつけなければならなかったのは側妃カーミラ。カーミラは、実家のディアブロ公爵家と共に第4王子を王位に付けようと、ルシフォールの暗殺を企み、ミシェールは不義の子であると噂を流したのだ。小説でゲベルカミル大公の名前が出てきたのはこの時だけ。証拠不十分で、王妃の名誉を失墜させたと罪に問われたカーミラは幽閉。ディアブロ家は伯爵家に格下げにされ、第3王子は王族ではなく、公爵として生きるように命じられた事件だ。
そんなことを考えていると、扉をノックする音が聞こえた。
『こんな夜遅くに‥』
私はため息混じりに応答した。
「どなたですか?」
「遅くにすまない。私だ、ウィドマンだ。少し、話せないかな」
ここにきてまた、ウィドマン。私の希望はルシフォールなのに‥。私はしぶしぶ扉を開けた。部屋の中にはメイドが数名いる。だから開けることができたのだ。二人きりにはなりたくない。
「王太子殿下、私、長い旅路で疲れております。手短にお願いいたします」
フェニックスマスターである私は、自分の身体を癒せるので実はさほど疲れてはいなかった。道中、他の人にも栄養ドリンクや、ビタミン剤などは量子波動で作り出して配っていた。
「わかった。眠る前に一目会いたかっただけだ。これを受け取って」
ウィドマンは小さな桜貝を私に手渡した。
「この屋敷から少し離れた場所に海辺があって、そこの砂浜に沢山の桜貝が落ちていた。その貝の色がセシルの頬の色に見えて、思わず拾い集めてしまった」
ウィドマンは照れながら説明する。
「綺麗な貝を沢山、ありがとうございます。お皿に入れて飾りますね」
私はそう言うと一礼して扉を閉めた。
「あ、え、うーん‥」
ウィドマンは期待外れの私の対応に戸惑いながら立ち去った。
「まあ、綺麗なんだけど。ウィドマン王太子の気持ちは必要ないのよね‥」
と言いつつ、嬉しい自分もいる。
一方、クリスタはルシフォールの元に突進していた。
「ルシフォール王太子殿下!私達は婚約者ですわ。一緒に過ごしましょう」
婚約者であることを振り翳して強引に迫る。クリスタには焦りがあった。どんな女性にも無関心のルシフォールが、セシルにだけは違う表情を見せるからだ。女の勘で、それが自分にとって好ましくない物だと感じていた。
「‥公女。我々はここに遊びに来たわけではない。明日に備えて身体を休め、万全の体調で臨まねば、我らとて疫病にかかるやもしれんのだ」
「聖女セシル嬢がいるではないですか」
聖女がいるから安全。クリスタは根拠なくそう信じてこの地にやってきていた。
「フェニックスマスターの力がどれほどの物か。実際に見た物はおらぬ。油断をして己が感染したらどうする?」
いつになくルシフォールの態度が厳しい。国王に真の姿を見せたルシフォールは、もう愚かなふりは辞めようと決めたのだ。
いつものルシフォールの対応と異なる。クリスタはこれ以上側にいても嫌われるだけと悟り、引き下がった。
クリスタが自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、向こうからウィドマンが歩いてきた。心なしか足音に元気がない。二人は気まずそうに目を合わせた。そして心の隙間を埋め合うかのように二人でテラスに向かった。
「その様子だと、そちらもダメだったようだな」
ウィドマンが言った。クリスタは悔しそうに唇を噛み締めている。
「そんなに噛んだら唇が切れてしまうぞ」
ウィドマンは親指でクリスタの下唇をそっと拭った。
「どうしてルシフォール殿下は優しくしてくれないの?」
クリスタは涙を浮かべている。これは嘘泣きではなかった。
「ルシフォールは昔から女に本気になったことがないクールな奴だから。でも、婚約者のお前のことはそれなりに丁重に扱って大切にしてると思うぞ」
ウィドマンは慰めるように言った。それは慰める為の嘘ではなく真実である。今までのルシフォールはそうだったのだ。
「ルシフォール殿下は聖女を気に入ってるのかもしれない」
クリスタは悔しそうに言った。
「そうなのか?私には分からないが‥。ルシフォールは、聖女の役割が終わったら私が聖女を妃にしてもいいと言っていたぞ」
「本当??」
クリスタの目が輝いた。ウィドマンは何度も頷く。
その夜も2人は互いの寂しさを埋めるかのように、甘い夜を過ごしたのだった。
慰め合うクリスタとウィドマン。届かぬ想いはどこに向かうのか。




