久しぶりの実家 アーマイクとのアポイント
外災課の所有する大型バンに乗り、俺とスピノは21区の家を目指す。このバンはファルゲン社の新型、アジャスティだった。もしかしたら買っていたかもしれない車種だ。
「思っていたより……悪くない、か……?」
俺は仕事以外ではバンに乗らない。そもそも俺が好きな車種はクーペなどのスポーティーな車だ。ミニバン系とは真っ向から相反する。
空気抵抗、ハンドリングの違い、車としての見た目。様々な点から、俺の好みとは合わない。
それに俺は、視点は低めに、脚は伸ばして運転するスタイルが好きだ。しかしこうしたミニバンタイプの車は視点が高く、シートには膝を曲げて座り込んで運転する。
これも運転しているという気持ちになりづらく、ドライバーとしての一体感を感じにくくしている要因だった。
しかし実際乗ってみると、車高が高い分サスペンションの上下ストローク量も余裕があり、足も柔らかい事もあって乗り心地は快適だ。
軽量化が図られたスポーティーカーとは違い、随所に防音機構も取り入れられているので、車内も静かだ。
エンジンも高回転型ではなく、低回転でのトルクが太めにチューニングされている。そのため、車重の割に停止からの発進もスムーズに感じた。この辺りのチューニングは、さすがファルゲンといったところか。
まぁ要するに。このゆったりとした乗り心地も悪くないと感じていた。
「前に乗った、ニクスの車ともまた違う感じ」
「そうだな……。スピノはどっちがいい?」
「うーん。乗り心地はこっちの方がいいかな?」
「だよな。うん、俺も悪くないと思っていた」
おそらくスピノでなければ、「ドライバーの立場になってみないとベルトガル7の良さは分からない」とか、ミニバンとはいかに道具使いに特化された車種なのか、とか言っていただろう。しかし今の俺はそんな気持ちは微塵も無かった。
(まぁ税金も高くなるしな。ベルトガル7も手放してもいいかもしれない……)
……こんな事、以前の俺なら絶対に考えないはずだ。好きな車種がクーペというのは変わっていないのだが。
「ねぇ。ニクスはルネリウスに引き取られた後、どんな風に生きてきたの?」
「ああ。当時は記憶を無くした直後だったからな……。いろいろ覚えるのに大変だったよ」
箱舟の事、区の事、人の事、学校の事。記憶をなくしていなければこんな苦労しなかったのに……と当時は思っていたが、なんてことはない。初めから知らなかったんだ。
「学校というところに通って、その後いろいろあって。しばらくヴァルハルト社で働いていたんだ」
俺はスピノにこれまでの経験を話す。スピノはどれも興味深そうに聞いてくれた。
「幸せだった?」
「……どうだろう。後悔する事もたくさんあった。これまでは自分の生き方がこれで良いんだろうかと考える日もあった。でも今は。今までの自分の生き方に間違いはなかったと、自信を持って言える」
「どうして?」
「過去の事は思い出せないが。それでもこうして昔の俺を知るスピノや、兄だという人物の事を知る事ができた。多分この生き方を決意していなければ、今日この日にたどり着けなかった」
ディアヴィやリノア、ルーフリー。心にしこりとして残っている事は今も多い。むしろ過去の自分を意識する様になった分、より多くなった。
きっと自分は、これから様々な事を飲み込みながら、ダインとして生きていくのだろう。
そんな事をぼうっと考えながら車を進めている内に、かつて住んでいた家へと到着した。
「ここが……」
「ああ。かつて俺と父……ルネリウスが住んでいた家だ」
いつぶりだろうか。俺はキーを差し込むと、家の中へと入る。そこには出て行った時と変わっていない景色が映っていた。
「懐かしいな……」
最初はルネリウスと。途中からはディアヴィと一緒に過ごした家だ。今まで意識していなかった過去の情景が、脳裏によみがえる。俺は感傷に浸るのはほどほどに、倉庫へと向かった。
「ここだ」
倉庫の鍵を開ける。中心部には機鋼鎧が立て掛けられていた。
「ヴァルハルト社の機鋼鎧 《ベルヴェデア》。もう作られていないモデルだが、パワーは悪くない」
《ベルヴェデア》は簡単に言うと、《ラグレイトmk-2》から補助ブースターを取っ払った様な機鋼鎧だ。動作に複雑性がない分、誰でも扱いやすく、汎用性が高い。
典型的なバランス型のモデルだ。重量型と比較するとどうしてもパワー負けするが、バランス型の中では悪くない方だ。
「でもニクス。これなら外災課の機鋼鎧でも良かったんじゃない? 外災課が緊急用に保管している機鋼鎧もほとんどがバランス型だし。モデルも新しめだし」
「まぁそうなんだが。使用した事のない機鋼鎧のクセを掴むのも時間がかかるんだ。それにこいつを使うのはあくまで《ラグレイトmk-2》か《ヴァリアント》の修復が終わるまでの繋ぎだ。もしかしたら使わない可能性もある」
しかし《ラグレイトmk-2》も今となっては、型落ち感がある。いつまでも《ヴァリアント》を乗り回せる訳でもないし、そろそろ量産モデルの中から次のメイン機鋼鎧を考えないといけないな……。
とはいえ、機鋼鎧の性能も年々向上し続けている。その分価格も高いのだ。いくら公殺官は機鋼鎧購入費に補助が出るとはいえ、その出費は決して安くはない。
それに《ヴァリアント》の快適性を知ってしまった今、リノアの様にお抱えの専用ラボチームが欲しい気持ちもある。もっとも、そんな金は無いのだが。
俺はスピノに手伝ってもらい、無事に《ベルヴェデア》を搬入する事ができた。一息ついているとこりに、情報端末に通知音が鳴る。
「ん?」
そこには帝国軍オペレーターからのメール返信があった。
軍といっても、箱舟は別にどこかと戦争している訳ではない。地上探索部隊を管理している部署が帝国軍なのだ。
俺は数日前、そこのオペレーターにある人に取り次いで欲しいとアポイント依頼をしていた。
「これは……」
そしてそこにはアポイントの詳細が記載されていた。
『対外来種災害対応課 公殺官 ダイン・ウォックライド様 先日ご依頼いただいた、第八地上探索部隊 《アイオン》総括指揮官 アーマイク・ブライベル四位への面会アポイントの件について、回答させていただきます』
「……よし」
「どうしたの?」
「ああ。多分過去の俺の事を知っているであろう人物……地上探索部隊のアーマイク四位との面会アポイントを取り付ける事ができたんだ」
「アーマイク……。以前、ティラノと一緒に乗った艦の艦長ね」
「そうなのか!?」
スピノは外災課に来る前の出来事を話す。
「たまたま私とティラノがそこに配属されたの。ノトやプテラも含め、一度は全員が地上探索部隊に同行しているのよ」
「そんな事が……」
なるほど。スピノたちはブルート相手にも動作試験を行っていたのか。
「でもあの人。本当に私たちの事を……?」
「まず間違いないと思う。俺がここで住む様になる以前から、父と親交がある様子だった。それに父亡き後も、俺にはいろいろ便宜を図ってくれていた。今思うと、それはブロワールが俺を気にかけていたのと同じ理由なんだと思う」
ブロワールはあの時、俺が公殺官として活躍しているのを知って嬉しいと話していた。
アーマイクは技術院に所属する技師でも、アポストルに関わっていた研究員でもない。そんな男が俺たちの事をどこまで把握しているのかは分からない。
だが今の俺は、ディノの事も含め、あらゆる角度からの情報を欲していた。
結局アーク計画というものの全貌は何も分かっていないんだ。その答えをアーマイクが持っているのかは分からない。しかしそれは何もしない理由にはならない。
「二日後の午前。場所は11区にある帝国軍所有のビル……か」
「私も行きたい」
「スピノ……。すまない、面会許可証は俺にしか発行されないんだ」
「そう……」
こんな事ならスピノと合わせてアポイントを出しておくんだったか。
……いや。無駄足踏む可能性もあるし、もしアーマイクがアーク計画について何も知らない様であれば、無理してスピノに会わせる必要もない。
「話が聞けたら、内容はスピノにも共有するよ」
「分かった。気を付けてね」
「ああ……。といっても、まずは明日を乗り切らないといけないんだが」
そう。明日は久々にティラノたちと会うのだ。何故か俺は緊張を感じていた。




