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箱舟の復讐者 

 俺がスピノに通信を繋ぐと、丁度ビル内の食堂でエグバートと食事をしているとの事だった。


 エグバート……かつて施設ではNo.5と呼ばれ、俺が恐竜図鑑からノトと名付けた男だ。俺はスピノたちの姿を見つけると、同席する事にした。


「やぁダインさん。……ダインさんは食事をとらないのかい?」

「ああ。まだ腹が減っていないからな。……というかエグバート。お前、調味料かけ過ぎじゃないか……?」

「そうかい? ここの食事はどれも美味しい上に無料だからね。正直、これだけでもとても充実した一日が送れているよ」


 俺は改めて、二人が世間ずれしていた理由が理解できた。


 あんな所で最近まで生きていたのだ。それにあそこで出される食事は、栄養摂取に重点をおいたもので、味など微塵も考慮されていなかったらしい。そりゃここでの食事はどれも美味しいだろう。


「ニ……ダイン。どうしたの、何か用?」

「あ、ああ……」


 俺の事はエグバートたちには黙ってもらっていた。記憶はないが、もし話すなら俺からの必要があると感じていたからだ。


 そしてその機会はライアード総括官が与えてくれた。


「なぁ。二人が所属している研究所は無くなったんだろ?」

「流石に公殺官にもなると詳しいね」

「まぁ直接聞いたからなんだが……。それで、二人はこれからどうするのか決めているのか?」


 俺の問いかけに、二人は軽く視線を合わせた。


「私は……。このまま、ここに居れたらいいかな。その。なんて言うか……」

「……ダインさん。僕たち、実はこれまであまり街には出た事が無かったんです」


 スピノの言葉を、エグバートが引き継ぐ。


「食事もそうですが、ここでの生活はとても刺激的でして。最終的な判断は誰かが下すのでしょうが、僕自身もこのまま今の生活ができる様な環境に身を置く事ができたら、と考えています」


 まぁそうだよな。スピノたちにせよ、他にできる生き方も少ないだろう。


「実はさっき、ライアード総括官と話す機会があったんだ」

「え……」


 俺は外災課のトップとどういう話をしたのかを二人に聞かせる。


「つまりこのままだと、外災課か技術院の所属になるらしいんだ。俺は総括官から外災課に入る様に説得してくれ、て言われたんだが。知っての通り、ここは死亡率も高い職場だ。その……」


 せっかく実験動物の生活が終わったんだ。ここからは自由に生きて欲しいと思う。


 一方で、スピノに対しては一緒に公殺官として働きたい気持ちがない訳でもない。俺が言い淀んでいると、エグバートはなるほど、と軽く頷いた。


「初めに確認になりますが。僕たちの希望が必ずしも通るとは限らないのですよね?」

「……ああ。ライアード総括官は頑張っている様だけど、本人たちの希望も大事だと話していた」

「……一度みんなで話し合ってみたいと思います」


 みんなと聞いて思い出す。二人は特務隊ニーヴァの窓口として外災課に出向してきただけで、《ニーヴァ》にはあと三人いるのだ。


 その全員が、かつて金の瞳を顕現させた子供たちになる。スピノたちが仮面を付けているのも、その瞳を隠すためだろう。


「分かった。その集まりに俺も参加させてもらえないか?」

「え……」

「公殺官について、詳しく話せる事もあると思う。それに俺自身、皆に伝えたい事もあるんだ」

「僕たちに、ですか……?」

「ダイン……」


 スピノの話によると、俺が部屋を分けられてから金の瞳を顕現させた子たちの中で会ったのは、ディノとスピノの二人だけだ。


 みんな俺の事など忘れているかもしれない。もしかしたら話す必要はないのかもしれない。それでも、俺は何故か一度、みんなと話しておきたかった。


「場所は俺の部屋を使ってくれて構わない。……そうだ。せっかくだ、ブランド銘菓と有名店のメニューをデリバリーしよう。ちょっとしたパーティさ」

「ブランド銘菓……」

「有名店のメニュー……」


 ……ん? なんか思っていたより反応が良いな……。





 アーキスト社本社ビルの最上階。そこの社長室で、ガイラック・アーキストは通信回線をつないでいた。


「まさかアポストル研究所がこういった結末を迎えるとは。これは予想外でしたね」

『まったくだ。だが手間が省けたというもの』

「ええ……。とはいえ、直接この手で潰したかったのですが」

『……我らが本当に目指しているのはその先だろう』


 ガイラックは立ち上がると、最上階からの景色をその目に収める。


「何はともあれ、5世代目は上手くやってくれました。気になるのは例のレヴナントの行方ですが……」

『アレも我らの益になりえるのなら放置で良い。懸念があるとすれば……』

「アークとの関係、ですね」


 箱舟も随分と長くレヴナントと付き合ってきている。その中で分かっている事もいくつかあった。


 約450年前から、箱舟内で生まれたレヴナントにはある共通した行動が見られる様になったのだ。


「人がいれば暴れ、いなくなればレヴナントはいつも同じ方向を目指す」

『そうだ。奴らの目指す先にはいつも絶対封鎖領域「XX」が存在する。しかし今回のレヴナントは……』

「研究所だけを明確に破壊し、その行方をくらませた」


 絶対封鎖領域「XX」に封印された存在とレヴナント。両者には何か関係があるのでは、と二人は考えていた。


『レヴナントとアークが接触すれば、何が起こるのかは分からん。しかしそれこそが、もしかしたら我らの目的達成に繋がるのやもしれん』

「そこは未知数ですがね。しかし我が計画が成就すれば、自ずとその可能性は上がるでしょう」

『……順調なのか?』

「ええ、全て滞りなく。思えばこのために、私はこの会社の社長になったのですから」


 ガイラックはどこか遠い眼差しで空を見る。クリアヴェール越しに見える空は、今日も青かった。


「私は私の復讐を果たす。箱舟アルテアに住まう全ての人類に絶望をもたらしてね」

『私は私の絶望を払う。アーク、そしてレヴナントという祝福を人類にもたらす事で』


 ガイラックの瞳には薄暗い炎が宿っていた。思い出すのはかつて自分たちを、実験動物として扱った帝国の研究者たち。


 死んでゆく仲間、友人、家族、そして恋人。死ぬだけならばまだ幸せだったかもしれない。中には半レヴナントとなる者もいた。


 今、通信で話している人物がいなければ、自分も確実に同じ運命をたどっていただろう。


「アーク計画の方はそのままでよろしいので?」

『構わない。アポストルの方は停止したが、他の方面に関しては今さら全てに介入できるものでもない。それこそ放置で問題ない事だ』


 そうですか、とガイラックは小さく呟く。


「では私はこのまま進めるとしましょう」

『その時が訪れれば。私は封印を解く手はずを整える』

「お願いします」


 通信が途絶える。ガイラックは窓際に立ちながら薄く笑みを浮かべた。


「ふふ……もうすぐ。もうすぐです。この箱舟の楽園が、地獄に変わる……!」





 明日、スピノたちは全員俺の部屋に集まる事になった。緊張はするが、俺は俺でやらなくてはならない事も多い。


 俺は今、オリエと仕事絡みのやり取りを続けていた。


「そんなにかかるのか……」

「はい。一応、予備の機鋼鎧も外災課にはありますが……」

「うーん……」


 話題に上っているのは機鋼鎧についてだ。《ヴァリアント》は高所から落ちた事もあり、破損状態はかなりひどかった。


 《ヴァリアント》は帝国の研究機関で作られた、一点モノの試作品。スピノたちの駆る機鋼鎧の前身となったモデルだ。


 量産を考えていない分、随所に贅沢な素材が使われており、細かい部品一つをとっても、代用品を探すのに時間がかかる。


「いっそ技術院から出向してきている技師……ミルヴァたちに任せられたら楽なんだが」

「あの方たちもあの方たちで、マリゼルダさんたちの機鋼鎧整備を行っていますからね……」


 そうなのだ。そして外災課と提携している整備工場やヴァルハルト社の開発室は、この間の騒動もありどこも手一杯。


 以前メンテに出した俺の《ラグレイトmk-2》もまだ整備完了の連絡がきていない。今、出動要請が出た場合、俺は外災課が予備で保有している機鋼鎧を使う必要があった。


「さすがに黒等級の方は使いどころも慎重になってきますので、慣れない機鋼鎧で出動させるケースは少ないと思いますが……」

「だがいつ、どこでどんな規模の災害が起こるのかが分からない。それがレヴナント事件だ。それに……」


 今、ディノが現れたら。俺は無理を推して出動するだろう。もっとも、本当にクラス7ものレヴナントが現れたら、外災課も派遣する公殺官の人選には慎重になるだろうが。


「それに、なんです?」

「いや、何でもない。仕方ない、予備の機鋼鎧でも取りに帰るか……」

「予備? 他にも機鋼鎧を持っていたんですか?」

「ああ。前に公殺官だった時に、《ラグレイトmk-2》がメンテ中の時に使おうと、買っておいたものがあるんだ。今は21区の家に保管してある」

「え……! ダインさん、21区に家があったんですか……!? いつもビルの自室におられるので、てっきり41区のあの家だけだと思っていました……!」


 そういや公殺官に復帰してから、21区には帰っていなかったからな。あそこは俺が所属していたヴァルハルト社の開発室が近い事もあり、何となく避けていたのだ。


「まぁアレも長く放置してたし、どちらにせよメンテは必要だが。《ヴァリアント》の修理よりは早く済ませられるだろ。それに動作チェックなどの簡単なメンテで済むし、それなら整備資格を持っている俺が済ませても問題ない」


 本格的な整備施設を必要とするような、大掛かりな修繕作業はないんだ。各部ギアやモーターの動作確認、ノア・ドライブの出力確認で十分だろう。そもそもほとんど使った事のない機鋼鎧だし。


 機械というのは使わなかったら使わなかったでメンテが必要になるし、使ったら使ったでメンテが必要だ。維持が大変なのは仕方ない。商売道具だしな。


「外災課所有のトレーラー……とまではいかなくても、機鋼鎧を積める大型のバンを用意してくれないか? 早速今から取りに行くよ」

「わかりました。でもお一人で大丈夫ですか? 搬入作業とか大変そうですけど……」


 まぁ手間ではあるが、仕方がない。フリーの整備士だった時にやっていた事だしな。そう答えようとした時だった。


「ダイン、おでかけ? なら私も一緒に行くよ」


 背後から声がかかる。声の主はスピノだった。


「ス……マリゼルダ。助かるけど、いいのか?」

「うん。私の《グランヴィア》も整備中だし、今ここに居てもやれる事は限られているから」


 こうして俺はスピノと一緒に、21区にある家へと向かった。

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