ネクタイ・ノット
先日気まぐれに、母校のツイッターを見に行った。その時に、中々に懐かしい顔を見かけたのだ。
印象に強く残っている後輩の一人。作者が最高学年だった年に入学した子で、ただ、投稿されていた写真では、大分大きくなっていた。見る限り、背も抜かされてそうだったし、顔立ちも大人っぽくなっている。そういえば最後にみた時は、まだ12歳とかだったな…
ネクタイは、高学年の色に変わっていた。もう試験も受ける年齢か。あっという間でビックリしたが、そのネクタイが実に嬉しい形をしていた。
エルドリッジ・ノット。まだやってたのか…と。まあ、タイの色が暗いから、あまり目立たないけど。中々エレガントじゃないか…と感動した。
そんな事に何故感激したのかは、作者がハイスクールに入ったばかりの頃に遡る。
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作者が初めてネクタイを結んだのは、ハイスクール一年生の頃だった。まあ、初日は流石に母に結んでもらっていた気がするが、所謂スクールボーイ・ノット(シンプル・ノット、フォー・イン・ア・ハンド・ノット等とも)で、超ベーシックな物であった。
ただ、年齢的に…少し周りと差別化したいとか、オシャレをしてみたいとか、そんな感情が少なからずあった。
制服は、まあ緩いと言えた。
ワイシャツは白。形は自由。ベストやカーデガン、ジャンパーとズボン、スカートは黒。ジーンズは禁止。パーカーも禁止。靴下は黒か白。靴は黒。最高学年は学校指定のブレザーを義務付けられていて、でもこのブレザーは四年生以降が着る権利を持っていた。
ネクタイは必ず着用する事。高学年は高学年用の色、低学年は低学年の色を使う事。
このルールの範囲内に、オシャレを頑張る子は結構いた(何なら、堂々と破る子も結構いた)。
作者は、ルールはなるべく破りたくなかったが、かと言って、わざわざ形の良いシャツやジャンパーをお小遣いから買いたくは無かった。その辺は、母が用意してくれた物で十分だったのだが。
ただ一つ、気を配る様になった物があった。ネクタイだ。初めて結んだ事も、ちょっと大人っぽく感じたのも相まって、一番気を配る様になった部分だった。
スクールボーイ・ノットの形が気に食わなかった。まず求めたのが左右対称。それと奇麗な逆三角形。早々に習得したのがウィンザー・ノットとハノヴァ―・ノット。どちらも奇麗な逆三角形で、左右対称だったから。結び目を小さくしたい時はウィンザーを結んで、大きいという気分なら、ハノヴァ―を使った。
そこからが始まりであった。
言っても、これらの結び方は、他より形が奇麗な程度。解らない人には、大差無い違いであった。
どうせなら、もっと解り易く差別化したい!そこで研究しまくったのだ。
クロス・ノット。ミュレル・ノット。トリニティ・ノット。フィッシュボーン、エリィにエルドリッジ・ノット。ローズバッド・ノット。エディエティ・ノット。クィーンやケープ・ノット。ヴィダリア・ノット。トゥルー・ラブ・ノット。ディヴァオ・ツィスト・ノット。ベルムダズ・トライアングル・ノット。
ブオトニール・ノットはちょっと馬鹿っぽかったかもしれない。サラス・ノットは一張羅代わりだった。
実際は多分もっとある。当時唯一の拘り部分であった。母に見られるのはちょっと嫌というか恥かしかったので(多分、あまり感心されなかったと思うw)、家出る時は普通に。そして学校に着いたら、トイレで結び直していた。時には、休み時間も気分転換に違う形に結び直したりと。
難点としては、これらのタイ・ノットがややこしければややこしい程、タイの長さが足りなかった事。ただ、作者の着眼点はノットの形だった。故に、気に入っていたベストを何時も上から着ていた。そうすれば長さが足りないのが解らなかったし。
タイの結び目に関しては、学年一どころか、学校一自身があった。
ただまあ、そんなネクタイパッションが薄れたのは、体育後の更衣室での出来事。鏡の前でタイを結び直していた時、相性の悪い同級生にこう言われた。
「サーカスにでも行くの?」
今思い返せば、相手の言っている事にも一理あった。タイノットの形は段々派手になっていたし、制服違反ではなくとも、必ずしも学業の場にふさわしい物では無かった(が、その発言をした子は、普通にいつも制服違反な格好をしていたので、ある意味おまいうである)。
その時は笑い飛ばした気がする。ただ、その日を境に、ノットは段々地味になっていった。
最終的に落ち着いたのは、ウィンザー・ノット。偶にハノヴァ―・ノット。左右対称で形が奇麗な(ほぼ)逆三角形は、やっぱり譲れなかった。
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時は進み、作者も最高学年になった。成り行きで、数合わせの監督生徒にもなったが、あまり何もしなかった。基本注意対象であった一~三年生は、やけに気が強く、微妙に面倒だった。母校は少しガラが悪かった。せいぜい廊下を走るなとか、ゴミはゴミ箱に捨てろとか、そんな注意をしていた程度。ただ、制服をチェックするように先生に指示された日だけは、制服違反の注意もした。
そんな役について約一か月。タイを結ばずに首にかけている一年生がいた。
「タイはちゃんと結ぶように」
と、一応言ったものの、この子も反論してきた。下級生は必ず一言反論する。
「結び方を知らない」
「見てあげるから。いずれは習得しなきゃ駄目だよ」
自分のタイを解いて、手順を見せた時、作者も物凄く久し振りにスクールボーイ・ノットを結んだ。久し振り過ぎて感覚が慣れなくて、長さの比率をちょっとだけ失敗したが。ただ、一年生の方が悲惨であった。
正にピーナッツ・ノット(作者命名)。ギチギチ過ぎて、豆粒から布が二切れ、足の様に出ていた。作者とガラス張り(鏡替わり)を交互に見ながら直そうとしていたが、まああまり上手くはいっていない。少し微笑ましかったが、なんか面倒になったのと、流石に見ていられなかったので、代わりに結んであげた。折角だからウィンザー・ノットを。「いつもより形が良いね!ありがと!」と、一応言ってくれた。
数日後、食堂で何時もの様に友人数人とカードゲームをやっていたが、その一年生がまたもや現れた。
「この前のタイ、なんか色々途中でやったでしょ。何やったの?今している奴と同じ?」
「ウィンザー・ノットっていう結び方だよ。まあでも、まずは基本を出来る様にならなきゃ」
「もうできるよ」
と言いながら、得意げにタイの先を引っ張って見せてきた。
「じゃあ、ウィンザー・ノット…って後で検索してみな。やり方を紹介したサイトはいっぱいあるから」
そう言ったが、一回だけ、目の前で結び直してみせてはあげた。毎日やっているから、鏡はいらなかった。
それからまた数日後。件の一年生をまた食堂で見かけた。目が合うと、得意気に首を伸ばしてタイを指していた。パッと見、綺麗に結んだ逆三角形。習得したのか、とちょっと微笑ましく思った。ただ、ネクタイを注意したことを根に持っていたのか、顔を会わせる度にドヤ顔で首を伸ばされるようになった。
暫くして、ちょっとお返しに…と思い至り、作者もまた久し振りにタイを結び直した。トリニティ・ノットだったと思う。何時もの様にどや顔に対し、今度はどや顔返しでネクタイを指すと、
「それ、なんていう結び方?」
と聞かれた。トリニティ・ノットだよ、と答えれば、「へー」とだけ言われた。他に言う事無いんかい。
が、数日後。いつものどや顔で一年生が指した首元は、トリニティ・ノットだった。
あ、これは面白いかも、と作者は思った。忘れかけていたネクタイパッションが刺激された上、明らかに真似している後輩がいる事には、悪い気はしなかった。
翌日から、作者も日替わりタイ・ノットを始めた。楽しかった。親友は随分久しぶりだな、と笑っていた。
一年生は、新しい形を出す度に名前を聞いてきた。偶に感想も言ったくれた。「それは良い奴だ!」とか、「これは変だ」とか。そして、数日後に真似をしてはどや顔で首元を指す。日々のちょっとした楽しみになっていた。
そんなこんなで、最後の一年はあっという間であった。語り切れない位色々あったが、とっても充実した、楽しい年だった。卒業式の日。親もいたので、定番通りウィンザー・ノットを結んだ。ただ、帰り際にその子に会った。首元を指しながら言った言葉は、
「今日は保守的だ!卒業おめでとう!」
それに対し、ありがとう、やかましいわ、的な答えを返した。それが最後の会話だった。その子の首元にはエルドリッジ・ノット。作者も一年の頃は、これがお気に入りであった。
まあ、ハッキリ言って、その後輩を特に気に入っていたとか、仲良かったとかでは無かった。もっと解り易く慕ってくれた後輩は多かった。その子らと比べれば、正直名前も随分後に知った位接点も少なかった。
が、作者が下らない一言であっさり止めていた拘りを、最後の一年にだけでも復活させた子だ。それだけで、多分暫くはこの子の事は覚えていると思う。
願わくば。お互い気の向くままに、好きなオシャレを続けられれば良いな、と思う。
ネクタイなんて、大学入ってから一回も結んでないな、そういえば。
でもこのエッセイを書いていて、急に結びたくなったかも。
尚、会話の元の言語は英語で、作者自身が一番日本語にした際の違和感を感じています。一部は意訳です。
余談:
昔、子供の頃に読んだ漫画(名探偵コナン…だった気がするけど確証なし)に「イギリス帰り」みたいなキャラがいて。それ読んでいて印象に残っているのが、「イギリスの学校には制服無いから」みたいな事を、そのキャラが言っていた事なんだけど。
うん。あるんだな。公立も基本小学校から。イングランドに至っては、学校の制服制度の設立者とすら言われているよ(諸説あり)。私立は更に厳しいねー。
というどうでも雑学。ちなみに作者は制服賛成派です。




