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国王ガヴァリエールと王妃ジェパラの出会いと葛藤。
フカンへの遠征まであと3日と迫っていたので、王宮内は慌しかった。統率責任者であるルシフォールは業務に追われている。そこに国王ガヴァリエールが現れた。
「ルシフォールよ、進んでおるか?」
ルシフォールは手を止め立ち上がると、父王に深く敬礼をした。
「大丈夫です」
国王は不安気に見ている。いつも愚かな王子を演じてきたせいで、ルシフォールは情けない王太子、というのが周りの見方だった。それに国王も漏れない。
「彼の地は、ゲベルカミル大公の治める地。油断してはならぬぞ」
国王は不安だった。ルシフォールが、頭の切れる王弟の叔父とうまく対峙できるのか。しかしいずれ国を継ぐべき王太子が、逃げてばかりもいられない。
「叔父上はこの騒ぎを城で処理しているのですか?」
「疫病が発生したのをすぐに知らせてきたのはゲベルカミル大公だ。聖女の力を借りたい、とな。私はすぐに教会に打診して引き受けた。ゲベルカミル大公領であっても我が国であることに変わりはない」
あの叔父が困っている。それを助けに行く。ルシフォールの胸が高鳴った。叔父に恩を売れるいい機会だからだ。
「ゆめゆめ油断はするな。護衛は多めに付けよ」
国王は念押しした。
「叔父上が私の命を狙うということですか?」
国王は黙って頷いた。
「その可能性は大いにある‥。お前が居なくなれば、奴はミシェールを王太子に推すであろうからな」
皆が薄々気づいていても公にされていない事実。それが、ミシェールが、ゲベルカミル大公の子だということだ。
「ミシェールが叔父上の子だからですか」
国王は苦虫話噛み潰したような顔をしている。
「やはりお主も気づいておったか。貴族達の間でも皆、腹の中ではそう思うておるゆえな」
国王は悔しそうに拳を握りしめ、肩を震わせている。
「母上の不義を、なぜ追求されなかったのですか?」
ルシフォールは長年聞きたかったことを口にした。
「‥それは色々な理由があったのじゃ‥」
国王は椅子に腰掛けるとゆっくりと過去を語り始めた。
「私とゲベルカミル大公は10歳ほど歳が離れた兄弟。故に年齢から私が王太子に選ばれた。どんなに賢くても、父王の年齢を考えたら、跡を継ぐ時に若すぎる王は好ましくないからじゃ」
国王ガヴァリエールも愚かではなかったが、ゲベルカミル大公は勇猛さ、カリスマ性などに秀でた存在だった。見た目も眉目秀麗で、固太りな国王ガヴァリエールとは雲泥の差である。その為、国王ガヴァリエールは歳の離れた弟に、脅威と劣等感を感じていた。
しかし、国王ガヴァリエールが王太子なので、貴族たちはゲベルカミル大公(当時はディアブロ王子。ゲベルカミルは姓)ではなくガヴァリエールに娘達を嫁がせようと画策していた。
「私の最初の妃は王太子妃となり、しばらくは二人で過ごした。その妃が嫌いだったわけではない。控えめで大人しい人だった。ただ身体が弱く、病気で早逝したのじゃ。妃を失って、また貴族の争いの中に身を置いて疲れ果てた時、王妃殿下の宮殿の庭でお主の母を見たのじゃ」
〜〜〜 回想 〜〜〜
宮殿の柱の影に立つ王太子ガヴァリエール。その視線の先には、長く美しいブロンドの髪に鮮やかな黄緑色の瞳の美女がいる。
「誰だ‥。あの子は‥」
ガヴァリエールは完全に目を奪われ、瞬きすら忘れていた。
「ジェパラ、悪いけれどこれをキャニオン王子に届けてくれない?」
王妃が小さな小箱をジェパラという少女に手渡した。
「はい!かしこまりました。王妃様」
ジェパラは嬉しそうに返事をすると、小箱を持って王妃の前から立ち去った。
「あ‥。もう行ってしまうのか‥」
ガヴァリエールは残念に思った。まだ見ていたかった。名残惜しくてたまらない。しかし、王妃の宮殿の庭に勝手に立ち入ったことが知られるのはまずい。ガヴァリエールは素早く立ち去ると、自分の部下にジェパラについて調べさせた。
「王太子様、ジェパラ様は、王妃様の侍女に一年ほど前にあがったとのことです。セイムチャン伯爵家の令嬢で、今年17歳でデビュタントを迎える予定であると」
部下は調査した書類を読み上げた。
「デビュタントか。その後に妃候補にするのは可能だな」
ガヴァリエールはいつになく興奮している。普段は恋愛に積極的でない王太子の様子に、部下たちは王太子の意志を叶えなければという使命感にかられた。
こうして周りが動き、ジェパラのデビュタントの夜会の前日、王妃の元に国王が出向いた。そして国王の命令でジェパラのパートナーはガヴァリエールとなった。元々は、19歳のキャニオン王子がパートナーを務めるはずだった。それなのに突然、29歳の王太子がパートナーに名乗り出てきたのだ。ジェパラはショックを受けた。しかし、王命には逆らえない。ジェパラはデビュタントの場で、王太子の想い人と周知され、話題の人となった。その後、王太子は周りの反対をよそに半ば強引にジェパラを王太子妃にしたのである。
〜〜〜回想終了〜〜〜
「私は妃を愛しておる。だからお主を王太子にし、跡を継がせることにした。しかし、ジェパラは‥。私が高貴な生まれの側妃たちの相手を強要される中、孤立し、寂しさからゲベルカミルの元に走ってしまったのじゃ。私はジェパラを、ジェパラの産んだルシフォール、そなたを守る為に、側妃達の産んだ王子を手にかけたというに‥」
衝撃的な事実に、ルシフォールは息を呑んだ。
「私の側妃には、ディアブロ公爵家の令嬢、イミラック侯爵家の令嬢と、父親の力が強い者が2人いる。第一王子は無事にジェパラが産んだが、その後に側妃達が王子を産めば、母の身分の高くないお主は王太子になれないと思った。そして、王太子の母になれなければ、ジェパラは次代の王がたった時に、廃后として処刑されるか幽閉される可能性もある。そうさせてはならぬ、と私は側妃たちの産んだ3人の王子を殺した」
ガヴァリエールは、王宮付きの医師達に命じ、側妃の子が男子だった場合は毒針で殺し、死産だと処理させていた。
「側妃が嫌いでも、夜は共に過ごさなければならない圧がかかっていたのですね。それでも母上はそれを裏切りだと思った。だから叔父上の元に走り、ミシェールを身籠ったと」
ガヴァリエールはガクンとうなだれている。
「生まれた赤子をこの目で見るまでは、我が子だと思っていた‥。しかし、その顔立ち、髪や瞳の色‥。私に似ている部分は一つもなく、ゲベルカミル大公に酷似していたのだ」
「そんな赤子を見ても母上は平然としていたのですか?」
普通であれば、不義の子とあからさまに分かる子が生まれたら動揺する。
「‥ジェパラは愛しそうにミシェールの顔を見て抱きしめていた。その姿はまるで聖母のようだった‥」
「愛するが故に、黙認なされたのですね」
ルシフォールの核心をついた問いかけに、ガヴァリエールは素直に頷いた。
「嫉妬から憎しみがなかったといえば嘘になる‥。しかし、不義を追求すれば、ジェパラの命はない。そうなれば、ルシフォール、お主が王太子になることは絶対になくなる。私が我慢すれば、ジェパラを失わず、ジェパラと私の子であるお主が次期王となると考えたのじゃ」
「だからミシェールの後からは、王子たちは死なずに成長したのですね」
ミシェールの後には、側妃たちの産んだ王子が2人いる。
「側妃たちの産んだ子をもう殺さなかったのも、お主の為なのじゃ。側妃が王子を全く産まなければ、いつかジェパラはお主ではなく、ミシェールに跡を継がせようとすると私は考えた」
『それは異母弟たちがいても考えているようだが‥』
ルシフォールが暗殺されかけたのは、一度や二度とではない。その全てがジェパラの仕業でないとしても、ジェパラの指示の暗殺もあるとルシフォールは考えていた。
「そこまでしても母上を愛しておられるのですね‥。私には理解できません。王族の結婚に愛は不要と私は考えています」
いつもとは別人のようなルシフォールの口調に、ガヴァリエールは真実を知った。
「ルシフォール、まさかお主‥。今まで愚かなふりをしておったのか!?」
ルシフォールじっと父を見つめた。その瞳の力強さに、ガヴァリエールの知性が滲み出ている。
「ミシェールを溺愛するジェパラが、そなたを敵視しないように生きてきたのだな‥」
ガヴァリエールはルシフォールを抱きしめた。頬には大粒の涙が流れている。ガヴァリエールは賢王ではないが、民を思う心優しい王である。
「父上、私は母上や皆の前ではまだ、愚かな王太子のふりを致します。ゲベルカミル大公の力を削ぎ、確実に私が王となれるように準備が必要ですから」
「おお、ルシフォールよ。ずっとお主を誤解しておった。私の命がある限り、お主の力となろう」
「ありがとうございます。では父上、早速ですが、第三王子ラフィートと、第四王子ウリエードを他国に留学させてください。しばらくはこの地を踏むことの無きよう」
ガヴァリエールは黙って頷いた。
「わかった。お主が北の地に行くのだ。否やは言わせぬ。任せておけ」
翌日、王命で第三王子と第四王子は、知識を広げる為という理由で他国に留学することとなった。側妃達は反対したが、王命を覆すことはできなかった。
そうして、私たちがフカンの地に出発する日が訪れた。
フカンの地への旅。そこに待ち受ける病と、王弟ゲベルカミル大公とは‥




