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ファルゲンディーラーでの再会

 最寄りのファルゲン整備工場は44区にある。俺はウインカーを出すと、そのままファルゲンの整備工場へと入った。


 他社の……それも年代物の車種に乗ってきたのだ。おそらく俺を、乗り換えの新規顧客と思ったのだろう。若い営業マンが笑顔で走ってくる。だが俺の顔を見ると、見る見るうちに笑顔は引っ込んでいった。


「ダインさん。お預かりしているイグナントの件ですね?」

「ああ。どんな感じか、話を聞かせてくれ」


 俺はオリエと共に店内へと入る。オリエは外災課の制服のままだったため、店員は皆奇妙な目でオリエを見ていた。


「あんた……浮いてんな」

「え? 何がです?」

「いや……」


 まさか普段からその服装で過ごしているんじゃないだろうな。俺がそう考えていると、正面から見知った顔が歩いてきた。オリエもあっと声を出す。


「ジュリア先輩!?」

「はぁい、オリエ。そしてダイン。久しぶり」

「……ああ」


 ジュリアか。こうして顔を見るのは随分久しぶりだ。


「先輩。どうしてここに……?」

「今日は有給を取って、実家の車の整備に来ていたのよ。オリエがここにいるのは、あなたに付いてきたからなんでしょうけど……。ダイン、いよいよあの車から乗り換える気かしら?」

「いいや。この間のレヴナント騒ぎで、仕事用の車がイカれてね。その修理見積りを出してもらっていたんだ」

「なるほど……。面白そうね。私もまだ時間があるし、ご一緒してもいいかしら?」

「ああ……まぁ」


 俺が公殺官として働いていたは約4年。その間、ジュリアとは何度か仕事を共にした。仕事以外でこうした場で話すのは、ほとんど初めて……いや。昔は何度か飲みにも行っていたか。


 俺達は窓側の席に腰を下ろす。ジュリアはオリエの服装を見て、少し呆れた表情になっていた。


「オリエ。その恰好、目立つわよ?」

「そうでしょうか……?」

「それにこう言ってはなんだけど。外災課は高給取りでも知られているでしょ? 自分はエリートなんです、て周りに思われたい人に見られるかもしれないわ」

「え……! わ、私、そんなつもりじゃ……!」

「分かっているわ。でも周りの人はそう捉えるかも、という話よ」


 さすがに自分の制服の意味に気付いたのか、オリエは一転して慌て始めた。そんな俺達の元に、整備スタッフと営業担当が近づいてくる。


「お待たせしました。……? みなさん、お知り合いなんですか?」

「ああ。気にしないでくれ。それで、俺のイグナントはどんな感じなんだ?」

「こちらが修理見積書になります」


 俺は見積書の内容に目を通していく。そこには交換部品、工賃など細かく記載されていた。修理箇所についてはだいたい予想していた通りの内容だ。しかし問題は値段だった。


「総額420万エルク……!?」

「はい。イグナントもかなり古い車種ですから。まず今の車種に使われているパーツとの適合検査も必要になってきます。そうして細かな調整を加えながらの修理となっていきますので……。それにイグナントのカラー、グランパール・シルバーメタリックですが。こちらももうファルゲンでは作っていない色になるんです。もし板金時に塗料も製造するとなると、さらに値段が上がります」

「まじか……。今のシルバーに塗り替える事はできるのか?」

「今のファルゲン車のシルバーはファイバークールシルバーになります。こちらでしたらそれほど値段はかかりません。ですが全塗装するには一度今の色を落とし、初めから塗りなおす事になります。どちらにせよ工賃と時間は必要になりますね」

「…………」


 なんて事だ。なんとなくそんな気はしていたが、イグナントを修理するには相当な手間暇が必要なようだ。


 ジュリアも「あら、すごい値段ね」と他人事の様につぶやいている。実際他人事なのだが。俺が渋面を作っていると、営業担当は笑顔で話してきた。


「いかがでしょう、ダインさん。乗り換えも検討されては……。新車でしたらイグナントを修理するよりも早く納車できますよ」

「ぐぅ……」


 だが実際、営業担当の言う事には一理ある。下手に長い時間をかけて修理するより、さっさと乗り換えてしまった方が安く済む可能性があるのだ。


 イグナントは道具としての使い勝手が気に入っていたが、他に仕事で使えるミニバンが無い訳ではない。あとは俺が気に入るかどうかなのだ。


「しばらく……考えさせてくれ……」

「はい。それはもちろん。ああ、うちから乗り換えていただけるなら、イグナントはこちらで無料で廃棄させていただきます」


 営業担当はそう言うと、ファルゲンの新型ミニバン《アジャスティ》の簡易見積書を置いていった。総額410万エルク。いろいろオプションをつけていっても、460万エルクには収まるだろう。


 単なる移動手段であれば、俺には《ベルトガル7》がある。だが《ベルトガル7》だけではこの先、請け負える仕事に限界がある。少なくとも対レヴナント用機鋼鎧を積むのは不可能だ。


「どうするの、ダイン?」

「そうだな……」


 他社のミニバンも改めて見てみるか。それともまた中古でイグナントを探すか……。


 しかしイグナントは、買った当時でさえ15年落ちだったのだ。今買ってもさらに古くなる。車は消耗品の塊だし、それなら新しめの物を買った方が良い気はする。


「あなたが悩むのはどうしてかしら? 公殺官時代の蓄えはまだ残っているんでしょう?」

「だからといって、ほいほい散財する訳にもいかないだろ。何せ俺には今、相応の収入がないんだからな」

「つまり結局、実入りが乏しい点があなたを悩ませている要因なんでしょ? ならそこの解決を図れば良いんじゃないかしら?」

「……お前も俺に公殺官に戻れって言うのか?」

「あら。私は別に公殺官だなんて一言も言っていないわよ?」


 そのつもりで話していたくせに、よく言う。


「ただ。公殺官には仕事で使用する車の購入補助があるのは、当然知っているわよね?」


 アルテア帝国は箱舟という閉じた世界ではあるが、資本主義が大きく台頭している。結局金の有無が人生の選択肢を増やすのだ。俺ははぁ、と溜息を吐いた。


「車の事はしばらく考える。……今日はこのまま帰るとするよ」

「あ。なら私も……」

「オリエは私が送ってあげるわ」

「え……でも……」

「どうせ帰る方向は同じでしょう。それにダインには一人で考える時間も必要でしょうし」


 俺はオリエを引き取ってくれたジュリアに感謝しつつ、そのままファルゲンディーラーを後にした。





「あなたも大変ねぇ、オリエ」

「先輩……その。どうしてここにおられたのですか?」

「あら? 実家の車の整備に来たって言わなかったかしら?」

「それならわざわざ検問を超えて、44区までこなくても良いはずです。先輩の実家は20番代の区ですよね?」


 オリエはジュリアがいいところの育ちだという事を知っていた。オリエ自身は実家が47区であり、典型的な中間層だ。そこから努力で這い上がり、今や1種帝国公務員試験にも受かり、10番代の区で働く公務員となった。


 そして家庭の経済力は子の学歴とも相関する。1種帝国公務員試験を通っている者の多くは、10区内~29区の生まれになるのだ。オリエの様に、30区より後の区生まれの者はとても目立つ。


 そういう事情もあり、オリエは自分以外の30区外出身の者で、外災課にいる者はだいたい把握していた。


「ふふ。やっぱり優秀ね、オリエは」

「先輩……?」


 整備が完了したと報せが来たため、ジュリアは支払いを済ませるとそのまま外に出て、自分の車の側まで歩く。オリエには助手席に座る様に促した。そのまま整備士が見守る中、公道へと走り出す。


「私がわざわざここまで来た理由ね。ダインに会いにきたのよ」

「え……?」

「ダインが自分の車をあそこに預けていた事は、私たちであれば直ぐに調べられるわ。いつ来店予定なのかもね。それに私はダインとも何度か仕事を一緒にこなした事もある。ここで偶然を装って再会した方が、話を聞いてくれると思ったのよ」

「話、ですか?」

「当然、公殺官へ戻るようにという話よ」


 何気なく話すジュリアとは反対に、オリエは驚いた表情を見せていた。


「何を驚いているのよ。あなたが連日大変そうだったから、私も手伝ってあげようと思ったの」

「先輩……!」

「どれほど力になれたのかは分からないけどね。何かもっと大きな……確たるきっかけでもあればいいんでしょうけど……」


 ジュリア自身、オリエが連日書類仕事を夜中までかけて片付け、空けた時間でダインを説得に行っているのを見ていて不憫に思っていた。


 先輩として力になりたかったから……という気持ちに偽りはないが、自分の働きでダインを公殺官に戻せたとなれば、職場での評価も上がる。そうした打算も少なからずあった。


 それに公殺官の数が足りていないのは事実。幾人かは地上探索部隊にも加わるため、特定有事以外にも何かしらの仕事は多いのだ。ダインの復帰は外災課にとって大きなメリットを生む。


「今日は早く帰って、ゆっくり休みなさい。オリエ、最近顔色悪いわよ?」

「はい……! ありがとうございます!」


 そうしてジュリアはアクセルを踏み込むのだった。

ダインの職歴について。前々職がヴァルハルト社、前職が公殺官、今が下請け整備士になります。

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