絶対封鎖領域 棺に眠るモノ
『ま……まさか……』
『ほ、本当に……。ディノなの……?』
前とは違い、ディノはボロ布を纏っている。おそらく人に戻った時、裸の姿を見せる事を避けるのが目的だろうが。それでもボロ布を纏うレヴナントなど見た事がない。
「そっちは声でニクスだと分かるが。お前たちは?」
『プ、プレシオだよ』
『スピノよ』
「……! お前たちか……! そうかそうか、良かった……! 機鋼鎧越しでもこうして会えて嬉しいぜ……!」
スピノたちに対し、ディノは笑顔で応える。例え人としての姿が一時的なものだとしても、その顔を見た俺はどこか懐かしさと嬉しさを感じていた。
「ニクスも久しぶりだ。……どうだ、元気にしてたか」
「……ああ。でも俺、あんたの事や。昔の事を全部思い出した訳じゃないんだ」
「思い出せないならその方が良い。無理して思い出す事でもないし、ニクスにはニクスで今の生き方があるだろう」
「ディノ……。そういえば、どうしてここに……?」
俺たちは今の箱舟の現状と、どうしてここに来たのかを説明する。ディノも自身の事情を話してくれた。
「……という訳で、俺自身意識を取り戻したのは最近なんだ。前に研究所を破壊した時以来、ずっとこの地下空間で息を潜めていたんだが、数時間前から声がでかくなってな」
「声……?」
「ああ。レヴナントになってから、たまに頭に声が響くんだ。何を言っているのかは分からないが、呼ばれているのは分かる。ディノとしての意識を取り戻してからは、その声もほとんど聞こえなくなっていたんだが。それが今日、やたらと頭に響く様になった」
『それって……』
今日あった事、そしてこれまで起こった出来事を思い返す。レヴナントになったアレグドアンも反応を示していた。声の正体は十中八九……。
「お前たちの話を聞いて分かったぜ。レヴナントに声をかけているのはそのアークとやらだろう」
間違いない。それに60区以降で発生したレヴナントは、そろって箱舟後方部を目指していた。今思うと、あいつらもアークに呼ばれていたんだろう。
「俺がここに来たのは、この頭に鳴り響く声の正体を突き止めるのが目的だった。しかし瘴気の発生源なんざ拾ってやがったとはな。……と、時間の様だ」
ディノの手足が黒い外骨格に覆われていく。またレヴナントに戻るのだろう。
「どうやら魔力の消失が人化の条件の様だが。いちいちこんな規模の魔力波動を撃つ訳にもいかないな……」
「……ディノ。アークの場所は分かるのか?」
ディノを含め、レヴナントになったものは皆アークの声に呼ばれている。そして声の正体を確かめるためにここまで来たという事は、おそらくディノはアークがどの方角にいるのかある程度感知できている。それはつまり、封鎖領域の場所が分かる事に他ならない。
「はっきりとした距離、位置までは分からない。だがおおよその方角は感じ取れる。向こうが呼んでいるからな」
「……! ディノ、俺たちを……!」
「案内しろって言うんだろ? 分かった。ついでにお前たちの仕事も……」
言い終わる前にディノの顔が外骨格に覆われ、全身レヴナントとなる。だがこれまでのレヴナントとは違い、敵意は感じなかった。
何故ディノだけレヴナントでありながら人としての意識を取り戻せたのか。元々魔力を持っていた事や、研究所にいた頃の実験と何か関係があるのか。疑問は尽きないが、いずれにせよ考えるだけ無駄な事か。
ディノは人語を話せなくなったものの、身振り手振りでついて来いと促す。俺たちはディノの先導に従い、機鋼鎧を動かした。
ディノは鉄橋を降り、さらに下へと移動し始めたため、俺達も機鋼鎧に備え付けられたワイヤーを駆使しながら箱舟底部を目指して降りていく。
「二人とも、魔力はどうだ?」
『順調に戻りつつあるよ』
『私も。さっきの規模の戦闘だとまだ厳しいけどね』
何にせよ機鋼鎧を動かすだけなら支障はないか。二人の状態が確認でき、俺は安堵した。ディノは降りつつも箱舟前方に向かう。方角的には9区。封鎖領域があると予測されていた場所だ。
俺たちも皇城から地下に入ってから、方角的には箱舟前方に進んでいた。エテルニアは距離的に、9区地下部の近くにあったのではないだろうか。
『ディノの空けた穴。すごいね……』
『ええ。直径だけでも相当な大きさだわ』
ディノが地下に風穴を空けたおかげで、逆に俺たちは移動がしやすくなっていた。瘴気も重力に従い、目に見えて抜けていっている。
それにしても気のせいだろうか。大穴から見える地上が、普段よりも近くに見える様な……。
『ダイン。落ちないようにね』
「ああ……」
操舵室に向かったルナベインとプテラを思い出す。もしかしたら今、箱舟を直接動かしているのかもしれないな。
ディノの足は迷いなく進む。気づけば瘴気の汚染濃度は地上と変わらなくなっていた。間違いなく目的地が近い。ふと視線を周囲に向けると、これまで見てきた地下空間とは印象が変わっている。
「ここは……」
『なんだか不気味ね……』
照明が少なくなった影響もあるだろう。壁一面細かい金属パイプが敷き詰められているかと思えば、見た事のない文様が描かれている部分もある。
近代文明と、ファンタジー物語が入り乱れた様な空間。やがてディノはとある壁に手をつけると、魔力波動を放って大きく穴を開けた。
「ここは……」
壁に空いた穴の先には、広い通路があった。ディノはその通路を歩き始める。ここも照明は少なかったが、それでも点灯しているのは、アレグドアンが封鎖領域の封印を解いた事と関係しているのだろうか。
『ダイン。瘴気濃度が……』
「ああ。凄い値だ」
流石に分かる。この通路の先に目的地がある。あとはアークとやらが、動かせる大きさと状態なのかだな。
俺たちで運び出せるのなら問題はない。さっきディノが空けた大穴から落とせば、それで今箱舟が抱えている問題の大部分は解決する。
アレグドアンには手を焼かされたが、ディノと合流してこうして封鎖領域まで迷う事なく来る事ができた。結果だけで評価すれば悪くないだろう。そうして歩き続ける事しばらく。目の前には巨大な入り口があった。
『あ、あれ……』
「封鎖領域の入り口か……!」
ディノが先に中へと入り、俺たちも続く。中は講堂の様な作りになっており、円形の空間が広がっていた。
入り口部分は一番上の階層に設置されており、部屋の中心部に近づくにつれて、下方向に傾斜がつけられている。そしてその中心。部屋の最も低い部分に、それはあった。
『あれが……』
『瘴気の発生源……』
「アークか……!」
不可思議な物体だった。それは確かに棺と呼べる様な黒い箱に入っていた。だがその棺には氷か水晶か、透明な物質が敷き詰められている。そしてその透明な物質の中に、それはいた。
顔つきは少女と変わらない。人でいえば、10代半ばくらいだろう。だが人でない事は明らかだ。
目は閉じているが、額には第三の眼がある。そして頭部からは角も生えている。纏っている衣服も、箱舟では見られない意匠だ。
「なるほど。女神……ね」
アレグドアンは当然、この氷の棺に眠るアークを見た事があったのだろう。そしてアルテア帝国の歴史を学び、その心はアークに救いを求めるようになった。
しかしどういう風に歴史を学べば、人でありながらレヴナントに救いを求める様になるのやら。
『部屋に瘴気が充満している……。どうやら瘴気の発生源というのは、間違いないみたい』
「だな。こんなのがかつてこの世界に居て、それを封印した先住民がいた訳だ。確かに学者でなくとも興味をそそる部分はあるが……」
考えてみれば俺たちは1000年もさ迷い続けていながら、この世界の事をほとんど理解できていない。先史文明というのはロマンを感じるところもある。だが今はそれより優先すべき義務がある。
「これまでこいつに関わってきた者のほとんどは狂っているって話だったな。何があるか分からない。さっさと運びだせるか……」
確認しよう。そう言おうとした時だった。ディノが急に体の向きを変え、俺の駆る《レグナム》に凄まじい力で体当たりをした。
「ディノ!?」
たまらず《レグナム》の巨体は押し出される。一体何が。
だがディノに視線を向けると、その身体は封鎖領域入り口から伸びた青い閃光によって撃ち貫かれていた。




