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失われた記憶

 おぼろげにどこか見覚えがある。オトナたちの中の一人だろうか。スピノも知っている人物だったのか、あ、と声をあげた。


「ブロワール……」


 ブロワールと呼ばれた男は、苦悶の表情を浮かべながら顔を上げた。


「……マリゼルダ、か」


 スピノの事をNo.2と呼ばずに、名前で呼んだことに違和感を覚える。オトナたちは全員、ここに居た子供たちを数字で認識していたという話だが。


「最後にお前に会えるとはな……。これまでの生を考えると、贅沢というものだ」

「クラス7が上で暴れていたのに、ここに残っていたの?」

「ああ……。確かにあの魔力なら隔壁を貫いてくる可能性も考慮していた。だがNo.1が復讐にきたと思った時。どうしても離れる事ができなかったのだ」

「あんたは……」


 どういう事だろうか。ブロワールは初めて俺の存在に気付いた様に視線を向けてくる。だがしばらく俺の顔を凝視し、やがて驚きの表情を見せた。


「ダイン・ウォックライド……! お前までここに……! それもマリゼルダと一緒にとはな……! ふ、ふはははははは! これはいい……! マリゼルダ、彼の正体だが……」

「ニクス……No.7でしょ? 知ってる」

「……! そうか……。ダイン、お前も自分のことを……?」


 どう答えたものかと悩んだが、俺は静かに首を横に振った。しかし俺はブロワールが、自分の空白の記憶を埋められる存在だと理解する。


 俺がかつてNo.7であり、なおかつルネリウスの子ダインである事も知っている。父以外でそんな人物、いそうにない。


「教えてくれ。俺はここを出た後……何故ルネリウスの子として生きていく事になったんだ?」


 ブロワールは死にかけているとは思えないくらい、力強く口角を上げた。


「そうか……。その辺りも思い出せていないのか……。無理もない、過酷なタスク……いや。人体実験だったからな……」


 ブロワールは俺の経緯について、話してくれた。俺は施設に連れ戻された後、相当頭の中をいじられたそうだ。


「もう分かっているだろうが、ルネリウスさんはここで働いていた。専門はアーク・ドライブの方だったから、アポストルにはそれほど深く携わってはいなかったが……」

「アポストル?」

「お前たち、魔力を持つ可能性のある子供の事だ。ここは人工的に魔力を持つ子を生み出し、その子にアーク・ドライブを起動させる事を目的にした施設だ」


 ブロワールは脇腹を抑えながら、一度視線を下に移す。


「お前にはあまりにも過酷なタスクが課せられていたからな。それを見ていられないと、ある日ルネリウスさんはお前が死んだ事にして、ここから連れ出したんだ」

「そんなことが……」

「もっとも、この地下施設から子供一人でも連れ出すのは難しい。そこでここでは私が、地上ではもう一人が協力し、上手く運び出されたのだ」


 多くは語らないが、きっと方々に手を伸ばしてくれたのだろう。俺がこうして今日まで生きてこられたのは、父の他にブロワールの協力があったからに違いない。


 地上での協力者については、何となく頭に思い浮かぶ人物がいた。アーマイク・ブライベル。第八地上探索部隊 《アイオン》の総括指揮官。どうしてもこの件と無関係とは思えない。


「お前が地上に連れ出されてからの事は、伝え聞くくらいしか知らないが。記憶を失っている事もあり、ルネリウスさんはお前の顔も変えたのだ」

「俺の……顔を……」

「そうだ。そうして名実ともにダイン・ウォックライドとなり、お前は新たな人生を手に入れた」


 顔まで変えさせたのは、父なりの用心だったのだろう。


「数年前。黒等級公殺官としてお前の名を見た時、俺には何故かうれしさがこみあげてきたよ」

「なるほど。それであんたは、俺の事が分かっていたのか……」


 何故ブロワールは父に協力したのか。それを話させるには、あまり時間が残されていない様に見えた。


「マリ、ゼルダ……。どうか、これからの人生を……。幸せに生きてくれ……」

「ブロワール……」

「まだ死なれたら困る。あんたには聞きたいことが山の様にある」

「ふ……。全てはアーク計画の、一端に過ぎん……」


 ブロワールはそう言うと瞳を閉じる。そのまま懐から取り出したカードをこちらに向けて投げた。


「この奥の……45番ルームに行け。まだ動力が生きていれば、そこから上層まで繋がっているエレベーターが動くはずだ……」


 きっとこのカードはその部屋のキーだろう。俺は静かにカードを拾った。


「おい、まだ死ぬな。アーク計画とはなんだ。今、この箱舟では何が起ころうとしている?」

「……アーク計画の……全貌は、ほとんどの者が把握できて、いない……。局長ですら、な……。それ、だけ……。規模の大きな、ものなの、だ……。俺が、分かっている、のは……。永久動力機関エテルニアはいつ止まるのか分からない、オーバーテクノロジーの産物である、という、こと……」


 ブロワールはここで一度、大きく深呼吸をする。


「エテルニアが……もし壊れても、誰にも触れん……。そのエテルニアの代替エネルギーとして……研究されてきた、のが……」

「魔力か……!」


 この世界において、瘴気に侵された原生生物かレヴナントしか持ちえないもの。例外はアポストルと呼ばれる者たち。


「それを……検証する、ためのアーク計画……だ……。すまんな、末端の俺が……分かるのは。ここまでだ……」

「いや、十分だ。それにあんたにはどうやら、とても世話になった様だ。礼を言う」


 俺はブロワールに感謝を告げる。だがそれにブロワールが応える事はなかった。


「ニクス……」

「…………」


 今日一日であまりにもいろいろあり過ぎた。自分がこれから何をすべきなのか。その整理のための時間も欲しい。


「一度……帰ろう、スピノ。今は……考えを整理する時間が欲しい」

「うん……」


 自分の記憶にない事を、他人から聞かされる。聞いても思い出す事はない。これほど奇妙な経験はそうないだろう。


 45番ルームの動力は幸いな事に生きていた。さすがに機鋼鎧は入れないサイズだったので、一旦 《ヴァリアント》と《グランヴィア》は置いて行く。


 上層に登れても、そこから地上に出るエレベーターを探すのに、さらに時間を要した。





 ディンドリックは一体のレヴナントに追い詰められていた。クラス7の魔力波動が地上から襲い掛かってきた時、ディンドリックの私室はたまたま直撃から逸れていたため、命は助かった。


 だがレヴナントとなったディノは、施設内をしつこく探し回っていた。万が一にも生き残った研究員を逃さないように。そして、施設そのものを破壊するために。


 ディンドリックを見つけたのは、そうした研究設備を破壊している時だった。


「ジァ……ブォ……」

「ひ……ひひ……! やはり……! やはりやはり! No.1よ! お前、意識が戻っておるなぁ!? い、ひひひひひひひひ! これはいい! まさか人の意思を持つレヴナントが……! それもクラス7の魔力を保有するレヴナントに、人の意思が宿っておるとは……!」


 追い詰めらている事を自覚しつつも、ディンドリックは自分の好奇心が抑えきれなかった。


 アポストルの中にクラス7もの魔力を持っている者はいない。No.1は有能な実験体ではあったが、肉体がレヴナントに変異してしまった。


 その後、殺処分に失敗し、逃げられてしまったのは《アドヴェント》の失態の一つだった。


 《アドヴェント》には過去にも、人工的に生み出したレヴナントに逃げられた事がある。その中の一体が貴族街で暴れ、かつてアンリノアの足を瘴気で侵したのだ。


「No.1よ! 人の姿には戻れんのか!? 人語はその発声器官から捻り出せんのか!? 今、肉体には痛覚や触覚はあるのか!? おお、気になって仕方がない! お前に痛覚実験を施したい……!?」


 なおもまくし立てるディンドリックを前に、ディノは右手の人差し指を向ける。それが何を意味するのか、ディンドリックは即座に理解した。


 そして同時に、指先から魔力の閃光が放たれる。青い閃光はディンドリックの左腕を肩から切断した。


「お、おおおお!? ふ、ふふふふふふ! あえて! あえて外したなぁ!? 素晴らしい……! わしを苦しめるため、苦痛を与えるためにあえて腕だけを飛ばした……! これでお前に意思がある事が証明された訳だ……!」


 腕を飛ばされ、大量に血をまき散らしながらもなおディンドリックは笑っていた。


「わしの子の中で最高傑作はNo.2だが! もしお前がレヴナントになっていなければ、最高傑作の称号はお前に与えられていただろう! ……っ!?」


 ディノは二射目を撃ち、ディンドリックの右腕を吹き飛ばす。同時に身体に違和感を覚えた。視線を下に移すと、足から黒い外骨格が形成されていっている。


「は、はははは……! まさか! レヴナント化も自在なのか……!? 素晴らしい……! お前こそ! お前こそ新たなる瘴気の王、アークに相応しい……! No.1よ! お前の魔力はそんなものなのか!? 1年前に記録されたお前の魔力はクラス6だった! レヴナントは……! お前は! 進化ができるのか……! おお、新たなるアークよ! お前の……!」


 三度目の青い閃光が放たれる。その閃光はディンドリックの頭部を消滅させた。


「グァ……ギゥ……ヴィ……」


 そしてディノは、闇の広がるアンダーワールドへと姿を消した。

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