ガイラックの動機 瘴気の発生源
何が聞きたい……か。聞きたい事は多いし、ガイラックが全てを知っているとは限らない。何を問うべきか悩んでいる一瞬の間で、スピノが先に口を開いた。
「あなたは私の目を見てアポストルと断定した。当然、私たちの持つ魔力の事も知っているはず。どうして一般人に過ぎないあなたが、帝国政府の機密情報を知っているの?」
確かにその点も気になっていた。帝国政府の研究と魔力を結びつけるキーワードはアーク計画。
以前ガイラックと話した時、その口から直接その単語が出てきていた。おそらく偶然知ったという訳ではないだろう。然るべき確信を持って話していたのだ。
「君たちがどこまで知っているかは分からないが。私はいわゆる帝国政府の機密……とりわけ、魔力に関する事はだいたい把握している。政府中枢には私の協力者もいるし、長年私の指示に従って働いてきた者もいるからね」
ガイラックは机の上に置かれたコップに、水を入れていく。
「少し昔話をしようか。元々私はね。66区の生まれなんだよ」
「なんだと……」
「私が16の時だ。当時住んでいた場所の近くにレヴナントが現れてね」
ガイラックは自身の過去を話していく。レヴナント事件の後、帝国政府に連れていかれた施設で人体実験を受けた話は、俺とスピノに大きな衝撃を与えた。
「あんたが以前俺に話した、ある意味で似た同士というのは……」
「そう。私も君たちも、帝国政府の科学者たちによって人体実験を受け、人生を壊された者という点で共通している。もっとも、私の方の実験にはアーク計画と直接の関係は無かったが。それに君たちと違い、強制的に連行された身だ」
「私たちと違う……?」
「君たちは魔力を持たせるべく、胚盤胞の時から手を加えられ試験管で育てられた、生まれながらの実験動物だ。貧困層ながらも帝国臣民として生を受け、育ってきた私とは違う」
同じ実験動物仲間でも、生まれは違うという事か。
「私の物語は至極単純だ。要するに帝国と……この呪われた世界への復讐だよ。親を、兄弟を、恋人を殺され、私一人だけ生き残った。この歳になっても、未だに復讐の炎というものが心の中で燃え盛っている。それをこういう形で今日、演出したに過ぎない」
「……復讐は勝手だが。巻き込まれた無関係な人たちは堪ったもんじゃないだろ」
「ふふ。私からすれば、多くの悲惨な実験の上に生きている民衆も同罪だよ。知っているかい? 大昔はもっと大々的に実験が行われていたのだよ。どうすればレヴナントやブルートに対して、効率的に傷を負わせる事ができるか。魔力とは、瘴気とは何なのか。民衆どもが笑って暮らせている今の生活というのは、多くの犠牲になった者たちの屍の上に築かれたもの。知らないからといって何食わぬ顔で一生を終える者を、私は決して許さない。無知というのはそれだけで罪だ」
言葉とは裏腹に、ガイラックは静かな動作で水を飲む。その声色も落ち着いたものだった。
「ダインくんは過去の記憶がないにしても、スピノくん。君はどうだい? 毎日好き勝手に身体をいじられ、研究者たちに復讐したいと考えた事はないのかい?」
「…………別に」
「ああ、答えは分かっていたとも。納得はできなかったし抵抗感も強かったが、強い恨みや怒りを持つ事はできなかっただろう? 君たちはそういう感情を抱かない様に、あらかじめ調整を受けているからね。魔力を持つ人種を生み出そうというのだ、セーフティ機能はいくつも施すに決まっている」
「なんだ、それは。つまり俺たちは……」
「ダインくんの想像通り。君たちは感情面も含め、研究者たちには逆らえない様に処置を施されていたのさ。そうでなくては、気性の荒い個体がいつ感情に任せてアークドライブを暴走させるか、分からないだろう?」
言われて今までの人生を振り返ってみる。確かに俺は、誰かを強く恨んだり、復讐したいという気持ちに駆られた事はない。
気に入らない、好きになれない奴というのは何人かいるにしても、それらの感情は決して憎しみという形までは昇華されないのだ。スピノの顔を見るに、おそらく俺と同じ事を考えているだろう。
「初めから私の気持ちを、君たちに理解してもらおうとは思っていないとも。これはロジックでは語れない感情論だ。私を説得できる者は誰もいないし、できたところでもう止められる段階でもない」
ノトの話していた事を思い出す。ガイラックはどうにかして帝国政府の人体実験から逃れる事ができたが、その憎しみは帝国を……この世界そのものに向けられた。
そして飲料メーカーのトップとなり、貧困層に住む人たちを中心に体内の瘴気蓄積度合を上げていった。そして今日、ノトは自らの魔力を用いて過去最大規模のレヴナント化現象を引き起こした。
流れは分かったが、それでもまだ分からない事がある。
「まだスピノの疑問に答えていないな。どうしてあんたは帝国の機密情報にそこまで精通している? 政府中枢に協力者がいるにせよ、そこまで具体的な情報を提供できる者なんて限られているはず。どうやって中枢とのパイプを手に入れた?」
今までの話は、あくまでガイラックの動機に関わる部分だ。肝心の部分は一度も触れられていない。
「ふふ。話には順序がある。焦らなくてもその部分についても話すとも。まずはアーク計画について話そうか」
そう言うとガイラックはコップに入っていた水を全て飲み干す。確かにアーク計画も俺たちと直接の関係がある部分だ。俺は黙ってガイラックの続きを待った。
「ダインくんはもしかしたらアーマイク四位から聞いたかな。この瘴気まみれの世界に、かつて文明が築かれていたと」
「ああ。地上探索において、時折遺跡の様なものが見つかる事があると」
「その通り。地上探索部隊が今の様な組織に再編されたのは、およそ920年前の事だが。当時は現在よりも多くの遺跡が見つかっていた」
ガイラックはどこで知ったのか、箱舟の歴史を語りだす。それによると、昔は地上で多くの文明の痕跡が見つかっていたらしい。
だが1000年という月日の流れは、そうした痕跡を消すのに十分な年月だった。
「箱舟のとある領域には、昔の地上探索部隊が持ち帰った物が今も保管されている。この世界にはかつて、我々の様な人類が存在していたのはほぼ確実なのだよ」
「……ロマンのある話だが。それが何か関係あるのか?」
「あるとも。約450年前の事だ。当時の地上探索部隊が、任務中にあるモノを発見した。ソレは多くの者たちの興味を強く惹き、とうとう箱舟内に回収された」
ガイラックが話している事全てが真実だという保証はどこにもない。それでも聞かずにはいられない。
「ソレは蓋のない棺だった。そして同時に、瘴気の発生源でもあった」
「え……」
俺も声を出しそうになるが、先に出したのはスピノだった。
しかしどういう事だ。アルテア帝国は、瘴気の発生源を地上で発見し。それを回収したというのか……? もしその話が本当だとすれば……。
「ああ、安心してくれていい。その棺は厳重に封印されているからね」
「……その話が真実だとして。今も箱舟のどこかで瘴気が出続けている何かがあると思うと、ゾッとするな」
「おそらく箱舟に住む者たち全員がそう思うだろう。帝国はその棺の主をアークと名付けた。魔王アークとね」
アーク。棺。確実にアーク計画の名の由来になったものだろう。
だが魔王とはなんだ? スピノは銃を握る手はそのままに、口を開く。
「急にファンタジーな名称が出て来たね。なに、魔王って」
「アークと名付けたのは帝国だが。魔王と呼んだのはこの世界に元いた人間たちさ」
「え……?」
「言っただろう、いくつか地上から持ち帰られた物があると。その中には書物や石板、壁画の画像データといった物もある。長年かけて研究者たちはそこに書かれている言語を解読した。取るに足らない内容の物も多かった中で、いくつか共通して書かれているものもあった」
話しっぱなしで喉が渇いたのか、ガイラックは再びコップに水を足す。
「内容は、簡潔に言うとこうだ。異界より現れし七の魔王。彼らはこの世界に災厄を招く。百の勇者が七の魔王を封印するが、魔王は封じられてなお毒をまき散らす。毒に対抗する手段はなく、いずれ全ての人は滅びゆくだろう」




