旗艦ユーノス、搭乗
「進捗はどうかね、アイヴェットくん」
「はい艦長。予定人員や物資のほとんどは収容終えています。《ユーノス》もいつでも発てます。後は外災課を待つのみです」
「そうか……」
アーマイクは軍部のトップに立つ貴族、グロウヴェント家の当主との会話を思いだしていた。現在の箱舟の状況と《アイオン》の役割、そしてこれから展開される作戦。そこまで考えて、アーマイクは溜息を吐く。
「艦長……」
「おっと、いけないね。部下の前で溜息なんて吐くものじゃない」
「いえ……」
アーマイクは、第一の艦長が箱舟に居れば、自分に総指揮官の役割なんて回ってこなかっただろうに、と考える。
だがこの未曾有の危機を前に、貧乏くじの役職をたらい回しにする訳にもいかない。第八のみんなには迷惑をかけるな、と考えながらも、改めて今の箱舟の状況を考える。
(アーク計画、その中心は瘴気を生み出す魔王、か。グロウヴェント家の当主に言われていなければ、にわかには信じがたい話だ。おそらく明日には他の艦も住民たちの収容が終わり、飛びたつ事ができるだろうが……それまでに瘴気が迫ってくる事も考えられる。予断は許さんな)
現在、封鎖領域の封印は解かれたものの、他の区の隔壁は降ろすなどして、なるべく瘴気の広まりをコントロールしようとはしている。
しかし区画規模で気体の完璧な密封は不可能であり、封鎖する箇所によっては、地表に瘴気があふれ出るまでの時間を縮める事にも繋がりかねない。そうした意味でも、瘴気の完璧な封じ込めは不可能であった。
「艦長。どうやら外災課のメンバーが到着したようです」
「そうか……」
アーマイクは椅子から立ち上がると、そのまま歩き出す。
《ユーノス》に乗り込む外災課のメンバーの中には、貴族であり外災課トップのライアードもいるのだ。ダインの顔を見ておきたかった事もあるが、ライアードを出迎えるために艦の外に出ようと廊下を歩く。
「ライアード統括官たちはまだ外かね?」
「確認します。……はい、現在アレン九位が対応しています」
「分かった」
アイヴェットからの確認を終えたアーマイクは、分かれ道を右に曲がる。その先には外へと通じる出入口があった。
そこから階段を降りながら、アーマイクはライアードたちの姿を確認する。アレン九位は初めて対面する貴族を前に、緊張している様子だった。
(無理もない、私でさえ直接対面する機会はそうないのだ。早く代わってやらねばな)
そう思い、足をライアードたちに向けた瞬間だった。パンッと音が鳴ったと同時に、アーマイクは自身の右肩に熱が広がっていくのを感じる。
「ぬ……」
視線を向けると、右肩から血が広がり始めていた。それを見て自分が撃たれたのだと自覚する。
もし足をライアードたちに向けていなければ、そのまま胸を撃ち抜かれていたかもしれない。
「艦長!!」
続いて連続して鳴り響く銃声。だがアーマイクに弾は飛んでこなかった。
銃声がした方に視線を向けると、ダインが銃を取り出している。そしてその照準の先では、一人の男が倒れていた。
■
「アーマイクさん!」
銃声が鳴った瞬間、アーマイクの肩に赤い血華が咲いた。俺の視界には銃を構えた一人の男が移る。
俺はほとんど何も考えず、銃を取り出すと男に向かって発砲した。ライアードも状況に気付く。
「……! 周辺を警戒しろ! 全員、はやく艦の中に入れ! アーマイク四位の様態は!?」
俺は駆けだし、アーマイクの様態を確認する。だがアーマイクは倒れる事なく、その場で立っていた。
「……肩を撃たれただけだ。まったく、この歳になると治りも遅いというのに……」
「艦長……!」
隣の女が心配そうに声を出す。肩を撃たれただけと言っても、相当な痛みがあるはずだ。だというのに、アーマイクは額にうっすらと汗を流す以外は特に慌てた様子を見せなかった。
ティラノは倒れ込んだ襲撃犯の側に近づく。そしてこちらに視線を向けて口を開いた。
「きっかり3発、全部当たってる」
もう死んでいるという事だろう。思えば完全な人を撃ったのは初めてだ。
だがこれまで元人間を多く狩ってきたからか、それとも一度ルーフリーに銃口を向けた経験があったからだろうか。思っていたより、俺の心に動揺はなかった。
「ローグ……」
「え?」
「いや……。とにかくアーマイク四位を至急医務室へ。さぁ、関係者は早く艦に入るんだ」
俺たちはライアードに促されるまま、第八の旗艦 《ユーノス》に乗り込む。しばらくみんなとゲストルームで待機していたが、やがてライアードやアーマイクが姿を見せた。その肩には包帯が巻かれている。
「アーマイクさん……。良かった、無事だったのか」
「ああ。まだ天は私を働かせるつもりらしい。もうすぐ定年を迎える身としては、中々酷な運命だと思っているがね」
幸い弾は肩の骨を砕く事はできず、角度も良かったのかしばらく右肩が上がらないくらいで済むとの事だった。
アーク計画含め、俺たちとの間で今の箱舟の状況について改めて目線合わせが行われていく。これから始まる作戦については、アーマイクも既に承知だった。
「では……」
「ああ。予定通り30分後、《ユーノス》は出航する。その後、上空からクリアヴェールを破って10区内の状況及び現地に残った貴族たちの救出を開始、別動隊の君たちには殿下の捜索を行ってもらう」
現地に降りてからの段取りも確認していく。殿下の捜索というが、おそらく簡単には見つからないだろう。十中八九、第二案に移ることになるはずだ。しかし箱舟に降りる前に、確認しておく事がある。
「ライアード統括官。ローグというのは、一体……?」
「ああ、その事か。……あまり君たちには聞かせたくない話だが。ローグというのは、皇族が抱えている武装集団だ」
「え……」
「この閉じた世界において、対人戦の鍛錬を積んできた者たちでもある。本来なら存在するだけで、皇族が彼らを使って何かするという事はないのだが。どうやら殿下は手段を選ばない様だ」
ライアードを始めとして、貴族たちの幾人かはこの事態を想定していたらしい。お抱えの暗殺者を放ち、艦の運行に携わる者たちを屠っていく。そうして艦の脱出時間を遅らせる。
「他の艦には、避難民の中に潜り込まれている可能性もある。先ほど通信で注意を促しておいた。この《ユーノス》だけは避難民が載らない艦なので、ローグもどうやって忍び込むか苦戦していたのだろう」
艦の出入り口は限られており、関係者しかいないので第八以外の人物は非常に目立つ。どうアーマイクを狙うか悩んでいたところに、たまたま向こうから姿を見せてくれたといったところだろうか。
千載一遇の機会という事もあり、わき目もふらずに襲撃してきたのかもしれない。
「他の艦も、何があっても予定通りの時刻に箱舟を発つ様に通達しておいた。それと指揮官クラスは、ブリッジから出るのは最小限にするようにともな」
「殿下か何か知らないけど。超めいわく」
だが裏を返せば、虎の子の私兵を放ってくるくらい焦ってもいるのだろう。それだけ崩御された陛下の言葉が影響しているのかもしれない。作戦開始時間が近づき、アーマイクは席を立つ。
「そろそろ私もブリッジへ行くとしよう。……ダイン」
アーマイクは神妙な顔つきで俺に視線を向ける。
「……ルネリウスは、多くの事に頭を悩ませながらも、人類に残されたこの箱舟をより良い未来に導く研究というものに熱心だった。それにお前を自分の子として愛していたのも本当だ」
ここには事情を知る者は多かったが、アーマイクはあえて濁した言い方をする。
「こんな事、私から言うのもどうかとは思うが。ルネリウスが想ったこの箱舟を……。いや、つまらない事を言った。忘れてくれ」
そう言うとアーマイクは背を向けて部屋を出ようとする。俺はその背に向かって口を開いた。
「俺は二つの人生を歩んできた。一つは残念ながら碌に思い出せていない。だがダイン・ウォックライドとして得てきたもの、そして今日まで俺を生かしてくれた人たちには大きな感謝と恩がある。箱舟の未来のためとか、そんなスケールでものは語れない俺だが。公殺官ダインとして、俺は俺のやり方で突き進む」
「……そうか。ダイン……いや、公殺官のみなさん。どうか頼りにさせてくれ」
アーマイクは肩越しに頭を小さく下げると、今度こそ部屋を出て行った。




