新たな機鋼鎧 帝国一流企業の思惑
「……なるほど。面白いな」
率直に言うと、とても興味を持った。タイプ的には俺の《ラグレイトmk-2》と同じく、やや重量を持たせたバランス型だ。大きさも大差ない。
しかし諸元表に示されたデータでは、《ラグレイトmk-2》よりも出力は高かった。
「背部スラスターの他、手足にも補助ブースターを取り付けています。重量のある武装の取り回しにも対応できるでしょう。そして内蔵兵装も豊富で、肩部には展開式のシールドを格納しています」
「重量級に振り切れていないバランス型、といったところか」
「ええ。《ラグレイトmk-2》を長く扱っていたダインさんであれば、慣れるのも早いのではないかと」
ミルヴァが俺に進めてきた理由が分かった。単純にタイプが同じなのだ。
それにさすが純帝国研究機関製というべきか、金に糸目を付けていない仕上がりだと分かる。
要求されたスペックを、予算度外視でそのまま作ってみたという感じだ。
「実機を扱ってみない事には確実な事は言えんが。《ラグレイトmk-2》の上位互換という印象を受けるな」
「実際、このタイプの中では最上位の性能を目指して作られました。量産を考えていないからこそできた機鋼鎧と言えるでしょう」
「だろうな……」
量産する気なら、ここまで贅沢な機鋼鎧は作れない。そしてこれらを作成し、そこで得られたノウハウを活かして、マリゼルダたちが扱う機鋼鎧は開発された。
それだけで新兵装というものが、どれだけ金と時間がかかっているのか、推し量れるというものだ。
「確かにこれを廃棄するのはもったいないな」
「はい。どうせならダインさんに使ってもらいたいと思ったのです」
「……しかしこれだけの高性能機だ。金はどうする。メンテの問題もある」
「ご安心を。こちらとしても実機のテストが行えるのです。そうしてフィードバックされた情報は、次の機鋼鎧開発に活かされるでしょう。お金はいりません」
美味しい話過ぎて、裏がある事を勘ぐってしまう。そして隣で聞くオリエは、まったく話に付いてこれていなかった。
「メンテナンスの方も、外災課が懇意にされている業者に出してもらって構いません。構造自体に機密はありませんから。もっとも、一点モノなので、破損時の対応は難しいと思いますが」
見た限り特殊性の高い素材は使われていない。破損しても修理自体は可能だろう。
しかし各部位が量産さている訳ではないので、破損部位の修復には時間がかかる。それを差し引いても、扱ってみたいと思えるくらいには魅力があった。
「分かった。早速テストしてみたい。トレーニングルームに持ってきてくれないか」
「はい。ダインさんならそう言ってくれると思っていましたよ」
そう言うとミルヴァは口角をニィと上げた。自分の設計した機鋼鎧が日の目を見そうで嬉しいのだろうか。
ミルヴァは早速明日、搬入する様に手配すると話し、その場を後にした。
「ダインさん。良かったのですか?」
「ああ。スペックは申し分なかったし、何より帝国政府の研究機関が独自に開発した機鋼鎧だ。やっぱり気になる」
「……《ラグレイトmk-2》のメンテはどうします?」
「そっちはそっちで出しておいてくれ。提案された機鋼鎧……《ヴァリアント》を本当に使うかはまだ決めていないからな」
■
ダインが公殺官として復帰し、2週間が経った頃。第八地上探索部隊 《アイオン》の指揮官アーマイクは、執務室で仕事に取り組んでいた。
先日の第五地上探索部隊 《フルヴィア》が引き起こした事故を受け、地上探索部隊の各指揮官は連日様々なミーティングに参加させられていたのだ。
そのため、会議資料の作成を含めた業務が溜まっていた。
「ふぅ……」
「どうぞ、艦長」
「む……。すまないね、アイヴェットくん」
アーマイクはアイヴェットの淹れたコーヒーに口をつけ、一息つく。
「連日お疲れ様です」
「レグライアンほどではないがね。それでもこの歳になると、こたえるのも事実だ。歳には勝てんな」
特にジッと同じ場所を見つめ続けているのは目にこたえる。アーマイクはやや疲れの残る顔で小さく笑った。
「まさか長期任務で地上探索に出ている第一、第二、第三がうらやましいと思う事になるとはな」
「少し休憩されては?」
「そうだな。そうしよう」
アーマイクが休憩する気になり、アイヴェットは安堵した。アーマイクはデスクワークに一度のめり込むと、そのまま集中してしまうのだ。
気分転換を兼ねて最近あった出来事を口に出す。
「そう言えば。外災課の方で大きな動きがあったのをご存じですか?」
「ああ、なにやら内報があったね。詳しくは目を通していないのだが」
「何でも政府内部の別機関が出向したようです。その中にはNo.2とNo.4も含まれておりました」
「ほぉ……」
アーマイクは地上探索を共にした二人を思い出す。といっても、顔は分からないのだが。
「何でも新兵装の実施試験という事らしいですが……」
「新兵装……あれか」
アーマイクたち《アイオン》の面々には思い当たることがあった。そしてやはり、帝国政府が内密に開発していたものだったのかと理解する。
「外災課という事は、また地上探索の任に当たる時に一緒するかもしれないね」
「はい。先日同様、きっとブルートへの有用性に対するデータも収集しているでしょうから」
しかしこれまで内密に進めていた研究を、こうして公式の場に出してきたのだ。きっと研究自体、最終段階に近いところまで進んでいるのだろうな、とアーマイク予想する。
そしてなんとなしに外災課の人事情報に目を通した。位の高い者であれば、ある程度閲覧できる情報だ。そしてある一行で目が止まる。
「む……」
ダイン・ウォックライドの外災課への復職。長く休暇中であったが、2週間前から復帰している事が確認できた。
「……復帰したのか」
「艦長?」
「ああ、いや。何でもない」
昔、よく見知った男……ルネリウスの息子という事で関わった事がある。その事をアーマイクは当然覚えていた。
(ヴァルハルト社の社員から公殺官になったのも驚いたが。例の事件から休職した時も驚いた。そしてまた驚かせてくれる。……特務隊とダイン。あまり良い予感がする組み合わせではないが……)
ダインの事情については、自分も詳細を聞いている訳ではない。だがルネリウスが望んでいた事は分かっている。
アーマイクとルネリウスの付き合いは長い。それこそ大学を出たルネリウスが、帝国の研究機関に配属された時からの付き合いだ。
そしてある日。ルネリウスは研究機関を裏切り、ある行動に出た。その時にルネリウスから聞かされた事を思い出す。
(アーク計画。永久動力機関エテルニアに代わる、新たなエネルギーの模索。そしてその研究を目的とした、規模の全体像があまりに大きな計画。No.2とNo.4が外災課に配属されたのも、間違いなくアーク計画の一端だろう。……1000年にも渡る停滞に、変化の兆しが訪れようとしているのか……?)
しかしその変化が果たして箱舟にとって、良いものを意味するのか。それは考えてもわからないな、とアーマイクは目を細めた。
■
「社長。連続シリーズの収録、お疲れ様でした」
「ええ。これで我が社の売り上げに貢献できるのなら、安いものですよ」
帝国一の飲料メーカー、アーキスト社。その社長、ガイラック・アーキストは本社ビルの最上階から箱舟に広がる都市を見下ろしていた。
ガイラック・アーキスト。57歳。アーキスト社に入社後、すぐに社内で頭角を現し、創業者一族の娘と結婚。
激しい社内競争にも打ち勝ち、48の若さで社長の椅子を手に入れた男である。ガイラックは窓に映る景色を見つめたまま、背後に立つ男に話しかけた。
「ラムジンの方はどうなっていますか?」
「60区以降を中心に、大きな売り上げを得ています。ですが、中間層から上にはあまり受けがよくありません」
「安物で酔いたい人向け、というイメージがあるのでしょうね。構いません、あれは元々貧困層にターゲットを絞ったものですから」
「はい。ターゲット層に対する浸透率は非常に高いです。ですが帝国政府もよく販売許可を出しましたね」
「ふふ。そこはいくらでもやりようがあるところですよ」
ガイラックはガラスに映る自分の姿を見る。そこには暗く笑う男の姿があった。
「このまま計画通り、トライアルモデルも市場に混ぜてください。割合はこれまで通り、0.1%で構いません。その中からさらに当たりがでる確立となると、相当低いでしょうが。こちらとしてはそれでもいいのです」
「かしこまりました。しかしその当たりを引いた者も、41区で暴れるという結果を示しました。実験としては上々の成果を得られたと言えるでしょう」
「ええ。……ラム、哀れな羊ですよ。ふふふ……」
口では笑いながらも、ガイラックの目には強い憎しみが宿っていた。
「何百年にも渡る帝国の悲願、アーク計画。多くの犠牲の上に立つ血塗られた計画。他の誰が認めたとしても。私だけは絶対に認めません。絶対に……!」




