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車内の会合 ダインとガイラック 

 軍の施設から出て地下鉄の駅を目指して歩いていた時だった。後ろから近づいてきた高級車が、俺と歩調を合わせる様に速度を落とす。


 こいつは確か、帝国貴族御用達の高級車メーカー、ヴィンルード社のサルーン、《ヴィンルード V60》だな。


 その車の後部座席の窓ガラスが静かに開いていく。中からは見覚えのある顔の男性がこちらを見ていた。


「公殺官のダイン・ウォックライドくんだね?」

「……そうだが。あんたは?」

「ああ、いきなりで失礼。私はガイラック・アーキスト。こう見えて経営者をしていてね」

「……! アーキスト社の社長か。どうりで見た事があると思った……」

「ああ。最近まで連続シリーズの取材も受けていたからねぇ」


 何度かテレビで見た顔だ。それにアーキスト社といえば、帝国最大手の飲料メーカーだ。誰もが知る一流メーカー、そしてその社長も有名人である。


 確かテレビ取材で答えていたが、叩きあげの一社員から創業者一族の娘と結婚し、今の椅子を手に入れたんだったか。


「実は私は君のファンでね。良かったら目的地まで送るついでに、いろいろ話を聞かせてくれないかな?」

「はぁ……」


 まぁここで声をかけられたのも何かの縁か。それに《ヴィンルード V60》の乗り心地は、俺としてもとても気になるところだ。


 この機会を逃せば、そうそう乗れる事はない車だしな。せっかくだし、お言葉に甘えるとしよう。


「それじゃ、せっくなので。18区にある外災課所有のビルまで送ってもらっても?」

「ああ、もちろんだとも。さ、乗りたまえ」


 招かれた後部座席に早速腰を落とす。シートは革張りで、クッションも柔らか過ぎず硬すぎない、絶妙なものだった。発進もスムーズでとても静かだ。


 高級車にも様々な方向性があるが、静けさの演出というのは、人に分かりやすく高級感を植え付ける。


 もちろんレーシーな性能を突き詰めた車も、値段だけで言えば十分高級車なのだが。しかしそうした車は防音材など最低限しか使用されていないので、《ヴィンルード V60》の様な静粛性は得られない。


 まぁ車なんて嗜好品だし、好みの問題ではあるのだが。俺は後者の方が好きだな。


「ヴィンルード社の車は初めて乗りましたが。とても静かですね。足回りも角がなく、マイルドな乗り心地だ」

「はは。この歳になると、こうした車の方が楽なのですよ。ダインくんは確か車が好きだったかな」

「ええ、まぁ」

「公殺官の給料だと、《ヴィンルード V80》などもっと上の車が買えるのではないかな?」

「自分はどちらかといえば、レトロな車種が好みですので……」


 それに多くの公殺官は、機鋼鎧回りに最もお金をかける。車は二の次三の次だろう。


「そういえば。軍の施設から出てきたように見えたが、何か用事だったのかな? 公殺官が軍関連の施設に顔を出すのは珍しい」

「ええ、まぁ。古い知人に会いに行ってまして」

「ほう。公殺官ダインの交友関係はあまり表に出ていないからね。一ファンとしては気になるところかな。ははは」


 ガイラックは朗らかに笑いながら、備え付けられた冷蔵庫からドリンクを取り出す。それはアーキスト社の販売しているお茶が入ったボトルだった。


「良かったら記念にどうぞ」

「ありがとうございます。しかし冷蔵庫付きとは。さすがヴィンルードですね」


 せっかくなので、いただいたお茶に口をつける。タイミングを見計らっていた様に、そこでガイラックは口を開けた。


「それで。アーマイクくんからアーク計画について、何か面白い話は聞けたのかな?」

「っ!?」


 思わず口に含んだ茶を吹きかける。どういう事だ!? 俺が今日ここでアーマイクと面会する事は、スピノ以外に話していない。それにアーク計画。何故一介の経営者から、その名が出てくる!?


「ははは。それほど分かりやすく反応を示すとは。今のはいわゆるカマかけ。歳寄りの戯言にいちいち反応するものではありませんよ」

「あんた、一体……!?」

「ただの噂好きの爺ですよ。まぁ種明かしをすると、先ほどまでダインくんが滞在していた建物は、軍の中でも内勤者が中心に勤めている施設でしてね。ですが先日ここに、アーマイク四位からディアーヌ社製コーヒー豆の納入を依頼されました。ディアーヌ社が直接卸す対象は貴族ですが、市井には我が社の様な存在が中間業者として卸しているのです。そしてディアーヌ社製のコーヒーを出すとすれば、それは賓客に限定される。ダインくんがあの施設から出てきた時、きっとアーマイク四位がコーヒーを振る舞ったのだろうと考えたのですよ」


 つまり自社の納入履歴から俺とアーマイクを繋げたという事か。だがそれだけでは納得がいかない事もある。


「……なぜアーク計画の事を?」

「なんの事ですかな」

「先ほど、あなたの口から出た言葉だ」

「その様な事を言いましたかな」


 ここにきて急にしらをきるつもりか。だがこっちは少しでもアーク計画の情報が欲しい。


「お願いだ。俺はアーク計画について、ほとんど何も知らない。あなたの知っている事を教えてほしい」


 かけひきも何もない、真正面からの願い。ガイラックはしばらく黙っていたが、ゆっくりとその口を開いた。


「ふふ。ある意味で、私は君と同じ様な立場だ。そして君の一ファンである事も嘘ではない。いいでしょう、少し話しましょう。しかし私も、決してその概要全てを知っている訳ではないですよ」


 ガイラックも冷蔵庫から取り出した茶に口をつけると、視線を外の風景へと移す。


「アーク計画が魔力を運用するものである事はご存じですね?」

「……ええ」

「そもそも誰が唱えた計画なのか。もう100年以上に渡って続けられている計画です。多くの枝葉に分かれ、今となってはその全容を知る者も少ない。ですが最初に計画を発案した者は、ある存在と遭遇した事により、魔力を運用しようと考えついたのだとか。もっとも、最初は瘴気を何かに活用できないかと考えた様ですが」

「……ある存在というのは?」

「名前の由来にもなっている《アーク》ですよ。それが何を意味するのか。知っている者はごく一部でしょうがね」


 ……どういう事だろうか。アークというのは、元々何かの名前なのか……?


「ごく一部というのは、誰を指すのでしょう?」

「決まっています。皇帝陛下ですよ」

「陛下が……?」

「貴族の方々には、生まれ持った使命というものがあります。政は評議会の面々が中心である以上、最上級の貴族たる皇帝陛下に与えられた使命……役割とは何なのか。気になった事はありませんか?」

「…………」

「普通に暮らしていても、この箱舟という世界に疑問を抱く事はありませんか? 箱舟以前の世界はどういう場所だったのか。何故我々人類はこちらの世界に来たのか。永久動力機関エテルニアとはどのように作られたのか。この箱舟の地下世界には、何が眠っているのか」


 確かにそれらは、誰もが一度は考える事だろう。だが記録がない以上、調べようもない事だ。


「それらを伝承するのが、陛下の使命だと……?」

「さぁ、それは分かりません。私も貴族ではありませんからね。しかし最も歴史と由緒ある血筋に課せられた役割とは何だろうかと考えた時、一つの仮定として思い至ったのです。おそらく皇帝陛下の血筋は、箱舟以前の世界からの歴史を伝えているのではないか、とね。まぁこれは私の妄想だとしても、魔力なんて物騒なものを運用しようというのです。当然、最高権力者である陛下は知っていて当然の事でしょう」


 ……いまいち食えない奴だな。いろいろ煙に巻く様な言い回しだが、結論はシンプルだ。最高権力者は何でも知っているだろうと、それだけの事。


「……ガイラックさんは物知りなのですね」

「いやいや。こんな立場で長く生きていると、それなりに耳がよくなるだけの事ですよ。貴族の方々とも個人的な縁もできましたし、ね」


 なるほど。貴族に知り合いが多いのであれば、アーク計画についても何かしら耳にする機会もある、か。


 それでも具体的な事まで知っている訳でもないのだろう。貴族も仲が良いというだけで、機密に関わる情報を話すとは思えない。


 気づけば車は18区に入り、外災課のビルも見えてきていた。


「ああ、ダインくん。公殺官に復帰した理由を聞いても?」


 車は親切にビルの前に停めてくれた。俺はドアに手をかけつつ答える。


「……贅沢な自殺をしたくて、ですよ」

「……なるほど。やはり君と私は似た者同士なのかもしれないね。ふふ。これからもファンとして応援させてもらうよ」


 短い時間ではあったが、こうしてガイラックとの会話は終わった。《ヴィンルード V60》は静かにその場を去っていく。思わぬ出会いではあったが、いくつか気になる事もあった。


「……あの話ぶり。まるで俺の事を公殺官になる以前から知っている様な話し方だったな」


 ガイラックは俺を自分と似た様な立場だと話した。最後も似た者同士だと。


 一体俺の何を指してそう感じたのか。それにアーマイクとアーク計画の名を出したのも、何か作為的なものを感じる。まぁこれに関しては考えても分からないな。


「しかし。贅沢な自殺、ね」


 復帰した当初は確かにそう考えていた。だが今はそれだけではない様な気がしている。誰かのため……とかそういう訳でもないが。

ディアーヌ社製のコーヒーは物語序盤、オリエがダインに振舞われていたものですね。

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