アーマイクとの面談 地上で見たもの
翌日。俺は地下鉄で軍の施設へと赴き、そこでアーマイクと面会する事ができた。
こうして直に顔を合わせるのは何年ぶりだろうか。どう挨拶しようか悩んでいると、アーマイクは俺にコーヒーを淹れてくれた。
「良い豆が手に入ってね。気に入ってもらえたら嬉しいのだが」
「いただきます」
そっとコーヒーを口に含む。正直、俺は豆の違いなど分からない。だがその苦さと香りは、俺の心を落ち着けてくれた。
「それにしても久しぶりだ。あの時の少年が、随分と逞しくなったものだ」
「アーマイクさんには感謝しています。本来ならもっと早く挨拶に来るべきだったのかもしれませんが……」
「ふふ。君が公殺官だった時は任務をともにする事もなかったからね。……ああ、今も公殺官だったね」
地上探索の任に同行する公殺官は、比較的下の等級の者に限られる。俺は公殺官となって直ぐに等級を上げていったため、あまり地上探索に同行する事が無かったのだ。
「それで。単に久闊を叙しにきたという訳でもないのだろう?」
「……はい。最近、自分の過去を複数の人たちから教えてもらいまして。改めてアーマイクさんにも話を聞きたくなったのです」
「……ほう」
アーマイクは特に表情を変える事なく、そのまま自分の淹れたコーヒーに口をつける。
「言っておくが、私は君の過去については何も知らない。ルネリウスから聞かなかったし、あいつも話す気は無かっただろうしね」
「しかしその片鱗には気づいているのでは? あなたが俺に親身だったのは、決して顔見知りの子供だからという理由だけではないはずだ。あなたは俺を見る時、いつもどこか同情的だった」
親父が生きていた時も。ヴァルハルト社へ紹介をしてくれた時も。いつもアーマイクは俺に同情の念を持っていた。
「……子供というのは、他人から向けられる感情に敏感なものなのかな。それとも、君が特別感受性が強いのか。……そうだね、確かに少年時代の君には同情していた。何しろ始めて君を見た時、その姿はとても人の子供の様には見えなかったからね」
「……というと?」
「頭には幾つもの縫い跡、全身は薬物の影響か浮腫もひどく、顔色も黒かった。とても年相応のものではなかったよ。さらにルネリウスは顔まで変えさせた。よほど君の過去を隠し通したかったのだろうね。ああ、そうそう。実は君の戸籍を用意したのも私なんだよ」
「え……」
「この歳まで軍人なんてやっていると、いろいろ伝手はできるものでね。丁度帝国孤児院から一人の少年の死亡届が出されたタイミングがあったんだ。それが受理される前に、ルネリウスが養子として引き取った様に書類を回したのさ」
ブロワールが話していた通りか。裏ではブロワールが、表ではこうしてアーマイクが動いてくれていたのだ。
「……なぜそこまでしてくれたんです? あなたと父は、どういう関係なんです?」
「ルネリウスは優秀な研究者だった。あいつが大学を出て帝国の技術院に配属された時、私は軍人として親交を持つ機会があってね。まぁきっかけなんてそんな些細なものだ。しかしその関係は思っていたよりも長く続いた」
二人は気が合った事もあり、公私ともに付き合いもあったそうだ。だがルネリウスが新たなプロジェクトに配属されてからというもの、ある異変が見られる様になった。
「日に日に心に余裕が無くなっていっているのが見て取れたよ。原因は新しく携わる事になったプロジェクトだろうが、もちろん内容は機密だ。私にはそれを聞きだすという選択肢はなかった。だがある日、ルネリウスから相談を受けたのだ。一人、どうしても保護したい子がいるとね」
「…………」
「もちろん君の事だ。なに、内容は身よりのない子を保護するだけの事。そのために多少書類を誤魔化そうが、誰に非難される事でもない。だがその子を見た時、私はルネリウスに問わずにはいられなかった。一体何があったのだと」
アーマイクはあくまで軍人として。そして親父は研究者として、互いに接点を持ち続けていたという事か。
「全容は聞けなかった。だがこの箱舟ではある計画のため、こうした人体実験が行われているのだと、私は知る事になった。……他人から自分の過去を教えてもらったと言ったね。それで、記憶を取り戻したのかい?」
「……いいえ」
「その方が良いだろう。もちろん私は君の過去を知らないが。あれを見て、思い出した方が良いとはとても言えないね」
そう言うとアーマイクは再びコーヒーに口を付ける。それを見て、俺もやや冷めかけたコーヒーに口をつけた。
「アーマイクさん。あなたは親父と同じく、幼い俺に情を向けてくれた人の一人だ。そんなあなただからこそ、これから話す事は他言無用で、その上で相談したい事がある」
「……私は君が思っているよりも、できる事は少ない老いぼれだ。それでもよければ、聞くだけなら聞こう」
かつて親父が連れ出した、いかにも訳アリな謎の子供。その子が自分の過去を知った上で話す事といえば、間違いなく帝国の機密に関わる事だ。
その事を理解した上で、アーマイクは話を聞く姿勢を崩さなかった。
俺はそんなアーマイクに感謝しつつ、これまで得た情報を話していく。俺の過去。帝国の研究所が行っていた人体実験。そしてディノの事。
「アーク計画、か……なるほど。魔力を持つ人間を人工的に作り出し、新たなエネルギー源を確保したかったという訳か……」
「はい。ですがブロワールの話によると、それも広大なアーク計画の一端に過ぎないとの事でした。アーク計画とは何を目指すものなのか。そもそも何故魔力を人が扱えるものとして転用しようと考えたのか。ディノを元に戻せるのか。本当にスピノたちは研究所から離れ、自由の身になれたのか。俺には知りたい事と分からない事が多すぎるんです」
ディノやスピノたちの境遇は、アーク計画によるもの。その計画がどこに向かっているのか、把握できるものなら把握しておきたい。でなくては、再びスピノたちが人体実験に使われるのではないかと不安にもなる。
そして帝国技術院も、魔力で動くアークドライブなんてものを作っているんだ。ミルヴァなんかも、アーク計画の一端に関わっているだろう。
俺はその事も踏まえ、改めてアーマイクに知りうる限りの情報を共有する。もしかしたら軽はずみな行動かもしれない。それでも俺は、アーマイクにならとどこかで信頼の感情を抱いていた。
「……アーク計画については、私もルネリウスから少し話を聞いた事があった。永久動力機関エテルニアに代わる、新たな動力源の模索に主軸が置かれているという事もね。実は私の方でも、独自に調べていた事がある」
「え……」
「その全容は分からないが、帝国政府の中には確実にアーク計画に携わる者が存在し続けている。それこそ数百年以上前からだ」
アーマイクはアーマイクで、アーク計画について情報を集めていたらしい。親父の死が関係しているのではとも疑っており、どうしても調べずにはいられなかったそうだ。
「まぁ私が調べて分かった事など、今出てきた話以上のものなど何もないがね。だがアーク計画について調べていると、自然と出てくる疑問がある」
「……なんでしょう?」
「そもそも何故、エテルニアに代わる動力源を求め始めたのか。そしてその代替エネルギーに、何故一部のレヴナントとブルートしか持っていない魔力に目をつけたのか。我々がこの世界にきて1000年経つというのに、未だに世界に充満する瘴気の事について、何も分かっていない。だが魔力を活用するという事は、この瘴気を解析するという事でもある」
話を聞きながら、アーマイクが何を言わんとしているのかを探る。
「瘴気は人にとっては有害以外のなにものでもない。普通であればこの様な危険物質、自分たちの生活に活用しようなんて考えない……」
「そうだ。どれだけ除染しようが、この世界から瘴気が消える事はない。1000年も薄まらないのだ、どこかに発生源があると考えるのが自然だろう」
なるほど。言われてみるとアーク計画というのは、人類側にとってそれほど大きなメリットがあるとは思えない。
確かにエテルニアに何かがあった時に備え、その代替エネルギーを確保しておくのは重要だとは思う。しかしリスクとベネフィットの天秤が、ベネフィットに傾いていると判断できる材料は何もない。
……それとも研究者の中には、はっきりとリスクを侵すだけの価値があると判断できている者でもいるのか……?
「もしかして。地上探索部隊は、瘴気の発生源を探索する事も任務に含まれているのですか?」
「いいや。はっきりとそういう指示は出ていない。だが各地の瘴気汚染度合のデータはとり続けているし、技術院から時折特定ポイントでの探索依頼が来る事もある。何か裏があるのでは……と思った事もあるとも。何しろ過去、何度かそうしたポイントにおいて不可思議なものを見た事があるからだ」
俺は完全に冷め切ったコーヒーに口をつけながら、アーマイクの続きを待つ。
「本当に稀にだが。砂の中に埋まっている時があるのだよ」
「……なにが、でしょう」
「人工物だ。それがただの柱なのか、建物の一部なのかは分からないが。明らかに知能ある者が作ったであろうと思える構造物が発見されるのだよ」
「え……」
「長い統括指揮官生活で、数えるほどではあるが何度か見た事がある。もちろん上には画像データと共に提出済みだ。歴代の統括指揮官からの情報も蓄積されているはず。つまり……」
帝国政府の一部からすれば、この世界には昔、何かしらの知的生命体がいた事は常識になっている……?
「まぁこんな世界だ。今さら異なる文明圏との接触、という事はあり得ないだろう。だが地上に残された遺跡を調べる事は、この世界が瘴気に覆われている原因を探る事に繋がるのではないか。私はそんな風に考えているよ。そして政府中枢には長年に渡って、そうした地上のデータが集められている。中にはそれらを解析する事を専門とした研究者もいるだろう。果たしてそれがアーク計画と関係あるのかは分からないがね」
俺が腹を割って話したせいか、アーマイクも自分の知る機密情報を教えてくれた。それらはどれもとても興味深い話ではあったが、いずれにせよ今抱えている問題を解決に導くものではなかった。
「すまないね。あまり君の力になれそうもない」
「いえ。アーマイクさんにはこれまで様々な面で助けてもらいましたから」
「私の方でも引き続き情報は集めておこう。……そういえば。ディアヴィには公殺官に復帰した事、報告したのだろう?」
「え……」
予想だにしていなかった名前が出て、一瞬答えに詰まる。考えてみれば俺とヴァルハルト社の開発チーフ、ディアヴィを引き合わせてくれたのはアーマイクだ。つまり共通の知人という事になる。
「その……。彼女とは公殺官になる時、けんか別れしたままでして……」
「そうか……。いや、今のは忘れてくれ。君がそう言うのなら、私から改めて言う事は何もない」
「…………?」
その後も俺たちは簡単に情報を共有する。アーク計画の全容に迫る事はできなかったが、それでも付随する周辺情報はいくつか得る事ができた。
久しぶりに挨拶もできたし、今日アーマイクと面会できた事は幸運だっただろう。最後にお互いの連絡先を交換し、俺は部屋を後にした。




