起爆剤となる者
上空から見ると、今の箱舟の異常さがより際立って確認できた。
40区代や50区代でも既に戦闘が開始されているのだ。これだけの規模の公殺官が駆り出されたのも、箱舟史上初となるだろう。
「…………?」
一方で、妙な感覚も覚えた。何故レヴナントたちはそろいもそろって、60区代からより上の区を目指している?
ここから見る限りだと、誰も60区より後ろの区……つまり、箱舟の先端部を目指していないのだ。
(どこかを目指している? まるで何かに呼ばれているみたいに……いや)
レヴナントの行動は理解できないし、しようとするだけ無駄だろう。単により人間の多い地区を目指しているだけの可能性もある。
『ダインさん! 間もなく60区上空です!』
「分かった。《レグナム》ならこの高度でも大丈夫だ。然るべき場所で落としてくれ」
『はい! この世界を、どうかお願いします……!』
この世界をお願いします、か。確かにレヴナントがここまで大量発生する事は、これまで誰も考えていなかった。現状公殺官の数は足りていないだろう。だが公殺官の全滅は箱舟の壊滅を意味する。
(……せっかくいろいろ分かりそうなんだ。過去の事。スピノたちの事。兄の事。それにディアヴィとも再び縁を持つ事ができた。いくら人体実験上等のくそったれな世界でも、親父やアーマイクの様に感謝している人たちもいる)
ああ……そうだな。やっぱり俺は、まだこの世界で生きていたい。生きていて欲しいと思える人たちもいる。
だからこそ、俺はこの新たな機鋼鎧で戦場に降り立つ。
『降下します!』
ヘリから落とされ、姿勢制御をしながら箱舟の大地に足をつける。63区に降り立った俺は、正面から向かってくる無数のレブナントに向かって駆けだした。
「おおお!」
左は左腕部に備え付けられたブレードを展開し、右手でバックパックに装着されていたライフル一体型の大型ブレードを握る。それらを縦横無尽に振り回し、次々とレヴナントたちを斬り伏せていった。
「……ははっ! こいつはいい!」
《レグナム》は俺のイメージ通りに動いてくれる。また大型ブレードにもスラスターが取り付けられており、姿勢の制御に役立てる使い方もできた。
「さすがヴァルハルト社の開発チーフ! 良い仕事をしてくれるっ!」
《レグナム》の見た目は《ラグレイト mk-2》よりやや肉厚な印象だが、取り回しはまったく気にならない。むしろ上がった出力で無理やりこの重量を制御している形だ。
ある程度周囲のレヴナントを片付けたところで、通信が入る。
『ダインさん! 聞こえますか!?』
「オリエか、聞こえている。こちらの位置は……」
『把握できています! ダインさんはそのままレヴナントを掃討しつつ、指定ポイントを目指してください!』
オリエから新たな地図データが転送されてくる。そうか、《レグナム》の素体は外災課に登録していた《ラグレイト mk-2》だし、こちらの位置情報や通信回線の接続はなんて事はなかったな。
「他のみんなはどうしている?」
『それぞれ別方向から同じ指定ポイントを目指してもらっています! 解析の結果、そこが今回のレヴナント大量発生の大本となっている可能性が高いです!』
「分かった。《クロスファイア》先行組は?」
『ターミナル周辺地区で、60区を越えてきたレヴナントの対処をお願いしています。2機は《クロスファイア》を直接守っています』
つまり60区以降に存在する公殺官は、俺とスピノたち4人だけという事か。
「ノト……エグバートは?」
『それが……』
若干言いよどむが、オリエは言葉を続けた。
『実は昨日から連絡が取れていないのです。位置情報も切っているのか、機鋼鎧共々居場所が分からなくなっていまして……』
「なんだって……!?」
そういえば今日も、トレーニングルームでノトの姿は見なかった。この状況下で行方不明というのは、何とも良い予感はしない。
『連絡がとれ次第、本作戦に協力してもらう予定です』
「……分かった。またレヴナントとの交戦に入る。通信切るぞ」
そう言うと俺は新たに現れたレヴナントに向かって駆けだす。中には魔力持ちの個体も確認できた。
「丁度いい……! 《レグナム》の性能、お前たちで試させてもらうぞ!」
■
レヴナントを掃討しつつ、指定ポイントに近づいた時だった。
『ダイン!?』
東方向から白を基調とした機鋼鎧、《グランヴィア》と合流した。操縦するのはスピノだ。
「スピノ。無事だったか」
『魔力持ちは多少いたけどね。……それが取りに行っていた機鋼鎧?』
「ああ。昔の馴染みがいろいろ気を使ってくれてな。《ヴァリアント》に負けない性能に仕上がっている」
上空を確認すると、《グランヴィア》とセット運用される飛翔ボードも飛んでいる。
互いに周囲を警戒しつつ進んでいると、ティラノの駆る黒い機鋼鎧『ネイキッド』、そしてプテラの駆る黄色を基調とした機鋼鎧 《ターバイン》とも合流できた。
『へっ! 雑魚ばかりだな! ここに来るまで何体倒したか、もう覚えていないぜ!』
『うざ。自慢にもならないんだから、止めてくれる? こっちはやたら魔力持ちばかりと遭遇したっていうのに……』
『はん! 魔力持ちなんざ俺も討伐したぜ! おい、スピノとダインはどうだ?』
『私はあまり遭遇しなかった』
「俺も遭遇自体はしたが、数えるほどだったな。ところでプレシオは……」
どうしたんだろうか、と言う間もなく、プレシオの駆る緑を基調とした機鋼鎧 《ルクシオ》が後方よりこちらを追いかけてきていた。
『良かった……! みんなと合流できた……!』
『お疲れ、プレシオ』
「……そろそろ指定ポイントエリアに入る。何か瘴気を発生させ続けている様な物があるかも知れない。みんな、十分に注意してくれ」
俺たちは5人そろった状態で周辺を警戒する。さすがにもうレヴナント化できる人間は残っていないのだろうか。
しかし今日だけで、一体どれだけの人が犠牲になったのか。こうしている今も、多くのレヴナントが60区の境界を越えて50区代へと進んでいるはずだ。
『ダイン。一旦分かれて探索する?』
「そうだな……」
指定エリアもある程度の広さがある。別個で探索した方が良いかとも考えていた時だった。急激な魔力の気配を俺は感じとる。
「……っ! みんな、離れろ!」
俺の叫びをどう捉えたかは分からないが、全員その場を大きく跳躍して離れた。ほぼ同時に、青い魔力光がさっきまでいた場所に突き刺さる。
『なんだとぉ!? レヴナント、どこだ!?』
『そ、それより! 今の魔力、クラス5を計測したよ!?』
「な……!?」
高クラスの魔力反応だ。もしかしたらレヴナント化を引き起こした原因と関係しているのか。
そう思いながら魔力光が飛んできた方角へと視線を向ける。同時に、またしても青い魔力光が迸った。
「く……!」
これも躱す。どうやら俺の魔力を感知する力は衰えていないらしい。
『へぇ。上手く魔力の気配を消して、完全な不意打ちができたと思ったんですけどね』
『え……』
ズームして声のした方角を確認する。そう遠くない場所に一機の青い機鋼鎧が立っていた。右手にはライフルの様な物を持っている。
『そんな……』
『今ので死んでいてくれれば。僕としても楽だったのですが』
見覚えのある声と機鋼鎧だった。青い機鋼鎧は《ザフィーラ》。ノトの駆る専用機だ。
『てめぇ……ノトォ! 冗談じゃすまねえぞ!』
『ふふ……。落ち着きなよ、ティラノ』
ティラノが声を荒げるのも無理はなかった。今のは間違いなく俺たちを……いや。正確には俺を狙ってのものだった。
それもいきなり魔力波動なんてものを、初手で放ってきたのだ。殺意はあっただろう。
『……ノト。どういうつもり? どうしてダインを狙ったの?』
『そういう契約だからだよ』
「……契約?」
ノトはゆっくりとこちらに近づいてくる。俺たちは気を緩めることなく、臨戦態勢に入った。
『外災課の職員はみんな優秀だからね。きっとレヴナント化大量発生の原因が、この辺りのエリアにあると突き止めてくる。状況が把握しきれていない中、渦中に飛び込んでくるのは外災課の誇るトップエース。つまり君たちが高確率で派遣されてくると思っていた。……まぁ他の黒等級が投入されれば、それならそれで構わなかったんだけどね』
俺たちは近づいてくるノトに対し、囲い込む様に広がっていく。しかし今のノトの発言には気になる点が多かった。
「……どういう意味だ? まるでレヴナント大量発生の原因を知っているかの様な言い方だ」
『知っているも何も。これだけの数のレヴナント化を誘発したのはこの僕さ』
「……なんだと?」
『レヴナント化の条件って知っているかい?』
ノトはその場で止まると、試す様に問いかけてくる。これに答えたのはプテラだった。
『瘴気でしょ』
『そう。だがみんなも知っての通り、魔力の影響を受けてレヴナントとなる者もいる。実は魔力によってレヴナント化する者はね。体内に蓄積されている瘴気度合によって分かれるんだよ。すなわち、レヴナントとなる者と死ぬ者にね』
プテラは何かに警戒したのか、大型の槍を構える。
『ふーん、詳しいんだ。で、なに? まさかノトがここで暴れて、瘴気が蓄積されている人たちに魔力をあてていったとでも言うの?』
『ご明察。さすがだね。手当たり次第に魔力をあてていったとも。生まれたレヴナントの中には魔力を持った個体もいたからね。魔力持ちのレヴナントはさらに他のレヴナントを増やしていく。こうして今回の事態は起こったのさ』
スピノも細見の槍を構える。
『でもおかしいわ。レヴナントの数は明らかに何百といた。ううん、もしかしたら千を超えているかも知れない。60区以降に住む人たちは、普段からそんなに瘴気に侵されているというの?』
確かにそうだ。今の理屈で言えば、今回レヴナントとなる者はあまりに多すぎる。
人は瘴気を取り込むと、何かしら健康に害が出る。だが60区以降の住民が他の区と比べて、特別健康ではないという話は聞いた事がない。
『もちろん、いかに瘴気によるリスクが高い区とはいえ、普段から瘴気をため込んでいる人なんて誰もいないさ。ふ、ふふ。僕も計画の全容を知ったのは最近だったんだけどね。今日この日に備え、ずっと昔から計画を走らせていた人たちがいるのさ』
ノトは大げさな動作で両手を広げる。
『この運命の日に、僕は起爆剤としての役割を与えられた。箱舟の歴史は今日潰えるだろう。だが安心してほしい。滅びを受け入れるのなら、僕からみんなの分も頼んでみていい』
「……何を、だ?」
『寿命の延長さ』




