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ルディは無事に城外に出ると甲冑を脱ぎ、乗り合い馬車で教会に向かった。馬車の中には教会に向かう人がいるようだ。ルイーゼに似ているルディの顔を垣間見ている。ルディは黙ったまま馬車の中で時を過ごした。一時間ほど経つと馬車は教会に到着した。ルディはすぐにベルゼとオニキスを探した。
「教皇様とオニキス王子殿下は、ルディ様を探して外出中です」
神官達が集まってくる。
「ルディ様、ご無事だったのですね!道中、魔塔に攫われたと聞き心配しましたよ」
神官達は安堵している。ルディは神官達に心配をかけないように部屋に戻った。
「ベルゼ達を探しに行きたいけど‥入れ違いになっても困るし、おとなしく待とうかな」
ルディはベッドに横になった。監禁場所の地下室は、歴代の幽閉された王族の間である為、ベッドは固い。ルディは自室の柔らかなベッドの寝心地を堪能した。そうしている内に、疲れていたルディは眠りについた。
王城では、ウルアクがロードナイトと話していた。
「オニキス王子達に見つからぬよう、地下の特別室に閉じ込めていたに‥まさかインカローズがそこを探すとは‥」
ウルアクは計画が頓挫したことを悔しく思っていた。
「私が魔導士になり、勇者と対等の力を得ました。オニキス王子には負けません。必ずやルディを私の妃にします」
ロードナイトは魔導士の腕輪をウルアクに見せた。ウルアクは動揺している。
「なぜ‥そなたが魔導士に‥?」
ウルアクは青ざめ、身体は震えている。それに反して、ロードナイトは意気揚々と話し続けた。
「魔女の力を借りたのです。魔女に前の魔導士から腕輪を奪わせ、私を新たな魔導士にするよう仕向けました」
「魔塔の力を借りることは、代々行われていたこと。しかし、王族が魔塔の存在になるのは、民心が離れてしまう。未来の王が魔導士など、知られれば国が乱れる!」
ウルアクはロードナイトの腕から腕輪を外そうとした。しかし、腕輪の魔力がウルアクを跳ね飛ばす。
「この腕輪を外せるのは世界で魔女だけです。あきらめてください。今、この世界に魔女は存在しません」
穏やかなロードナイトが、悪意に満ちた顔をしている。ウルアクは身震いした。
「チャロアイトはどうした?」
「魔女は、魔王を作り出して死にましたよ」
ロードナイトが冷笑を浮かべた。ウルアクは愕然とし、声にならない声を発しながら口を開いている。
「そ‥そなた‥我が王家に代々伝わるあの書物を読んだのか‥」
ウルアクは蹌踉めきながらロードナイトに近づいた。
「はい。書物にあった通り‥魔導士だった器が、血の契約後に魔女の純潔を奪ったら、魔王が生み出されました」
ウルアクはその場に崩れ落ちた。
「‥ば‥馬鹿な‥。魔王はこの世界を混沌とさせ、地獄にする存在‥。世界の王族達は駆逐され、生き残った者達は魔王の支配下で生きることになる‥」
ウルアクは息子のしでかした事の大きさを受け止められなかった。
「今、聖女はこの世界にいない‥。魔王を倒せる者は存在しない!!」
ウルアクはロードナイトの胸ぐらを掴んだ。母親の鬼気迫る表情をロードナイトは愉しげに見ている。ウルアクはロードナイトを溺愛していた。しかしその愛は裏を返せば支配でもあった。ロードナイトは常に母の望む生き方を強いられていたのだ。今回のことは、ロードナイトの初めての反抗でもあった。
「魔王と私は契約を結んでいます。だから、魔王は私を殺すことはありません。エスケル王国は、私の国として存在し続けますよ、ご安心ください」
ロードナイトは胸ぐらを掴んでいるウルアクの手を払いのけた。
「私やインカローズはどうなるというの!?」
ウルアクが震えながら尋ねた。ロードナイトは冷静さを失ったウルアクを軽蔑の目で見ている。
「一国の女王が、まずは自分の命の心配ですか。まあ、王太子の私が、ルディを手に入れる為に魔王を作り出したことに比べれば、まだまともかもしれませんね」
ロードナイトはへたり込んでいるウルアクを上から見下ろしている。その目には、母親への愛情は微塵もなく、侮蔑しかなかった。
「私を生み出してくれたことには敬意を表して、命だけは助けましょう。愛人を大事にしている父親は殺しますけどね」
ロードナイトはアゼツライトを軽蔑していた。王配でありながら愛人を作り、その子に爵位を与えたのだ。ロードナイトはすぐに、魔法を詠唱し始めた。ロードナイトの周りには魔の文字が現れる。ロードナイトの詠唱が終わると、その文字達は尖った闇の剣に代わり姿を消した。その数秒後、城内にある一室から叫び声が聞こえた。
「ぐああああー!!!」
ウルアクはその声に聞き覚えがあった。20年近く連れ添った夫の声だ。ウルアクの額から汗が流れ落ちた。
「女王陛下!!大変でございます!!王配殿下が突然、血を吐いてお倒れになりました!侍医が診ておりますが‥状況は芳しくないようです。早くおいでください」
城内の騎士がウルアクを呼びに来た。ウルアクは騎士の手を取りゆっくりと立ち上がると、真っ青な顔でアゼツライトの部屋に向かった。
「父上!!」
城内の騒ぎを聞いたインカローズもアゼツライトの部屋に向かう。アゼツライトの側近はブラヒン公爵家に急使を出した。
突然血を吐き倒れたアゼツライトは、ベッドに寝かされていた。既に心臓は止まり、侍医は首を横に振るばかりだった。
「アゼツライト‥」
ウルアクが複雑な表情でアゼツライトの遺体を見ている。共にエスケル王国の支配者として国を栄えさせようと誓った夫だ。しかし、二人きりの時間は瞬く間に終わりを迎え、アゼツライトは愛人との恋慕を楽しむようになった。ウルアクは、愛しさと憎しみの両方をアゼツライトに感じていた。
アゼツライトの死はすぐに国中に知れ渡った。死因は病死とされた。真実を知る唯一の人間であるウルアクは黙秘したのだった。




