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日が昇る時 黄昏の終焉

 朝ごはんの支度を整えると、テレビのスイッチを入れる。いろいろチャンネルを変えるが、あるニュース番組で指が止まった。


『えー、箱舟がこのヴィンドリア高地に着陸して1年が経った訳ですが……』

『現在、動植物の飼育実験が続けられていますが、専門家会議によりますと……』

『やはり問題は気温でしょうな。そしてエテルニアに代わる動力源をいかに生み出すかです。アルテアは昔、発電所で電気を使っていた時代もあるのです。新政府は地上開拓にもっと予算をですな……』


 テレビに映る人たちは、活発に意見を交わしている。この1年、ニュースを賑わせている話題はいくつかある。地上開拓関連の話題もそうだ。


「しかし。あれから1年か……。月日が経つのは早いもんだ」


 ディノと別れた後の事を思い出す。あの後、俺たちは時間はかかったが、無事に箱舟地表に出る事ができた。


 ライアードにはディノの事は伏せつつ、アークを地上に落とした事、そしてアレグドアンの最後について報告をした。


「あの時は大変だったな……」





「そうか……殿下が……」

「ライアード統括官。ティラノとプテラは? 箱舟は……?」


 箱舟底部から地表部に出るまで、約2日ほど時間がかかった。ライアード統括官もその間、《ユーノス》に避難してきた貴族たちと今後の方針について目線合わせは行っていた。


『ティラノくん含め、艦の護衛に回っていない公殺官の面々には、箱舟に残るレヴナントの捜索及び掃討を行ってもらっている。プテラくんと一部の第八の兵たちには、操舵室を守ってもらっている。今、箱舟は地上着陸に向けて動いているのだよ』

「え……!?」


 この2日で、《ユーノス》以外の大型艦も住民を乗せて箱舟を離れた。今は一定の距離を取って、箱舟と並走している。そして箱舟周囲を飛ぶ艦は、底に二つの大穴が空いているのを発見していた。


『箱舟底部に空く大穴。この報告を聞き、私は君たちが第二案を実行に移したのだと判断した』


 そして船底に大穴が空いている状態で、箱舟 《アルテア》がいつまで無事に飛び続けられるか分からない。住民の避難は終わったが、箱舟 《アルテア》はこのまま地上に着ける事にしたそうだ。


『まぁ1000年まともに各部のメンテが行われていないのだ。元々箱舟 《アルテア》はいつ故障してもおかしくない状態だと言われていた。今回を機に、一度各部のチェックを行うべきだという意見が出ていてな』

「はぁ……」


 俺たちは1日箱舟で隔離された後、迎えにきた降下船に乗り込む。そしてそのまま旗艦 《ユーノス》へと帰還した。


 箱舟 《アルテア》が目的地のヴィンドリア高地に着いたのは、それから2日後の事だった。その期間で箱舟から瘴気のほとんどは抜けていたが、それでもまだレヴナントの生き残りがいないとも限らないし、どこか瘴気の影響が残っている場所もあるかも知れない。


 住民たちは艦内での生活を強いられていたが、俺たちは手分けして巨大な箱舟の探索を行う事になった。


 そうしてさらに2週間が経過し、順次住民たちが箱舟に帰りはじめていた頃。今回の事件で皇族が犠牲になり、アルテアは評議会を中心とする新政府を樹立すると宣言が出された。


 元々政治は評議会が司っていたし、住民は自分たちの生活は変わらないだろうと考えていた。


(しかし皇族がいなくなれば、エテルニアは本格的に干渉不能のオーパーツと化す……)


 何より次代の皇帝が帝国臣民総レヴナント化計画を立てていたなんて知られると、貴族全体に対する信頼を大きく損なう事になる。


 この狭い世界で、分断と混乱を招く訳にはいかない。そう判断したお上は、しれっと皇族は今回の事件がきっかけで死んだという事にしたのだ。


 新政府の方針は明確だった。箱舟の修繕とエテルニアに代わる動力の模索、そして瘴気の届かない高所であれば人は生きていけるのかという検証である。


『ああ。エテルニアに代わる動力に、アーク・ドライブは候補にあげられていないよ。主だった者たちはアーク計画が今回の混乱の大本だと理解しているからね』


 これはライアード統括官の言葉だ。一時箱舟に蓄えられている資源量に不安視する声もあったが、長く箱舟を離れていた第一~第三地上探索部隊が帰還した事で、そうした声はなくなった。


 とはいえ、外災課の仕事は尽きる事はない。箱舟地下部の調査はもちろん、地上探索部隊への同行、そしてヴィンドリア高地調査団に同行するという仕事が増えたのだ。


 ちなみにプテラはルナベイン専属の護衛となった。同じ女性という事と、ルナベインは今や、箱舟に残された最後の操舵者である。再び箱舟を動かす時の事も考えると、今箱舟に住まう貴族の中で最も重要度が高い人物だと言えるだろう。


 もしかしたらその立場にいたのがリノアだったかも知れないと思うと、何だか不思議な気分になる。





 紆余曲折を経たが、箱舟は現在もヴィンドリア高地に停泊中だ。そして緩やかにだが、ヴィンドリア高地にも小さな研究所が建設され、地上での生活についての実証試験が行われている。


 今はまだノア・ドライブが使用されているが、今回の件でエテルニアに依存し続ける事の危険性に気付いた上層部は、今後本格的に別動力の開発に力を入れ始めるだろう。


 箱舟 《アルテア》が大きく生まれ変わろうとする中、俺は今も相変わらず公殺官を続けていた。もっとも、今は公殺官と言えば便利屋みたいな扱いになっているが。


「……おはよう、ダイン」

「おはよう、スピノ。朝ごはん、できているよ」

「ん……ありがとう」


 そしてスピノと一緒に暮らし始めた。たまに空いた時間でプテラやティラノ、プレシオも遊びに来てくれる。


 忙しいが、以前よりも充実した時を過ごせている。エテルニアへの依存度を下げる事は、人にとって多くの選択肢を与える事になるとは思う。


 だが現状、レヴナントと戦うためにはまだまだノア・ドライブは必要なものだ。そして機鋼鎧を駆る公殺官は、箱舟にとって欠かせない存在でもある。


『ではここから、いよいよ明日アルテア帝国民の希望を担う旅に出る、英雄アーマイク四位に話を聞いてみたいと思います!』

「あ……」

「アーマイクさん……。本人は引退したがっているのに、大変だな……」

「今や英雄だもんね」


 レヴナント大量発生に瘴気の発生と、混乱尽くしの箱舟だったが、明るい話題として新たに誕生した英雄の存在があった。


 本人は民たちの希望として上が祭り上げただけとは言うが、いつもながら謙虚な受け答えは民衆からの受けが良い。それに元々アーマイクさんは軍人の中でも人気がある方だった。


「肩に怪我を負ってまで、箱舟の危機に最前線で指揮を執り続けた英雄だ。本人は辟易としていたけど、まぁ民衆からみれば頼りになるリーダーさ」


 とはいえ、あの事変で本当の英雄が誰だったのか。俺たちはそれをよく理解している。アーマイクさんはいつも通り、慣れた口調でインタビューに答えていた。


『今回の任務は大型艦3隻、中型艦5隻からなる大規模な旅となる訳ですが! アーマイク四位はその総指揮官として、指揮を執られる事となります! 意気込みをお伺いしてもよろしいでしょうか!』

『まず初めに。新帝国歴1年を迎えるこの時期に、大きな任務を任された事、光栄に思います。老い先短い身ではありますが、みなさんの期待に沿える成果を持ち帰れたらと考えております。……本音を言えば、これを軍人として最後の任務にして、早く引退したいのですが』

『またまたぁ! 我々は英雄アーマイク四位が生涯現役で、その雄姿を見せてくれるものだと期待していますよ!』


 アーマイクはやや苦笑した表情を見せる。今のは本気で言っていたんだろうな。


『いつも話している事ですが。私の力など微々たるものです。本当に頑張っているのは、現場の人間であるという事。それを忘れないでください。そして今回の旅路の準備には、多くの関係者が……』


 新政府が打ち立てた方針で、もう一つ重要な項目がある。それは今もこの世界のどこかでさ迷っているであろう、他の箱舟の探索だ。


 かつて何らかの理由で、5隻の箱舟は互いに不干渉を決め、管轄地区を定めたらしいが、アークの存在がその方針を変更させた。


 この世界に存在する7つの瘴気発生源。これらを全て集め、封印する事ができれば。数百年後には地上から瘴気が消え、もしかしたらこの世界を真に人類の第二の故郷にできるかもしれない。  


 まだまだ具体的な手段もそろっていない、大きな構想だ。これにノア・プロジェクトという名が与えられ、新政府は緩やかにプロジェクトを進めつつあった。


 アーマイクさんの旅立ちもこのノア・プロジェクトに起因するものだ。もし他の箱舟に接触できた場合、七の魔王の情報を共有し、共に手を携えて魔王の封じられし棺を探索しようと提案する。


 この世界は幾つか大陸があるからな、どうせやるなら箱舟規模で分担した方が効率は良い。もしかしたら既に《アルテア》の様に、回収している箱舟もあるかもしれないが。


「ねぇ。私たちも明日から忙しいんだし、今日の間に残りの挨拶を済ませちゃいましょ」

「そうだな。よし、最初はマークガイ工房に顔を出すか……」





『ご覧ください! 壮観です! 今、8隻の艦が我々の希望を乗せ、箱舟を飛び立っていきます! この大プロジェクトには実に多くの人が携わっており、旗艦 《ユーノス》には貴族の方もお乗りになられています! その他、黒等級の公殺官も乗り込んでおり……』

「テレビも大げさだな……」

「はっ! まったくだぜ!」

「で、でも。僕たちがみんなの希望として期待されていると思うと。何だか嬉しいよ」


 翌日。俺たちはアーマイクさんが指揮を執る旗艦 《ユーノス》に搭乗していた。


 そう。他の箱舟探索の任務に、俺たちも同行するのだ。といっても、プテラは箱舟でルナベインの護衛という仕事があるので、留守番だが。


「かつて研究所しか知らなかった私たちが、地上に降りて、今はこうして大陸をも飛び越えて行こうとしている。……不思議ね」


 箱舟 《アルテア》の状況は大きく変わったし、俺たちも置かれた環境に変化はあった。だが相変わらず寿命の事は分からずじまいだし、俺たち自身が変わった事は少ない。


 それでも皆公殺官としての技能はとても高いし、共通した思いもある。それはディノの助けになりたいという事。


 ディノはあの日、地上にある七つの瘴気発生源を見つける旅に出ると話していた。これは新政府の方針とも共通している。


 いつの日になるか分からないし、その前に寿命が尽きる可能性もあるが。もし瘴気がこの世界から無くなれば、その時は再びディノに会えるのではないか。そんな希望を抱いていた。


 今回、アーマイクさんの旅に付いて行く決断をしたのもこのためだ。ディノ一人に苦労はさせられない。


「あ……」

「どうしたの、ダイン?」

「……いや。今、地上で何か光った気がして……。気のせいかな」


 もし七つの棺探しが本格化すれば。この場合も、どこかでディノに会えるかもな。どちらにせよ公殺官に暇なしだ。


「しかし箱舟を探索しつつ、新たな大陸で資源の調査採掘か」

「新政府も地上での生活を本格的に模索し始めているからね。そういう意味でも、これからの採掘任務はより重要度が増すかもしれないね」


 この世界に人類が逃げてきて1000年。これまで箱舟は繁栄も衰退もなかったが、もしかしたら日進月歩の勢いで変化をしていくかもしれないな。


 変化が必ずしも良いものとは限らないが、少なくとも俺たちは前に向かって歩んでいるのだと信じたい。


『諸君、アーマイクだ。まもなく大陸を出るが、その前に予定通り、ポイントαに到着する。指示を受けている者たちは30分後、降下船に搭乗してくれ』

「お、きたか」

「はっ! 最初の降下に俺たち全員を使うとはな!」

「それだけ確実性を高めたいという訳だろう」


 もし他の箱舟と出会えた場合、この大陸の資源物資は先方にとって貴重なサンプルになる。そして向こうが持つ資源と交換もできるかもしれない。


 そう考え、アーマイクは大陸を完全に離れる前に、いくらか資源を採掘していく予定をたてていた。


 俺たちは降下船のある区画を目指し、部屋を出る。


「さぁみんな。行こう、俺たちの望む明日を掴み取るために」

「うん」

「へっ! くさい事言ってんじゃねぇよ!」

「でも……いいよね、そういうの」


 まだまだ先の見えない人類ではあるが。それでも俺は、次の1000年でどういう歴史を刻むのか、楽しみな気持ちがある。


(いつの間にか贅沢な自殺なんて思えなくなってしまったな)


 公殺官を辞め、黄昏れていた俺の心を変えたのは、誰であり何だったのか。もしかしたら黄昏の箱舟から、地上へと降り立った人々の行動力なのかもしれない。


 そしてみんなとの出会いが影響している事も、間違いない。だから。


「みんな……。ありがとう」


 さぁ。今度は俺がみんなの……人類の発展に貢献する番だ。次に箱舟 《アルテア》に戻れるのはいつになるか分からない。だが帰還した時、その歩みはさらに前に進んでいる事だろう。


 まだまだ混迷極まる世界ではあるけれど。困難な環境に置かれた時、そこからどう一歩を踏み出すのか。


 その一歩を踏み込む過程にこそ、人の強さが宿るのだと俺は信じている。

最後までご覧いただきまして、誠にありがとうございました!

前作とはまた違う世界観で話を書いてみたいと書き始めた本作ですが、楽しんでいただけたなら嬉しいです。

また現在、「帝都の黒狼」も連載しております。よろしければそちらもご覧いただけましたら幸いです。


繰り返しになりますが、本作に皆さまのお時間をいただき、本当にありがとうございました。

執筆活動はまだ続けていきたいと思っておりますので、応援いただけますと大変大きな励みになります。

それでは、また。


佐々川和人

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― 新着の感想 ―
[良い点] 楽しく読ませてもらいました。 帝都の黒狼も読んでいきますね。
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