表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/61

解かれた封印 箱舟に生まれる瘴気

 できるはずがない、とは言えなかった。それが可能な人物が、ガイラックの協力者であると聞いてしまったからだ。


「まさか……!?」

「公殺官はレヴナントとの前線に割かれ、直ぐに対処できる者は誰もいない。そして箱舟は今、未曾有の事態に直面し、政府中枢もまともに機能していません。今であれば、殿下と一部の貴族たちが協力し、棺を絶対封鎖領域 《エリアXX》から解き放つ事ができるでしょう」


 いわゆる貧困層と呼ばれる60区から先の区でレヴナントを大量発生させ、政府機能をマヒさせる。そうして生まれた隙を突き、アークを封印された区画から解き放つ。


 箱舟内に瘴気が充満すれば、レヴナントは今以上に増える可能性もある。


「こんな……! 自殺まがいな事を……!」

「贅沢な自殺。きみの言葉だったね。これだけ多くの住人を巻き込んでの自殺なんて、まさに贅沢な自殺と言えるのではないかな?」

「………っ!」


 違う! 俺の言う自殺とはそういうことじゃない……!


「いずれにせよ今日が箱舟最後の日になる。このまま箱舟がレヴナントの王国になるのか、地に落ちるのかは分からないがね」

「……絶対封鎖領域とやらは、どこにある?」

「聞いてどうするのかな?」

「決まっている。封印は解かせない」


 認めない。箱舟を守りたいとか、そういう気持ちはない。いや、もしかしたら自覚がないだけでそう考えているのかもしれない。


 確かに俺は過去、帝国政府にくそったれな人体実験を受けていたのだろう。そしてそれを忘れたハッピー野郎なのに変わりはない。


 だが例えそういう風に作られたのだとしても、人を恨んだ事や復讐の念を抱いた事はない。


 脳裏に浮かぶのはリノアとルーフリーの顔。そしてダインとなってからの人生で得たもの。スピノたちとの時を越えた出会い。これらを見ず知らずの他人に、良い様に壊されてたまるか……! 


「ふふ。そうでなくてはね。それでこそファンでいられるというもの。絶対封鎖領域はアンダーワールドにあります。場所は、そうですね……。だいたい9区の下くらいでしょうか」

「……! まさか素直に話すとはな……!」

「言ったでしょう、今なら口が軽いと。それに私の復讐対象は箱舟に住まう者たち。中には当然、殿下たちも含まれます。これは私なりの意趣返しですよ。それに話したところで、もはや殿下を止めることはできません」


 そう言うとガイラックは再び水を飲む。そして時計に視線を移した。


「丁度正午を迎えましたね。予定通りであれば、今ごろ殿下が封印を解いている頃になります」

「なに……!?」


 ガイラックの言葉が終わると同時に、俺の持つ情報端末にコールが鳴る。相手はオリエだった。


 《レグナム》の通信がつながらなかったので、こちらにコールしてきたのだろう。俺はスピノとガイラックに視線を向けつつ、オリエからのコールに応えた。


『良かった、繋がった! ダインさん、すみませんが黙って聞いてください! 緊急事態です! 箱舟内に強い瘴気反応が! それも10区内です! 汚染濃度は危険域に到達しており、該当区域には機鋼鎧などの特殊装備でなければ近づけない状況です……!』


 本当に、今日何度目の緊急事態になるだろうか。


 原因は明らかだ。殿下が絶対封鎖領域の封印を解いたのだろう。俺はオリエの通信は繋げたまま、ガイラックに視線を向ける。


「これか……!」

「どうやら無事に封印が解かれた様ですね。事態を把握した貴族たちがどう動くのかは分かりません。ですが箱舟には予め、危機に際してどの様に動くかを定めた手順書もあります。貴族という方々の多くは、自らに課せられた使命に実直ですからね。きっとマニュアルに則った行動をするでしょう」

「ガイラック……!」

「言ったでしょう、今日が箱舟最後の日だと。もはや誰にも止められない……! 私の復讐はここに成ったのだ……!」


 ガイラックは叫びながら急に血を吐いた。机の上には黒い血が染みわたっていく。


「っ!?」

「ふふ……。最後にどちらに転ぶかの運試しをしていましたが……。どうやらこっちだった様ですね……」

「まさか……その水……」

「元々……元々、瘴気の解放を見届けたら死ぬつもりだったのです。もしレヴナント化していれば、君に殺してもらえただろうに」


 瘴気の影響を受けた者、その全てがレヴナントになる訳ではない。むしろ多くの者は死ぬか、何かしらの障害を残す。


「まぁダインくんでなくとも、同じ様な境遇だったアポストルの誰かでも良かったのですが。ファンとしては、というやつですね。……さぁもう行きなさい。やるべき事……心から成し遂げたいと思えるものができたのでしょう? 例え今はそれが何なのか言葉にできなくても、ここで動かなければ後悔する事は分かっているはず」


 ガイラックはさらに大量の血を吐く。ガイラックとの会話で、情報以外で俺が得られたものはなにか分からない。だが動かなければという、呪いにも似た使命感を刻まれた様な気がした。


「スピノ……。行こう」

「うん……」


 俺とスピノは部屋を出て駆け足でエレベーターを目指す。途中、ガイラックのいた部屋から銃声が響いた。





 エレベーターで1階に降り、機鋼鎧に乗り込む。そうして《クロスファイア》を目指しつつ、俺はオリエたち外災課メンバーにガイラックから聞いた情報を伝えていた。


 スピノも要所要所で話の交通整理をしてくれたため、報告自体はスムーズにできた。


『まさかそんな計画だったなんて……!』

「ガイラックは箱舟自体に復讐を誓い、これまで生きてきた。殿下の動機と目的の全てが理解できた訳ではないが、話からすると……!」

『箱舟の住人の総レヴナント化……!』


 事態は最悪と言っていいだろう。こうしている今も、瘴気は広がり続けているはずだ。


 だが俺はガイラックの話していた事が気になり、ライアード統括官に確認をする。


「ライアード統括官。ガイラックは箱舟には予め、緊急事態におけるマニュアルの様なものがあると話していた。何か心当たりはありますか?」

『ああ。本来なら君たちに聞かせる話ではないが、もはやそうも言っていられる状況ではないな。確かにそうしたマニュアルは存在する。例えば、エテルニアに機能停止の前兆が見られた時にどうするか、といったようにね』


 なるほど。そういう視線で作られたマニュアルか。本当の意味で箱舟にとっての緊急事態という訳だ。


『そしてその中には、箱舟内に瘴気が充満した際の手はずについてのものもある』

『え!? それって、まさに今の状況じゃ……!』

『ああ。だが私は有事の際に役割のある貴族ではなくてね。具体的な内容までは知らされていないんだ』

『そ、そんな……』


 緊急事態においても、役割の振り分けられる貴族とそうでない貴族がいるのか。貴族社会というのは、もしかしたら徹底した分業制なのかもしれない。


『落ち着き給え。内容は知らされていなくても、だいたいの予想はつく』

「……探索艦を含む大型艦に住民を避難させ、一旦箱舟から離れる……か?」

『さすがだね、ダインくん。その通りだ。おそらく今はそのプロトコルに従って、政府中枢でも動き始めている頃だろう。私は今から、ダインくんがガイラックから得た情報を政府中枢と共有する。その中にレヴナントに希望を見る者……《信奉者》がいない事を願うばかりだが。君たちはそのまま《クロスファイア》を目指し、ティラノくんたちと合流後、18区の外災課本部に戻ってきてくれたまえ』


 ティラノの名が出た事で、スピノが大きく反応を示す。


『ティラノ……ノトたちは!? どうなったの!?』


 これに答えたのはオリエだった。ライアードはおそらく他部署に情報を共有するため、席を離れたのだろう。


『エグバートさんは亡くなりました。プレシオさんが止めを刺したそうです……』

『……そう』

『彼らは今、別車両で《クロスファイア》停泊地を目指しています。ライアード統括官の指示通り、合流後はそのまま外災課本部を目指してください』


 60区代に現れたレヴナントは今、その数を減らしつつある。だがここで10区内に瘴気が発生する事態になった。


 おそらく既に幾人かの者が死に、中にはレヴナントになった者もいるだろう。


 そして10区内には貴族を始め、政府中枢機能も存在している。例え今は9区の地下深くにしか瘴気が発生していないとしても、無限に湧いて出るのだ。いずれ地上部分にも出てくるはず。


 残された時間は短い。その間で残された貴族たちは。そして俺は何をすべきなのか。


「……くそ」


 何に対してかは分からない。だがそう言わずにはいられなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ