崩壊への序曲
「またか……!」
レヴナント化警報が発令される。場所は61区。対処には金等級の公殺官が数人出る事になった。
「最近多いね」
「なぁニクス。いや、ダインの方が良いんだっけか。レヴナントってこんなによく出るものなのか?」
今、俺たちは外災課ビルにあるトレーニングルームでトレーニングを行っていた。部屋にはスピノにティラノ、それにプレシオとプテラがいる。
アーマイクとの話を終えて約2ヶ月。プレシオとプテラは来月から技術院の配属となる事が決まったが、スピノとティラノ、それにノトの三人はこのまま外災課に配属される事が決まった。全員、希望が叶った形だ。
「いや、いくら何でも異常だ。確かに年々レヴナント事件の割合は増加傾向にあるが、それは人口とも比例している。だがこの数ヶ月は明らかにおかしい」
今や下の階級の者たちはほぼフル稼働だ。いつまでも5日の強制休暇を続けていられる余裕もなくなるかもしれない。
こういう異常事態は上も把握しているのか、等級が上の者たちは魔力持ちのレヴナントに備えて待機命令が出されていた。
「あーあ。早く技術院の転属にならないかなー。いつまでもこんなところで戦い続けるのは嫌よ」
「はん! お前ならレヴナントも大した事ないだろうに、弱音を吐きやがってよ!」
「大した事なくても、戦う事自体が嫌なのよ。戦闘狂のあんたと一緒にしないで」
「あぁ!? 誰が戦闘狂だって!?」
「ティ、ティラノもプテラも止めてよぉ……」
おどおどしながらプレシオが口を挟む。スピノはいつもの事だと溜息を吐いた。
「そういえばノトは?」
「あん? ……そういや昨日から見てねぇな。強制休暇中だっけか?」
ノトを含め、この2ヶ月は皆出撃が多かった事もあり、俺は全員の機鋼鎧の特徴を把握する事ができていた。
やはり一点モノの機鋼鎧だけあり、そのどれもが超が付く高性能だ。その上全員、魔力による切り札もある。実力は黒等級相応だろう。
一方で俺はというと、ずっと《ベルヴェデア》を使用していた。やはり《ヴァリアント》の修理はそう簡単にはいかなかったのだ。
しかし昨日、長らく待っていた《ラグレイト mk-2》のメンテナンスが今日終わると連絡を受けた。まだ午前中だが、夕方にはここに搬入されるだろう。
しばらくは《ラグレイト mk-2》を使いながら、溜めた金とマークガイ工房の助けも得ながら、気長に《ヴァリアント》を修復していこうと思う。
(しかし一度 《ヴァリアント》の味を知ってしまったら、《ベルヴェデア》はもちろん、《ラグレイト mk-2》でも満足できそうにないんだよなぁ……)
何より俺が《ヴァリアント》にある程度慣れてしまったのも大きい。あれくらい大味な機鋼鎧で丁度いい様に感じる身体になってしまったのだ。
まぁ贅沢言っていても仕方がない。しばらくは《ラグレイト mk-2》でやっていくしかないだろう。そう考えていた時だった。
『緊急事態です! ビル内にいる公殺官は至急、ブリーフィングルームに集まってください! 繰り返します!』
この声は……オリエか。声色からしてただ事ではない事が伺える。
「お、なんだなんだ?」
「またレヴナントかしら?」
「えー。私パスー」
「だ、だめだよプテラ。僕たち、まだ外災課所属の公殺官なんだから……」
トレーニングを止め、簡単に汗を拭って水分をとる。十中八九、レヴナントだろう。それもあの慌てようだ、魔力持ちのレヴナントが出たに違いない。
脳裏に浮かぶのはディノ。もしディノが出てきたのなら、俺の……俺たちの出番だ。
「行ってみりゃ分かるか。ま、ここにいるのは最上級の現役公殺官5人だ。だいたいのレヴナントなら対処できるだろ」
■
部屋に集まった公殺官は全部で14人。その全員があっけにとられていた。
「え……」
オリエからもたらされた情報は、予想通りレヴナントに関するものだった。だがその規模が、数がこれまでと違う。
「60区以降を中心に、今も大量のレヴナントが発生し続けている……!?」
かつての様に除染施設に何か問題が起こった訳でもないのに、60区以降にレヴナントが現れ続けているというのだ。既にその数は100を超えているとの事だった。
「はい。原因は不明ですが、これだけレヴナントが多く発生しているのです。間違いなく魔力持ちのレヴナントが中心にいるかと。現在、外災課では……」
その時だった。ブリーフィングルームにジュリアが慌てた表情で入ってくる。
「先輩!?」
「緊急事態です!」
ジュリアは正面のスクリーンを操作し、自分の情報端末からデータを送信する。そこには箱舟各地の簡易マップが表示されていた。
「60区に加え、50区代と40区代でもレヴナントの出現が確認されました!」
「……!」
「数は不明ですが、既にレヴナント警報は発令されています! おそらく60区以降に発生したレヴナントが移動してきたものかと推察されます!」
「え……それってつまり……」
誰かが何かを言いかけて途中で止める。だが何を言いたかったのかは分かる。
既に61区には公殺官が派遣されていた。その上でさらに大量のレヴナントが確認されたのだ。
それらが他の区にも現れたという事は、現地にいる公殺官では抑えきれない規模のレヴナントが発生しているという事。既に100体を優に超えているのだろう。もしかしたら1000に迫る勢いかもしれない。
「ここに来ていない公殺官たちにも既に向かってもらっています! この場にいる白、金等級公殺官の9人は《クロスファイア》に乗って指定ポイントへ急行してください! ダインさんたちは今しばらく待機でお願いします!」
指示を受けた公殺官の動きは早い。後は移動しながら状況を確認すると言い、全員急ぎ足で部屋を出て行った。残ったのは俺たち5人だ。
「過去に例がない状況よね。魔力持ちのレヴナントの個体数は把握できているのかしら?」
「い、いえ……。現場も相当混乱していまして。現在、関係各所がPEKラビットなどを用いて状況の把握に努めています……!」
異常事態なのは間違いない。だがまだクラス7相当の魔力は観測されていない……?
この事態にディノは関係ないという事だろうか。とにかく今はできるだけ高位の公殺官を温存しつつ、ポイントで対処していこうという方針なのだろう。
しかしここでスクリーンに新たな人物の顔が映し出された。
「え……」
その人物は外災課トップであるライアード・ランドリック総括官。どこか冷たい印象を持たせる男の目は、深刻な感情を映していた。
「ら、ライアード総括官!?」
『突然の事で済まないね。本来ならこうしてスクリーンに軽々と映る立場ではないが、そうも言っていられなくなってね。……現在、箱舟内において過去に例のない特定有事が起こっている事は承知してくれていると思う』
ライアードは俺たちの表情を確認しながら言葉を続ける。背景を見るに、移動中の様だ。
『先ほど偵察ドローンから、より詳細な情報が送られてきた。……すでに60区以降はほぼ壊滅状態といっていいだろう』
「な……!」
『そして今も60区以降から新たなレヴナントが発生している。おそらく今回の事態を引き起こした何かがそこにあるのだろう。外災課に残った最高戦力である君たちには、その原因の調査をお願いしたい。また可能ならそれを取り除いてくれたまえ』
ライアードはより具体的な話に移る。
評議会は緊急事態における特別法を制定し、一時的に公殺官の強制休暇縛りが無くなった事。これにより、公殺官のライセンスを持つ者全てで今回の事に対処するつもりだという事。
そして30区代から50区代の住民たちには、20区内に避難する様に指示を出しているとの事だった。
『既に魔力持ちのレヴナントも複数体確認されている。君たちなら対集団戦も十分にこなせると信じている』
「はっ! 10区内という安全圏にいるお貴族様から休み返上で働けとお願いされるたぁ、俺たちも偉くなったもんだぜ!」
「ちょっ、ちょっとティラノ……!」
「第一、《クロスファイア》はもう出ていっちまった! どうやって60区に向かえってんだ!?」
「それについても手配を済ませてある」
「!?」
突然ブリーフィングルームの入り口が開く。そこに立っていたのはライアード総括官だった。移動中だとは分かっていたが、ここを目指していたのか。
「鉄道管理課から列車を回してもらっている。それに乗っていってくれ。整備車両はさすがに無いが、現地には既に《クロスファイア》が停車している。補給等の拠点として活用してくれたまえ」
つまり今回の有事において、公殺官が効率的に動ける様に他部署に根回ししてくれていたのだろう。関連部署は鉄道管理課だけではないはずだしな。
「ら、ライアード総括官……」
「やぁオリエくん。こうして直に顔を合わせるのは初めてだね。……諸君、何か質問は?」
ティラノも流石に何も言わなかった。まさか本物の貴族が10区内を飛び出し、こうして現場で指揮を執るとは。
誰も何も言わない様子だったので、俺は黙って手を上げる。
「何かな、ダインくん」
「現在、俺は《ベルヴェデア》を使用しているんですが。流石にこれだけの有事に対処するのは心もとない。本来なら今日の夕方、《ラグレイト mk-2》が搬送される予定だったんですが、おそらくそれも難しいでしょう。皆には60区に先行してもらって、俺は《ラグレイト mk-2》を回収してから向かいたいのですが」
「……なるほど。少々待ちたまえ」
そう言うとライアードは情報端末を操作しだす。今日が箱舟の歴史上未曾有の事態だという事は分かる。だからこそ、《ベルヴェデア》で戦い続ける事に不安があった。
「……確認した。ダインくんの《ラグレイトmk-2》だが、21区にあるヴァルハルト社の分室に保管されている様だ。そこにヴァルハルト社の者が残っているかは分からないが、ダインくん自ら取りに行く事は伝えておこう」
「……あり、がとうございます」
21区にあるヴァルハルト社の分室。そこはかつて俺がディアヴィの下で働いていた場所だ。
そうか……あそこでメンテナンスされていたのか。《ラグレイト mk-2》は少々古い機鋼鎧だし、考えてみればあそこが一番メンテナンスに適した場所なのかもしれない。
「ダインくんは分室に直行してくれたまえ。同時に、今からヘリを飛ばす準備もしておく。後程分室にヘリを寄越すから、《ラグレイト mk-2》を回収次第、60区に向かってくれたまえ」
「……了解しました」
一瞬ヘリの準備ができるまで俺も待機しようかとも考えたが、直ぐにその思考を振り払う。
今からヘリを飛ばすには機体の準備だけではなく、どこのルートを飛ぶかなど航路の申請も必要なはずだ。それならやはり、先に《ラグレイト mk-2》を受け取って現地で待っていた方が、時間の短縮に繋がるだろう。
(何年ぶりだ……あそこへ行くのは)
分室には誰もいないだろうが、それでも表現し難い気まずさを感じていた。




