ニクスとスピノ
いよいよ部屋には僕だけになった。あの日以来、僕はスピノがどうしているか不安で仕方がなかった。
そしてオトナさんの中でも、僕に恐竜図鑑をくれた人に尋ねてみたのだ。みんなはどうしているのか、会えなくてさみしいと。
オトナさんは別のオトナさんと話し、僕はスピノに会う事ができた。場所は部屋ではなく、エントランスだった。
「スピノ!」
「ニクス!」
そのオトナさんは「No.7のメンタルケアに必要だ。Bクラス最後の一人だ、慎重にな」と話していた。
今の僕には、何となくその言葉が何を意味しているのか分かっていた。僕は小声でスピノと話す。
「スピノ……! 会いたかった……!」
「私も……」
互いに手を取り合い、無事を祝う。そして遠くに立つオトナさんに注意しつつ、スピノに確認をする。
「スピノ。ディノは……」
スピノは黙って視線を下に落とした。それでやはり、と確信を得る。
「スピノ、聞いて。僕はディノに会った」
「え……!?」
そうして僕はスピノに話した。あの部屋で見た黒い怪物の話を。スピノはどんどんとその金の相貌を大きく見開いていった。
「きっとこのままじゃ、スピノたちも怪物にされてしまう……! 人類の救済なんて嘘だったんだ!」
「……聞いて、ダイン。人類の救済というのは……本当なの」
「え……?」
僕はスピノが何を言っているのか、理解できなかった。しかしスピノはより具体的な話をしてくれた。
「私たちには魔力という力があるの。そしてこの力は普通の人にはないもの。この力を使わないと、人は死んじゃうの」
「そんな……」
初めて聞く話が多かった。おそらく魔力というのは、金色の瞳を持つ子しか持っていないのだろう。
スピノは、自分たちにはその力を使って、箱舟の人類を救う事が期待されていると話していたが、それとディノが怪物になった事は話が別だった。
「……スピノ。ここから逃げよう」
「え……」
「スピノにそんな凄い力があったとして……! それで人類を救っても、スピノまでいなくなったら、僕、嫌だよ……!」
「ニクス……」
ずっと一緒に過ごしてきた子たちの中でも、一番仲が良いスピノ。今も大好きなスピノ。
そんなスピノが怪物になり、離れ離れになる事を考えると、ここで死んだ方がマシだった。
「聞いて、スピノ。僕は君の事が好きだ。スピノを失いたくない。スピノとずっと一緒にいたい……!」
ディノがいなくなったからだろうか。僕はよりスピノと別れるのが怖くなっていた。
ここで誰も待たない自分の部屋に帰ったら、二度とスピノに会えなくなるのでは。そんな恐怖もあった。
そして。そんな僕の言葉を聞いたスピノは。一度、柔らかく微笑んだ。
■
少年たちはオトナたちの住む世界から逃げ出す事に成功した。あの時、スピノが魔力を意図して暴走させたのだ。
そうして二人で駆けだしたものの、そこは箱舟のどことも知れぬ場所。食べるものもない子供二人では限界があった。
そうして迫る追手に少年たちは捕まった。少年は連れ戻された後、より過酷な⚫︎◼️△を受ける事になったが、そこから「ダイン・ウォックライド」となるまでの空白の期間に、何があったのかは分からなかった。
■
「ぐ……! 頭が……! ここは……研究所……?」
なんだ。今一瞬、何かを思い出した様な……!?
「落ち着いて、ダイン。いえ、本当にニクス……? でも顔は変わってるし、面影は無い……。整形……?」
スピノは自分たちが過去、ここでどういった実験を受けてきたのか、その一端を話してくれた。
どうやらその場には俺もいた様だが、やはり思い出す事はできない。
俺はスピノの両手をとると、改めてその顔を見る。駄目だ。やっぱり、何かを思い出せそうで……何も思い出せない……!
「スピノ……。まだ何も分からないんだ……! 俺は何故、ここにダインとして存在しているんだ……!?」
「ニクスの事は分からない。でも私はあの後、また部屋に連れ戻されたの」
「あの後……?」
スピノは一度脱走した研究室に連れ戻された後、記憶を消す処置を受ける事になったそうだ。
その処置を施すオトナ……俺に恐竜図鑑をくれたオトナ。そのオトナの名はルネリウス・ウォックライド。
「ルネリウスが言ったの。もしこの先、オトナを裏切らずにタスクを頑張るのなら。みんなには黙って記憶を消した事にしてあげると」
「父……ルネリウスが……?」
「うん。私はニクスの事を忘れるのが怖かった……。だからルネリウスの言う通り、周囲にはニクスの事を忘れたフリを続けたわ」
間違いない。父のルネリウスが、過去の俺たちが無事でいられる様に何か便宜を図ってくれたんだ。俺がルネリウスの子として生きる事になったのも、何か事情があるはず。
「処置を終えたフリをした私は、そのままタスクをこなし続けたわ。そしてティラノやノトたちと今まで生き残り、こうして地上に出る事もできた」
「……新機軸のエネルギーユニット。魔力の事だったんだな……」
「正確には、魔力を動力源としたユニット。アーク・ドライブよ」
「アーク・ドライブ……?」
俺の疑問にスピノはゆっくりと首を横に振る。
「ごめんなさい、詳しいことは私も知らないの。でも現在、アーク・ドライブ搭載の機鋼鎧を動かせるのは私たち魔力持ちだけ」
スピノの言い方では、おそらく機鋼鎧以外にもアーク・ドライブを搭載したモノがあるのかもしれない。そして研究所の目的の輪郭が掴めてくる。
「ノア・ドライブに代わるエネルギー、魔力。その研究開発が目的だったのか……」
「うん。そして魔力を持つ人間の創造。私も知っているのはそれくらい」
未だに分からない部分は多い。俺は過去の記憶を取り戻した訳ではない。だが過去、スピノたちと面識があったのは間違いない。
「ここは……。幼い頃、俺たちが過ごしていた場所なんだな」
「そう。7区の研究施設。その地下のさらに地下。私たちはここでずっと過ごしていたの」
そしてレヴナントとなったディノが研究施設で暴れ、クラス7もの大魔力を地下の研究施設に向けて放出した。
「ディノは……。あの姿になったまま、人としての意識を保っていたのか……」
俺は先ほどここでディノと話した事をスピノにも話した。1年前にディノらしきレヴナントと戦った事も話す。
「きっとディノは、ずっとアンダーワールドで生きていたのね」
「ああ。そして魔力ロスを引き起こし、偶然人だった時の姿を取り戻した……」
ディノの話していた事を思い出す。ディノは魔力が戻るまでの間、人の姿をしていた。
だが人に戻る度にクラス7もの大魔力を放出していては、箱舟は常に大惨事に見合われるし、次も上手く人の姿に戻れるのか分からない。
仮に戻れたとしても、時間は一瞬の可能性もある。だが。
「地上で戦っていた時。スピノたちが魔力を使ってから、ディノの動きは明らかに変だった。あれは……」
「途中で自分が戦っている相手が、私たちだと気づいたのね」
「ああ。そしてディノの目的は研究施設の破壊だった」
ディノもスピノたちも、幼い頃からの知り合いだった。ここでどういった研究が行われていたのかは分からない。だが尋常なものではなかったのだろう。
もし地上の住民に知られたら、その所業に嫌悪感を抱くものがほとんどではないだろうか。年端もいかない子供たちを人体実験に使う。それも使い捨てだ。
人為的にレヴナント化させる実験なんて、どの様な人であっても許されるものではない。
「ニクス。これから……どうする?」
スピノの質問には、様々な意味が込められていただろう。だが俺にはニクスだった時の記憶はなく、ダインになってからの事を考える。
「……分からない。だが今の俺を構成しているのは、ダインとなってからの自分だ」
「ニクス……」
「でもディノの事もなんとかしたい。何ができるのか……分からないが。それに俺自身、まだ分かっていない事がある」
施設から出て、どうやって俺はルネリウスの子として生きる事になったのか。人が持つ魔力とはなんなのか。アーク・ドライブとはどういった発想で生まれてきたものなのか。俺たち以外にも、魔力を持つ人間の研究は進められているのか。
俺はスピノから昔の話を聞きながら、しばらく施設内を歩いていた。
「ここは……」
「昔……まだ私たちの部屋が分けられる前に居た場所ね」
スピノの話によると、ここで俺は恐竜図鑑を片手に、みんなに名前を付けたらしい。
「ニクスのくれた恐竜図鑑。まだ持っている」
「え……」
そう話すスピノはどこか照れている様に見えた。
さらに足を進める。すると幼き頃スピノと再会したというエントランスに出た。そこで初めて、俺たち以外の人がいるのを見つける。
「あんたは……」
その男は脇腹から血を流しながら、壁に背をつけて座っていた。




