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分室で待つ者 新たなる機鋼鎧

 外災課ビルの地下駐車場に停められたベルトガル7のエンジンをかけ、俺は21区にあるヴァルハルト社の分室を目指す。


 普段よりやや車が多い様に感じたが、それでも10区代に近いせいか、まだ大きな混乱は見られなかった。


「……久しぶりだな」


 かつて務めていたヴァルハルト社の分室が見えてくる。俺は建物の側に車をつけると、入り口に向かって歩き出した。


 入館証は持っていないが、公殺官の資格証ならある。これで入れてもらえるだろう……と考えていたが、入り口には誰もいなかった。


「……さすがにこんな状況では誰も出社してきていないか」


 入り口に手をあてると、何の抵抗もなく扉が開く。不用心……と思わなくもないが、よっぽど慌てて避難したのかもしれない。


 今、各地に設定された避難所には他区の住人を含め、多くの人たちでにぎわっている頃だろう。


「まだあったのか、これ」


 廊下にはこの分室に所属していた人物が得た社内表彰や、表彰盾が飾られていた。中には俺の名が刻まれたものもある。


「…………」


 懐かしい光景が脳裏をよぎる。だがもう戻らない日々だ。それに戻るつもりもない。想い出は胸に、足は未来に。俺は分室の整備室へと向かう。


 今日運び出す予定だったんだ、《ラグレイト mk-2》があるとすれば整備室か搬入口だろう。


 整備室の扉に手をかける。視線の先には確かに《ラグレイト mk-2》があった。だが……。


「これは……?」


 ベースは俺の《ラグレイト mk-2》だろう。だが各部に大きく手が加えられ、見た目も変わっていた。


 見ただけで腕部や脚部に補助スラスターが確認できる。それにバックパックもやや大型化しているし、各部の材質に対魔力装甲が使用されている。


 左手に備え付けられたブレードも別モデルに換装されているし、武装も今の時代に合わせて最適化されているのが見受けられる。また内蔵武装も追加されていた。


「メンテナンス……ではないな。完全に別物だ。あぁ、だから……」

「そう。だから納入が今日まで遅れたのよ。サプライズのつもりだったんだけどね」


 後ろから女性の声が届く。振り向くと、そこに立っていたのは懐かしい顔だった。


「ディアヴィ……」

「久しぶりね、ダイン。……ふふ、お互い老けたわね」


 初めて会ったあの時からもう10年経つ。確かに、お互い歳を取っただろう。


「まだ避難していなかったのか?」


 なんて声をかけていいのか結局結論は出ず、俺は何故ここにディアヴィがいるのかを遠回しに聞いていた。


「本来なら今日の午前中にそいつの整備が終わる予定だったんだけどね。他の職員たちはもう避難所に行ったから、私が残って最終整備を進めていたのよ」

「……そうか」

「まだいくつかチェックが残っているの。それまでこれに目を通しておいて」


 そう言うとディアヴィは俺にメモの束を渡してくる。それは新しくなった《ラグレイト mk-2》の諸元表や、各部位に新たに装着された武装についての説明書きだった。


 俺は机に座ってメモに目を通し、ディアヴィは《ラグレイト mk-2》の整備を始める。互いに背中を向けたまま、俺は口を開いた。


「どうして《ラグレイト mk-2》にここまで大幅な改修を?」

「どうしてって。あなたが公殺官に復帰するにあたって、未だにこんな型落ちモデルを使う気だと分かったからじゃない。まぁ気持ちは分からないでもないわ。これはクセが強いモデルだからね。同種で上位互換の機鋼鎧なんて、そうそう見つからないだろうし」


 その通りだ。重量型に振り切れていないバランス型。操作性も複雑で独特なクセがある。


 量産機としても不人気モデルのため、なかなか新しいモデルというのは出てこない。《ヴァリアント》の様に、個別で作るのなら話は別なのだが。


「だがこの規模の改修となると、金もかかっただろう。その辺りはどうするつもりだったんだ?」

「もちろんあなたに請求するつもりだったわ。どうせ払うでしょ?」

「……まぁ」


 勝手に改修し、その費用を請求するとは。押し売りもいいところだが、ディアヴィの言う通り、やはり金は払っていただろう。もしかしたらディアヴィなりの意趣返しなのかもしれない。


「なんてね。元々このタイプに使えそうなパーツや兵装はある程度あったのよ。なんたってここは《ラグレイト》と《ラグレイト mk-2》が生まれた場所だもの」

「で、せっかくだからいろいろ取り付けてみようって?」

「ええ。もちろんノア・ドライブにも調整を加えているし、出力もより大きくしているわ。はっきり言って前より扱いづらくなっているだろうけど、あなたしばらく《ヴァリアント》にも乗っていたのよね?」

「どうしてそれを?」

「この業界にいると、特機の噂話なんていろいろ回ってくるのよ。狭い業界なのは知っているでしょう?」


 確かにそうだ。閉じた世界で、さらに限定された業界。そこでの話なんて、あっという間に関係者に出回る。


「ま、《ヴァリアント》に乗れたのなら大丈夫でしょ。むしろこっちの方が早く慣れるはずよ」


 改めて諸元表に目を通す。確かにこいつなら、《ヴァリアント》に負けずとも劣らない性能と出力があるだろう。


 しかしそれでも、従来モデルの改修など数ヶ月でできる話ではない。何年も前から《ラグレイト mk-2》の改修案を設計し、時代に合わせた兵装に最適化し続けていなければ、これほどスムーズにいかなかったはず。つまり、ディアヴィは……。


「よし、これで終わりっと。さてダイン。何か言う事はある?」

「…………」


 俺は立ち上がると改めてディアヴィに顔を向ける。向こうもこちらを見ていた。


「……ありがとう」

「……ん。いいわ。いつまでたってもあなたは手がかかるんだから。……この異常事態を解決するために行くのよね?」


 遠くからヘリのプロペラ音が聞こえる。俺の迎えだろう。


「ああ。公殺官になって、一度は心が折れたが。結局俺は……いや。今も昔も自分のため。俺は公殺官でいる事を選んだ」

「……そう。あなたももう大人だもの。今さら何かを言うつもりはないわ」


 ヘリの音が近づくのに合わせ、俺は新たな機鋼鎧……《レグナム》に乗り込む。そうしている間にディアヴィは、大型トレーラー用の扉を解放してくれた。


 俺は《レグナム》の外部スピーカーをオンにする。


「ディアヴィも早く避難してくれ」

「分かっているわ。もうここに用は無いしね」


 開かれた扉の先に大型ヘリが降りてくる。あのサイズであれば、機鋼鎧も1機搭載できるだろう。


「請求書は後で送ってくれ。それと。後で実地での動作データを送るから、また新しい兵装の開発に協力してほしい」

「いいわよ。言っておくけど、《レグナム》はこの開発室で生まれた機鋼鎧の中で最上級の性能を持つわ。簡単に壊さないでよね」

「ああ……!」


 かつて俺が設計した《ラグレイト mk-2》をベースに、ディアヴィが今の時代に最適化した機鋼鎧 《レグナム》。そしてそれを駆るのは他ならない俺自身だ。


 この新たな機鋼鎧で、俺はこれから箱舟未曾有の危機に立ち向かう。

主人公機の乗り換えはロマン

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