急転の箱舟
《クロスファイア》でティラノたちと合流を果たし、外災課ビルへ向かうまでの間、俺とスピノはノトとの戦いの結末を聞いていた。
「それじゃノトは……」
「ああ。最後まで意地張りやがってよ。まぁ裏切ったという自覚はあったんだ、今さらやっぱりなしってのは言えねぇだろ? それに寿命に対して強い焦燥感を持っていたのも確かだった」
「私はティラノとノトの戦いを見守りながら、近くにレヴナントが出ないか警戒していたんだけど。ノトが途中で、プレシオにこっち側につかないか説得し始めてね」
プテラの視線に誘われ、俺もプレシオの方に首を向ける。だがプレシオは椅子に座ったまま、静かに下を向いていた。
「……プレシオ。あんたノトをやっちゃった訳だけど。それでよかったの?」
「……うん。そりゃ僕だって死にたくないよ。生きていたいよ。ノトの気持ちも分かるさ。でも、自分が生きるためにノトの味方につくっていう事は、レヴナントだけではなくみんなと戦う事を意味するんだ。不安を煽って僕にみんなと戦わせようとするなんて……そんなのは、いやなんだ」
「こう言っちゃいるがな。プレシオはノトにぶちギレで、真っ向から叩きのめしやがった。いくらノトが俺との戦いで消耗していたとはいえ、一方的だったぜ」
「……やめてよ、ティラノ」
プレシオは戦うという行為に忌避感がある様だが、実力はやはり確かという事か。
それにしてもノト。何故あんなバカな事を……と俺が考えるのは傲慢だろうか。もし過去の記憶があれば、俺もノトに対して何か言えたかもしれない。
だがスピノたちからすれば、長年共に生きて来た仲間が裏切り、自分たちの手で倒す事になったのだ。俺よりもみんなの方が考える事が多いだろう。
『間もなく外災課本部ビルに到着します。機鋼鎧はこちらで運び出しますので、公殺官のみなさんはそのまま降りてください』
音声が消え、しばらくして《クロスファイア》は外災課ビルの地下に到着した。俺たちは無言のままエレベータに乗り、ブリーフィングルームを目指す。時刻は13時を回っていた。
「戻ったか」
「ライアード統括官。オリエにジュリアも」
ブリーフィングルームには主だった面々がそろっていた。ライアード統括官は現状を改めて説明してくれる。その中には衝撃的な内容もあった。
「陛下の崩御、そして殿下の御乱心……か」
「そうだ。君がガイラックから得た情報が本当だったと証明された。現在、多くの貴族は箱舟の住人を大型艦に収容させる様に動いている」
すでに皇族が正常な判断力を失っていることは貴族の間でも共有されており、現在は特定の家の当主たちが皇帝に代わる判断を下しているとの事だった。
「しかし箱舟の人口は相当数です。その全てを収容する事なんてできるのですか……?」
オリエが不安気な声で質問する。きっと家族の事を考えているのだろう。
「微妙なところだが、スムーズに進めば明日には9割の住民を収容できるだろう」
「え……?」
「あまり知られていない機能だが。実は5区から29区内にある避難所は可働ブロックになっている。それらはそのまま艦を収容している区画まで移動できるのだ。今、住民のほとんどはレヴナントとなるか、被害を受けて死んだか、もしくは避難所に入っている。つまり……」
「無事に避難が完了している住民はそのまま艦に収容できるという訳か」
ライアードの言葉を聞いて、オリエやジュリアたちはほっと安堵の表情を作る。だがまだ避難の終わっていない者もいる。
「ライアード統括官。俺たちや貴族はどうするんですか? それに10区内に発生したという瘴気は?」
この状況下において、まだ働いている者たち。すなわち、俺たち特定有事に対応する外災課と、箱舟の機能を含めた政治的な判断を下せる貴族たちだ。
避難所に向かわせなかったという事は、まだこの箱舟で役割が残っている事に他ならない。
「公殺官は現在、レヴナントの対応を行う班と艦を護衛する班に分けている。大型艦は箱舟のライトサイドとレフトサイドに収容されているが、それぞれに派遣している形だな。護衛にあたる公殺官の面々には、特に艦長を重点的に警護する様に伝えてある」
「ああ、艦の指揮を執れる艦長がレヴナントに襲撃されたら大変だもんな」
「理由はそれだけではないがな」
地表で暴れるレヴナントが少なくなってきたからこそ、公殺官を艦にも派遣できる様になったのだろう。しかし今日は公殺官にとって一番多忙な日になったな。ティラノはライアードに挑む様に口を開く。
「それで? あんたは俺たちにも艦を護衛する様に言う訳か?」
「そうだ。だが君たちが向かう先は第八地上探索部隊 《アイオン》、その旗艦 《ユーノス》だ」
アイオン。アーマイクが統括指揮官を務める部隊だ。艦の扱いは軍が専門分野とするとことだからな。当然、ここで働く事になるか。
「現在、地上探索部隊は第一から第三までが長期任務で箱舟を離れている。そのため、避難艦隊の暫定的な総指揮官として、アーマイク四位を任命した。そしてその旗艦 《ユーノス》に外災課の本部機能を移す」
「え……」
「つまり我々外災課スタッフはこれから総出で《ユーノス》まで移動する事になる。そして君たち5人には、アーマイク総指揮官と外災課本部が入る《ユーノス》を直接護衛してもらう。残された公殺官の中で、ここにいる5人は間違いなく最高クラスの戦力だからね。ああ、既に帝国技術院のスタッフも《ユーノス》に向かっている。君たちの使用する機鋼鎧のメンテナンスもできる環境が整っているから、安心したまえ」
つまり一時的に第八の《ユーノス》に機能のほとんどを移転するという事か。
本来なら最高クラスの戦力と言えば、黒等級の第一位が思い浮かぶ。だが第一から第三までの地上探索部隊が長期任務に出ていると聞き、あの最年長公殺官は現在、箱舟に居ないという事を理解した。
地上探索部隊の長期任務には黒等級の公殺官が一人配属される。普通なら持ち回りだが、あの人は地上での任務が好きなため、いつも自分から望んで艦に乗り込む。昔からずっとそうなのだ。
「《ユーノス》にはスペシャリストが集められるという事か。だが箱舟を離れて、その後はどうするんです? アークは今も瘴気を吐き出し続けている。元凶をなんとかしないと、箱舟に戻ってこれませんよ」
艦の動力もノア・ドライブだ。そしてノア・ドライブの動力は箱舟の動力源たるエテルニアから供給される。
ある程度なら無線での供給もできるのかもしれないが、やはり有線供給の効率には劣るし、このまま箱舟が瘴気とレヴナントの徘徊する死の船になってしまえば、エテルニアもいつまで正常稼働するか分かったものではない。
「その通りだ。エテルニアの安全性確保は第一に優先される。……3時間後、《ユーノス》は一度箱舟より飛び立つ。そして空より10区内の状況を確認後、可能なら君たちを降ろし、封鎖領域の再封印を試みる」
なるほど。そのための最高クラスの戦力という訳か。数はそろえられない分、質でカバーしようというのだろう。
「時間がもったいない。車の準備もできた様だし、ここからは移動しながら話そう」
俺たちは移動司令室を兼ねた大型バンに乗り込む。さすがに《クロスファイア》は大型艦の収容されている区画まではレールが敷かれていないらしい。
既に俺たちの機鋼鎧も運び出されたところだった。愛車のベルトガル7は気になるが、一時の別れだ。必ずまた帰ってくる。
「アークが置かれている封鎖領域を再封印する方法だが。一番早いのは、殿下を捉えて再封印させる事だ」
封鎖領域を含む一部重要区画は、1区にある皇族だけが入れる部屋からある程度操作できるらしい。そしてそこから操作されると、他の場所からは干渉できないとの事だった。
「つまり私たちに、10区内のどこかにいる殿下を捕えて言う事をきかせろってこと? それ、難しくない?」
プテラが抱いて当然の疑問を口にする。それはそうだ、今回の件は殿下が望んで行った事。皇帝である父を殺してまで決行しているのだ、俺たちがどう言おうが聞きやしないだろう。
「分かっている。だがこれが一番早く確実な方法だ。しかしこれが不可能となった場合、第二案は相当な力技になる」
瘴気は空気よりも重い。そしてここにいる5人の公殺官は、俺以外全員魔力が使える。
瘴気の特性と、ここにいるメンバーがいる事でできる力技。俺はなんとなく、ライアードが何を考えているのか見えてきた。
「封鎖領域は箱舟底部……とまでは言わないが、かなり下の階層にある。万が一の場合は君たちの持つ力で箱舟底部に風穴を空け、アークを地表に落としてもらいたい」
この度、新たに「帝都の黒狼」の投稿を始めました!
よろしければそちらもご覧いただけましたら幸いです。
黄昏の箱舟は今後も月水金曜日に投稿していきますので、こちらも引き続きよろしくお願いいたします。




