旅立ちの時
「ヴァ、ヴァ、ヴァアアアアアアアア!!」
顔を撃ち貫かれてなお、アレグドアンは叫ぶ。しかしディノは素早く駆けだすと、その巨体を大きく蹴り飛ばした。さらに追撃を加えつつも、全身を青く輝かせながら強大な魔力を収束させていく。先ほどと同様、一部の外骨格の形状が変化していた。
「アァアアアク! アアアアアアアアクウゥゥゥゥ!!」
アレグドアンも抵抗するが、まるで相手にならない。そもそも相当なダメージを負わされているのだ。むしろまだ活動できる方がおかしい。
念願のアークに近づけたが故の執念だろうか。あんなになっても、まだぎりぎりのところで人としての意識を持っているのだろうか。
『あ……』
『ディノ……!』
完全に倒れたアレグドアンに対し、ディノは大きく跳躍する。そして真下に向けて、強大な魔力波動を解き放った。
「く……!」
再び空間が青く染め上がる。眩い光が収まった時、今度こそアレグドアンはその姿を消した。
新たに生まれた大穴からはまた地上が見えていたが、先ほどと違って穴の底部分が浅い。どうやら思っていたよりも箱舟底部に近づいていた様だ。
「……これだけ浅い穴だ。仮にアレグドアンが生きていたとしても、確実に地上に落ちている」
「ああ。万が一虫の息でも、地上に落ちて潰れるだろ」
「……ディノ」
隣には一時的な魔力ロスで人間の姿を取り戻したディノが立っていた。しかし気のせいか、顔色が悪い様に見える。スピノとプレシオもこちらに近づいていた。
『ディノ。無事なの?』
「ああ。すまない、援護が遅れた。どうやらレヴナントの肉体といえど、魔力による攻撃には弱いみたいだな」
先ほどディノは確かに身体を撃ち貫かれていた。見た限りその怪我は見えないが、どこか身体能力に影響が出ているのかもしれない。
「しかしあの野郎。確かに仕留めたと思ったんだがなぁ……。やっぱし斜め下方向に撃ったのがまずかったか……?」
最初に魔力波動を放った時、ディノは真下ではなく斜め下方向に向けて撃っていた。そのためアレグドアンは真っすぐに大穴を落ちる事なく、箱舟に残る事ができたのだろう。これにはエテルニアのあった場所から、箱舟底部までの距離も関係している。
しかしここは箱舟底部のすぐ近くであり、ディノは真下に魔力波動を放った。おそらくディノの攻撃でアレグドアンは死んだだろうが、仮に生きていても確実に地上に落ちている。この箱舟から排除は成功しただろう。
『またこうしてディノと話せるのは嬉しいけどさ。箱舟、こんなに穴ができて大丈夫かな……』
「まぁ元々空けた穴から瘴気が抜けていくのを待つ予定だったんだし。二つもあればより効率よく箱舟から瘴気が抜けていくだろ」
それに封鎖領域の直ぐ近くに空ける事ができたんだ。アークを放り出すのも簡単になったというもの。
「それより急ごう。こうしている間も、箱舟にいるレヴナントはアークにおびき寄せられてくる」
『そうね……!』
『さすがに次はまともに戦えないよ……! はやくアークを捨ててしまおう!』
気持ちとしてはもう少しディノと話したかったが、今は時間がない。俺たちは再び封鎖領域へと入った。そして改めてアークを近くで観察する。
『……綺麗』
「古の魔王、か。こいつらは何が目的で瘴気を生み出し、レヴナントなんて生み出しているんだろうな……」
手分けしながら棺を固定しているアームを破壊していく。ディノはまだ魔力が戻らないのか、人の形状を保っていた。
「ま、直接話せる訳じゃないし、話せたとしても言葉が分からないから意思疎通はできないが。少なくともこいつはこの棺に封じられているのは間違いない」
「……分かるのか?」
「ああ。頭にこいつの声が響くって言っただろ。何を言っているのかは分からない。だがこの棺からの解放を求めているのは分かる」
『つまり自分の言う事を聞くレヴナントを生み出して。そいつらにこの棺を壊してもらおうとしているっていうこと?』
「さぁなぁ……」
その質問に答えられる者は、ここには誰もいない。全てを知っているのは、このアークと名付けられた魔王だけだろう。
一通りアームを破壊した事で、棺を動かせる様になった。俺とプレシオは互いに棺の先端部を持つと、封鎖領域から歩み出る。
『昔の地上探索部隊も、迷惑なものを回収したものね……』
「だがそのおかげで俺たちは生まれ、こうして再会する事もできた。レヴナントになった俺からすれば、出来過ぎた幸運だ」
『ディノ……』
不意に脳裏に記憶が呼び戻される。そこは何もない部屋だった。しかし二人の少年は、分厚い本を見ながら楽しそうにはしゃいでいる。
『デイノニクスか……!』
『うん! 僕がニクスで、お兄ちゃんはディノ!』
『いいな! 俺たち兄弟、二人合わせてデイノニクスか!』
「あ……」
『……ダイン? どうかした?』
「……いや。なんでもない」
それはいつの記憶なのか。俺のものなのか、あるいはニクスという少年の魂に刻まれた情景なのかもしれない。
あの研究室で育った子供たちは、誰も血が繋がっていない。本当の意味で兄弟と呼べる者は誰もいないはずだ。
だがそんな中においても自分たちは兄弟だと言えたあの二人は。世界中のどんな兄弟よりも強い繋がりがあったと思う。ディノはアークの顔を見ながら静かに口を開いた。
「瘴気を生み出す七の魔王ね。なかなか面白い話だ。俺も地上に興味がわいたよ」
「ディノ……?」
いよいよ大穴の側に到着する。あとはこの棺を投げ捨てるだけだ。しかしここでディノが一歩前へと歩み出た。
「物心ついた時からいろんな実験を受けて、レヴナントにされてよ。自意識が戻るまで、俺は多分たくさんの機鋼鎧操縦者も殺してきた。これまでいろいろあったがな。何だかんだ、俺は今の自分に満足できている」
「…………」
俺が公殺官になり、レヴナントになったディノと再会した時。それはルーフリーとリノア、二人との別れの日になった。同時に、公殺官としての仕事を真の意味で理解した瞬間だった。
「いろいろ迷惑をかけちまった人たちもいるだろう。だが俺はレヴナントだ。また魔力が戻ったら、言葉を話せない怪物になる」
『ディノ……』
「だからって訳でもないが。こいつは俺が、責任を持って地上に運ぶ」
『え……』
そう言うとディノは棺に手を置いた。
「でも。ディノまでわざわざ地上に降りなくても……」
「はは。この箱舟にレヴナントの居場所はないだろ。かといっていつも地下に籠るのも、結構きついんだ」
「そんな……。でも魔力さえ使い切れば、ディノはこうして俺たちと話せるじゃないか……!」
心の内から、言葉にできない焦燥感の様なものが生まれる。だがこの気持ちの正体を、俺は理解できないでいた。
「これだけ強い魔力を持つレヴナントなんざ、いるだけで箱舟の住民に混乱を与える。これ以上俺たちの様な子供が生まれるのを防ぐため、研究所はぶっ壊したし、そこに居た奴らも殺したけどよ。何も俺は箱舟の住民全員死ねと思っている訳じゃない」
ディノの身体に違和感を感じる。よく見ると、足元から黒い外骨格に覆われ始めていた。
「ディノ……!」
「それにこんなレヴナントを発見したら、また研究したがる奴らも出てくるかもしれないだろ? ああ、そういう意味でも俺という存在は伏せておいた方がいいかもな。人為的に意識あるレヴナントを生み出そう、なんて考えるバカがでるかもしれねぇし」
ディノの腕が黒く硬質なものに変化していく。
「要するに、このまま箱舟の地下で窮屈な生活を送るくらいなら、地上に行ってみたいという事さ。それによ。やりたい事もできたんだ」
別れの時が近づいている。そう予感した時、不意に頬に熱い何かが流れた。
「……やりたい事?」
「ああ。地上のどこかに封印されているという七の魔王。残りを探してみるよ」
「え……なぜ……」
「地上での暇潰しって理由もあるが。もし瘴気の発生源を全て一か所に固め、完璧に密閉する事ができれば。もしかしたらこの世界でも、人が生きていける日がくるかもしれないだろ?」
ディノを止める事はできない。それが分かり、悲しいという感情が心に宿ったが、どこかでディノを応援したい気持ちもあった。
「ディノ……。 残された人類のために……?」
「ばっか。そんな大層なもんじゃねぇよ。言ったろ、あくまで暇つぶしさ。だがもし長い旅の果てに、魔王の棺を集める事ができたらよ。その時は、封印よろしくって頼みに行くわ」
確かに、もし本当に封印するのであれば七つ全て封じなければ意味がない。中途半端に一つだけ封印とかすると、またそれを研究したい者たちが増える可能性がある。
それはもしかしたら人類の発展に繋がるのかもしれない。だが今回は、箱舟に未曾有の危機を生み出した。
「スピノ、プレシオ。悪いが、俺の弟をよろしく頼むわ。こいつ、見た目は成長したのに泣き虫なのは変わってないみたいだからよ」
いよいよディノの全身が外骨格に覆われる。レヴナントとなったディノは、俺たちの目の前で棺を担ぐとゆっくり大穴に向けて歩き出す。
「ディノ……!」
俺の呼び声に、ディノは一度こちらを振り向く。そして。前を向き、棺と共に大穴を飛び立った。
「あ……」
『ディノ……』
しばらくして地表近くで青い爆発が見えた。無事に地上に辿り着いたのだろう。ああ。確かにディノは、俺の兄だったのだ。
『ダイン……』
「……大丈夫だ。戻ろうスピノ、プレシオ。ライアード統括官に報告しなくちゃな。もう大丈夫だって」
ご覧いただきましてありがとうございます。
いよいよ次が最終話となります。
現在、「帝都の黒狼」も連載しておりますので、そちらもご覧いただけましたら幸いです。
次話は水曜日に投稿いたしますので、最後までよろしくお願い致します。




