表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/61

箱舟に巣食う狂気 

 ガイラック・アーキストはダインと会話を楽しんだ翌日、執務室で通信相手と話していた。


『順調、だな』

「ええ、この上なく」

『だが60区以降のレヴナント事件発生率は、顕著に増加傾向にある。そろそろ評議会の連中が騒ぎ立てる頃合いだろう。増加時期と同じくして、貧困層で流行り始めたラムジンとの関連性を調べるべきだとな』


 アルコール度数を調整し、安く手軽に酔える様に開発された酒、ラムジン。


 貧困層とされる60区以降で爆発的な売り上げを記録しているアルコール飲料ではあるが、これには1000本に1本の割合で、極少量の汚染水が混入されていた。


 この場合、当たりを飲んだ者が体調不良を訴える可能性は約30%。その中から重篤な症状が現れる者は20%。その症状にも様々なものがあるが、中にはレヴナント化もあった。


 これらの統計データは、帝国が持つ長年に渡る実験データから計算されたものだ。ガイラックはそれらのデータを以て、意図してレヴナント化発生率の調節を行っていた。


「ではそろそろ……」

『ああ。次の段階に進める時だろう。汚染水混入率を1%に引き上げるのだ』

「単純計算で10倍です。公殺官の多忙ぶりが目に浮かびますな」

『高額の報酬と引き換えに人を殺すライセンスを得た者たちだ。それくらいは働いてもらおう』


 帝国も伊達に1000年この世界をさ迷っている訳ではない。レヴナントに対しての研究も進んでいる。


 その中には「人がレヴナント化する条件は何か」というテーマもあった。


 瘴気を取り込むというのは間違いないだろう。だが魔力持ちのレヴナントは、より多くの人をレヴナント化させやすい。


 瘴気の無い場所でも、魔力の影響を受けてレヴナント化する者としない者に分かれるのだ。


 両者を分ける違いは何か。これにはある仮説が唱えられていた。


 それは瘴気の蓄積度合。瘴気を取り込んだからといって、直ちにレヴナント化する訳でも死ぬ訳でもない。


 中には何か障害が出るだけ、人によっては障害が出ない者もいる。だが瘴気というのは体内に入ると、長期間身体に残留し続ける可能性が高いと言われていた。


 そして瘴気が体内に一定以上蓄積されている者が魔力による影響を受けた時、その者はレヴナント化する。そうでない者はレヴナント化する事なく死んでいく。


 かつてはその様な仮説が立てられていた。もっとも、今は仮説ではなく立証されているのだが。


 そして汚染水の混じったアルコール飲料が貧困層で広まっているということは。


「これで貧困層における瘴気の蓄積度合は一気に高まるでしょうな」

『そしてそれらの者たちは、特定有事において最初にレヴナント化する者たちとなる』

「かつてない規模でのレヴナント化現象。その時は近いですな。……しかし肝心の魔力はどこから調達してくるつもりで?」

『心配はいらん。既に話はつけてある。そのためのアーク計画だからな』


 せっかく下準備を整えても、起爆剤がなければ望む成果は得られない。だが話し相手がそう言うのであれば、そうなのだろうとガイラックは納得した。


「ふふ……。いよいよ始まるのですね。我々による贅沢な自殺が」

『贅沢な自殺、か。言い得て妙だな。だが私はレヴナント化こそが人類にとっての祝福だと考えている』

「そこだけは最後まで意見が合いませんでしたな」

『目指す結果と行程は共通しているのだ。得られた成果についてどう解釈するかはそれぞれの自由だろう』


 ガイラックはこれまでの人生を振り返る。4.5世代として、多くの実験と苦痛を受けてきた。道を示されてから今日まで、箱舟を憎悪の炎で焼き尽くすために生きてきた。


 だがまだ道半ば。目標が果たされるその日まで、倒れる訳にはいかない。


『運命の日。私はXXの封印を解き、レヴナント化した者を受け入れる準備を整える』

「アークの正体は最後まで分からずじまいでしたな。レヴナントになればそれも分かるのでしょうか?」

『さてな。だがアレが瘴気の発生源であり、この世界を死の世界にした原因の一端なのは間違いない。尋常な存在ではないだろう』

「そしてその瘴気の発生源が封印されているのにも関わらず、まだこの世界から瘴気は晴れない。他にも同様の存在がいるのでしょうな」


 ガイラックは端末を操作しつつ、部下に新たな指示を送る。これで明日からの出荷ロット分には、新たなラムジンが加わる事になるだろう。


「そういえば。もしエテルニアが停止した場合の緊急行動について、把握できている者はどれくらいおられるのでしょう?」

『……何故それを聞く?』

「単なる興味ですよ。もしそういう事態になった場合、誰を最初に殺せばいいのかね」

『……。ドレイジー家の者は確実に把握しているだろうな。あの家の者も操舵者の資格を有している。他はどうかは知らぬが、記録自体はどこの家も保有していておかしくはない』

「なるほど。まぁ国家の命運に関わる部分ですからな。ある意味当然の備えとも言えますか」

『必要以上の犠牲を出す気はないぞ』


 通信相手の言葉を聞き、ガイラックは大きく口角を上げる。


「ふふ。レヴナント化するか、レヴナントにならずに死ぬかの違いでは?」

『…………いずれにせよ人の身では、救いはない』

「そこも互いの解釈が分かれるところですな」

『よい。……運命の日、使いをそちらに寄越す。その者が起爆剤だ』

「かしこまりました。それでは殿下」

『殿下はよせ、ガイラック。……さらばだ』


 通信が終わり、ガイラックはいつもの様にガラスに映る自分の顔を見ながら笑う。


「ふふ……いよいよか。ダインくん、君にも喜んでもらえるのではないかな。君にとっても、最高の舞台となるだろう。贅沢な自殺、か。どうか狂える箱舟の中で、本懐を遂げてくれたまえ」


 ガイラックは目を閉じると、過去に思いを馳せる。


 ガイラックは元々66区の生まれだった。いわゆる貧困層だ。だが5人の兄弟と共に仲良く育っていた。


 しかしガイラックが16才の時。66区にレヴナントが発生した。


 現場に現れた公殺官は速やかにレヴナントを駆除したが、ガイラックを含めた周辺住民は全員、瘴気汚染の検査と言われ箱舟の地下施設へと連れていかれた。


 だがそこで待っていたのは検査ではなく、人体実験だった。帝国はこれまでもレヴナントや瘴気に対するデータを取っていたが、人体実験を行う場合は増えすぎた貧困層から人を集めていた。


 非道な実験が多かったが、こうした成果を経てレヴナントの特性や、それらに対抗するための手段が生まれてきた。


 しかし実験を受ける立場の者たちからすれば、堪ったものではない。ガイラックは目の前で家族や恋人が死んでいくのをまざまざと見せつけられた。


 中にはレヴナント化した者もいる。近所の者たちも含め、意図して瘴気を取り込まされたり、レヴナントとなってからも、その身体にどこまでの耐久性があるのかといった実験も繰り返されてきた。


 人がレヴナント化する条件は何か、といったテーマで犠牲になった者も多い。ガイラックが自社の飲料水に汚染水を混入させている濃度調節も、この時の実験で得られた成果を基に調整している。


 帝国による地獄の様な実験。だがある日、ガイラックは1人の少年に助けられた。その少年こそ現皇帝の子にして次代の箱舟の継承者、アレグドアン・ヴィラ・アルテアだった。


「何故今になって、自分だけ助けたのだ」

「お前がもっとも憎悪の芽が育っていると感じたからだ。帝国が、私が憎いだろう。全てを奪われし者よ」


 二人が交わした最初の言葉だ。アレグドアンはアレグドアンで、既に心が壊れていた。


 いや、もしかしたら正常だったのかもしれない。彼は帝国の歴史を繋ぐ中、唯一正常に狂う事ができたのだから。  


 皇族には皇族の役割があり、アレグドアンはとある実験データを見るうちに、レヴナント化にこそ救いを見出す様になっていた。


 その理由を聞いた時、ガイラックは今一つ納得できなかったが、帝国に復讐できるのであればどうでも良かった。


 こうしてガイラックは歴史上初めて帝国の人体実験から逃げ出す事に成功し、いずれ来る日に備え、着々と準備を整えてきた。


 公式の身分を得る事や、入社したアーキスト社で成果を出すのは簡単な事だった。何せバックについているのは貴族の中の貴族、アレグドアンだ。実績などいくらでも作れるというもの。アレグドアンも運命の日を夢見て、ガイラックに協力してきた。


「ふふ……。私の受けた実験はアーク計画とは直接の関係はないですが。それでもアポストルたちの礎になっているのは確かです。誰が起爆剤となるのかは知りませんが。我らの血が、命が。あなたたちには刻まれているのです。人でありながら魔力を得し者。命短き者。私の復讐の役に立ってもらいますよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ