ディノ クラス7のレヴナント
外災課所有の特別列車 《クロスファイア》は、7区目指して一直線に地下道を走り抜ける。《クロスファイア》が動くという事は、緊急事態を意味しているため、10区内に入る時もわずらわしい検問は無かった。
『7区ターミナルに到着します! 到着後、迅速に地上へ出て、指定ポイントを目指してください!』
「了解」
オペレータールームからの通信が届いてから数秒。《クロスファイア》が止まり、目の前にある車両の壁が展開される。俺達3人はそこから外へと飛び出した。
「地上へ向かうぞ!」
階段を駆け上がるのは俺の《ヴァリアント》、エグバートの《ザフィーラ》、そしてマリゼルダの《グランヴィア》だ。そういえばと、俺はマリゼルダに声をかける。
「マリゼルダ。あの飛翔ボードはどうしたんだ?」
「さすがに《クロスファイア》に積む事はできても、地上には運び出せない。今回は無しだよ」
よく見ると《グランヴィア》のバックパックが、前に見た時よりも重量感のある物に換装されている。おそらくこうしたケースを想定し、あらかじめ用意していたものなのだろう。
(確かに、いかなる状況でもあの飛翔ボードとセット運用できるとは限らないしな。しかし華奢な《グランヴィア》と背中のバックパック、明らかにバランスがおかしい。にも関わらず、動きに違和感はない。新機軸のエネルギーユニットとやらが関係しているのか……?)
技術者として気になるが、今は後回しだ。俺達は地上に出ると、そのまま真っすぐにレヴナントの暴れている研究所へと向かった。
「ダインさん。高クラスレヴナントとの交戦経験は?」
「あるにはあるが。さすがにクラス7は初めてだ」
「……僕たちもクラス5までは経験があります。足手まといにはなりませんので、ご安心を」
クラス5のレヴナントとの交戦経験だと……!? どういうことだ。そんなクラスのレヴナントが出れば、大きな話題になる。
そしてレヴナントと戦うのはいつだって公殺官だ。それ以外の……例えば政府直属の研究機関が独自にレヴナントと交戦したなんて話は、聞いたことがない。
まぁ俺も情報に通じている訳ではないし、もしかしたら俺が知らないだけという可能性もあるが。どこか違和感を覚えつつも、俺達は目的地を視界に収める。
「ダイン。あれ」
「ああ……!」
視界には魔力によって作られた閃光が確認できた。かなり派手に暴れているな。
レヴナントのクラスは魔力の強さによって等級付けされるが、必ずしも高ランクが低ランクより脅威という訳ではない。
個体によってはせっかく強い魔力を持っていても、魔力自体をほとんど使用してこないものもいるからだ。仮に低ランクであっても、魔力をやたらと使ってくる奴はレヴナント化被害も広げやすい。
しかし対象のレヴナントは、クラスが高い上に魔力の使用頻度も高い様に思えた。
「やるぞ!」
ノア・ドライブが組み込まれた大型ブレードを装着し、ブースターを吹かせて突進する。おそらくこの研究所も重要施設なのだろうが、巻き添えで破壊するのも厭わない。
「おおおお!!」
そしてはっきりと、対象のレヴナントを捕捉する。レヴナントもこちらに気付き、片腕をこちらに向けるとその先端から魔力波動を放ってきた。
「!」
距離があった事もあり、これを難なく躱す。だが俺には別の驚きが湧き上がってきていた。
「な……!?」
そいつはあの日、72区で出会ったレヴナントだった。間違いない。大きさや輪郭が通常の人間と変わらず、かつ高ランクの魔力を持つレヴナントなど、そういる訳がない。
(どういう事だ!? あいつは……リノアたちがやったんじゃなかったのか!?)
俺の驚きをよそに、エグバートとマリゼルダはレヴナントに突進する。二人とも黒等級の公殺官にも劣らない、素晴らしい動きを見せていた。
マリゼルダは自身の起動力を活かしながら槍を振るい、エグバートは長剣を熟練の剣士の様に使いこなしている。機鋼鎧の性能はもちろん、操縦者としての腕の高さを改めて認識した。
しかしそんな二人を相手にしながらも、当のレヴナントはどこか余裕の動きを見せている。
(強い……! あの時よりも、動きが速くなっている!)
公殺官はそれぞれ独立性が高く、他の公殺官との連携訓練はあまり積まない。だがマリゼルダとエグバートの二人は、共に接近戦を仕掛けながらもその息は合っている様に見えた。
そしてそんな二人の連携を相手しながら、レヴナントは隙を見ては魔力による攻撃を繰り出している。
至近距離で魔力波動を受け、エグバートは大きく引きはがされる。さらに魔力放射後の硬直もなく、マリゼルダに回し蹴りを放ち、距離をとった。
「くそっ!」
今レヴナントをフリーにさせる訳にはいかない。俺はブースターを大きく吹かせて接近する。
(おそらくマリゼルダもエグバートも、やりづらいんだ!)
レヴナントは人間よりも大きくなっているのが普通だ。そのため、機鋼鎧もそこそこの大きさがある。
しかし対象のレヴナントはあの時と同じ、大きさは人間と変わらない。いくらレヴナントとの交戦経験があるとはいえ……いや、あるからこそ。慣れないサイズ感を掴むのに、戸惑っているのだ。
「はっ!」
右手に握った大型ブレードを軽快に振り回す。内蔵された銃で牽制し、装甲の厚さを頼りにした突進もかます。
しかし身に纏う魔力による層がクラス7相応にぶ厚いのか、直接ぶつける事はできなかった。それどころか。
(ノア・ドライブを稼働させたブレードでも抵抗を感じる! まるで粘度の高い水あめを斬っているようだ!)
通常であれば、いくら魔力を身に纏っていようが、それごと切り裂けるのがノア・ドライブが組み込まれた剣だ。
しかしこのレブナントはブレードを近づけると、刃を進めるのに明らかな抵抗を感じていた。
(二人がなかなか攻撃を当てられなかったのはこれか!)
そうして生まれた隙を、レヴナントは的確に反撃という形で行動してくるのだ。俺は補助ブースターを多用し、強引な動きでこれらを躱す。
少し距離をとったところで、レヴナントは俺に人差し指を向けてきた。
「!!」
その動きには見覚えがあった。あの時と同じ様に、指鉄砲の様に向けた人差し指の先端から、魔力の閃光が放たれる。
「くそっ!」
以前にも受けた経験が活き、俺は魔力閃光が放たれる前に肩部のシールドを展開した。
対魔力装甲板で組まれた盾は、問題なく魔力閃光を防ぎきる。だが目前には、拳を構えたレヴナントが迫っていた。
「っ!!」
これも補助ブースターを吹かせて、ぎりぎりで拳を避ける。しかし変な姿勢でブースターを吹かせたため、うまく着地できずに勢いよく転がってしまった。
まずい。この隙は致命的だ。今魔力波動を放射されたら……。そう考えた時だった。
「な!?」
魔力で形成された様な光の塊が、レヴナントを襲ったのだ。いや、今のは間違いなく魔力による攻撃! 俺が見間違えるはずがない!
レヴナントはその場から跳び、魔力による攻撃を躱す。もう一体レヴナントが現れたのか!?
混乱しそうな頭を抑えながら、今の攻撃が飛んできた方角に視線を移す。そこには青い機鋼鎧……エグバートの駆る《ザフィーラ》が立っていた。
「エグバート!?」
《ザフィーラ》は明らかに外観が変わっていた。全身にボディカラーよりも青く光るラインが走り、脚部の装甲が一部展開されている。
その光は、どこか魔力を連想させるものだった。だが俺の驚きはそれで終わらない。続いて青い閃光がレヴナントを狙って、どこかから放たれたのだ。
「また……!?」
そしてその方角を見ると、予想通りそこにはマリゼルダの《グランヴィア》が立っていた。
《グランヴィア》も全身に青いラインが光っており、手足の装甲が一部展開されている。戸惑う俺をよそに、二人は外部スピーカーで話してきた。
「ダインさん! 説明は後で! 今はこのレヴナントに集中してください!」
「ダイン! このレヴナントは普通じゃない! ここは私たちに任せて!」
……くそ! いろいろあり過ぎて固まっちまった! 二人ともまだ無事、そして新機軸とやらの力も使ってまだ戦う気でいる! 今のも明らかに俺を助ける動きだった! ええい、迷うな!
「冗談! 俺の《ヴァリアント》もまだ全力を出していないんだ! クラス7相手でも接近戦は十分務まる! 二人とも、その不思議な攻撃で援護してくれ!」
「ダインさん……!」
「ダイン……!」
そうだ、あの時とは違う! ここで二人に任せっぱなしで一人寝ているなんて、そんなダサい真似できるはずないだろう!




