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アークの狂信者

 火花を散らしながら鉄柱を下っていく。これはこれで悪くない爽快感があった。


「……! 見えた、到着だ!」


 三人とも息を合わせて鉄柱から飛び立ち、地面に着地する。先ほどまで進んでいた鉄橋の続きが、そこにはあった。そして。


『なんて大きな扉……』

『まさか……あの奥が……』


 ここがこの道の本当の終着点だろう。少し先には上も下もどこまで続いているのか分からない、大きな金属製の扉があった。


 おそらくあの扉の先にエテルニアはある。だが扉はまだ開いていなかった。


「……誰だ、お前たちは」


 そして一人の男性がそこにはいた。平民ではまず着られない、高そうな生地で作られた豪華な衣服を身に纏っている。年齢は40代手前くらいだろうか。ガスマスク越しに見える顔色は悪い。おそらくは瘴気による影響。


「公殺官だ。アレグドアン殿下で相違ないですね?」

「いかにも。私を皇族と知ってここに来たという事は。……どちらだ?」


 探る様な質問。だがこれまでのガイラックやライアード、ルナベインの会話を思い出すと、何を聞かれているのか輪郭が見えてくる。


「残念ながら信奉者ではない。あなたを止めにきた。さぁ殿下。馬鹿な真似は止めて帰りましょう。そして皇宮へ戻り、封鎖領域の再度封印をお願いします」


 ライアードの指示通り、説得を開始する。だがアレグドアンは不適に笑みを深めた。


「まさか皇族たる私を前にして、機鋼鎧から降りもしない平民風情に命令されるとはな」

『命令じゃない。あくまでお願いよ。そしてこんな瘴気濃度で、機鋼鎧から降りる訳がない』


 アレグドアンの物言いに、スピノは真っ向から反論する。まぁいくら皇族とはいえ、ここまでの話を聞いた限り、とても敬える心境にはなれない。


 それにある意味、ノトをたぶらかした張本人でもあるのだ。スピノとプレシオからはどこか剣呑とした雰囲気が伝わってきていた。


 だがスピノの声を聞いたアレグドアンは、その特徴的な《グランヴィア》の形状を観察しだす。その視線はプレシオの乗る《ルクシオ》にも向けられた。


「その機鋼鎧。アーク・ドライブ搭載型だな。するとお前たちはアポストルか。……そっちの機鋼鎧は見覚えが無いが」


 やはりアーク計画は把握している、か。


「まさか人の身でありながら魔力という祝福を受けたお前たちが、こんなところまで私を追いかけてくるとはな……! はは、これは良い! するとNo.5の足止めは失敗に終わったという事だな!」

『お前……!』

「ふん、所詮は飼育動物。皇族に対する口のきき方は教育されなかった様だな。だが恨みの声色ではない。どちらかといえば悲しみ、哀愁。そして虚しさ。大方、アポストル同士で殺し合いになったのだろう?」


 《ルクシオ》は僅かに傾いたが、その瞬間俺は大きく足で地を叩く。周囲には巨大な金属音が響き渡った。


「殿下。こっちは時間がないのです。早く決めてくれませんか」

「アポストルではない様だが、お前も礼を知らぬと見える」

「この状況下で、公殺官の行動を制限する法は何もありません。意味はわかりますね?」


 その気になれば、さっさと殴って無理やり連れていく事もできる。ガスマスクで瘴気を直接取り入れてはいない様だが、手足など他の部分の皮膚は露出している。


 おそらく体内に相応量の瘴気が蓄積しているはず。何かのきっかけ一つで、いつ死んでもおかしくない。


「おおっと。それ以上近づくのは止めてもらおうか。近づいた瞬間、私はマスクを脱ぐ」

『……なんですって?』

「私が死ねば、困るのはお前たちだろう。封鎖領域再封印の件もあるが、ここを開けられるのは皇族の血筋のみ。つまり私の死は、エテルニアに永久に干渉できなくなる事を意味する」


 面倒な。だが話ぶりからすると、エテルニアが収められた場所へ続く扉は、皇族しか開けられないらしいな。


 確かにエテルニアに干渉できないのは困るだろうが、永久とは言い過ぎだ。相応の装備を持ち込めば、目の前の扉くらい破壊できるだろう。それに。


「ふん。野蛮な平民が考えそうな事だから言っておくが。正規の方法以外でこの扉を開いた場合、自動的にエテルニアは停止する様にプログラムされている」

「……エテルニアへの干渉は皇族の特権であり、権限か。だがあんたもその年齢なら子供がいるだろう? 皇族は殿下一人ではないはず」

「残念だったな。箱舟に皇族と認識されるには、血筋だけでは足りないのだ。もう一つ、ある継承の儀式を済ませるという行程を踏まなければならない。こんな事、平民に聞かせる話ではないがな」


 アレグドアンの言っている事が本当かどうかは分からない。だが嘘であるという証明ができない以上、うかつな動きはできなかった。


「面倒な……」

「ふふ。だがせっかく私を追いかけてここまで来たのだ。お前たちもここで新鮮な瘴気を受け入れ、新たな生を受け入れてはどうだ?」


 言うに事欠いて新鮮な瘴気ときたか。笑わせる。


「あんたがレヴナントに希望を見出しているというのは、ガイラックから直接聞いた。俺はその理念に共感できなかったがね」

「ガイラックか……。あいつとは目的は違えど、手段は同様であった。真の意味で仲間と呼べる存在だっただろう」

「犯罪者同士の仲間意識ほど理解できないものはないな」


 俺から言わせれば、どちらも等しく狂人だ。そして狂人と会話が成り立つとも考えられない。


「しかしNo.5を倒したとはな。限られた寿命を延ばしたいとは考えないのか?」

『レヴナントになって、だろ。ふざけるな!』

『あなたが考えているほど、私たちの力は良いものじゃない。自分という人格を捨ててまで生に固執するのもあり得ない』

「やれやれ。もし6世代目があるなら、皇族への絶対的な忠誠心を植え付ける必要があるな。何故レヴナントを受け入れない? アークによる選別、選ばれし者のみが授かる新たな肉体。老いもなく、アークが生み出す瘴気で永遠に生きていけるというのに! 瘴気に溢れる地上でも生きていけるという祝福を授かれるというのに!」


 どうやらガイラックの言っていた事は本当らしい。これが信奉者。アークとレヴナントに魅せられた者か。


「己という人格を否定してまで、新たな世界に飛び込もうとは思わないな。いや、そもそもそんな理由でレヴナントになりたがる奴なんて、頭の狂った貴族以外にはいない」

「いかにも無知な平民らしい意見だ。お前たちは人という形、生き方に固執している様だが。人という種はそれだけで呪われているのだ。奪わずとも生きていけるレヴナントの方が、種としては完成されている」


 アレグドアンは両手を広げながら大仰に天を仰ぐ。


「そもそも! 我らの祖先がこの世界に逃れてきたのは何故だと思う!? 元いた世界で起こった、世界規模の災害? 違う! 人災だよ、直接の原因は我ら人なのだ! 我々はかつて、元いた世界を自らの手で徹底的に破壊し! 海を、大地を焼き尽くし! 人類同士のウォーゲームに熱狂した! 君たちも人類の……特にアルテア人の歴史を知れば、自らがいかに呪われた種族なのかが理解できるだろう!」


 まるで俳優の様な口調と身振り手振りだ。しかしガイラックめ。口では「かもしれない」とか言いながら、しっかりと皇族の役割というものを理解していたな。


 だがアレグドアンの演説を聞いても、俺の心を動かすものは何も無かった。


「ご高説は結構だが。生憎、俺は自分が因果な仕事をしている事を自覚しているし、その上で今もこうして続けている。それに教育と義務して歴史を記憶したお前とは違い、俺は人というものがどういうものなのか。それをよく理解している」

「なんだと……」

「お前よりは人というものをよく分かっていると言っているんだ」


 もういい、時間がないのはこっちなんだ。俺は《レグナム》を前に進める。


「き、きさま……!」


 呪われた種族ね。そういう見方もあるだろうさ。アーク計画なんてまさに呪われた種族の所業に相応しいだろう。


 だが俺をそこから逃がしてくれたのもまた人だし、ダインという男を気にかけてくれた人たちも同じく人だった。


 要するに、人というのは二面性があるのだろう。アレグドアンはその一方だけを見て評価した。そして行動に移せる立場にあった。


 だが俺は両方の側面を見れたし、ダインという人生を通した上で今の行動をとっている。


(ああ……そういう事か)


 相変わらずうまく言葉にはできない。だが今、俺は何故ここに立っているのか。その片鱗を理解できた気がした。


「そ、それ以上近づくな!」

「マスクを取ってやるぞってか? 好きにしろよ。だがこうしている今も、大型艦に帝国民が避難している事を、お前は知っている。このままではエテルニアを停止させない限り、帝国民のほとんどはレヴナントになる事なく逃げてしまうだろう。今、是が非でもエテルニアを停止させたいのはお前だ。そのお前が、扉を開ける前に自らそのマスクを脱ぐとは考えられない」

「く……! わ、私は次代の皇帝として、帝国臣民を救おうと……!」


 もう御託はいい。さっさとこいつを地表に連れて行く。そう考えていた時だった。不意に背面から魔力の気配を感じる。


「……っ!」


 自分の予感を信じ、その場を横に跳ぶ。俺のいた場所に青い閃光が突き刺さったのは、ほとんど同時だった。


『え……!?』

『ダイン!』

「レヴナントだ! 魔力持ちのな! くそ、ここで出やがったか……!」


 いつのまに接近されていたのか。周囲には黒い外骨格で覆われたレヴナントが複数体潜んでいた。

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