記憶にない者たちとの再会
そうして翌日。時間ぴったりにスピノたちは俺の部屋に訪れた。
「どうぞ、中へ。適当にくつろいでくれ」
No.4ティラノ、No.15プレシオ、No.11プテラ。そしてやはり全員、仮面を身に付けていた。
話に聞いた実験で、金の瞳を顕現した子供たち。その中で、今も生き残っているのがこの5人だけだと思うと、少し悲しくもある。
「けっ。しけた部屋だが、食い物を用意しているのは評価してやる」
「わたしこのクッキー、好きー」
「ぼ、ぼくも……」
俺はみんなにコーヒーを淹れる。全員、ミルクと砂糖は多めに入れていた。
「で? 俺らのこれからについて、てめぇから何か話があるって聞いたが?」
ティラノの威嚇するかの様な物言いに、スピノも呆れ顔を見せている。プレシオは少し慌て、プテラはあまり感心のない様子だった。
俺はコーヒーに口をつけて緊張を緩和する。
「まずはみんなに言いたい事がある。……久しぶり、らしい。俺に記憶はなく、人数は減ってしまったが。この閉じた世界で、こうしてまた再会できた事は嬉しく思う」
「あん……?」
スピノは俺に視線を合わせてくる。俺はそれにゆっくりと頷いた。
「ティラノ。プレシオ。プテラ。そしてノト。彼は……ニクスだよ」
「は……」
俺の名乗りを聞き、その場の全員の表情が固まる。
「といっても、俺も記憶を取り戻した訳じゃないんだが」
「なにを……言っている……?」
「スピノ……この男に話したの?」
想像していた通り、全員懐疑的な様子だ。スピノは一歩前へと歩み出る。
「ごめん、みんな。今まで私もニクスの事を忘れたふりをしていたけど。実は記憶消失手術は受けていないの」
スピノもこれまでの事を話す。ルネリウスによって自分の記憶消失が隠蔽されていた事。そして俺の身に起こった事。
「俺もスピノに聞いた話が中心だが。ブロワールの話によると、ルネリウスによって生き長らえる事ができたそうだ。でもその時に記憶を失い、顔も変えられたみたいでな」
「そんな……」
「ほ、本当に……ニクス、なの……?」
俺自身記憶がない以上、自信を持ってその問いに答える事はできない。そもそもみんなからすれば、顔も変わっているのだ。そう簡単に信じられるものではないだろう。
「で、でも……。やっぱり、あらかじめスピノが話していたんじゃ……」
プテラはあくまで懐疑的だ。しかしそこに声をあげたのはティラノだった。
「ばかやろう! スピノがそんな事をして何の意味がある!? こいつはニクスだ、間違いねぇ! あの時、金の瞳を顕現しなかった奴は全員死んだと思っていたが、生きていたんだ! 喜びこそすれ、何を疑う事なんてある!?」
「ティラノ……」
俺は改めて今日までの出来事を話す。その中にはディノの事も含まれていた。
「そんな……! ディノが……!?」
「ああ。この事を知っているのは、俺とスピノ以外はここにいるみんなだけだ。上は言っても信じないだろうしな」
「そもそもレヴナントに人の意思が残っているなんて言い出したら、その人物に問題がある様に見られるからね」
俺はノトの言う事に頷く。
極めて少数ではあるが、レヴナントにも人の意思がある、これらを殺すという事は殺人と変わらない、と唱えている人たちもいるのだ。下手すればそうした人たちと同じ目で見られる可能性がある。
一通り話したところで、全員改めてこれからの身の振り方について考え始めた。最初に口を開いたのはスピノだ。
「私は……このまま外災課に残れたらと思う。もうあの研究施設には帰らなくていい訳だし。このままニクスと一緒にいようと思う」
研究施設に良い印象がないのは全員共通している様子だった。ティラノもスピノの意見に頷く。
「俺もこのままこっちでいい。ニクスのこともあるが、何よりディノだ。あいつが生きてて、まだこの箱舟にいるというのなら。俺はなんとかしてやりてぇ」
「ティラノ……。そう、だね。こうしてニクスと再会できたんだ。ディノの事もなんとかしたい」
ティラノに続いてノトも外災課に残りたいという意思表明を行う。ディノの事をなんとかしたいのは俺も同じ気持ちだ。共通の目的が持てたのは嬉しい。
「ぼ……ぼくは……。た、戦うのが、怖い……」
「私もちょっとそこまで乗り気にはなれないかなー。せっかく研究施設に戻らなくてよくなったのに、何でわざわざ死ぬ可能性の高い場所に身を投じるわけ?」
プレシオとプテラは、どちらかと言うと否定的だった。
これは仕方がない気もする。俺自身、危険がない仕事に就いて生きていけるのなら、それが望ましいと思う。
後はその気持ちとディノをなんとかしたいという気持ちを天秤にかけ、どちらが重いかという話だろう。ティラノも何か言いたげだったが、結局何も言わないでいる。
「言っておくが、あくまでみんなの意思を確認するというだけで、最終的な決定権は上にある。どこまでみんなの希望が反映されるのかは未知数だ」
これはあくまでライアード総括官がスピノたちを引き抜く口実に使えるという話であり、本人たちの意思が反映されると決まった訳ではない。その事はよくわかっているのか、ノトは俺を見て軽く頷いた。
「そうだね。そもそも僕たちは、これまで決まった生き方しかできなかった。許されていなかった。でももしかしたら、初めて自分の意思で生き方を決められるかもしれない。例え限られた選択肢の中での話だったとしても、こうしてこれからの自分がどう生きていくのか考える事ができる。それはとても幸せなことなんだ」
ティラノもノトに続く。
「プレシオとプテラに言いたい事がない訳じゃねぇ。だがノトの言う通りだ。俺はみんなの犠牲の上に得た自分の力を、最も活かせる環境で発揮したいと考えている。それがいなくなったあいつらのためにしてやれる、俺の役割だとも考えているんだ」
プテラはそんなティラノを半眼で睨む。
「ちょっと、人でなしみたいに言わないでくれる? 私もディノは心配よ。でも私たちに何ができるのよ? それにみんなだって、こうして私たちが生きている事を望んでいるはずよ」
プテラに続いたのはプレシオだった。
「ぼ、ぼくは……。もうこれ以上、戦いたくない。い、嫌なんだ。例えレヴナントであっても、相手の命を奪うという行為そのものが……」
プレシオは見た目通り、争いを好まない性格をしている様に見える。
元々心優しいのだろう、過酷なタスクをこなしながらもそうした人間性を失っていないのは、とても嬉しく思う。
「……ライアード総括官には皆の希望を伝えておくよ」
「おいニクス。お使いの用事はこれで終わりだろ? ならここからは、お前の話を聞かせろよ」
「俺の……?」
ティラノは自分たちの話は終わったとばかりに、俺に自分の事を話せと言ってくる。
「そうだ。ダインといえば、外災課にあって黒等級の公殺官だろ? お前がこれまでどんな遍歴を歩んで来たのか。あの研究施設から逃げ出した後、どう生きてきたのか。お前の物語が知りてぇ」
ティラノの言う事には全員賛同しているのか、誰も何も言う事はなかった。
俺はゆっくりと頷くと、スピノにも話した自分の話……ウォックライド家の子として生きていく事になって以来の話をする。
皆の事を忘れ、「自由」を得た事を罵倒されるかと思っていたが、全員真剣に話を聞いてくれた。そして最後には、俺がニクスだという事を受け入れ。こうして再会できた事を、心から喜んでくれた。
その事は純粋に嬉しく思う。だが一方で、みんなが見ているのは「ダイン」ではなく「ニクス」だ。しかし俺には相変わらずニクスとしての記憶はない。
俺はどこか皆を騙している様な、なんとも言えない感触を感じていた。




