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まどろみの記憶

「う……」

「ダイン? 大丈夫? どこか怪我でもしているの?」


 マリゼルダは仮面は付けたまま、側に駆け寄ってきた。俺は今起こった事を説明しようとして、レヴナント……男が言っていた言葉を思い出す。


「マリゼルダ……。なぁ。マリゼルダの名前ってなんだ……?」

「え……」


 自分で言っていて意味が分からない。マリゼルダという名の女性に、名を訪ねているのだから。


「さっきまで……そこに……男がいたんだ」

「男……?」

「その男は……自分をディノだと名乗っていた……」

「え…………」


 俺の言葉にマリゼルダは、明確に反応を示した。明らかに何かを知っている名だ。


「そして……その男は。俺をニクスと呼び。自らはレヴナントになってここから去っていった……」

「…………」


 マリゼルダは俺を仮面越しに見つめている。きっとその目は今、大きく見開かれているのだろう。何故かそう感じる事ができた。


「ディノは……。マリゼルダに名を聞けって……。一体なんなんだ……俺の頭はどうしてしまったんだ……。ここはどこなんだ……この記憶にない記憶はいつの……誰のものなんだ……!」


 全身から汗が出てくる。熱い。痛い。頭が割れそうだ。何か……! 何かが足りない……! 


「ダイン……いえ。ニクス」


 何故かマリゼルダからニクスと呼ばれた事に、違和感を覚えなかった。マリゼルダの顔は気づけば俺の鼻先にある。そしてゆっくりと、その仮面を外した。


「あ……」


 その目は金色に輝いていた。人の持つ特徴ではない。金に輝く相貌を持つ人など、箱舟には存在しないのだ。


 しかしそんな幻想は今、俺の目の前で確かに存在している。


 美しい銀髪に金の相貌。少しいたずらっぽい唇。すらっと通った鼻。その顔を見た時、俺の口からはすんなりと彼女の名が出ていた。


「スピ、ノ……?」

「そう、私はスピノ。この名はかつてあなたからもらったもの」





 物心がついた時、俺は……僕達は。真っ白な壁に覆われた部屋で暮らしていた。初めは50人くらいいたと思う。その全員が同じくらいの年齢だった。


「さぁ子供たち。今日も⚫︎◼️△をこなすのです」


 自分が何故そこに居るのかは分からない。いや、分かっている者なんて誰もいなかった。でも言われた事をやらなければ、死ぬという事は分かっていた。


 オトナさんはいつも話すのだ。僕たちは人類を救済する、選ばれし存在だと。しかし本当に正しく人類を救済するには、常に与えられた⚫︎◼️△をこなさなければならない。


 もしこなさなければ、それは人類を救済するに相応しくない存在に堕ちる事を意味するよと、教えらえてきた。


 僕たちは人類というのを救済するために⚫︎◼️△をこなし、そして多くの苦痛に耐えてきた。


 痛みに耐え切れなくなって、泣き出した子は次の日から見る事はなかった。きっと「堕ちた」のだろう。僕も定期的に痛みを伴う⚫︎◼️△をこなしていた。


 頭に長い針を何本も刺された事がある。何度か髪を剃られた事もあった。そして髪を剃られた次の日は、だいたい頭に新しい縫い目が増えていた。


 でもそれは僕だけではなく。みんながそうだった。僕も⚫︎◼️△というのをこなすのは嫌だったけど、やらなくなったらどうなるのか分からなかったし、みんなも我慢しているんだから僕も我慢しなくちゃと思った。


 そうして何日経っただろう。いつしか部屋にいる子たちも、15人になっていた。


「No.7。それ、なぁに?」


 ある日部屋に戻った時だった。みんな、僕の持っている本に興味を示していた。その本はオトナさんから貰ったものだった。


「さっき、オトナさんに貰ったんだ。……そうだ! みんなで見ようよ!」

「俺はいいわ」

「私も。興味なーし」


 長くこの部屋に残っただけあり、ここにいるみんなは⚫︎◼️△自体は嫌だけど、それで泣いたり叫んだりする子は誰もいなかった。そんな子は全員、とっくにいなくなっていたのだ。


 そしてオトナさんは、残った僕たちにたまに玩具をくれた。ミニカーや模型なんかは男の子に人気だった。


 でも今回貰ったのは本。これに興味を示す子は少なかった。


 それでも僕と一緒に本を読む子は何人か居た。中でも仲が良かったのは僕の兄であるNo.1と、いつも一緒に遊ぶNo.2だった。他にもよく話す子はいたけど、この二人は特別だった。


「きょうりゅう……ずかん?」

「うん! 大昔、人がこの世界に来る前にいた世界! その世界のまた大昔に居た動物なんだ!」

「へぇ! オトナもまた面白そうなものをくれたなぁ!」


 学習用の情報端末には恐竜の情報は何もなかったため、僕はその動物に夢中になった。


 人を遥かに超える大きなもの、空を飛ぶもの、海中に潜むもの。


 オトナさんはどこから情報端末にもない様な生き物が載った本を持ってきたのか分からなかったけど、僕はその本が見せる世界に夢中になった。そしてある日。


「名前?」

「うん! 図鑑にも、数字が名前になっている生き物なんて一匹もいないんだ! 僕たち、かっこいい名前を付けようよ!」


 それは子供の戯れだった。恐竜図鑑を見た時、自分たちの名前が数字という事に初めて疑問を持ったのだ。


 何より図鑑に載る生き物たちは、どれも姿も名前もかっこよかった。


 僕は図鑑の恐竜から名前をとった。ティラノ、ノト、プテラ、プレシオ。そしてNo.2にはスピノという名を。


 僕とNo.1は兄弟という事もあり、デイノニクスからそれぞれ半分名前をとった。すなわち、ディノにニクスと。


 思えばこの時は、部屋で過ごす期間の中で最も楽しい時だった。でもこの時から、子供たちの中に異変が生じる子が出て来たのだ。


「ディノ。それにスピノも。どうしたの、その目」

「え……?」


 部屋にいる子供たちの中で何人か、瞳が金色に輝く子が出てきた。そんな子を見て、オトナさんはとても興奮していたのを覚えている。


 そしてある日。瞳が金色になった子と、ならなかった子で部屋が分けられる事になった。


「ディノ! スピノ!」

「どうしたの、ニクス」

「これ……」


 僕はオトナさんに貰った首飾りを兄のディノに、そして恐竜図鑑をスピノにあげた。


「おいおい、これはお前のだろ? 一体どうしたんだ?」

「うん。僕の大事なものだから。二人に持っていてほしくて」

「ニクス。私たちはまたすぐ会えるわ。ニクスの宝物を貰っても……」


 この時の僕は、部屋にいる子供たちの中でも、この二人が最も大切な存在だった。


 ディノはお兄さんとして好きだったし、物心つく前から一番よく話してきた女の子であるスピノの事は、純粋に好きだった。


 部屋が分かれる理由も受ける⚫︎◼️△が異なるからという事で、また同じ⚫︎◼️△を受ける事になれば同じ部屋になると聞かされていた。


 でも僕は、大切な二人に大切な宝物を持っていて欲しいと思った。


 この後二人とどんな会話をしたのか、今ではよく思い出せない。でも二人とも僕の宝物を受け取ってくれた。


 そして二人のいない部屋で⚫︎◼️△を受ける日々が始まる。15人いた部屋も、瞳が金色になった8人が抜けたので7人になっていた。


 そしてそんな僕たちは、より苦痛を伴う⚫︎◼️△を受けさせられる事になる。


 子供たちの中には、タスクから帰ってくると目に機械が埋め込まれている子がいた。片足が無くなっている子も出た。背中に液体の入った容器を背負い、そこから伸びる管が脇腹に刺さっていた子もいる。

  

 僕も何度か頭だけではなく、意識があるままお腹を開かれたこともあった。でも声は出さなかった。ここで「堕ちる」と、もう二度と二人に会えないかもしれないという恐怖の方が大きかったからだ。


 それからどれくらいの日数が経っただろうか。とうとう7人いた部屋も、僕を入れて2人だけになってしまった。そして残ったもう一人も、もう身体が動かせない様だった。


 そんなある日、オトナさんが話していた。


「これだけやって成果が出んとは……。しかしNo.7には微弱ながらその兆候が見られる。脳のどこかで力を感じ取れているのだろう」

「シックスセンスというやつかね。面白い話だが、実証できない事にはね……」


 オトナさんが何を話しているのか、僕には理解できなかった。


 そしてある時。僕はオトナさんに手を引かれて、⚫︎◼️△を受けるべく廊下を歩いていた。いつもと違う部屋に入る。長くここに住んでいるけど、初めて入る部屋だ。


 その部屋に入って右手。そこにはガラスで仕切られた小部屋があった。中には誰かがうずくまっている。


 もしかしたら分かれた部屋に行った子の一人だろうか。そう思い、なんとなしにその子を注視した瞬間だった。


 その子がガバっと顔を上げ、僕を見たのだ。そしてその子を見た時、僕は小さく悲鳴を出してしまった。今までどんな⚫︎◼️△にも悲鳴なんてあげなかったのに。


 その子は、全身が黒いプレート状の物体で覆われていた。指先が不気味に伸びており、頭部も全体が黒く硬質な物体に覆われている。


 人じゃない。その事に気付き、頭で強い忌避感を感じ取っていた。人じゃないその存在は、僕を見た時、大声を上げて飛び掛かってきた。


 幸い分厚いガラスで隔たれていたため、直接僕に襲い掛かる事はできなかったけど、それでも恐怖を覚えた。


「対処しろ」


 オトナさんがそう言うと、部屋の天井から伸びた棒から雷が怪物に向かって放たれた。怪物はそのまま倒れ、オトナさんは髪のない僕の頭を撫でる。


「怖い思いをさせたね。これが我ら人類の敵だよ。君たちはこの敵と戦うため、この世界に生を受けたんだ」


 確かに怖い思いはした。悲鳴もあげた。


 でもそれは、怪物に襲い掛かられたからだけではない。見てしまったのだ。その怪物が……僕がディノに上げた首飾りを身に付けており、僕を見るその目が金色に光っていたのを。


 こうして僕は、遅すぎるくらいに今いる場所に疑問を抱いたのだった。

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