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新たな航路 操舵者と箱舟

『ダイン……』

「ああ。一気に瘴気濃度が上がったな」


 こんな空間では、生身の人間では長くはもたないだろう。階段を降りると、景色はそれまでとは一変した。


 これまで分かれ道の多かった空間が、今は一直線に続いている。道幅は大型トレーラーが5台は並んで走れるくらいだ。だが今歩いている一本道は鉄橋だった。


 周囲には広大な空間が広がっており、よく分からない金属の管などが数多く走っている。


『お城の地下は、こんな風になっていたんだ……』

『いよいよらしくなってきたね。でもこの瘴気濃度だ。殿下たち、本当にここまで来たのかな……?』

「それは分からないな。もしかしたら第八の地上班みたいに、何か気密性の高い防護服でも着ている可能性もある」


 とはいえ、自分で言っていてその可能性は低いと思う。


 殿下はガイラックと違い、レヴナント化にこそ希望を見ている。そしてその身を固めるのは、殿下と志同じくしたアークの信奉者たち。話を聞いた限りだと、自分から喜んで瘴気を吸いこみそうですらある。


「重要区画に入っているのは間違いないだろう。周辺に見える金属パイプを壊したら、地上でどんな影響が出るのかまったく想像できないな」

『確かに。せっかくエテルニアの稼働停止を阻止できても、派手に暴れたせいで箱舟が動かなくなっちゃうと大変だ。レヴナントが出ても戦闘には気を付けないとね』


 しかし本当に広いな。鉄橋より下は何も見えないくらい深い。


 元々この超巨大な箱舟を、エテルニアなんていう謎のユニットが1000年にも渡って浮かしているのだ。相応の大きさがあるのは間違いないだろう。


『……ダイン。あれ』

「ああ……」


 スピノが何を指摘しているのかは直ぐに分かった。正面を見ると道は途中で途切れており、これ以上先へ続いていないのだ。だがその先端部まで行くと、状況を把握する事ができた。


『ここ。エレベーターがあったんだ』


 先端部からは斜め下方向に鉄柱が組まれている。おそらく元々この場所には、斜め下に降る甲板が備え付けられていたのだろう。


 もしかしたら箱舟を作り上げた先人たちは、ここを使ってエテルニアを動力部まで運び込んだのかもしれない。


 ライアードに報告しようと思ったが、既に通信は繋がらない状態になっていた。どうするか……と考え始めた時、下からズンッと低い音が響く。


「……! 殿下だ! おそらく今の音は……!」

『エレベーターが下に着いた音!』


 考えてみれば俺たちは2区に降りて以来、考え得る限り最速かつ最善の動きをしてきた。長い地下空間を機鋼鎧の機動力で進むうちに、殿下との距離が縮んでいたのだ。


 なにせ向こうとは違い、こちらは自前の体力は消耗していない。その上この瘴気濃度だ。身体に何らかの異変が生じ始めていてもおかしくはない。目と鼻の先に殿下がいる。


「よし! 降りるぞ!」

『了解!』


 俺たちは器用に機鋼鎧を操作しながら、斜めに組まれた鉄柱を下っていく。





「ではプテラさん。ここを頼みます」

『はいはーい。誰も通さないから、安心してー』


 皇宮の最上階、目的の部屋に辿り着いたルナベインは入り口をプテラに任せると、自身は懐から細長い円柱状の物体を取り出した。  


 それを扉の横にある穴に差し込む。周囲が淡く輝いたかと思うと、扉は待っていたと言わんばかりに開いた。


「ここが……操舵室……」


 ルナベインは操舵室に足を踏み入れる。ここに入るのはルナベインも初めての事だった。


 大昔から箱舟は、特定の航路をゆっくりと飛び続けている。その道行を変更するというのは、数百年ぶりの事だろう。


「この世界に来たばかりの頃は、いろいろ飛び回っていたのでしょうが……」


 そもそも最初は5隻でこの世界にやってきたのだ。いつしか5隻は管轄区域を定めると、互いに不干渉を貫き、箱舟 《アルテア》も今の形に落ち着く事となった。


 他の箱舟はどこで何をしているのか。これも箱舟の住民が抱く疑問の一つだろう。


「……思っていたよりも中は狭いのですね。まさか私の代で《アルテア》を直接動かす事になるとは思いませんでしたよ、お姉様」


 思い出すのは今は故人となった姉、アンリノア。ほとんど会った事はないし、話した回数も数えるほどだ。


 だが自分が生まれた理由を聞かされた時、姉には幼いながらに同情心を抱いていた。もし運命のぼたんが掛け違えられていたら、ここに立っていたのは姉かも知れない。


 そう考えると思うところがない訳でもなかったが、自分は責任あるドレイジー家の人間。姉の様に、貴族としての死と引き換えに自由を得られる身分でもない。


 ルナベインは改めて覚悟を決めると、部屋に備え付けられていた椅子に腰かけた。


「これは……」


 ルナベインが椅子に座ると同時に、バケット状に展開されていく。さらに背もたれも倒れ込んだかと思うと、頭上から伸びてきたアームに金属製のヘルメットをかぶせられた。


「く……」


 両手両足にも金属の冷たい感触が伝わってくる。完全に拘束された様で、まったく身動きがとれなくなっていた。ヘルメットから音声が流れる。


『操舵者の資格を確認。マスター、指示をどうぞ』


 指先にチクリとした痛みが走る。おそらく採血されたのだろう。


 操舵の仕方の概要は伝え聞いていたが、実際に聞くのと体験するのではこうも違うものかと、額に汗をかく。


 今ルナベインの視界には、いくつかの操作項目が記されていた。頭で考えるだけで望みの操作が行えるのは、楽ではあるもののまだ慣れそうにない。


「あった、これですね。《アルテア》のオート航行中止を実行、続いて周辺地図データの呼び起こしを実行……」


 この1000年で箱舟が書き上げてきた大陸地図。それが視界に映される。ルナベインは現在の箱舟の場所と、周辺地域の走査を始める。


「検索条件の設定を入力。この付近でもっとも高い場所は……クラーグル山脈ね。高度7380。条件はクリアしているけれど、箱舟の質量を安定して支えるにはやや不安定な地形ね。……再度検索、検索条件の変更を実施」


 一番良いのは、このままエテルニアが止まる事なく箱舟 《アルテア》が飛び続けられる事だ。だが皇族たるアレグドアンはエテルニア停止権限を持っているし、このまま楽観視する事はできない。


 万が一何もない場所でエテルニアが停止した場合、箱舟は瘴気汚染の中心地に落ちる事になる。そしてエテルニアからの動力を停止させられると、人は遅かれ早かれ死ぬ事となる。


「それだけは……。それにこの世界にきて1000年。私たちはエテルニアの恩恵に頼り過ぎていたのです。今回の事は、人にこの世界でどう生きていくかを問う、いいきっかけとなるでしょう」


 ルナベインは元々、エテルニアに人の生死を握られている現状は良い事ではないと考えていた。


 人の作った物に絶対はない。古代のオーパーツと化したエテルニアを整備できる者も、新たに作れる者も誰もいないのだ。  


 アレグドアンがエテルニアを停止させなくとも、次の1000年何事もなく稼働し続けられる保証などどこにもない。


 1000年という節目に新たな世代として生まれたルナベインは、エテルニアへの依存度を下げていく事が、人という種をより長く存続させる事に繋がると考えていた。


 具体的には、箱舟を一度どこかの高所に降ろす。そこで最初はエテルニアの動力に頼りながら、新たに土地を開墾していくのだ。


 言うほど簡単な事ではないのは分かる。箱舟で育てられている植物が、この世界で正常に育てられるかも分からない。それにクリアヴェールの保護がなくては、気温や天候も敵となるかもしれない。

  

 それでも、ルナベインは地に足が付いた営みという幻想を抱かずにはおられなかった。


 もし箱舟を直接操舵できる家系に生まれなければ、こんな幻想を抱かずには済んだのかもしれない。だが自分にはそれができる血が流れており、今は状況に流されてとはいえ、箱舟を地上に降ろすという事が現実味を帯びている。


「1000年を機に、新しい時代の幕開け……というのもいいですね。……ありました。クラーグル山脈とは逆方向ですが、距離は許容範囲です……高度は5200。こちらも条件はクリアしていますね。それに、クラーグル山脈よりは過ごしやすい高度でしょう。……箱舟 《アルテア》、これより進路変更します。目的地はヴィンドリア高地。慣性の影響も鑑み、大きく円を描く様に航路を設定。気は逸りますが、ここで急いでは箱舟に住まう人たちに大きく影響が出てしまいますからね。……さぁ行きなさい。願わくば、彼の地が人にとって希望の大地になりますように……」

『了解しました。《アルテア》、進路変更。これより指定地域へ向かいます』


 何百年もの間、一定の航路を歩んでいた箱舟は今、その巨体を緩やかに旋回し始める。  


 向かう先はかつてアーマイクが初めて統括指揮官として向かった場所であった。

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