ダインとライアード 騒動を終えて
クラス7のレヴナント……ディノが7区で暴れてから10日。俺は強制休日と事情聴取、メディカルチェックを合わせて受けていた。
俺の過去やアポストル、アーク計画については正直、扱いに困っていた。帝国政府もどこまで関与している事なのか分からないし、下手に触れても藪蛇かもしれない。
そう考え、スピノとの話し合いで一先ず外災課には伏せておく事にした。
(まぁ俺自身、過去を思い出した訳でもなければ、アーク計画とやらの詳細まで知っている訳じゃないしな……)
何も知らないのに、話を広めても混乱しか生まない。かつて人体実験されていた事については思うところがない訳ではないが、件の研究施設も既に存在していない。
何より俺自身にその記憶がないのだ。結局、出した結論はシンプルなものだった。
(このまま公殺官を続け、俺の兄だというディノを探す)
公殺官の資格が有ると無いでは、レヴナント関連の情報収集力にも大きな差が出る。ディノと会えても何ができるか分からない。だがこのまま何もしないという事もできなかった。
俺は水を飲むと、そのまま外災課のオフィスへと顔を出す。目的の人物、オリエは直ぐに見つける事ができた。
「オリエ」
「あ、ダインさん」
外災課の面々もこの10日はずっと忙しかった。クラス7ものレヴナントが発生し、10区内で暴れたのだ。
さらにその被害は甚大であり、区画の修繕作業も必要だろう。オリエの顔にも疲れの色は見えていたが、俺は構わず話を進める。
「少し確認したい事があるんだが……」
「丁度良かったです!」
「ん?」
「ダインさんと個別に話したいと連絡がありまして……」
「俺と……?」
どうやらオリエの方にも俺に用事があったらしい。
「はい。ライアード・ランドリック総括官が、先日のレヴナント事件の件で話を聞きたいと」
ライアード・ランドリック。外災課の総括官にして貴族。俺も名前は知っている。所属する組織のトップだからな。
「ダインさんがこのビルにいる事を伝えると、15分後に面会をセッティングしてほしいと……。大丈夫でしょうか?」
「大丈夫も何も、拒否権はないだろ。ある意味で公殺官は総括官の直属だからな」
オリエたちとは違い、公殺官には課長などチームリーダー的なポジションは存在しない。あるのは実績に応じた等級くらいだ。
しかしその管轄権は総括官が持っており、総括官は管轄権を現場に委任している形になる。
俺は面会用の部屋へと移動し、ライアード総括官との個人面談に備えた。そしてきっかり15分後。目の前にライアード総括官の立体ホログラムが浮かび上がる。
『ライアードだ。待たせたかね?』
「ダイン・ウォックライドです。……まぁ少し」
考えてみればリノア以外の貴族と話すのは初めてになる。まぁリノアも役割のない貴族との事だったから、ほとんど平民みたいなものなのかもしれないが。
『君ほどの公殺官の時間をわざわざ取らせてしまってすまないね』
「いえ……」
見た目は冷徹な雰囲気があるが、言葉や物腰はどこか柔らかい様に感じる。何だか妙な気持ちだ。
『まずは先のレヴナントの対応、ご苦労だった』
「ありがとうございます」
ライアード総括官は現在の状況について話を聞かせてくれた。俺たちがディノと戦った後、後続の公殺官たちは周辺の調査を行っていたそうだ。
幸い、他にレヴナント化した者はいなかったが、研究施設にいた人を中心に死傷者は多くでたとの事だった。
『結局レヴナントも見つかっていない。君たちはレヴナントの魔力波動によって生まれた大穴に落ちたが、そこであのレヴナントと遭遇していない。そうだね?』
ライアードは報告書を手に持ちながら聞いてくる。俺は何食わぬ顔で頷いた。
「はい。あの場には俺と……マリゼルダだけでした」
ブロワールの言葉を思い出す。アーク計画。全貌を知る者は少ない、帝国政府が進めている、魔力に主軸を置いた研究。ライアードは何か知っているのだろうか。
『ふむ……。まぁ破損した機鋼鎧でクラス7ものレヴナントと会敵すれば、ただで済むはずがないからね。君たちが無事でいた以上、そうなのだろうが……』
「何か気になることでも?」
『ああ……。結局、あのレヴナントはどこへいったのだろう、とね』
確かに外災課としては、それを一番にはっきりさせなくてはならないところだろう。
もし対象の抹殺に成功していないとなると、この箱舟の中にクラス7ものレヴナントを飼っている事になる。そうなれば総括官であるライアードの責任問題にもなる。
『過去最高クラスの魔力を持つ個体だ。まだ生きているのなら、暴れまわっているはず。それが無い以上、あの魔力波動で魔力ロスを起こし、そこを君たちが討伐した、というのが一番納得できるのだが』
「なるほど。ところが当の俺たちは討伐していない。そこが気になっていたのですね」
『そうだ。しかし現実にこうして新たな被害が出ていない以上、あのレヴナントは死んだと考えるのが普通か。もしかしたら魔力ロスを起こし、受け身も取れずに大穴に落ちた可能性もある』
どちらにせよ死体が見つからないのは不自然だろうが、責任者として一定の見解を出したいのだろう。しかし、と俺は考えを深める。
(ディノは生きている。おそらくあの後、地下研究施設の破壊を行ったはずだ。そして俺はまたディノに会いたいと考えている。今、ディノが死んだ事になった場合のメリット、デメリットはなんだ……?)
メリットはディノの捜索がなくなり、ディノ自身の生存確立が上がる事。俺はディノに生きていて欲しいと思っているし、これ自体は悪くない。
(ここで俺が、実はあのレヴナントは人の意識を持っていますって言っても信じないだろうな……)
それどころか、公殺官としての資格も疑われる。やはり下手な事は言えないな。一方でデメリットの方はというと。
(捜査が打ち切りになり、ディノに関する情報が入りづらくなる。そうなると、せっかく公殺官に戻ったのにその利益を享受できない訳だ)
組織としてこのままディノを放置するのが良いのか、情報の収集を続ける様に促す方が良いのか。どちらにもメリットデメリットはありそうな気はする。
だが黒等級の公殺官がわんさかと揃わない限りは、ディノもそうそう負ける事はないだろう。
現にこの間は、3人がかりでもまともに手傷を負わせられなかったのだ。となると、多少は踏み込んでも大丈夫な気がする。
「……総括官」
『なにかね?』
「件のレヴナントですが。私は1年前にも72区で会った事があります」
『なに……』
「特徴的なレヴナントでしたから、間違いありません。あの時はリノアとルーフリーが倒したと思っていましたが、瀕死の状態で生き残っていたのでしょう。そして再び現れた時、その魔力はクラス6から7に上がっていた……」
俺が何を言いたいのか、これで十分伝わっただろう。
『つまり……まだ生きていると?』
「それは分かりません。しかしその可能性もあるのではないか、と」
レヴナントといえば、常に暴れ続けるモノだ。動きがない今、死んだと断定するのは難しい事ではないだろう。
しかしディノは約1年もの間、大きな事件を起こさずに潜伏し続けた実績がある。
『動きがないから死んだと決めつけるには早計、と言いたいのだな』
「はい。もちろん本当に死んだ可能性もありますが。しかしあの状況では、それも調べられないのでは?」
『そうだ。表層部の修繕はできるが、地下層については放置する事になるだろう』
それだけディノが空けた穴は広大かつ深いものだったからな。しかしあの研究施設が壊滅した今、帝国政府もこれ以上アポストルの研究は不可能なんじゃないだろうか。
「総括官。マリゼルダとエグバートについてはどうなるのですか?」
これもオリエに聞こうと思っていた事だ。だが知らない可能性もあるし、総括官に直接聞けるのならその方が早い。
『ああ、《ニーヴァ》から出向してきていた者たちだったな。その者たちについては、しばらく現状維持だ。今、私の方で公殺官に鞍替えさせられないか働きかけている』
「そう……なのですか?」
スピノたちがあの破壊された研究所の所属だったのは間違いない。そしてそこのトップも、おそらくディノが殺しただろう。
今、スピノたちは立場が宙ぶらりんなのではないだろうか。そう思って聞いた質問だったが、思わぬ答えが返ってきた。
『ああ。実は《ニーヴァ》は、先日の騒ぎで消滅した研究所の管轄だったんだ。ところがその大本が無くなってしまった。後に残ったのは、新兵装とそれを駆る者たち。そんな技能を身に付けている者が、最もその実力を発揮できる職場はどこだと思う?』
「外災課の公殺官、でしょうね」
『そうだ。そもそも、研究施設の方は邪魔だったのだよ』
ライアード総括官は、スピノたちの事についての考えを話してくれた。
元々今回の出向は、新兵装の実地試験として受け入れたものだった。それであれば、外災課と帝国技術院とのやり取りで済むはず。
しかし操縦者は研究施設の所属だとかで、面倒なやり取りが多かったそうだ。
『操縦者がいて、新兵装を整備できる技師もいる。その所属は外災課と技術院。実にシンプルに収まると思わないかね』
「確かに……」
そして今のライアード総括官とブロワールの言葉で、見えてきたものがある。
ブロワールは、父ルネリウスの専門はアーク・ドライブだと話していた。21区の実家にあった資料からしても、生粋の技術者だったのだろう。
おそらくアーク・ドライブの技術者で、アポストルの方まで関わっている者はごく少数。
(スピノたちとスピノたちが駆る機鋼鎧。これらは別々に研究されていたんだ)
考えてみれば当たり前かもしれない。非人道的な人体実験が日常的に行われていた秘密の地下研究所だ。知っている者は最小限に絞らなければ、表に出るリスクが上がるだけ。
父の様な、人の心を持った技術者が見てしまえば、俺やスピノにした様に手心を加える者たちも出てくる。アポストルの方は、極限られた人数で研究する必要があったはずだ。
(そして残ったのは、事情を知らない技術院のアーク・ドライブ技師。ライアード総括官は、自組織の強化のために美味しいところを上手くかっさらおうとしている訳か)
上手くいけば、労せずして黒等級並の人と装備が手に入る。そして新兵装の実地試験とやらを続けていけば、その整備費用も浮かせる事ができる。
このライアード総括官の考えは、俺にとっても歓迎すべき事と言えた。
「良い考えかと。公殺官は人手が足りていませんからね」
『おお、現役の黒等級公殺官がそう言ってくれるのは心強い。では彼らの説得も君に任せるとしよう』
「……はい?」
『機鋼鎧の方は技術院の所属だが、彼らの方が所属していた研究所はもうない訳だろう? 実は技術院の方も彼らを専属のスタッフにしたがっていてね。私の派閥との綱引きは既に始まっているのだよ』
「……はい?」
『だが本人たちの希望もあるだろう。どうにか君の方から、公殺官になる様に勧誘してほしい。ああ、その場合は特例で白等級からスタートさせるよ。なに、彼らほどの能力と装備なら、黒等級への昇格も直ぐだろう』
そう言うとライアード総括官は時間だ、と短く呟き、挨拶はそこそこに通信を終えた。
「……はい?」
ええと。要するに、所属がフリーになったスピノたちを、外災課に入る様に説得しろって事だよな。貴族様直々のお達しを受け取ってしまった訳だ。
「……俺もスピノとは話す事があったし。まぁいいか……」
スピノたちも普段はビルに居る事が多い。俺は情報端末を取り出すと、早速スピノに通信を繋げた。
(しかしライアード総括官の反応を見るに、アーク計画については知らないみたいだったな。今の帝国政府で、あの研究所で行われていた事を知っている者はどれくらいいるんだろうか……)
気にはなる。しかし俺の立場でできる事は限られていた。




