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ディノとニクス

 そこからの展開は熾烈を極めた。俺には接近戦しかできないため、とにかく強引に攻める。そこをマリゼルダとエグバートが、不可思議な閃光や自前の武器も使って援護する。


 不可思議な閃光を放たれると、レヴナントも明確に回避動作を見せていた。自身の纏う魔力でも防ぐ事ができない攻撃だと判断しているのだろう。しかし妙な事もあった。


(どういう事だ……!? レヴナントの動きが、明らかに変わっている……!)


 最初こそレヴナントも様々な攻撃をしてきていた。こちらの動きもよく観察している様に思えたし、あの時と同じく人間くさい動きで翻弄してきた。


 だが今は、どちらかと言うと回避行動に専念しており、攻撃も牽制の意味合いが強い様に感じる。こちらを仕留める気で攻撃してきている様には思えないのだ。魔力による攻撃もしてこなくなっている。


「ダイン!」

「ああ! 明らかに様子が変だ! 気を付けろ!」


 俺達は互いに外部スピーカーを使って警戒を促す。仮にもクラス7もの魔力を誇るレヴナントだ、魔力ロスしている様には見えない。


 現に身に纏う魔力は健在であり、相変わらず武器の通りが悪いのだから。


「だが魔力による攻撃が収まっている今は好機……! このまま……!」


 押し切る。そう言おうとした時だった。レヴナントは軽く跳ぶと、両腕を振るう。瞬間、大きな魔力による気配を感じた。


「!!」


 周囲に大爆発が巻き上がる。間違いなくレヴナントが起こした現象だろう。計器に視線を移すと、外気温の急激な上昇と酸素濃度の低下が確認できる。  


 機鋼鎧でなければ、無事ではいられないだろう。もし周辺に人がいたのなら、その者は助からない可能性が高い。


「くぅ……!」


 これまでとは打って変わった動き。だが誰も直撃は受けていない。このまま攻撃を続行する。そう考えた時だった。《ヴァリアント》が不可解な音を拾う。


「ニィ……グァ……ジュアァ……」


 な……んだ、この音は……!? レヴナントの……声、なのか……!? 


 俺の思考に空白が生まれる。そして何故か、幼い頃に誰かと話していた事を思い出す。


 真っ白い部屋、何人もいる同世代の子供たち。目に何か埋め込まれた子、片足が無い子。髪が剃られ、頭に縫い目がある子。


(なん、だ……!? 俺の、記憶……!?)


 記憶にない記憶。見覚えは無いのになぜか知っている光景。脳に襲い掛かる大きな負荷。戦闘の最中に、俺は大きな隙を見せていた。そして。


「ダイン!」

「ダインさん!」


 目の前のレヴナントから、クラス7相応の魔力反応を検知する。全身を青く輝かせ、レヴナントは真下に強大な魔力波動を放射した。





「そんな……!?」


 《クロスファイア》のオペレータールーム。そこでジュリアは信じられない光景を目にしていた。今モニターに映し出されているのは、小型ドローン《PEKラビット》から送られてきた映像だ。


 そこには大きな穴が空いていた。元々は帝国政府の研究所があった場所だ。しかし今は、その面影はまったく残っていなかった。


「せ、先輩……。これは……!?」


 隣のオリエも驚愕の表情を隠せていない。それほどまでに異様な事態が起きていた。


 《PEKラビット》も公殺官の邪魔にならない様に、現場の近くにいた訳ではない。おおまかな状況しか掴めていなかった。だがそのおおまかな状況でも、はっきりと分かっている事がある。


「あのレヴナントが……やったのね……」


 ダインたち三人は協力し合い、クラス7というレヴナントを前にしてもよく抑え込めていた。だがレヴナントはその強大な魔力を真下に放射したのだ。


 箱舟の地下はとても深い。おそらく箱舟底部にまではその攻撃は達していないだろう。


 それでも、よりにもよって7区で起きたこの被害状況を目の当たりにして、恐れという感情を抑える事はできなかった。誰もが惚けているオペレータールームに、通信が届く。


『こちら……エグバート……。オペレータールーム、聞こえますか……?』

「エグバートさん!」


 エグバートの通信を確認し、ジュリアは安堵の溜息を吐く。


「ご無事ですか!? 状況はどうなっています!?」

『僕は大丈夫です。《ザフィーラ》はしばらく動かせそうにないですが……』


 機鋼鎧に損傷はある様子だが、エグバート自身は何とも無い様だ。オリエはエグバートの無事を喜びつつ、質問を口にした。


「エグバートさん。マリゼルダさんと……ダインさんは!?」


 若干の沈黙。だがエグバートはオリエの質問にはっきりと答えた。


『あの時……。僕はとっさに距離をとったのですが、レヴナントに最も近い場所にいたのはダインさんでした。マリゼルダは……おそらく自分の速さに自信があったのでしょう。僕とは逆に、ダインさんの元へと走りました。そして……』


 エグバートの言葉はそこで止まる。オリエは小さくそんな、と呟いた。一方で、報告を聞いたジュリアは感情を帯びない声でエグバートに話しかける。


「……間もなく後続の公殺官も到着します。エグバートさんは情報を共有したのち、戻ってきて下さい。周囲の捜索及び事態の把握は、後続の公殺官に任せてください」

『了解しました』

「先輩……」


 依然として、何が起こったのかは分からない。ダインたちは無事なのか、レヴナントはどうなったのか。


 しかし分からないからこそ、まだ自分たちの仕事は終わっていないと、ジュリアは気を引き締める。


「オリエ、ぼさっとしないで。公殺官に状況の共有を。私は今分かっている事を関係各所に報告するわ」

「わ、分かりました」


 そう、自分たちは外災課の職員。前線で働く公殺官とは違う責務と職務がある。そしてこういう事態にこそ、自分たちだからやれる事があるのだ。


 ジュリアはそう考え、また書類仕事で忙しくなるだろうな、と片隅で考える。


(でも。どれだけ忙しくなっても構わない。ダイン、マリゼルダさん。無事でいて……!)





「う……」


 ゆっくりと目を開ける。おそらく意識を失っていた。その事を自覚し、俺はモニターの時間をチェックする。


「7分……」


 最後に確認した時間より、7分の時が進んでいた。そう長く意識を失っていた訳ではないらしい。俺はカメラ越しに周囲の状況を確認した。


「これは……」


 周囲は明かりが灯っておらず、とても暗い。だが天井を見ると大穴が空いている。そこから入ってくる明かりのおかげで、今いる場所付近は何とか目視できていた。


 さっきまで地表で戦っていた事を考えると、おそらくあの穴から落ちてきたのだろう。相当な高さがあるな。自力で登るのは不可能だと判断する。


「どうするか……」


 続いて《ヴァリアント》の各所チェックを始める。幸いまだノア・ドライブの稼働時間は残っている。


 動かせはするだろうが、全体的にダメージ箇所が多く、戦闘駆動は不可能に思えた。


「一点モノなのにな……」


 元の状態に復元するには、かなりの時間や金が必要だろう。幸い既存の技術以上のモノは組み込まれていないので、ミルヴァの様な帝国政府に属する技師の助けはなくても修復自体は可能だ。


 しかし使われている素材の事も考えると、完全に元通りとはいかないだろう。


 俺は《ヴァリアント》に搭載されているライトをつける。周囲を照らすと、そこには見覚えのある白い機鋼鎧が転がっていた。


「!」


 マリゼルダの《グランヴィア》だ。俺は《グランヴィア》に近づくと、そのまま外部スピーカーで呼びかけた。


「おい! マリゼルダ! 無事か!?」


 反応がない。計器を確認するが、周囲に瘴気の反応はない。


 俺は外から《グランヴィア》のハッチを開けようと、《ヴァリアント》から降りる。そうして地に足をつけた時だった。


「彼女なら心配ない。落下中に意識を失ったみたいだけど、地面に叩きつけられる前に俺が何とかしたからな」

「!?」


 声がした方を振り向く。そこには俺より少し年上に見える男が裸で立っていた。


「だれ……だ?」


 誰と問いつつ、俺は目の前の男にそう問うている自分に違和感を覚える。


 なんだ、この奇妙な感覚は。思えばマリゼルダを見た時も、何か引っかかるものを感じていた。


「ふふ。顔は変わっているけど、その声。間違いない。久しぶりだね、ニクス」

「ニクス……? 何を言っている……?」

「……やっぱり、記憶がないんだな。ここにも見覚えはないかな?」

「なに……」


 言われて改めて周囲を見渡す。箱舟の地下空間は浅い部分しか把握されていない。


 箱舟は地下に行くほど複雑な構造をしており、現在箱舟をまともにメンテナンスできる技術や資材が無い以上、いたずらに触るのを良しとされていないのだ。


 そのため、普段箱舟の住人が生活に使用している地下空間よりもさらに下の部分を、アンダーワールドと呼んでいた。


 今いる深さから考えると、間違いなくアンダーワールドの一部だろう。当然、俺はこんな場所を知らな……。


「う……」


 不意に頭痛が走る。なんだ、この違和感は。男は俺のそんな様子を見て、曖昧な表情を浮かべる。


「もしかしたら。思い出さない方がいいかもしれない。でも。これは俺のエゴだ。ニクス。お前には俺たちの事、覚えていて欲しい。……ここは《アドヴェント》よりもさらに地下にある、レヴナント研究所」

「レヴナント……研究所……?」


 帝国政府の施設だろうか。レヴナントに対する研究は当然、長く行われてきている。そうしてノア・ドライブを搭載する兵装も生まれてきたのだから。


 だがこんなアンダーワールドでわざわざ研究する意味は分からない。まるで地表の住民たちから隠す様じゃないか。


 男は続きを語ろうとするが、その表情が苦悶に歪んだ。


「く……時間が、ない、か。この姿に戻れたのも、おそらくは魔力ロスの影響によるものだ……。魔力が回復すれば、元に戻るのは当然、か……」

「……? おい……何を言っている……?」

「ニクス……! 覚えていてくれ……! 俺の名は、ディノ……! デイノニクスのディノだ……!」


 ディノ。その名を聞いた時、俺の頭により強い頭痛が走る。


「そしてお前は……! デイノニクスのニクスだ……! 俺達は兄弟分として、共に育った……!」

「う……!?」

「もう時間が無い……! その機鋼鎧の中にいる女性……! いいか、目を覚ましたらその子に名を聞け……! 俺には今から、やるべき事がある……! もうお前たちの様な子が生まれてこない様に……! 全てに、決着をつけ……! おああああああああああああ!!!!!!!!」


 俺の目の前で信じられない光景が繰り広げられる。男は苦しみだすと、足が、身体が、腕が、そして顔が。全身が黒い外骨格状のプレートに覆われていく。


「な……!?」


 間違いなくレヴナント化現象だ。だが通常のレヴナントとは異なり、その身体が異様に膨張する事は無かった。


 あくまで先ほど話した男と変わらない身長。そして輪郭。それは先ほどまで相対していたクラス7のレヴナントだった。


「ば……か、な……!?」


 周辺に瘴気の反応は無かったはず。だが俺の目の前では、どこからどう見てもレヴナントが立っていた。


 レヴナントは何か言いたげに俺に顔を向けている。だが小さく首を振ると、そのまま人には不可能な跳躍力を見せて、その場から去っていった。


「なにが……起こっているんだ……。俺は……一体……」


 混乱する俺の耳に、カシュンと軽い音が聞こえる。視線を移すと、《グランヴィア》からマリゼルダが出てくるところだった。


「ダイン……? 無事、だったの……?」


 マリゼルダの無事な姿を確認できて、本来ならホッとするはずだ。だというのに、俺の心には言いようのない焦燥感が募っていた。

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